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十七段雑記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2016.9.24 (Sat)

手代木正太郎 『魔法医師(メディサン・ドゥ・マージ)の診療記録4』 (ガガガ文庫)

男の内の一人は古生物学者だ。職業柄、様々な動物を知り尽くしている。

だが、今、目の前に倒れるそれは、男の知るどんな生き物とも違った姿をしていた。

いや、違う。知っている。この生き物のことは知っている。子供だって知っている。小説や昔話の中で幾度も目にしている生き物だ。だが、この世に存在するはずもない生き物だった。

上半身が人、下半身が魚、すなわち――

人魚(シレーヌ)……?」

誰ともなくそう呟いていた。

そう、灼熱の砂漠の真ん中に打ち捨てられていたその生き物は――人魚だったのである。

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魔法医師(メディサン・ドゥ・マージ)クリミアは,インスマ砂漠の内にある都市サマーンに住むホメオパスの医師,ハーネマンの元に身を寄せていた.この街では,毎晩のように海の夢を見る住人が増えているという.

今回はあからさまなクトゥルフから始まる,シリーズ四巻.すげえ,ちょう楽しい.クトゥルフ神話疑似科学(主に代替医療)と相撲がこんな風にひとつの線で結ばれるなんて! 聖法=忍法が出ないわけではないけど,テーマがテーマだけにいつもの山田風太郎忍法帖らしさより,田中啓文のホラーSFっぽさを強く感じるかな(バカバカしさも含めて).聖教の象徴である聖乙女(ラ・ピュセル)の登場からのくだらなさが本当に素晴らしいんだ.なんで聖乙女が登場して最初にやることが四股なんだ,みたいな些細な突っ込みも押し流されていく.

ホメオパシーやソマチットに対する(SF的な)理論づけが楽しいし,とある最新の疑似科学を利用した怒涛のクライマックスには読んでて変な声が出た.ほんとに馬鹿だなあ.皆もさっさと一巻から読むといい.

2016.9.23 (Fri)

オキシタケヒコ 『筺底のエルピス4 ―廃棄未来―』 (ガガガ文庫)

「これは……戦いなんかじゃ……ない」

お前たちが聞き入れなければ――この世界は滅ぶぞ。

お前たちが譲歩しなければ――守るべき人類は、確実に死に絶えるぞ。

正々堂々の戦いどころか、その、まったく対極にあるもの。

「こいつは……テロなんだ……」

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殺戮因果連鎖憑依体をめぐる戦いシリーズ四巻.捨環戦の意味が明らかになると同時に,世界は滅びに向かう.停時フィールドを使用した,一定のルールのもとにある戦闘はますます激しさと迫力を増してゆく.カバーに描かれているの誰だろうと思って読んでいったらああぁ……ってなった.戦いのなかで誰も彼もが死んでゆく.前々からだけど,本当に容赦ないな! 希望の種をひとつひとつ丁寧に潰していくスタイルを見せつけてくれる.このままいくと,どちらに転んでもバッドエンドにしかならないと思うんだけど,どうなってしまうのか.完全に目が離せなくなりました.

2016.9.20 (Tue)

松村涼哉 『おはよう、愚か者。おやすみ、ボクの世界』 (電撃文庫)

「お願い、陽人。わたしのために闘って……大村音彦を、わたしの前から消して」

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ある恐喝事件がSNSで話題になっている.一人の高校生が,六人の中学生を恐喝し,現金を脅し取っているという.被害金額は累計で3023万円,恐喝魔の名前は大村音彦.しかし俺はそれが悪質な嘘だと知っている.なぜなら俺が大村音彦だから.

逃げる少年=恐喝魔,対,SNSを使って追いつめる少女=暴行犯.誰も幸せになれない一晩の逃走劇.夜の街を舞台に,数時間で事態は二転三転してゆく.ピカレスクロマンと呼んでいいのかな.デビュー作(感想)と同様の,いじめからはじまる現代的なテーマのやつかと思ったら,描かれるのが手加減のない乾いた暴力だったという.互いが互いを追い詰めて,真相が明らかになる過程は手に汗握る良いサスペンス.登場人物が嫌なヤツばかりだし誰も信じられなくなる.実に後味悪くてそこが良い.気持ちのいい話ではないけど,個人的にはなんかとても好きなんだよ.

2016.9.18 (Sun)

新八角 『血翼王亡命譚 III ―ガラドの夜明け―』 (電撃文庫)

……――広大な平野に一人の人間が立っていた。

夕焼け空でもないのに大地は真っ赤に染まっていて、やがてそのなだらかな丘は人の骸だと気付く。

死体の丘に立つその人は青い刀を握り、独り空を見上げている。

その人がどんな表情をしているのか知りたくて、俺は一歩近づいてみる。

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赤い燕の国(レボルガ)白三日月の国(ルーガーダ)の戦争の影が迫りつつあった.ユウファたちは,白三日月の国(ルーガーダ)の要人を昼山羊の国(テテラ=サテラ)の首都ピマへと警護する依頼を受ける.

今まさに起こらんとする,三つの国を巻き込む戦争を止めるヒントとなるのは,数百年前の戦争をひとりで平定したという血翼王の伝説と,血翼王が自身で記したと言われる「血翼王亡命譚」.シリーズ最終巻.一巻(感想)で感じた傑作の予感が形に現れつつあっただけに,三巻で終わってしまうのは非常にもったいない.実際,三巻は少し詰め込み気味だったり,展開が急だったりはする.

しかし本当,この上なく魅力的な世界を創り上げたことは誇っていいと思う.鳥と猫と人間(など)がいて,あらゆるものは言血に満ちていてという,独特のファンタジーをこれでもかと詰め込んだ世界がとても楽しい.荒削りなところもまだあるのだけど,毎回わくわくさせられた.今回はしっかりとした戦争を描いているのも良い.戦争に至る理屈を描くことに注力しつつ,時間的空間的スケールも忘れず描こうとしている.テーマ自体は珍しいものではないけれど,独特の世界観もあって安直な結論には落ち着かない.国のため,民のためというそれぞれの明確な立ち位置と,数百年前の,あるいは個人的な「怨讐」を重ね合わせた物語の熱は本物だと思う.次回作も楽しみにしております.

2016.9.12 (Mon)

紅玉いづき 『大正箱娘 見習い記者と謎解き姫』 (講談社タイガ)

それはなあに、と聞く前に、紺が持ち上げ、穏やかに笑う。

八朔のゼリーです。お嫌いでなかったら」

うららは対して、顔色ひとつも変えることこそなかったが。

水を張った金だらい、それから真白く濡れたつま先を軽く蹴るようにあげて。

つま先が、小さく丸く円を描くのが、饒舌な招きの仕草で。

ぽつりと透明な滴がかかとから落ち、踏み石を染めた。

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「記者さんは、ご存じないのね」

そして、女の哀れをうたうように、さも当然のことのように、告げたのだ。

ありがたい縁談に、恋心なんて、御座いませんのよ」

それが答えだった。

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新米の新聞記者,英田紺は,箱屋敷と呼ばれる神楽坂の屋敷を訪れる.屋敷の主は,箱娘と呼ばれる少女,回向院うらら.箱であれば開けるのも閉じるのも自在と言われるうららに,紺はある「呪いの箱」の相談を持ちかける.

「怪しさが残る最後の時代」を舞台に新米記者が駆けまわる.「女」たちをテーマにした奇妙な連作短編.テキストの端々が本当に美しい.饒舌さはあまり感じないのに情景が浮かんできて,あっという間に引き込まれる.

新しい時代の到来を目前にして,「女」がいかに軽んじられてきたか,虐げられているか.ぞっとさせられることも多々ありながら,「女」というテーマを強く押し出した物語で,なぜこんな読後感にできるのか.すごい.傑作だと思います.