Hatena::ブログ(Diary)

kananaka日和

2010-01-20

冬物語 雪語り: vol.2 ハクチョウといふ巨花を水に置く。

今週のお題:雪の日の思い出

※本稿は2010年1月16日付エントリ『冬物語 雪語り: vol.1 しづかな蒼い雪あかり』の続編です。エントリごとに独立した話題を取扱っていますが、順番に読み進んで頂いた方が解りやすい部分もあるかと思います。ご了承ください。



■ハクチョウといふ巨花を水に置く



f:id:kananaka:20100120010956j:image

朝の食事に向かうコハクチョウの群れ



 大人たちはその湖を「ハクチョウの湖」と呼び、子らに教えた。村が新嘗祭の準備を始める頃、鉛色の空を仰ぐと、遠くシベリアからカムチャツカ、オホーツクを経て、サハリン、クリル諸島(千島列島)、北海道と南下した、美しい冬の使者の飛影が目に入る。ハクチョウのような大型冬鳥が作る逆V字の飛行編隊は、前で羽ばたく仲間がつくった気流(翼端渦)を後続の個体がうまく利用することで、群れ全体の体力の消耗を最小限に抑える、彼らの旅の工夫である。毎年多少の数の増減はあるものの、オオハクチョウ、コハクチョウ、ユリカモメ、オナガガモ、マガモの大群が湖畔で羽を休める情景は、間もなく迎える長く厳しい冬の風物詩として、人々の生活に根づいていた。



f:id:kananaka:20100120010955j:image

水面より飛翔直後のコハクチョウ。既に美しい逆V字編隊が出来ている。



 ハクチョウの家族の絆は、ニンゲンのそれより遥かに強い。夫婦はどちらかが死ぬまでつがいを解消せず、幼鳥は三年ほどかけ徐々に親鳥から離れて若鳥のグループに入り、生涯の相手を見つけてゆく。ある年、四月も終るというのに一向に飛び立とうとしないグループ(家族)があり、村の大人たちが調べたところ、群れの中に病気で弱った幼鳥の存在が確認された。結局彼らは幼鳥の死を確認後、ようやく北へ帰っていった。


 「ハクチョウさんは、やさしいんだね。次に生れ変わるときは、わたし、ハクチョウさんになりたい!」


 目を輝かせ空を仰ぐ少女にその話を教えたのは、その後まもなく、彼女と彼女の母を捨てた父だった。


f:id:kananaka:20100120010957j:image

雪山の向うへ消えてゆく。






 やがてその村で暮し始めた少女は、ハクチョウが飛来する一年の半分を、湖に隣接する観測小屋へ通って過ごすようになった。終業の鐘を待ちかねて、まずは海沿いの国道に建つ温泉旅館に顔を出す。お目当ては、若女将から分けてもらうパンの耳。上手い具合に袋を受け取れば、あとは湖までつづく坂道を、北西の季節風に向かって、ひたすら錆びついたペダルを漕ぐ。


 根雪を避け、路上に残る車の轍の上を注意深く漕ぎ進めるものの、自転車は僅かの段差や突風に、足払いをかけられたように地面と激突してしまう。何度痛い目に遭ったかわからない。バスもあることはあったが、少女は見知らぬ他人と乗合わせるのがたまらなく苦痛だったし、他人のお仕着せのコースを行かされるのも、窮屈で面白くなかった。いつでもどこでも、自分の意思で進路を選べる自転車が好きだった。



f:id:kananaka:20100120010953j:image

水田で落ち穂を啄ばむコハクチョウの集団。

この季節、ハクチョウたちが食事に来られるよう、わざわざ水を張ったままにしている田圃を見かける。


 観測小屋はストーヴも暖炉もなく、丸太で組まれた剥き出しの壁と天井があるだけの空間で、少女はしもやけに赤く腫れた指に白い息を吐きながら、吹雪の日も、晴れの日も、寒(かん)じる日も、僅かに温(ぬる)む日も、氷の浮ぶ湖上で羽根を休め睦みあうハクチョウの姿を見つめて過ごした。最初は近づけば近づくだけ遠ざかっていたハクチョウたちとの距離は、徐々に徐々に短くなった。他の人には警戒の声をあげるグループも、少女が近づく分には長い首を傾げ見つめた後、それぞれの羽繕いに戻ってゆく。近隣の田圃の落穂や、湖の藻を食べ飢えを凌ぐ彼らにとって、時折彼女が運んでくるやわらかなパンは、貴重なご馳走だったのだろう。



f:id:kananaka:20100120010952j:image

餌をねだり、手元まで近づいてきたオオハクチョウ。写り込んでいるのは筆者の手。

なお、昨今の鳥インフルエンザの懸念により、一般観光客によるハクチョウの餌付けは難しくなっている。



 動作が鈍く、警戒心も強いハクチョウたちは、目の前にパンを放っても、小回りの利く鴨や貪欲なユリカモメ*1に、餌を奪われてしまう。けれど中には勇敢なものもいて、水面から上がり、積雪の上をヨチヨチ歩み寄り、彼女の指先から直接餌をもらう個体もいる。陸(おか)に上がったオオハクチョウはかなり大きく、首をのばせば立位の大人の女性の胸くらい。少女にとっては丁度目線の高さに、くちばしが届いた。ニワトリやハトと違い、先の丸い水鳥のくちばしは、突かれても痛くない。パクリと指ごと咥えられることにも、すぐ慣れた。いつの間にか、ヒトとトリの判別がつかないほどに、少女はハクチョウたちのそばにいた。



f:id:kananaka:20100120180743j:image

陸(おか)に上がっているオオハクチョウとコハクチョウ。

いつも水面にいるわけではなく、このように地上にいる個体も多い。

少し黒っぽく見えるのはまだ若い鳥。





 その年一番のぼた雪が、村をすっぽり包んだ夜、少女はシュラフと防寒具を運び込み、観測小屋にもぐりこんでいた。家には、何も言伝(ことづて)していない。大人たちが今宵は誰ひとり、自分を探しに来ない事情を、彼女は知っていた。


 一人横になり、雪のひと片ひと片が重なり舞い降りる音に耳そばだてる。草木の眠る深夜であっても、家の中にいれば、なんらかの気配がそばにある。屋根裏を駆け抜ける小さな生きものの足音であったり、階下で休む母の寝息であったり、幼い弟の寝返りだったり。でも、その夜は違った。まるで無響室に入った時のような、鼓膜を圧する違和感。静寂の分厚い壁が立ちはだかり、圧し掛かってくる。わざと音をたてて寝返りするも、音はあっという間に四方の壁の向うへ吸い取られてしまう。規則正しい自分の呼吸音だけが、音無き世界のただ一人の友だった。


 覚悟していたほどの寒さはない。雪の夜は、意外に暖かいのだ。彼方の家々から漏れる仄かな温みが、白い闇の底に灯っている。灯りの内には憎しみも哀しみもわだかまりもあるだろう。けれど、雪はそれすら不思議な静寂で包(くる)んでしまう。聞こえるとすれば、それは誰かの想いが積もる音。足音がしたかと思って身を起こすも、それが現実のものでないことをすぐ悟る。「早く帰って来ないかな」と念じた誰かの想いが、闇夜の空から落ちてきて、それを自分が受け止めた――丁度、そんな感覚。こんな静かな雪の夜ならば、そんなこともあるかと納得してしまう。育ての母の繰り言も、親族のいがみ合う声も、幼い弟の寝息も今宵は遠く、いつしか幼い魂は雪の音(ね)を子守唄に、深い眠りに落ちていた。



f:id:kananaka:20100120175902j:image



 次に彼女が目覚めたとき、雪の音は、甘くリズミカルな水滴の音に変わっていた。室内を眩しい曙光が満たし、軒先を長く伸びた氷柱が蒼空を背に金剛石(ダイヤモンド)のように煌めく。素早く寝袋を抜け出し、身支度もそこそこに戸口へ走るが、凍結した扉はすぐには開かない。直ちに踵を返し、ポットの熱湯をレールにかけた。



f:id:kananaka:20100120180520j:image



 扉の向うには、白銀の世界が待っていた。見はるかす白と蒼の世界を東雲(しののめ)を縫う朱の帯が斜めに染め、光と影のコントラストが交錯する。世界中の音という音は呑みこまれ、時折、冷気を切り裂く小鳥の啼き声が肌を刺す。白い華で覆われた枝からは、時折鈍い音とともに、雪煙が光の尾を引き落下した。年中ぬかるむ日蔭の小径も、今だけは誰の仕業でもない雪に覆われて、美しくなだらかな起伏の下で眠っている。踏みだす足許で小さく鳴いた新雪をすくい、口に含んだ。雪の匂い、朝の匂い、光の匂い、蒼穹の匂いが笑うように弾けては、舌の上で儚く崩れ溶けてゆく。


f:id:kananaka:20100120184311j:image


 クゥクゥ


 転がるように駆け寄ってきた少女を、ハクチョウたちのやわらかな歌が優しく包んだ。怜悧な大気が共鳴し、仄かに揺れる。包み込むものすべてが、自分を認めてくれていた。この白景の中に在る自分だけがホンモノで、それに比べれば、友達や教師、親族の前で俯き座る自分の姿はニセモノでしかない。あの家だって、帰るべき本当の場所ではなかった。そこに戻れば、また別の自分に着替えないとならないから。


 いつの日か、自分はこの小さな世界を出て行かなければならないだろう。果たして出て行って、そこで生きて行けるだろうか。そもそも、「現在(いま)」すら覚束ない自分の手が、「未来」をすくえるものか。――わからない。自己の存在への不安は、雪原を渡る風のように渦を巻き何処(いずこ)へか去り、また新たな雪煙を目の前につくり出す。けれど立ち止まってしまえば、自分はこの閉塞した世界の中で、酸欠の鯉のようにもがきつつ老いてゆかねばならない。村を出たまま便りの途絶えた我が子へ宛てた呪詛を、幾度も聴いた。自分もまた、やがて誰かを縛る触手になることは、想像するだに恐ろしかった。何より、自分の足で目で、外の世界を見たいのだ。だからやはり、自分は此処には居られない。



f:id:kananaka:20100120010954j:image

越えてゆく、ちからを込めて、翼を広げて。




 不意に、一羽のハクチョウが羽ばたいた。少女は我に返り、暁の燦光を抱きしめ震える翼を見つめ、息を呑む。


 ―――それは湖上に置かれた、一輪の花だった。美しいいのちの花だった。


f:id:kananaka:20100120010951j:image



(vol.3へつづく)


<あとがき>


 当時は、コハクチョウとオオハクチョウの区別もつけられない子どもでしたが、先日、トリの師匠からその識別方法を教えて頂き、この年にしてようやく見分けられるようになりました。実地訓練にも出かけた結果、もはや遠目にも完璧に見分けられます。南郷師匠、感謝です。

*1:当初「アジサシ」と誤記していたものを修正しました。コメント欄でご指摘くださった南郷師匠に、改めて感謝です。

manysidedmanysided 2010/01/25 18:20 すみません、トラックバックかわりにお知らせです。http://manysided.blog85.fc2.com/blog-entry-98.html
今夜と明日、再放送は2月上旬、NHK教育「ハートをつなごう」で性暴力被害の特集があります。
心身ともに余裕があればご覧くださいませ。
くれぐれもご無理なさらないでくださいね。
それでは。

PokoponPokopon 2010/01/25 19:16  アジサシというのは何か考えてみました。実際にアジサシが冬期に日本にいた可能性は薄いし、何かと間違えていたのだろう。それで、ユリカモメじゃないか、と思い当たりました。

kananakakananaka 2010/01/26 00:10 ■manysidedさま

ご連絡、ありがとうございます^^ さっそく今日の分と明日の放送分、録画予約しました。ナイスタイミングでした。私、夜も仕事を掛け持ちしているため、もう少し時間が遅ければ対応できていなかったので。

観終えたとき、書きたいことばが浮べば、また何か書くかもしれません。この手の話は、書いてるときよりも、書き終えて記事を公開した後が、私の場合なぜか一番しんどいのですが…。manysidedさんもご無理なさいませんように。

kananakakananaka 2010/01/26 00:13 ■南郷師匠

げェ、ホントだ、アジサシぢゃありません(画像を確かめたらしい)。ご想像のとおり、ユリカモメです。後でひっそり修正しておきます。

まだまだ修行が必要のようです(汗) このたびはご指摘、ありがとうございました(ぺこり

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証