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kananaka日和

2012-03-28

しあわせという名の、猫もいる。

 堰を切った言葉の奔流に一番驚いたのは、それを発した本人だったかもしれない。聞き手はネットで出逢った友人たちだ。彼女がどれほど癪に障るか、どれほど不快か、どれほど腹立たしいか、彼女との確執、彼女との諍い、彼女との攻防、彼女との応酬。


 しかし、一体いかなる経緯の果てに、自分はこのようなプライベートな話題を開陳しているのだろう。理解できない、理解できないながらにぶちまけている。吐きだしている。見境なく投げつけている。自分がいま、他人を使って鬱屈を晴らしている。そう自覚した瞬間(とき)、クラクションが鳴り響いた。―――彼女が、呼んでいる。


 「だからもう……限界なんです」


 口とは裏腹に、体が勝手に反応し外套を羽織る。羽織った瞬間、何かが臭った。それが彼女の体臭と気づき、もう一つため息が深くなる。ともあれ、この敷地内は駐停車厳禁だ。これ以上、待たせるわけにはいかない。


 再度のクラクション。


 小雪舞う窓外を覗くと、眼下に見えるのは薄汚れた灰色国産車。見慣れたはずの車体……って―――あれ? あんな車、ウチにあったっけ。それに、今の彼女に運転なんて出来るの? そもそも、彼女はいつ免許を取ったのだろう。


 ―――行かなきゃええやん*1


 ひと言も口を挟まずにいた友人――といっても、私にとっては大先輩方なのだが――の一人が顔を上げた。不可思議な生き物を眺める目をしていた。


 そうなのだ。そうだよね。放っときゃいいんだよね。そうしたらいずれ諦めて帰るのだから。だってこの通りは長時間の駐停車が禁止だし、そこでいつまでもクラクション鳴らしていたら誰かが彼女を止めるだろうし、彼女が何を言おうと私が知らぬ存ぜぬを決め込めば、私と彼女をつなぐ証拠(もの)は此処にないのだし。


 再々度の警笛。運転者の心情を表すかのように、それは恨めし気に三度鳴って、沈黙した。


 やっぱ帰るんかい、という声を背に部屋を後にする。


 結局今夜の夢も、同じ結末。そしておそらく、その次もさらにその次も、自分はこの呪縛から逃れられまい。否、逃れぬことを選択している、紛れもない自分自身が。たとえ窓外の季節が冬から春へと移ろい、吐き出す相手が変り、待ち受ける車のボンネットの色が夜ごと違っても。


 目が覚めてから振り返ると、夢はきれいだ。声は発する端から濃霧の向うに吸い込まれ、耳の中に水が侵入したように、遠くくぐもって聞こえる。まるで、自分の声じゃないみたい。薄汚れた感情も、剥きだしの憎しみも、目を背けたくなる現実も、欺瞞も本質も、すべてを薄絹の向うに霞ませてしまう。それでも、見ているときの夢は、ざらついて苦い。夢がうそをついていることを、誰よりも私自身が知っている。現実世界において警笛を鳴らすが如く、早く早く早く早く早く早く、と急き立て責め立て、人目を憚り人目を気にして苛立っているのは彼女ではなく、いつだって私の方なのだから。




 

 彼女―――私の産みの親である<彼女>は、好き嫌いの激しい人だ。しかも嫌いなものが、多岐にわたる。中でも手を焼くのが、タマネギ、ニンジンを筆頭に野菜全般*2と、もう一つ。


 「何考えてるかわからない、だからネコってイヤ」


 後に続く言葉は、聞かずとも判る。「オマエも同じ、あの人も同じ、何考えてるんだかわからない。イヤダ、イヤ」  <オマエ>とは筆者のことであり、<あの人>はすでに鬼籍に入った、当時の彼女の配偶者であり私の父である*3


 普通の子どもであれば傷つきうな垂れるところかもしれないが、私はそうではなかった。意地もあったかもしれない。でもそれ以上に、笑うし泣くし怒るし照れるし恥ずかしがるし、あんな甘美で表情豊かな生物と同列視されたことが、くすぐったくも光栄だった。それで充分だった。何をニヤけてるんだ、そういうところが「何考えてるかわからない」って言ってるんだ、とトーンを上げる声を遠くに聞きつつ、早くもこころは近所で馴染みの野良猫のもとへ飛んでいた。母とそりの合った試しがなかった娘は、何故か、あるいはそれが証左というべきか、ネコが好きだった。


 しかし娘より遥かにネコに似ていたのは、彼女の方である。大きな双眸に小さな顎、丸い頭蓋。いわゆる舞台映えのする相貌。若い頃はおそらく「美人」と呼ばれる部類に属していただろう。幼い頃からバレエで磨かれた関節の柔軟性は還暦を過ぎた今なお維持され、冷え性と無縁のからだは常に温かく、決して太ることのない痩せぎすの体躯にもかかわらず、もとからの平熱が高い。そして歩くときの気配が薄い。十分気を配っていても、知らぬ間に背後に立たれ驚かされることしばしば。何より悩まされたのは、彼女の嗅覚の鋭さだった。隠し事を抱えると、すぐ嗅ぎつけられる。特にそのアンテナは娘の異性交遊方面に研ぎ澄まされ、淡い恋心を抱いただけで「この盛りのついた雌猫が」「道理でイヤラシイ目つきをしている」「オトコのニオイがプンプンしてるぞ」等々、耳を塞ぎたくなる罵言を浴びせられたものだ。


 そんな私たち家族は、近隣住人の目にどう映っていただろう。父や母が執心した麗しの「家族劇場」の舞台裏は、団員の努力や思惑を余所に、容易く外部から見透かされていたのだろうか。ある朝、買ってもらったばかりの私の子ども用自転車を囲うように、胴体、頭部、手足を切断されたネコの死体が置かれた。それも数度に渡って。彼女のネコ嫌いを知ってのことかは不明。ただ彼女が盛大な悲鳴を上げて失神し、救急車が呼ばれたことは、コンクリートに散った暗褐色の血痕や小さな頭蓋、虚ろな瞳とともに、今も鮮明に覚えている。


 その後、無残な亡骸がどのように処分されたかは知らない。丁重な供養など期待出来なかったことは、十分わかっている。だから思い返すと今でも胸が痛み、無関係の罪なきいのちを利用して鬱屈を晴らした犯人への憤りがこみ上げる。そしていま共に暮す相棒の美しい碧眼を覗き込み、彼には如何なる悪意も近づけまいと心に誓うのだ。


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  老いた彼女と碧眼の彼は、同じ屋根の下に暮しながら、完全に生活圏を異にしている。この家に彼女を迎え入れたときの一番の懸念は、経済的な問題でも、彼女の患う病の特殊さでも、ネグレクトや幾度にも渡る自傷自殺騒動を含めたこれまでの確執でも、今後いつまで続くとも知れぬ介護の不安でもなく*4、ネコ嫌いの彼女と自称ネコ見習の私との、根源的な生き方の相違にあった。


 再同居にあたり自宅にネコが居ると打ち明けたときの、彼女の最初のことばは忘れられない。否、ことばというより、あれは唄だった。




  ふしあわせという名の猫がいる

  いつもわたしのそばに

  ぴったり寄りそっている




 ネコは不吉で不幸の権化、と彼女は固く信じて生きてきた。その激しい憎悪の源がどこにあるか知ったのは、つい最近のこと。上掲の詩が私が産まれる前に歌われた歌謡曲*5であること、その歌が1960年『猫学 Catlogy』と冠す、ネコ好きには想像するに堪えない短編映画*6を手がけ、晩年をニーチェという名の犬と暮した寺山修司の作詞と知ったのも。


 私と彼女が人間同士、勝手にいがみあうのは構わない。気懸りだったのは、その気配を碧眼の彼に見せてはならぬことだ。しかし、相手はネコである。彼らと共に暮らしたことがあれば、わかるだろう。相手のほんの僅かの身じろぎや息遣い、視線からも変化を察知する、あのこの上もなく敏感なアンテナと、繊細かつ確立した自我を前に、二十四時間嘘をとおすことの難しさを。人間(ひと)には見抜けないかもしれない「家族劇場」など、彼らの太陽と月が同居する瞳*7には、舞台の裏も表もないも同然。それどころかあの深い眼差しは、目に見えないものすら透かしてしまう。


 日ごろ誰にも愛嬌をふりまき、客人を歓待してくれる彼だが、彼女がこの家に足を踏み入れたときは違った*8。ただソファの隅で丸くなり、静かに目を閉じていた。うつらうつらしていて気づかなかったのでは…という希望的観測は、いささかムシが良過ぎるというものだろう。その証拠に彼女が去ってすぐ、彼は小さく伸びをした。ヒゲを立て、耳をグッと張って、尾をふくらませ*9。―――彼はこれ以上ない明確な意志表示をしていたのだ。先住者にひと言の礼も尽くさぬ新参者へは、一瞥の価値も見出せないと*10





 さていま一人の新参者、異母妹*11と彼の共同生活も、この春で一年と四か月を迎える。ベッドの上で蠢くだけの無力な生き物が首を上げ、寝返りを打ち、やがてズリズリと這い始め、産まれたての仔鹿のように立ち上がり、両手を上げて危ういバランスを保ち微睡む鼻先を横切り、時に自分に向かって手を差し伸べ、自分の一挙手一投足を模倣し、つたないながら名らしきものを呼びかけるようになってゆく様子を、彼はじっと見守ってきた。


 異母妹の身のこなしは、彼に劣らずしなやかだ。ネコ族お馴染みの寝姿「アンモニャイト」は、遊び疲れた彼女が文字通りスイッチが切れるように眠り込むとき、たびたび目撃される姿である。座った状態から片足を高く上げ身繕いするネコ族特有の仕草も、すぐに習得した。「ワンワン」はまだでも「ニャニャ」なら言える。朝目が覚めるといちばんにコナユキのもとへ駆け寄り、昼寝の前はコナユキに手を振り、昼寝から覚めればまた挨拶に。いささか迷惑気な彼の表情などお構いなしだ。当初は異母妹の観察およびストーカーに徹していた彼であったが、時やすでにヨシ、年明けと同時にそろそろネコの作法を叩き込むべく舵を切ったようだ。


 そんな彼のセンセイっぷりを覗いてみよう。


 

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頭の防御ががら空きであるぞ!




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隙ありっ!




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師匠、参りました!




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くんかくんか、ドンマイ。




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雪道はこうやって歩くのだ!
# まだあんよが出来なかったヒカルは、抱っこでお散歩。




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食事の前は「いただきます(お手)」!




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水が怖いとな? シャワーはこうやって浴びるのだ!




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仕上げはお母さん〜♪(画像は過去エントリからの再掲)



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はい、チーズ!
(それ、ビデオですから。むしろ動いてくださ〜い! ←シモベ談)


 谷川俊太郎の詩に「画廊で猫を飼うべきではないと主人は言う/画をひっかかれるからではなく/客が画よりも猫を見てしまうからだ」という詩があるが、我が子をコナユキと並べても、つい後者の仕草により目を奪われてしまう私は、母親失格立派なヌコバカだらうか^^;


 ご主人さま、ただいま息切れ気味のシモベに代わり、今後も義妹の生活指導および教育係をよろしくお願いいたします。




 閑話休題


 例年(いつ)になく雪の多い冬が過ぎ、当地に春の足音が聞こえ始めた先月の終り、一つの変化があった。<彼女>が大嫌いだった人参やタマネギを口にするようになったのだ。当初は自分の調理の工夫の賜物かと自画自賛していた筆者だったが、理由は彼女の内にあった。


 <あの人>が死んだから、と言うのである。<あの人>―――彼女の元配偶者の一人であり、私の父でもある人物の死が、彼女のタマネギやニンジンと何の関係があるというのだろう。しかも<あの人>が彼岸に渡って、はや一年が経過するというのに*12


 よくよく訊いてみれば、死ぬのが怖い、らしい。正確には、<死ぬ>という語は使わなかった。喉元まで出かけたそのことばは彼女自身によってあわてて飲み込まれ、そっと別のことばに置き換えられた。いずれにしろ彼女にとってこの一年は、筆者の口伝知ったかつての配偶者の死を既成事実に変えるのに必要な時間だった。そしてそれが過ぎた頃、不意に胸ぐらを鷲掴まれるような恐怖が襲ってきたという。



 ふしあわせという名の 猫がいる

 いつも私のそばに ぴったり寄りそっている

 この次春が来たなら 迎えに来るといった

 あの人の嘘つき

 もう、春なんか

 来やしない

 来やしない



 途中から独白はメロディを持たぬ唄へ変り、うめき声へと収束し、夜の底へ溶け込み消えた。彼女が誰を待っていたのか、巡り来る歳月のなか願いをかけた春があったのか、<あの人>が誰を指すのか、すべては推測の域を出ない。


 イヤダイヤ、マダ、イキタクナイ、イキタクナイ。


 同じ語を繰り返す彼女の前で、ただ立ち竦む。彼女の<イキタクナイ>という言葉は、これまで幾度も聞かされてきた。若いころからさんざん希死念慮で周囲へ迷惑をかけてきた彼女である。お母さんのこと愛してるなら殺してくれと、小学生の娘に包丁を手渡すような彼女である。目が覚めると、隣の布団を真っ赤に染めていたこともある彼女である。その彼女が、いま、初めて死を恐れている。<生きたくない>ではなく<逝きたくない>と訴え、死なずに済むためにどうすればよいか、必死で思案している。


 「そんなものなのかね」 


 この話を聴かせたとき、海の向うのツレは返したものだが、もっとも身近で彼女の身辺介護をしてきた身にとっては、そんな一言で片づけられられない、俄かには信じがたい話だったのだ。粗相するたび、ハヤクシニタイに始まり、ヒトゴロシ、ハヤクコロセ等、耳を覆いたくなることばを投げつけてくる彼女が、その一方で、生きる本能に衝き動かされていたこと。そしてその思考の行きついた先が、「タマネギとニンジンを食べること」だったということも。


 「なんか、色々情けなくて」


 それが、私からツレへの返事。情けないのは一体何か、本当に情けないのは誰か、そもそも情けないとはどういう意味か、自分でも整理がつかない。ツレもそれ以上は訊ね返してこず、話題は互いの娘の成長に移っていった。




 死は、遠くから想像しているほどにはドラマチックではない。徐々に出来ることが増えてゆく育児に比べ、出来ないことが増えてゆく終息の坂道は緩やかで、見たくない気づきたくない信じたくないというこちらの心理を見透かすようにひっそりと忍び寄り、ある日突然の大惨事とともに初めて現実を目の当たりにさせられることも珍しくない。「大往生」と称される年齢であっても本人が死期を受け容れているとは限らないし、実際、その瞬間(とき)がいつになるかなんて、誰にもわからない。特に入所や入院ではない在宅で看護をしていると、一つ屋根の下で死を迎えつつあるひとがいる状態(こと)が、日常になる。二十四時間態勢の介護や看護が必要でも、かたときも目を離せないというわけではないし、「ヒカルはいくつ?」と尋ねると、小さな人差し指を立てて「チ!(「1(イチ)」の意)」と言えるようになったばかりの幼な子を抱えた身に、それを求められても、無理だ。私たちは―――娘の私はもちろん、我関せずのスタンスのコナユキも、幼いヒカルも、海の向うの連れ合いも―――浸み込むような死と共に、今日を生きている。


 日々降り積もる苛立ちや疲労、歪んだ優越感に捻じれた正義感、そして忘れられない過去への復讐心が見えなくしているもの、見えなくしてきたものが、多分ある。いい加減、自分は未来の青写真をその構図から描きなおさねばならない、と思う。絶望にはまだ早いのかもしれない。生きていて、と願う夜があり、もっと早くもっと深く絶望してしまえ、そして楽になれ、と己に呟く朝も。期待してはそれが無になることには慣れっこだし、おおかたの場合、期待は悪い方向に裏切られることを、幾度も噛みしめた一年だった。それでも、彼女は数多くの好き嫌いのひとつを克服し、野菜を食べられる<おばあちゃん>へ進化した。ならば、まだ諦めずにいていいのだろうか。いつの日か「<しあわせ>という名のネコもいる」と、碧眼の相棒に向けて彼女のひび割れた唇が呟く日がくることを。




f:id:kananaka:20100203182912g:imageあとがき


 ネコが好きです。なので他人の口伝にしろ唄にしろ、少しでもネコを悪くいうエントリを書くのは、想像以上に消耗させられました。本来2012年2月22日のネコの日エントリのために書き始めたエントリの完成が、こんな年度末まで延びたのは、きっとそのせいです^^; 


 ま、3月28日も<ミー&ニャー>の語呂により*13個人的にはネコの日ということで^^; 今日も我が家は変らずの肉球日和であります。


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キミの愉しみ、我が愉しみ。


*1:当方、関西弁ネイティヴでないので、言い回しがオカシイ点はご容赦のほどを。

*2:還暦を超えた今に至るまで一度たりと口にしたことがない。ゆえに外食もしない。惣菜も食べない。レトルトの介護食もアウト。誠に介護人泣かせの人物であるが、そのことを彼女を引き取るまで全く知らずにいた娘(筆者のこと)も娘である。なお、私自身は食物に関しての好き嫌いは特にない。

*3:ん、上では「もう一つ」と書いたが、正確には「もう三つ」と書くべきだったろうか。

*4:いや、もちろんそれも相当あることはあったが…。

*5:浅川マキの「ふしあわせという名のネコ」/作詞:寺山修司/作曲:山木幸三郎/編曲:山木幸三郎

*6:主演:吉村真里。猫を高いビルの屋上から突き落とし、地面に叩きつけられて死ぬまでを冷然と実写したものと言われる。フィルム現存せず。

*7:古代エジプトにおいてネコの瞳には太陽神が宿るとされたと同時に、光量によって変化する瞳孔に、人々は月の満ち欠けを見たという。

*8:娘のヒカルが誕生し、初めてこの家に来たときの反応とは全く異なる。詳しくは昨年のネコの日エントリ『子猫がいねむりをしてるまに』参照。

*9:ネコとのお付き合いが長い方にはお判りでしょうが、これらは完全に戦闘モードのネコの特徴です

*10:ヒカルのときはまだ目も見えない彼女に代り、彼女を抱いた私が初対面の礼を尽くしている。

*11:筆者の娘であり、自他ともに認めるヌコファン…というより、どうも自分をネコと思っている節あり。

*12:当時のダイアリはこちら

*13:ツイッター上で、某宇宙動物(doramao)さんに教わりますた。にゃは。