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2017-01-21 在日コリアン人権運動の理論構築について(21)

結論

 民族差別撤廃運動が停滞した基本的要因は、支配権力の支配と強制、それにもとづく既得権の肥大、多数派国民による少数派国民に対する差別と排除という基本的構造にメスを入れないことに根本問題がある。この構造は「私発見」という多文化共生論によってつねにごまかされようとしている。この隠蔽された基本的構造の議論を活発化しなければならない。活発化した議論の過程で、この構造の本質を暴露しなければならない。多文化共生論は、マイノリティに対する寛容さを売り物にし、全ての差別をなくすというスローガンで全体の奉仕者を装う。しかし、全体の利益のための公衆の中には、必ず隠された私的利益が存在する。それが組織であれば、その組織の利益である。「私的利益が悪いからではなく、私的利益のどの一つでも公衆を偽造する力を獲得すると、私的利益相互の調整がうまくいかない」(リップマン)。したがって、公衆(全体の奉仕者)の裏に隠された私的利益を活発化した議論を通じて明らかにする必要がある。公然たる討論によって私的利益が白日にさらされたとき、私的利益は適切な範囲でのみ、つまり説明責任に耐えうるものとして調整される。
 対立はよりよい社会を作り上げるために必要不可欠な資産である。対立によって人々は話し合いのテーブルにつき、対立によって人々は相手の主張の背後に隠れた私的利益を暴露し合い、妥協点をさぐることができる。公然たる対立、すなわち活発な派閥抗争こそ特定の派閥の権力の独占とその結果生まれる腐敗をチェックすることができる。  在日コリアン人権運動の再生にとって最も重要な点、それは情報戦である。最新の情報ツールを駆使した情報戦によって管理者の情報独占を打破することである。民族差別撤廃運動を停滞に追いやった構造の本質を暴露させるために情報戦が必要である。運動体が互いに情報を交換するためにも情報戦が有効である。今日ではデモや大衆動員が必ずしも有効な戦法とは限らない。情報戦によって動員される世論のほうが、はるかに効果を発揮することもある。
 もはや官僚や民僚による人権運動のナショナルセンターは不要である。個々のグループが、各々の個性を発揮して自由に、または必要に応じて情報交換し、連携することが人権運動全体の力を増大させる。ナショナルセンターはマイノリティの中の支配と従属関係を生み出し、官僚と民僚の格好の餌場になる危険性にさらされ続ける。ここでのキーワードは分離と自治である。
 巨大な組織も危険である。それを取り込もうとする勢力にとっては格好の餌食となる。共に行動できる団結力の強い人々による少人数のグループが多数生まれることが重要である。そしてこれらのグループが各々の持ち味を発揮して、情報と政策提言を発信し、その政策能力を強化することを日常の闘いとする。ときには必要に応じて、団体交渉やストライキを決行し、両者を補完しあうことが必要である。
 国籍にとらわれる必要はない。国籍自由で豊かな生活を送るための便宜にすぎない。自由選択しうる道具である。国籍の有無は差別の原因ではない。国籍を取得することによってはじめて、日本社会の牢固足たる差別の構造があらためて浮かび上がってくる。我々は小数派日本国民(コリア系日本人)の道を選択することによって日本の民主主義の長い闘争の歴史と手を結び、かつ我々独自の方法と色合いで、日本の民主主義の豊富化に貢献することができる。この道は多元化民主主義といいうる。
 日本国籍を取得し、それを武器として多文化共生論に隠蔽された既得権と排除の構造と闘うこと。これが民族差別撤廃運動再生の方向である。しかし、闘う側の主体が市民としての自覚を堅持し、下からのイニシアティブを発揮する努力を怠ってはならない。在日コリアンが自由に生きる社会とは、市民活動が活発なより良い社会である。そのためには在日コリアンが市民としてこの社会に積極的に参画し、下からのイニシアティブを発揮することによって、「奴隷の心理」から「市民性を開花させる」(T・Hマーシャル)主体にならなければならない。市民性を定着させるには英国でも3世紀を要した。私たちの子や孫の世代に引き継ぐ長い道のりを踏み出さなければならない。


参考文献
井上俊也編「差別共生社会学」(岩波講座 現代社会学代15巻)岩波書店(1996))
藤田敬一編『「部落民」とは何か』阿吽社(1998)
福岡安則「在日韓国朝鮮人中央公論社(1993)
金慶海「在日朝鮮人民族教育の原点―4・24阪神教育闘争の記録」田畑書店(1979)
金慶海編「在日朝鮮人民族教育用擁護闘争資料集 第1巻」明石書店(1988)
小沢有作「在日朝鮮人教育論 歴史編」亜紀書房(1973)
朴慶植「解放後 在日朝鮮人運動史」三一書房(1989)
朴尚得「在日朝鮮人の民族教育」ありえす書房(1980)
田中宏在日朝鮮人外国人 新版」岩波書店(1995)
梁泰昊「在日韓国朝鮮人読本」緑風出版(1996)
原田伴彦編「講座 差別人権 4 民族」(1985)
伊健次「異質との共存岩波書店(1987)
江橋崇「外国人は住民です」学陽書房(1993)
樋口陽一編「現代立憲主義の展開 上」有斐閣(1993)
大沼保昭「(新版)単一民族社会の神話を超えて」東信堂(1993)
金敬得「在日コリアンのアイデンティティと法的地位」明石書店(1995)
金東勲「外国人住民の参政権明石書店(1994)
金英達在日朝鮮人帰化明石書店(1990)
後藤光男「国際化時代の人権」成文堂(1994)
芹田健太郎「永住者の権利」信山社(1991)
徐龍達編「定住外国人地方参政権日本評論社(1992)
徐龍達編「共生社会への地方参政権日本評論社(1995)
辻村みよ子「『権利』としての選挙権勁草書房(1989)
中井清美定住外国人公務就任権」柘植書房(1989)
松下圭一「日本の自治・分権」岩波書店(1996年)
松田利彦「戦前期の在日朝鮮人参政権明石書店
森木かずみ「国籍のありか」明石書店
伊健次『「在日」を生きるとは』岩波書店(1992)
李英和在日韓国朝鮮人参政権明石書店(1993)
森田芳夫「在日朝鮮人処遇の推移と現状」法務研修所(1995)
朴慶植朝鮮人強制連行の記録」未来社(1965)
若槻泰雄「韓国朝鮮人と日本人」原書房(1989)
金英達朝鮮人強制連行の研究」明石書店(2003)
鄭大均在日・強制連行の神話文春新書(2004)
佐藤明・山田照美編「在日朝鮮人―歴史と現状」明石書店(1986)
徐京植皇民化政策から指紋押捺まで 在日朝鮮人昭和史岩波ブックレット(1989)
山田昭次高崎宗次他「近現代史の中の日本と朝鮮東京書籍(1991)
杉原僚「越境する民」新幹社(1998)
朴一『「在日コリアン」ってなんでんねん』講談社新書(2005)
金英達「日朝国交樹立と在日朝鮮人国籍明石書店(1992)
鄭大均在日韓国人の終焉文春新書(2001)
愼英弘「定住外国人障害者が見た日本社会明石書店(1986)
金泰泳「アイデンティティ・ポリティクスを超えて」世界思想社(1999)
近藤敦外国人参政権国籍明石書店(1996)
金英達在日朝鮮人の歴史」(2003)
吉田勝次「自由の苦い味」日本評論社(2005)
吉田勝次「アジアの民主主義と人間開発」日本評論社(2003)
吉田勝次「アジアの開発独裁民主主義日本評論社(2000)
森田芳夫「数字が語る在日韓国朝鮮人の歴史」明石書店(1996)
カレル・ヴァン・ウォルフレン「なぜ日本人は日本を愛せないのか」毎日新聞社(1998)
カレル・ヴァン・ウォルフレン「人間を幸福にしない日本というシステム」毎日新聞社(1998)
カレル・ヴァン・ウォルフレン「日本の知識人へ」窓社(1995)
ラルフ・ダーレンドルフ「現代の社会紛争世界思想社(2001)
松下圭一社会教育終焉筑摩書房(1986)
松下圭一「転形期日本の政治と文化」岩波書店(2005)
朴君を囲む会「民族差別亜紀書房(1974)
姜尚中在日ふたつの『祖国』への思い」講談社新書(2005)
松下圭一自治体は変わるか」岩波新書(2004)
松下圭一「現代政治・発想と回顧」法政大学出版局(2006)
梶村秀樹「解放後の在日朝鮮人運動」神戸学生青年センター(1980)
柏木宏編「共生社会の創造とNPO」明石書店(2003)
張明秀『謀略・日本赤十字北朝鮮帰国事業」の深層』五月書房(2003)
高崎宗次編「帰国運動とは何だったのか」平凡社(2005)
テッサ・モーリス・スズキ「北朝鮮へのエクソダス」朝日新聞社(2007)
民闘連「在日韓国朝鮮人の補償・人権法」新幹社(1989)
池東旭「コリアン・ジャパニーズ」角川新書(2002)
金賛汀朝鮮総連新潮社(2004)
崔昌華国籍人権」酒井書店(1977)
金太基「戦後日本政治と在日朝鮮人問題」勁草書房(1997)

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