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kananaka日和

2011-12-31

秘密。

f:id:kananaka:20100203182912g:image昼寝する子ども  (新川和江)



眠っている子どもは

眠りの国を 今

どのあたりまで行っているのだろう

よちよちと 家の中を

伝い歩きしかしたことのない

まだ土踏まずもできていない

やわらかな小さな足で

手もつながずに ひとりで


寝顔がときおり

花の蕾のようにほころぶ

母親のわたしにも見せたことのない

このような佳(よ)い微笑(ほほえみ)を

この子の頬に浮べさせるひとが

其処にはいるのだろうか

あ、またわらった


カーテンを優しく揺すってくれている

そよ風の生まれ故郷よりも遠く

古い額縁の中の

見知らぬ異国の港町よりも遠く


添い寝したところで追いつくすべない

はるかな距離を

嬉々として

ひとり歩きしている幼な子

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 今からちょうど一年前、一通の書留が届いた。差出人はひと月ほど前に鬼籍に入った父方の親族である。


 生前より父とは折り合いが悪く―――否、折り合いが悪いどころの話じゃない、幼いころに生き別れ、彼が余命を切られた日まで互いに音信不通を通し、再会こそしたもののこちらの身元を明かさぬまま彼岸へ見送るという、かなり特殊な関係であった*1何気なく封を切ってみて、危うく腰を抜かしそうになった。そこに忘れたくても忘れようもない筆跡を見出したからだ。


f:id:kananaka:20111231034605j:image:left 朱と金の水引が印刷された小袋。そこには特徴のある尖った文字で、「御祝」とあった。


 ―――ナンダナンダナンナンダ、コレハ。


 それはあの男がもう一度生き返ったかと思うほどの、まさに息がとまるほどの衝撃だった。気を取り直し、発作的に放り捨てた中身を改めてみれば、確かに現金が入っている。


 他に、三冊の分厚い岩波文庫。表には松田道雄『定本 育児の百科』の上・中・下とある。奥付に2008年1月16日第一刷発行と記されており、比較的最近入手されたものと推察された。


 恐る恐る同封の便箋を開くと、さすがにそれは彼(か)の人物からのものではなく*2、その義理の母からのものだった。曰く、遺品の整理をしていたところ、このようなものが見つかった。親族一同、貴女を娘と気づかぬまま逝ったと思っていたが、どうもそうではなかったようだ。でなければ、この封筒や本が残されていた辻褄が合わない。まぁ今となっては真相は不明だが、こちらとしては渡すべきものはきちんと渡したので受け取ってくれるように、とのこと。


 いやいやいやいやいや、仮にあの男が正気に戻った一時期に、時折病床に現れる女を自分の娘だと気づいたとしても、彼は私が妊娠している事実を知らなかったはず。元々が着やせする体質であったことに加え、臨月になっても腹のふくらみが目立たないのを良いことに、出産当日に至るまでマタニティ服とは程遠い、妊婦らしからぬ恰好で通していたこともある。周囲にも自己申告して初めて、「え、妊婦さん? は? しかも臨月?!」のような反応が起こるくらいだったのだ。気づかれているはずがない。実際彼自身、患者を勇気づけようとうっかり口を滑らせた*3看護師の前で、自分は天涯孤独の身で娘など居ないと闊達そうに笑い、後で散々、彼女のことを「意味不明なことを抜かす女」と口汚く罵っていたではなかったか。


 これは、ホラーだ。感涙に咽ぶどころか、混乱と不気味さの方が勝り、祝儀袋はそのまま抽斗の奥へ、本は本で書棚の積読コーナーに投げ込んでさらにひと月。出産入院中から思うように母乳が出ず、退院したらさっさと人工乳に切り替えようと思っていた自分が、いつの間にやら母乳教信者と化してノイローゼになりかけていた時期のこと。救いを求め見まわした瞳に映ったのが、あの松田道雄の本だった。


 恥ずかしいことに、この時まで私は松田道雄なる人物のことを全く知らずにいた。該当しそうな項に並ぶ歯切れのよい文章に思いがけず引き込まれ、それからは娘が寝つくのを待ちかねるようにして熱心に読み耽った。あっという間に該当月齢の項までを読破し、以降はその月齢になった時の楽しみにとっておくべく、ページを閉じた。


 その晩、海の向うで暮す相方に、<例の本>を読んでみたら予想外に面白かった旨を伝え、尋ねられるままに著者名を伝えると、へぇ、松田道雄を送ってきたんだ、と返された。


 なにその人、有名なの?

 貴女の父上はそういうことに興味があったのかな。

 ―――そういうことって? 

 だから、教育とか育児とか。

 まさか〜!w

 

 まぁ入手の経緯は兎も角として面白いなら読んでみるといい、本に罪はないよ、と続けて、受話器は沈黙した。



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 あれから十か月。ヒカルは、ようやく一歳の誕生日を迎えた。



 311 お誕生日ばんざい


 誕生日おめでとう。

 1年間の育児で母親としておおくのことをまなばれたと思う。赤ちゃんも成長したkれども、両親も人間として成長されたことを信じる。

 1年をふりかえって、母親の心にもっともふかくきざみこまれたことは、この子にはこの子の個性があるということにちがいない。その個性を世界じゅうでいちばんよく知っているのは、自分をおいてほかににという自信も生まれたと思う。その自信をいちばん大切にしてほしい。

 人間は自分の生命を生きるのだ。いきいきと、楽しく生きるのだ。生命をくみたてる個々の特徴、たとえば小食、たとえばたんがたまりやすい、がどうあろうと、生命をいきいきと楽しく生かすことに支障がなければ、意に介することはない。小食をなおすために生きるな、たんをとるために生きるな。

 小食であることが、赤ちゃんの日々の楽しさをどれだけ妨げているか。少しぐらいせきがでても、赤ちゃんは元気であそんでいるではないか。無理にきらいなごはんをやろうとして、赤ちゃんのあそびたいという意志を押さえつけないがいい。せきどめの注射に通って、満員の待合室に赤ちゃんの活動力を閉じ込めないgいい。

 赤ちゃんの意志と活動力とは、もっと大きな、全生命のために、ついやされるべきだ。赤ちゃんの楽しみは、常に全生命の活動のなかにある。赤ちゃんの意志は、もっと大きい目標に向かって、鼓舞されねばならぬ。

 赤ちゃんとともに生きる母親が、その全生命をつねに新鮮に、つねに楽しく生きることが、赤ちゃんのまわりをつねに明るくする。近所の奥さんは遺伝子のちがう子を育てているのだ。長い間かけて自分流に成功しているのを初対面の医者に何がわかる。

 「なんじはなんじの道をすすめ。人びとをしていうにまかせよ。」(ダンテ)



 松田道雄の主張は明快で小気味いい。


 母乳育児? ミルクでも母乳でも、どちらでも一向に構わない。赤ちゃんの方でちゃんと合わせてくれる。心配無用。出ないものを嘆くより、目の前の赤ちゃんに向き合え。


 離乳食? 母親が手間暇かけて台所に篭りっきりになるよりも、レトルトでも構わないから、その時間を目の前の赤ちゃんと遊んでやりなさい。食べたがらないのを無理に食べさせる必要はない。しゅうとめに何を言われたって気にするな、そんな封建制の遺風を守ることはない。


 偏食? 好みの偏りがあるのは人間として普通、むしろ必要な事。好きなものがあるという裏には、当然嫌いなものがある。やむを得ない。配色や形を可愛くしたって、赤ちゃんは騙されない。そんなことで矯正できると思う大人の方が、無邪気に過ぎる。


 添い寝の可否? どっちでもいいじゃない。それぞれの家庭が平和にいく方法で、両親が舵を切ればよろしい。etc.etc.*4


 読み始めた当初、所詮あの男が選んだ本だし、という色眼鏡があったことは否めない。そしてこの記事を書いている今も、本当にあの人物が選んだ本なのか、の疑問符が抜けないことも付記しておく。しかし何はともあれ、まもなく暮れようとしている2011年は私にとって、この本を読み込んで始まり暮れた一年だったのだ。


 中でも前掲の「お誕生日ばんざい」の項は、娘の誕生当日の夜まで楽しみに読まずにとっておき、小さな寝息を確かめてからページを開き、思わず一人、ほろりとさせられた。しかし、問題はここからだ。そのページには、もう一つ想定外のサプライズが仕掛けられていたのである。




 丁度そのページに、<出版のお知らせ>なる岩波文庫の刊行本目録が挟まっていたことには、随分前から気づいていた。丁度区切りのよいページであったこともあり、当日まで手を触れることなく、そのままにしていた。そしていざその項を読もうとして紙片を引き抜いたとき、ハラリと一葉の写真が落ちたのだ。色褪せた写真の中では、小さな楽器を抱え正装した幼女が、かすかに小首をかしげて立っている。


f:id:kananaka:20111231034606j:image:left 幼女は、私だ。
 誰が撮影したのか今となっては記憶にないが、初めてのヴァイオリンの発表会直後に撮影されたものであることは、おぼろげながら記憶がある。|


 今の今に至るまで、この本が自分のために用意されたものとは、どうしても確信できずにいた。離れて暮らした二十数年、あの男がどこかで別の暮しを見つけていても何ら不思議はない。実はその係累に、すでにあの男にとっての初孫がいるのではないか。そしてこの本もあの祝金も、その子供のために用意されていたものではなかったのか。


 ―――しかし今、ようやく結論が出た。思いがけないかたちで、呆気なく。この本はまぎれもなく、あの男が私のために選んだものだった。あの男が私の幼いころの写真を後生大事に身に着けていたことも驚きだが、その写真を一歳の誕生日の祝辞の項に仕込んでいたことは、それを上回る驚きである。死を前に、己の思いつきを実行に移した男の胸に去来したものが何か、私には想像もつかない。そもそもあの男は、いつの時点で私が十数年ぶりに現れた、かつて自分が虐待した娘であると気づいたのだろう。そして、いつの時点でその娘がお腹に子を――彼の孫にあたるいのちを宿していることに気づいたのだろうか。


 知るすべは、何もない。あの男の闇も、秘密も、もしかしたら存在していたかもしれない肉親の情に似た何かも、すべてが死の帳の向うに持ち去ってしまった。たとえ言葉を探せたとしても、そこに言い表せるものはほんとうの答ではないだろう。


 娘が一歳を迎えたということは、あの男がこの世からいなくなって一年が過ぎたということ。今もなお「お父さん」という詞(ことば)を、唇に乗せるのは難しい。格別胸にこみあげるものも、去来するものも、なにもない。ただ仰向けに寝転がって、目を閉じる。嗚咽もないのに、涙だけが流れる。そうか、これは排泄なのだ。徹夜を続ければ眠くなり、ものを食べれば空腹は満たされる。それと同じだ。動機も感情も要らない。きっとなにかの弾みで涙腺がゆるんでしまい、そのまま閉じなくなっただけの、あくまでも肉体の反応なのだ。だからこれで、よかったのだ。あの男が何も語らずに逝ったことも、今日まで私がその秘密に気づかずにいたことも。


 あどけない表情で眠る我が娘(こ)より、数歳だけ年上の少女の写真をもう一度見つめ、小さく鼻を鳴らし呟いてみる。


 ―――おめでとう、自分。


 隣で眠るヒカルの顔が、不意に花の蕾のようにほころんだ。




<2011年最後のあとがき>


 早いもので2011年も数時間を残すばかりとなりました。*5


 この一年は殆どブログを更新できず、その分、娘のヒカルとラブラブな毎日を過ごしていました。出産当初ハハとしての実感に乏しかった私ですが………一年経った今も変らず、母性とは程遠く^^; もちろん彼女を愛おしむ感覚はあるものの、こんなことを思うのは私だけなのでしょうか、どうも「私の子!」という感覚が鈍いのです。自分に帰属するものというよりは、誰かからの預かりものを、その時(どんな時?)が来るまで壊さぬよう必死で手入れしている、という感覚が近いです。


 当のヒカルも、産まれて暫くは私に対して「この人、誰?」の感覚を引きずっていたように思います。少なくとも生まれながらに母は母で子は子、そこには美しい親子愛が…なんてことは、我が家では起こりませんでした。ドアノブの音や遠くの犬の啼き声、そんな小さな物音ひとつにもビクビクしていたヒカルが、ようやくそばで身じろぎしても、果てはうっかり寝落ちしたハハが携帯電話を取り落としても眠りから覚めなくなったのは、生後三か月を過ぎた頃。その頃から少しずつ、気を許してもらえる間柄になったのだと思います。今は少し離れただけでも泣き叫んでしまうので、トイレに行くにも常に行動を共にするほどの<ひっつき虫>状態ですが^^;


 最近は言葉こそしゃべれないものの、ベビーサインを駆使することで、彼女と多くのコミュニケーションが成立するようになりました。つい先日まで、ベビーサインって何ぞ胡散臭いと思っていた自分ですが、「イタイ*6」「食べる*7」「美味しい*8」「もっと*9」「抱っこ*10」「眠い*11」等々、これらを巧みに組合せ、手話のように繰り出す我が娘を見て、考えを改めました。今日は「ごちそうさま」の合図を覚えて*12披露してくれた彼女、次々と新しいサインを覚えて、こちらへ語りかけてくる様子には、毎日が驚きと喜びの連続です。


 出産直前までホルモンの影響など精神力で何とでもなるわ、と思っていた私でしたが、渦中にいたときは気づかなかったものの、2011年前半は精神的に不安定な日々を過ごしていました。母乳が思うように出ないといっては打ち萎れ、搾乳で10本の指のすべてが腱鞘炎に、それを無理に搾るものだから乳房が内出血を起こして色素沈着し、膝痛や腰痛、回転性の眩暈で身動きできず*13、東日本大震災の折は余震とガソリンと灯油の枯渇に怯え、母乳の飲みが悪いといっては「なんで飲んでくれないの?」とか言いながらベソをかき、離乳食をまったく口にしようとしないヒカルにお皿を投げつけたくなってみたり…etc. 今思えば、なんでそんなことでダメージを食らうんだか、と思うこともたくさんありますが、あの時はパートナー不在の家の中、ひとり煮詰まってしまい、本当に苦しかった。本文にて紹介の松田道雄は我が家のバイブルと化してました。


 長々書き連ねましたが、そろそろヒカルの枕辺に戻る時間が参りました(号泣が呼んでいる><)。


 ぬこクラスタ、いぬクラスタ、とりクラスタ、爬虫類クラスタ、むしクラスタ、きのこクラスタetc.etc. 今年お世話になった皆様、どうぞよいお年を。来年もよろしくお願いいたします^^


<追記>

 2012年元旦より、かれこれ二年ほど続けていた酒断ちを解禁いたします。はぁ〜、楽しみ♪♪



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*1:詳細はこちらへ記した。

*2:もしそうであったら、自分は今度こそ恐怖の悲鳴を上げていたに違いない。

*3:「お孫さんを抱けるように頑張りましょうね」

*4:すべて著者による大幅な意訳ですが、大意は外していないと思われます。念のため^^;

*5:などと書いているうちに、日付が変わっていました。間に合うように頑張ったのに…ショック><

*6:右手の握りこぶしで左の手のひらを打つ

*7:人差し指と親指でつまんだものを口に持っていくしぐさ

*8:人差し指でほっぺを指さす

*9:手を前に差し出す

*10:両腕を差し伸べる

*11:両手で瞼を押える

*12:両手を胸の前で合わせてお辞儀する

*13:後で聞くところによると、腱鞘炎も膝痛も眩暈も出産・授乳によるホルモンの変化や母体の栄養不足が影響するそうです。