2010-09-13
神々も愛でるクラフティ。
例年お盆を過ぎれば秋の気配が立つはずが、さすがの当地も今年の夏は鯨油のように重い粘り腰。なんでもこの猛暑、三十年に一度の異常気象を記録したのだとか*1。それでも先日、台風9号が日本列島を駆け抜けて、まず湿度がぐっと下がり、続いて毎朝の気温も20度を割り込むように。熱帯夜に飼い慣らされた体には、もはや過ごしやすいを通り越して肌寒い。金色の稲穂は重く頭(こうべ)を垂れ、こおろぎやすずむしの声の中、急に高さを増した蒼穹に泳ぐはいわし雲、外はすっかり初秋の風情。転じて室内に目をやれば、尾のある相棒がベッドに寄り添うようにうずくまる。「終わり」の気配が陽炎(かげろう)のように大気中を浮遊し、耳元に囁きかけてくる。また一つ、季節が過ぎようとしている。
ふんだんな野菜と果物の産地の実りの秋は、来たるべき厳しい季節に向けて保存食の素材の宝庫でもある。巨峰にイチジク、「祝」に続くは「つがる」(林檎)、「バートレット」(西洋梨)、もう少しすればお山の栗も茶色に熟れて毬(いが)から顔を覗かせることだろう。店頭を彩る秋の新顔たちに目を奪われ、どれから手をつけるべきか迷う今日この頃。本稿では、お盆過ぎから食べごろを迎え、鮮やかに秋の訪れを告げる「神々の果実」ネクタリン(Nectarine、学名:Amygdalus persica var. nectarina)を取り上げてみたい。
「神々の果実」は、またの名を「ヒカリモモ(光桃)」「アブラモモ/ユトウ(油桃)」と呼ぶ。「モモ」でも「スモモ」でもない「ネクタリン」。「ネクタリン」の名はヘレネス(ギリシャ)神話に出てくる神々の美酒「ネクタル」に由来し、「アンブロジア(神餐)」と共に神々に供され、それを食した者はたちどころに不死の神のエネルギーを得るとされた。
果皮は黄赤色で、果肉は赤紅色〜山吹色。その形状から「モモとプラムの掛け合せ」「アンズとスモモの掛け合せ」などと誤解されることがあるが、実態は間違いなく「モモ」と同一種。両者比較のため、上の写真では中玉のモモ2つとネクタリンを一緒に撮影してみた。
モモと同じ芳しい香りとやわらかでジューシーな果肉を持つ一方、ネクタリンの果皮にはうぶ毛がなく*2紅玉リンゴに似た光沢があり、煮崩れしにくい締まった果肉、確かな酸味と濃厚な甘味を楽しめる点で一線を画す。生食の場合、酸味のないモモを好む人が多いかもしれないが、タルトやクラフティ、バターケーキのような焼き菓子の素材、肉料理のソースとしての利用を考えるならば、間違いなくネクタリンに軍配が上がるであろう。
ネクタリンの歴史は古く、六〜七世紀頃、アジア中央部のパミール高原、トルキスタン地方で改良され、中国やヨーロッパへ渡ったと言われている。香りと酸味の強さが欧米人の嗜好に合うのか、本家の中国よりも欧米で人気がある果実のようだ。そういえば筆者が欧州を放浪していた時代、街ゆく人々が手の中に包みこむようにして、やけに鮮やかな小ぶりのモモを皮ごと齧って歩く姿を目にしたが、今思えばあれこそが「ネクタリン」だったのだろう。日本へは明治の初めに伝来し、現在では全国生産量の七割近くを長野県で担っている。欧米のネクタリンが日本人が眉をひそめるほどの強いインパクト(酸味)を持つのに対し、日本育ちのネクタリンは甘味も十分にあるという違いがある。
ちなみに、筆者は当地に移住するまで、この「神々の果実」を食したことがなかった。かろうじて不二家のネクターピーチジュースからの連想で、名称こそ聞き及んでいたものの、これまで店頭で実物を見かけた記憶がなかったように思う。お住まいの地域によってはあまり馴染みのない食材かもしれないが、もし何かの機会に目に触れる機会があったら、一度試してみることをお勧めしたい。モモとは一味異なる芳醇な風味は、一度食べたらクセになることだろう。
▽食材一覧
| ネクタリン | 中5個 |
| 水 | 400cc |
| 白ワイン | 200cc |
| 砂糖 | 300g |
| レモン | 1個 |
▽レシピ
涼しげな器に盛りつければ、出来上がり。
このまま冷蔵庫で1週間弱は保存可能。
保存期間が長くなる場合は、追加したレモンの薄切りは数日で取り除くことをお勧めします(砂糖の量を控えめにした場合、酸っぱくなり過ぎる場合があります)。
自家製のコンポートは、ただ甘いだけの市販の缶詰とは似て非なるもので、風味と香りが抜群。自分の好みの酸味と甘さに調節できるのも嬉しい。
一度作れば、クラフティのほか、パイのフィリングやマフィン生地に仕込むも自由、ヨーグルトやアイスクリームに添えるなど応用範囲も自在で重宝します。
熱いうちに保存瓶に入れて固く蓋を閉めて煮沸消毒しておけば、長期保存も可能。
果物の豊富な秋口に作っておけば、寒い季節のデザートに、炬燵にもぐりつつ旬の香りを楽しむことができます。
今回もすべてを頂かず、一部をクラフティの材料へ転用。
実はコレ、ずっと気になっていた食い意地テロエントリが忘れられなかったので^^; 詳細は、ふるふるのクラフティのレシピと共に次の項を参照ください。
![]() | 鮮やかなルビーレッドのシロップは、皮ごと煮込むため。 |
▽食材一覧
![]() | ネクタリンのコンポート 中2個分(一晩置いたもの) ※上のレシピ参照 生クリーム 120cc、牛乳 30cc 全卵 1個、卵黄 1個分 薄力粉 10g、砂糖 45g、 ラム酒 適量 |
▽レシピ
今は昔の学生時代、スイーツの基本を教えてくれた仏友人に「果物を使った家庭のお菓子といえば?」と訊ねると、一番に登場するのが「クラフティ(clafoutis)」。「クラフティ」とは仏蘭西リムーザン地方の焼きプリンのようなお菓子だが、プリンと違うのは「スが入ったらどうしよう」などと、加熱に気を使わなくてよい点。手軽につくることができる。
有名どころは、碧猫さんもご紹介の春(初夏)のスイーツ「さくらんぼのクラフティ」であるが、今回は秋のスイーツとして、真っ赤でつるんとした姿が可愛らしいネクタリンで試してみた。ネクタリンのコンポートが焼くことでさらに赤みが増し、見た目にも美しい仕上がりに。なお、今回ご紹介のレシピのようにタルト生地を省略したり、さくらんぼ以外の果実を使用したクラフティは「フロニャルド(Flognarde)」と呼ばれ、厳密には別のお菓子に区別されるようである。
今回使用したネクタリンは生のまま焼き込むと、生クリームなど他の材料の強さに負けて風味が生きてこない*3。対抗策として、あらかじめワインで煮込み、一晩(諸々の事情により、筆者の場合は三日三晩放置していた^^;)じっくり味をなじませてみた。このひと手間により、凝縮した風味がソースと程良く調和してくれる。
アツアツの焼きたても、少し冷ましても、冷蔵庫で冷やしても、それぞれの美味しさがあるのでお好みで^^
なお、熱々のカスタードプリンをハフハフ頬張るのが好きな筆者は、もちろん焼きたてをスプーンで豪快に。
今回は入手した(というか頂いた)ネクタリンが少なかったためグラタン皿を使用したが、タルト型を使う場合はネクタリンのコンポートを中央から放射状に並べ入れた上でソースをかけると良いでしょう。
【参考資料】
・『ギリシアの神話――神々の時代』 カール・ケレーニィ著(中公文庫)




















