てにをは 『また殺されてしまったのですね、探偵様 5』 (MF文庫J)

生きたままバッサリ首をちょん切られるなんてことはそう多くの人ができない経験だとは思うけれど、あれを言葉で表現するのはちょっと難しい。

意外と痛みはない。脳がそれを拒否しているんだろう。

それに恐怖もそれほどない。

けれどその代わりに――なんて言うか、とにかく切ないんだ。

自分自身と縁が切れるような切なさだ。

屈斜路刑務所から脱獄し、体を乗り換えて追月探偵社に転がり込んできた《最初の七人》(セブン・オールドメン)フェリセット。彼女(?)の持ってきた父、断也の伝言「遠からず世界はオカルトとロジックが入り混じる」の真相を求め、オカルト考古学者を名乗る母、薬杏を探して横浜の廃教会を訪れる。

女子小学生と化した大犯罪者とともに挑む脅迫事件。そして「オカルトとロジックが入り混じる」という言葉の真相とは。話が一気に広がった感のあるシリーズ第五巻。「殺されても生き返る探偵」の使い方が巻を追って上手くなっていくのが本当に良いね。出落ちかと思っていた最初の頃から、印象がずいぶん変わった。今回は特に、息子がそういう体質だったことを知った時の母親の心境が書かれるのが良かった。普通は生き返らないし、何度も死なないからね。けれん味の効いたシリーズだからこそ、素直な心情が強く印象に残ったのかもしれない。ミステリでありエンターテイメントであり、とても良いと思います。

桂嶋エイダ 『ドスケベ催眠術師の子2』 (ガガガ文庫)

「――君は、いつまで自分をドスケベ催眠術師の子にするつもりだったの?」

暗に問われる。いつまでしがらみにとらわれるのか、と。

ドスケベ催眠術師の子、佐治沙慈は学校で甕川水連と再開する。スクールカウンセラーにして、ドスケベ催眠術師のサポーター、そしてかつて沙慈の近所に住んでいたお姉さん。時を同じくして、校内でドスケベ催眠アプリを悪用した辻ドスケベ催眠事件が勃発する。

容疑者しかいない辻ドスケベ催眠事件の真相を追う第二巻。君は、いつまでドスケベ催眠術師の子でいるの? 「ドスケベ催眠術師の子」という呪いを背負い、ドスケベ催眠術師との関わりをすべて断ち切ろうと生きてきた沙慈のアイデンティティの物語であった。単語のチョイスと、バランスの取れたストーリーテリングでとぼけた印象を漂わすも、思ったよりも根が深い。一巻同様、ふざけたタイトルに似つかわしくない、成長と青春をしっかり書いたテクニカルな小説だと思います。



kanadai.hatenablog.jp

立川浦々 『公務員、中田忍の悪徳8』 (ガガガ文庫)

「あんな子供、生むんじゃなかった……!!」

異世界エルフ・アリエルを救えず、最大の理解者だった一ノ瀬由奈とは断絶してしまった。決定的に間違えた中田忍は、新たな最後の協力者を巻き込み、自身のルーツをたどりはじめ、やがて己の人生を賭けた結論を出す。

仕方あるまい。

大人だろうと、何百年生きていようと、万能の魔法が使えようと。

孤独にだけは、敵わないのだ。

「この世界は須く俺たちを嫌っている」。福祉生活課長の視点で、己のルーツを振り返ったとき、忍はどんな結論を出し、そんな救いのない世界でどのように生きようとするのか。わりとびっくりする事実が次々と出てきて、最終回という感じがしなかったシリーズ最終巻。同人版も合わせて九冊もかけたはずなのに、あっという間に駆け抜けていった気がする。寂しい。けど、書くべきことは書ききったのかな。個人的には、時たま地の文に出てくる「かわいい」の意味がわかったのがよかった。読み終わったなら表紙をもう一度見てほしい。お疲れ様でした。

カミツキレイニー 『魔女と猟犬5』 (ガガガ文庫)

「相容れるよ。同じ人間でしょ? 人間なら話し合おうよ」

「人間だから話し合えないんだ。一体、何を見てきたのさ」

〈花咲く島国オズ〉。その島では、王家を名乗るエメラルド家と、それに反発する南部戦線による激しい内戦が続いていた。銃器を求めてオズへ上陸したハルカリたちは、南部戦線を指揮する魔女グレンダ・ポピーと接触する。一方、ロロとテレサリサたちもオズ島に住む最凶最悪と名高い“西の魔女”を求めて島に上陸するが、オズ王に謁見した一行は、西の魔女がすでに討伐されたと聞かされる。

オズ島に集結した魔女たちは、その闇に踏み込んでゆく。オズの魔法使いをモチーフにしたシリーズ五巻。“異世界人”の力で成り上がった元農家の王家と暗愚のカカシの王。危険な割礼術で魔術師を創り出す魔法学園。学園で学び実験台にされた子どもたちの10年に渡る罪と罰。内戦。あまりにドロドロしている。ダークファンタジーのお膳立てとしては満点。ここまで描いてきたものへの信頼もあり、ろくでもないことが起こる予感しかしない。ただこれ、ここまでおそらく前後編の前編なのよね。本当に良かったので、できるだけ早く続きをお願いします……

江波光則 『ソリッドステート・オーバーライド』 (ガガガ文庫)

革命は終わり革命は続く。

無限に彼らは思考し推論し無限の答えを吐き出していく。終わらない思考を繰り返す。

だから、彼らは、思考金属(シンク・メタル)なのだ。

いくらか未来のこと。二体のロボット(ソリッドステート)、マシューとガルシアは、ヒトのいなくなった戦場をポンコツトラックで駆けながら放送を垂れ流し続けていた。戦線に沿って旅を続けていたふたりは、戦場にいるはずのない「人間」の少女、マリアベルと出会う。

人にならねばならない・人になってはならない・何も見てはならない。三つの原則を課されたうえで役割を付与(ロールアウト)されたロボット(ソリッドステート)たちは、無限に思考を上書き(オーバーライド)し、革命(オーバーライド)を続ける。終わらない革命の物語であり、数百年に及ぶロボットとヒトの物語でもある。ロボットとロボットの対話、ロボットとヒトの対話だったり各々の独白だったりを駆使しつつ、物語の最初から最後までとにかく考えることを止めない。読めば読むだけ気づけることがある。近未来SFであり、哲学的、思弁的小説の面もあり、キャラクター小説としてもとてもキュートだと思う。非常に多面的な小説だと思う。いろんなひとの感想を読んでみたいタイプの小説なので、いろんなひとに読まれるといいな。まごうことなき傑作でした。