kanamankunの日記

2018-09-24

句碑散歩(8)信濃2


 今回は、信濃町柏原を通る国道18号線(旧北国街道)に
沿って諏訪神社から大久保道の入口(信濃町交番)まで
句碑を訪ねて歩きました。

 「柏原宿」は、野尻と古間の間の宿場になります。
南北の土手の内側に52軒分の伝馬屋敷と、
街道の中央に用水と松並木が作れていました。
 その松が一本、今も信用金庫の庭先に残っていました。

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   我宿は朝霧昼霧夜霧哉 (八番日記)


 柏原の鎮守の森、諏訪神社寛永11年に創建。祭礼の時は、
奉納相撲や村芝居などが行われ、近在の人で賑わい、一茶も見物に来ていました。
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   この句碑は、文政12年に、一茶の弟や門人たちによって建立された
  最初の句碑です。
   当初は句碑は、柏原宿の入口に建てられていましたが、
  明治10年、諏訪神社の境内に移されました。
  
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    松陰に寝て喰ふ六十余州かな (七番日記)

 諏訪神社から数分歩くと、昭和32年に国の史跡となった土蔵(一茶終焉の地)
と弟(弥兵衛)の屋敷があります。
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 文政10年、柏原の大火で母屋を焼かれ、残ったこの土蔵で、
一茶は65歳の生涯を終えました。
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 茅葺屋根の家は、弟(弥兵衛)の屋敷で、平成12年に復元されました。
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   門の木もつつがなし夕涼 (寛政三年紀行)



     八十二銀行の駐車場
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     ゆうぜんとして山を見る蛙哉 (七番日記)

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 宿の中央付近から戸隠山への分岐点の道標があります。
明暦三年の道標で、信濃町では最も古いものです。

    道標戸隠山道」
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 天気が回復して来たので、田圃の畦道を散策しました。
起伏のある田圃は、収穫を待つ稲の黄金色が満ち溢れていました。

 碗を伏せたような重量感のある黒姫山
その山の名は、黒姫というお姫様の秘話伝説が由来とか。
 また 黒姫山入道雲がかかると、その後雷雨になる
という言い伝えがあるそうです。

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道租神の後ろに黒姫山

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蕎麦畑の後ろに飯綱山

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黒姫山は、その美しい姿から「信濃富士」とも呼ばれています。

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しなの電鉄

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    信濃町役場の入口
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     日本の外ケ浜迄おち穂かな (七番日記)


信越病院の入口
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   涼風の曲りくねって来たりけり (七番日記)


柏原宿本陣跡は標柱だけです。
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信濃町郵便局の入口
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   やせ蛙まけるな一茶これにあり (七番日記)


 明專寺は一茶の菩提寺です。
句文集「おらが春」には、明專寺の出来事が書かれています。

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明專寺
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      6才弥太郎と刻まれていますが、一茶が少年時代を思い起こして
     作ったと言われています。

     我と来て遊べや親のない雀 おらが春



 柏原には「信州鎌」の鍛冶屋が数多くありました。
この野鍛冶住宅(旧中村家)は、長野県の有形民俗文化財となっています。
 残念ですが、屋内の見学は出来ませんでした。
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      朝霧に野鍛冶がちり火走るかな (寛政句帖)

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    民家(柏原・若月光男家) 
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       あらましは汗の玉かよ稲の露 (だん袋)
     


「村の鍛冶屋(小学唱歌)」の歌碑の傍にも句碑がありました。
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左が歌碑
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       陽炎やきのふは見へぬだんご茶屋 (文化五・六年句日記)


信濃町交番
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      うまそうな雪やふうわりふうわりと (七番日記)



 家並みは新しくなり、通過する自動車が主役となった柏原宿。
ほとんど旧街道の宿場の面影はありませんが、訪ねた句碑を読むと、
往時の暮らしや雰囲気が伝わってきました。

 句碑が暮らしの中に自然に溶け込んでおり、
随所に、今でも町民に親しまれている「一茶」が
見えるようでした。

 まだ訪ねたい句碑は沢山ありますが、
12基を訪ねるのがやっとでした。

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 次回は、黒姫駅周辺の「一茶ストリート」を訪ねます。


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2018-09-21

句碑散歩(7)信濃1


 今回は、念願の小林一茶の故郷・信濃町柏原を訪ねました。
汽車にするか、車にするか、迷いましたが、
初めて訪れる地なので移動を考えて車にしました。

 当日は、秋雨前線による不安定な天気でしたが、
高速道路を約330km走ること4時間半。
一茶の時代には考えられない速さで「北信濃」まで。

 信濃町は、豪雪の地「山の中の町」。
もう少し鄙びた感じだろうと思ったが、街道の交通量の多さには驚きました。
もともと北国街道は、北陸諸藩の参勤交代佐渡金山からの金銀の輸送など
交通の要所であり、往時も賑わっていたのでしょう。

 18号線(北国街道)を取り囲む五岳と起伏のある田園風景。
今は、蕎麦の花と稲の黄金色が美しく、自然の恵みが溢れる町でした。

 雪が降る頃になると「ほちほちと雪にくるまる在所哉(七番日記)
という情景になるのでしょう。

 酷寒の冬のくらし、春を迎える悦び、四季折々に巡る自然の変化が
一茶の作風に与えた影響は大きかったでしょう。

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 「国がらや田にも咲かせるそばの花(八番日記)
 綺麗な白い蕎麦の花をみて観光客は愛でますが、
 一茶にとっては、白い花を見ると、冬がやってくる、
 つい雪を連想したのでしょう。
 「信濃路やそばの白さもぞっとする(七番日記)


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左が黒姫山(2053m) 右が妙高山(2454m)
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雲に半分隠れた飯綱山(1917m)

 信濃町には100基以上の一茶の句碑があり、2日間では無理なので
限定して訪ねました。

 最初は「一茶記念館」と小丸山公園の句碑です。

「一茶記念館」は、信濃町ICから近く、高台にある近代的な建物です。
昭和35年9月に一茶終焉の土蔵が国史跡に指定されたのを記念して
開館され、平成15年4月に新館がオープンしました。
 地元の民俗資料を展示している民俗資料棟が併設されています。

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左が民俗資料棟

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      入口の一茶の木像

     やれうつな蠅が手をすり足をする (梅塵八番)


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記念館の前の句碑(後ろの山は黒姫山
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     九輪草四五りん草で仕廻けり (おらが春

    (注)サクラソウ科の多年草
       初夏の山間部や湿地に生え、紅紫色の花を輪生する。
       名前は輪生する花を五輪塔の九輪に見立てている。


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小丸山公園(黒姫駅から歩いて約5分)

 この公園の中に俳諧寺、一茶の墓、一茶に関連した俳人などの句碑があります。
秋には、紅葉が綺麗だそうです。
 見晴しのよい高台でしたが、雨上がりの雲に覆われて眺望は出来ませんでした。

 小丸谷公園を少し上ったところに、一茶150年回忌(1951年)を
記念して建てられた句碑があります。

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      是がまあつひの栖か雪五尺 (七番日記)

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童謡の碑「一茶さん」には

   われときて遊べや親のない雀 (七番日記)

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俳諧寺(一茶俤堂)は、明治43年一茶を慕う人たちによって建てられました。

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      初夢に古郷を見て涙かな (寛政句帖)


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天井には、ここを訪ねた著名な俳人の揮毫があります。


俳諧寺の裏に一茶家の墓があります。
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   一茶の墓

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 翌日、一茶記念館で講座を聴きました。
参加者は町民が多く、県外者の聴講は数名でした。

 演題は「若き日の一茶」。講師は、俳人の大谷弘至氏です。
 一茶の青年期の資料はほとんどなく、分からないことも多く、
興味のある講座でしたが、特に新しい資料の紹介はありませんでした。
 話は、若い日の一茶を知るには、3つの旅、みちのくの旅(奥羽紀行)、
柏原への帰郷(寛政三年紀行)、西日本への旅(西国紀行)。
 この旅が、一茶の生き方、考えに大きく影響したという。
特に松山の俳人栗田樗堂の影響が大きく、後年の宗教観にも繋がっているという。

    (注)栗田樗堂(1749-1814)
       江戸時代俳人で、松山の造り酒屋の三男。
       樗堂と一茶は、お互いの人柄にひかれ
       樗堂の作風が、一茶の作風に大きく
       影響したと言われています。
 
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 次回は、柏原宿を中心に18号線(旧北国街道)に沿って句碑を訪ねます。

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2018-09-06

繕い

 
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  『梢まで来て居る秋の暑さかな』という
  江戸時代俳人支考(1665-1731)俳句がありますが、
 秋は近くに感じながらも、相変わらずの暑い日が続いています。

  一茶も58歳(文政3年)の時に、こんな句を詠んでいました。

   老の身は暑のへるも苦労哉   (『だん袋』)
          (注)『だん袋』は、一茶が自ら推敲選句した自筆の句集です

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 昨日、厳しい暑さの中、JR鎌倉駅から7分の所にある
鎌倉歴史文化交流館」に行って来ました。

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 この博物館は、鎌倉の歴史と文化遺産を学び、体験できる鎌倉市立の展示施設で、
平成29年5月5日に開館されました。
 開館にあたっては、イギリスの著名な建築家によって
個人の既存建築を活用しながら、自然的景観と建物が調和するように
改修工事が行われたそうです。

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 展示室から3つ並んだアーチ状の横穴と「やぐら」が見えます。
「やぐら」とは横穴式の埋葬施設です。
 この風景は 鎌倉谷戸に見られる特徴の一つです。
      

 別館の考古展示室では
企画展『発掘!かまくら探偵団』が開催されていました。

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 鎌倉市内で出土した渥美、常滑、瀬戸、備前などの焼き物
55点ほど展示されていました。

 その中で興味を惹いたのは『瀬戸焼灰釉底卸目皿』です。

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    高台の底が卸目になっています。
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 市内で出土した青磁の皿ですが、黒漆で繕っています。
漆で繕った卸目皿を見るのは初めてです。
 稚拙な繕いですが、きっと大切な皿だったのでしょう。

 往時、この卸目皿で何を卸していたのだろうか? 

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 酒盃の欠けた部分の金繕いです。

   呂色漆(黒漆)
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       弁柄漆
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   金消粉 
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2018-09-03

黒蝶


  今年の夏は異常と言われる暑い日が続いていますが、
 もう9月に入りました。
  しかし、まだまだ暑さが続くようです。

 工房の庭では・・・

    木陰の椿の実のベッドで、雨蛙が昼寝・・

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 夏の暑さにも負けず花を咲かせる「ムクゲ」には、
蜜を求めて蟻たちが群がっています。

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 鮮やかな紫色の花「サルビア ガラニチカ」には、
珍しく黒い蝶が飛んで来ました。
 黒い蝶は、見る機会が少ないので魅入ってしまいます。
その神秘的な姿を追ってしまいます。

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 黒い蝶は種類も多いですが、この蝶は「ナガサキアゲハ」と言います。
ナガサキアゲハ」は、翅表面に模様や斑紋がなく
翅のつけねに赤い斑紋があり、他のアゲハ蝶と違って翅の後ろに
突起がないのが特徴です。
「メス」は後翅に白い斑紋があります。

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 黒い蝶を見かけると不吉なことが起こるとか言いますが、
場所や状況によっては、良い知らせの前兆とも言われます。
 また黒い蝶は神様や魂の使者とも言われ、特別な存在として
扱われることが多いようです。

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   色として見ると「黒色」は、光を反射せず、すべてを吸収する、
  一番包容力のある色と言ってもいいのかも知れません。

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 時には、こんな黒い虫も飛んで来ます。

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 「ブドウスカシクロバ」と言う蛾の一種です。
全身が黒く、翅は半透明で翅脈の黒いのが目立ちます。

  蝶と蛾の違いは、止まった時に、翅を閉じているのが「蝶」
 翅を開いているのが「蛾」です。


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   蝶とまれも一度留まれ盃に   一茶   (『七番日記)』)


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 面取黒盃


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2018-08-24

本箱(5)


 私がよく行く地区センターの図書館では、夏休みの企画として
『読んでみよう こんな本』と題して、小学1年から中学生を対象に
10冊ほどの本が紹介されていました。

 その中に、私の本箱の中にある本が紹介されていました。
  『モギ ちいさな焼きもの師』です。

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  『モギ ちいさな焼きもの師』リンダ・スー・パーク著・片岡しのぶ訳・あすなろ書房・2003年10月刊
   この本は「第50回(2004年度)青少年読書感想文全国コンクールの課題図書」となっています


 私は、もう一度読み直して見ました。

 12世紀後半の韓国西海岸の小さな村の話です。
 橋の下で、おじいさんと貧しい暮らしをする少年モギ。
その運命を変えたのは、美しい高麗青磁の輝きでした。
 優しいおじいさんを支えながら、やきもの師(象嵌青磁)の見習いとなって
成長していく姿が逞しく描かれています。

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   青磁砧』芝木好子著・集英社文庫昭和57年8月刊

 この本と併せて、芝木好子さんの『青磁』も読み直しました。

  青磁陶器の美しさに魅かれていく娘とその父の物語です。
 陶芸作家(青磁)の名品への父の執着。
 青磁作家への娘の想い、父娘の愛憎と葛藤が描かれています。

  芝木さんの描く工芸作家の世界は、制作過程を詳細に取材されており、
 その焼き物への熱い愛情を感じさせてくれます。
  また焼き物を創る者には参考になる事柄も多く書かれていました。
 特に作品が生まれていく「貫入」についての話は、大変興味がありました。

  「米色青磁」について、詳しく書かれていますが、
 10年ほど前に岡部峯男さんの『青磁を極める展』で見た、
 「窯変米色瓷砧」「窯変米色瓷盌」など、
 二重貫入の深みのある釉色の重量感が浮かんできました。

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  本と言えば、気になるのが「紙魚・染み」です。
紙魚」は、シミ科の昆虫の総称で、虫によって喰われて生じるものです。
  黄色い「染み」は、主に湿気によるもので、
 湿度の高い日本では避けられないようです。 


  川島つゆ著『一茶の種々相』(春秋社・昭和3年7月刊)によると
 一茶は、たくさんの書物を読んでいたことが書かれています。 
 エアコンのない江戸時代、除湿には苦労したのでしょう。
  当時の本には、虫食いの「紙魚」と湿気による「染み」が
 たくさんあったかもしれない。


   逃げるなり紙魚の中にも親よ子よ   一茶   (『七番日記』)

             (注)紙魚は夏の季語です

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  焼き物の世界でも「虫食い」という表現があります。
 それは釉薬と胎土との収縮率の違いで起きる「釉のハゲ」のことを言います。

 
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  高さ:18.2cm

  この2冊の本を読んだ頃に、制作した青磁風の作品です。
 瓶の表面の小さな黒点は、地元笠間鉄分の多い土を使用したので
 黒い点として現れました。
  私の窯は、やや還元気味に焼成されるので酸化焼成しても
 青磁風の色合いになります。

              

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