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kananaka日和

2013-03-09

沈黙の木箱 ―― 二歳のバースデーによせて。

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snowy road in the Sun



 ヒカルちゃん*1にバースデーカード送ったよ、と彼女は笑う。エヘヘと照れたようにほころぶ口元が、目に浮かぶ文字列。今度子供たちも交えてスカイプしよう、うちの子は日本語あまり話せないけど。―――だったらヒカルも同じ、と私もすかさず打ち返す。


 そうして、ひとしきり互いの近況や育児ネタに興じた後、まるで世間話のようにさりげなく、彼女は「今だから言える話」を切り出した。「あたし、子どもの頃いつも寂しかったんだよねー」と。



 想定外だったのは、結婚しても子どもが出来ても、寂しさから卒業できなかったこと。あたしには父がいない。もちろん、一つ屋根の下で暮した生物学的父はいる。育児にも割と協力的な人だったし、子どもに経済的な不自由はさせない人だった。だけどやっぱり、あたしに父はない。


 いじめられて「学校に行きたくない」と言ったとき、彼は学校を休ませてはくれたけど、理由を聞こうともしなかった。助けてくれなかったのに、後になって「オレの子供がいじめられてたら、いじめっこをひっぱたいてやる」と言った。そのことをずっと恨んでいて、愛してくれないなら金くらい出すのは当然と、進学も留学も存分にして、こっちの国の人と結婚し、父の住む日本を捨てた。


 父は何にも気づいてないけど。二年も昔の娘の離婚をいまだに知らない、その程度の間柄でしかないし。だから、あたしに「お父さん」はない。*2


 私は、彼女の「お父さん」を知っている。いまの彼に限るなら、彼女より少しだけ多くのことを。たとえば彼が、娘の受けていたイジメを知ってからずっと頭を悩ませていたことや、彼女の知らないところで、すぐさま相手の家に行って猛烈に抗議していたこと。そして、あのときの対応を、今も気に病んでいることも。


 驚きだった。これまでにも幾度か、彼ら父娘それぞれの内面に触れる機会はあったけれど、片や今さら娘に重荷に思わせたくない、片や父に余計な心配をかけたくないとの理由で口止めされた事柄を、私の独断で双方に伝えられる筈もなかったし、たった今打ち明けられた彼女の屈折に至っては、とうの昔に彼女の中で処理されたことと信じ込んでいた。寧ろ二人の関係に、自分が願って叶わなかった理想の父娘像を見ていた分だけ、彼女の言葉が胸を刺す。


 解せないのは、二人が私のような断絶された父娘でなく、普段からメールを交わし、我が子の写真やグリーティングカードも送り合っていたことだ。彼のことを「お父さん」でないと言うなら、彼女は一体「誰」とそのような関係を続けているのだろう、と首を傾げたくなる。義理や体面だけとは思えぬ親密さが、確かにそこにあった、と思ってきたのだが。




 ひとのこころの奥には「沈黙の木箱」がある。


 不登校になる前日、彼女は髪に大量のガムをつけられ帰宅した。いじめっ子家庭への抗議の巧拙とか、問題(こと)の本質はガムをつけた/つけられたことじゃなかろうとか、その話を初めて彼女の父から聞いたとき、私にも言いたいことはたくさんあった。けれど(当時まだ)子のない自分がよその父親に、子を持つ親の憤りがどうあるべきかを語る資格なんてないような気がしたし、この場で自分に求められていることの判断くらいはついたから、ひたすら黙って彼の独白を聞いた。だからこそ、余計に記憶に残ったのだろう。彼女の父の声音も、その表情も。


 「そうではない、本当は―――」と、彼女に返してあげたかった。しかしその行為に「彼女の父に代わって」の修辞がつくのに気づくと、それは私の役目ではない、否、役目であってはならないと思う。しかし娘から弁解の余地なく父親失格の烙印を捺される彼を見るのもしのびなく、同時に、実は父が平静でなどいられなかったと知ることで、彼女の何かが救われるかもしれない、と思って心が揺れる。


 親が「愛してくれ(て)ない」ことを、子どもは何処で判断するのだろう。判らなくなる。自分も子どもだったはずなのに。今は人の親でもあるのに。彼女の「お父さん」が彼女を大切に想っていることは知っている。私がヒカルを想う気持ちに偽りがないように。しかし私自身、「生物学的父」の愛に懐疑的な子どもだったし、彼の死後、その想いの欠片らしきものを目にはしたものの*3、驚きの後に手元に遺ったのは感動とはほど遠い、気色悪さと不気味さだけだった。大人になっても手放せない父への忌避感、これが私個人に帰する人間的欠落でないならば、親から子への一方向的片思いとして、そして人は皆、誰もが欠落を抱える同士であるがゆえに、どこの親子にも普遍的に内在するものと捉え直すべきなのか。


 みんなが少しずつ知っていて、みんなが少しずつ知らずにいる。ヒトとヒトとが綾なす均質とは程遠い薄絹を間に挟んで、私たちはそれぞれの家族の声に耳を澄まし、その人間模様を透かし見て、己(おの)が年輪を刻んでいる。




 ひとのこころの奥には「沈黙の木箱」がある。


 「寂しい想いをしてきた子は、みんなそうだ」と、言われたことがある。高校を卒業し、身ひとつで東京に出て間もない、昔のことだ。「父親や母親の一番大切なものになれなかった寂しさを、子どもは忘れない。頭で忘れても、心が覚えてる。けれど抱えこんだ寂しさの分だけ、その子は優しくなれる。だからきっと、貴女も心の優しいおとなになるのだろう」と、その人は話を結んだ。


 そう話したのが今の私のつれあいであり、若き日の貴女の「お父さん」でもあると打ち明けていたら、彼女は何を思うだろう。馴れ初めに触れる気恥ずかしさから、彼女にも話したことはなかった。だから、胸をかきむしりたくなる。「子どものころからずっと寂しかった」「父に愛される資格がない」と語るのが、かつて私を救ったその人の、娘だからこそ。


 実際、つれあいは正しかった。その言葉のとおり、彼の一番大切なものになれなかった(と語る)少女は、こころ優しい女性に成長し、いま私の前にいる。今回の通信の最後も、彼女は「父をよろしく」のひと言を忘れなかった。やわらかに笑っていた。「かなかちゃん*4、心配しないでね。あれが父なりの愛し方だっていうのも、今は判ってるから^^」と。後日届いたヒカル宛のバースデーカードには、いつか会えますように、と綴られていた。―――お母さんは違っても、ヒカルちゃんは世界にただ一人の妹です、と。


 親と子は、互いの一番にはなれない宿命なのか。「親も人間だから」あるいは「子は親を選べない」といった諦観めいたニュアンスでなく、どれほど努力しても綻びが生まれるのが、親と子の必然なのかもしれない。一児の母として言い訳にしたくはないけれど、もしかしたらそれは、我が子が一番大切なものと出会い、心置きなく不完全な親もとを巣立ってゆくための。




<あとがき>


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筆者の4/4フルサイズヴァイオリンを「チェロ弾き」する二歳児



 昨年十二月に娘のヒカルは無事二歳を迎え、私も新米ハハ三年目をスタートしています。よって本文は、毎度のことながらタイムラグがアリアリです(汗)。


 一歳児としての一年は、二足歩行への移行、喃語から一語・二語文への移行、離乳食から幼児食(一部大人食)へのステップアップ、育児休暇の終了→母子が離れて過ごす時間の増加と、子どもにとっても親にとっても、今まで見ていた世界が大きく変わったドラスティックな年でした。


 以前から書いてましたが、私はなかなか子どもを可愛いと思うことができず、ゼロ歳児の頃は愛情深くというより興味深い観察対象を見るように娘の成長を眺めて過ごしたのですが、この一年は名実ともに<母>として、綿菓子のようにフワフワの幸せと、色とりどりのアソートチョコの小箱を開ける時にも似た*5ワクワク感を、存分に味わわせてもらえました。


 毎朝目が覚めるたびに、新しいことが出来るようになっている我が子を見出す喜び。これまで当てもなく中空に投げていた独り言に、しっかりことばが返ってくる驚き*6。これまで「個人差」で片づけられていたことが「個性」としか呼べないユニークさへと進化して、我が子のクセが見えてくる。決めたら必ずやりとげるぞ*7、とか、この手の懐柔は効かないぞ、とか、こういう接触は苦手だぞ、とか。大事なのは子どもの方でも着々と親のクセを学んでいることで、結果、より互いの行動や思考が読みやすくなる。なにより言葉の習得は、関係性に革命的な変化をもたらします。乳児期がフィーディングを中心に据えた原始的関係性の確立であるとするならば、幼児期から先はまぎれもない一個のヒトとヒトの交流です。


 とはいえ、本当に小さな変化ゆえ常にそばにいた者にしか気づけないことも多く、ツレに報告してもイマイチ感動が伝わらず歯がゆい想いも沢山しました。それが次へ繋がる新たな一歩と判別できるゆるぎない確信や予感、手応えは、その子と共に過ごし、流し流された色んな体液(謎)があるから得られる体感かもしれません。


 今まで歌に合わせて跳ねたり拍手したり踊るだけだった二歳児ですが、最近ついに歌うようになりました。初めての曲は、不幸な出来事によりオンエアされなくなってしまった、ZIPPEIの絵描き歌。毎日一人で歌いながら、あるいは私と一緒に歌いながら、zippeiの絵の練習をしています。二番目に覚えたのが、童謡の「おかあさん」。「おかーしゃん、なーに、おかーしゃん、いーによい(いい匂い)」と、部分部分を一緒に。今年は、彼女の囀り元年*8となりそうです。


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小さかったあんよも、今ではハハの手に余るほどに。
参考までに、生後一か月のあんよ。


 話は変って、昨今の保育所待機児童問題について、同じワーキングマザーの一人として心を痛めています。三月六日付東京新聞によれば、二月十八日に大規模な母親たちの抗議集会が行われた杉並区では既存の認可保育所の受入枠を拡大し、新たな施設設置への動きも出ているようですが、すでに離職を選択せざるを得なかった母親たちや、まだ恩恵に与かれていない日本全国の育児家庭、また抗議集会に参加の男女比や「待機親に一抹の疑義」を挟む心無い区議の弁を鑑みるに、本件は現代日本社会の通過点でしかありません。


 うちは夫が海外赴任中、自身は不規則勤務の職場に身を置いているため、夜勤中は人事と交渉の結果、職場の一室にシッターをお願いする形でなんとかやりくりしています。前例なんてないですし、こんな状況を前例にしてしまっていいのかという危惧もありますが、首都圏や都市部と違い、私が居住する県内に二十四時間託児OKの施設は殆どありません。職場と学区が離れる小学生以降のこととか、それまでに交代制勤務から外されるかな(@希望的観測)とか、ツレの帰国はいつだろうとか、母の介護生活は今後どんな影響を及ぼすのだろうとか、一度考え始めるとみるみる気持ちが不安定になりますが、娘と自分にとって一番よい家族の在り方を模索し続けるという大方針だけは見失うまい、と胸に刻み、過ごしていく所存(改めて決意表明してみた^^;)。


 当地にも躊躇いがちな春の足音が聞こえ始めましたが、まだまだ寒の戻りや雪が降る日もあります。最近は娘が立派に雪かき作法を覚え、邪魔協力してくれるようになりました。

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雪片による天然モザイク写真。狙ったわけではありません^^;


 雪遊びはいろいろ取り揃えておりますが、今年はsnow angel製作に勤しんでおりました。


 snow angelというのは、新雪に大の字に寝転び、腕をばたばたさせて作るボディ・プリントのこと。腕を上下に動かした部分の雪が扇状に削れて、天使の羽根のように見えることが由来。

※snow angel:

a human-made depression formed in an area of snow in the shape of an angel.

Making snow angels is a common childhood game.

――"http://en.wikipedia.org/wiki/Snow_angel"より一部引用。




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翼の折れたエンジェル、もといただの人間orz(二歳児撮影)
snow angelの肝、腕をバタバタする行為を忘れて、ただのヒト型にしかなっていない…><


 娘はまだ重量が足りず、深雪に転がしてみても写るのは衣類のシワばかりで、ボディプリントがとれませんでした。今はもう春の雪で、かじかんだりベタついてたりドロドロのため、来年に向けての宿題。


 雪を心待ちにしているのは、ニンゲンだけではありません。貴重な外歩きが許される機会、コナユキ兄も出動。

 

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モノトーンの世界に碧眼が映える。


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ワクワク膨らんだタヌキ尻尾もあっという間に雪まみれ。


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snowmanとsnowcat


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遊び疲れたら、一緒にお昼寝。


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モフモフ療法士も、たまには施術してもらいたい?


 以上、二歳児の成長記録とネコの日を合わせたエントリ。あとがきが本文より長いのは、仕様です^^;

*1:筆者の娘のブログネーム。無敵の2歳女児

*2:一部情報に手を加えている。

*3:この件については、2011年12月31日付エントリ「秘密」に記載。

*4:私の方が年上だが、彼女はちゃんづけで呼んでくれる。

*5:映画フォレストガンプ「My momma always said, "Life was like a box of chocolates. You never know what you're gonna get."」より。

*6:おかげで迂闊に「疲れた」とか「頭痛い」とか呟けなくなりました。幼な子に「ダイジョーブー?イタイー?ネムイー?イイコイイコ」と覗きこまれるのが躊躇われて。本当に癒されたいときは、イイコイイコしてもらってますが、その姿は誰にも見せられん^^;

*7:我が家は母乳おしゃぶりへの執着も、説得→本人納得→数日であっけなく卒業で、母唖然のパターン。

*8:いや、その前にトイトレ(トイレトレーニング)卒業元年にしたひ…。