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kanehen

2018-05-28

クラフトフェアまつもと2018

松本行ってきました。

久々に行ったら、イオンが大通りまでながーーーくできていて、それ以外にも信毎のビルがオシャレなカフェとインテリアの店になっていた。イオン、信毎それぞれの広場の部分でクラフトの出展がそれぞれブースを出していて、ミニクラフトフェアになっていた。後から聞いたら松本クラフト協会の企画(?)らしい。ひろがるなー。

なので、マップを見ながら、松本駅→六九ストリート→灰月→開運堂(ソフトクリーム)→信毎メディアガーデン→中町→イオン→あがたの森(クラフトフェアまつもと

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今回は一人でのんびり旅。いままでFBやインスタでチラチラみていて、はじめてご挨拶できた方々や久々の人たちにも挨拶できてよかった。

f:id:kane_hen:20180528082617j:image:w3602日に渡り、お世話になった小河さんのブース。

いままでは、ぐるぐる回って、それだけでお腹いっぱいになり、あまり購入する気持ちの余裕が無かったような気がしますが、逆に、ぐるぐるを止めて、1ルート1回だけ見て、あとで買うを止めて、しっかり見るようにしたら、いろいろ持って帰れました。とはいえ、灰月や六九ストリートで買ったのも多いけども。

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柏木さんのヘラ、灰月で山田さんのスープカップ、リトグラスの一輪挿し、東屋のバターケース、

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小河さんのコースター。一枚一枚が奥行きのある素材感でみていて飽きないのです、額に入れてもいいし、、、敷くのがもったいないので、しばらく眺めて過ごします。

去年、今年と、スタッフとして関わらせてもらったクラフトフェアまつもとですが、今年で終わり、今後は出展もしないと思うし、スタッフでもなく、ただの客として行くことになると思います。

まつもとは私にとっても特別な街で、そしてどこも街とは変わってゆくものなんだなぁと、改めて感じました。来年は35周年になるクラフトフェアまつもと、常に変わらないもの、そして変わり続けることを恐れないこと。2003年から松本で出会い、関われた時間を、今は懐かしく幸せな時間だったと(あんなに怒っていたけど)思います。

2018-05-25

工房イサド展

昨日、名古屋のアナログライフでの工房イサドさんの展示へ。

こ、これは!と我が家のちっさいらっきょうを掬うために長いサジを購入。使い勝手を確認したのでした。他にもブランクーシ気味な物体に興味が湧きましたがが、我が家にはもうちょっと小さい方が似合うかも、と。帰りにドイツパンのブルーデルで思いっきりパンを買い込みホクホクで帰宅。

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かねへんでは、6月6日までの陶屋なづなさんの「皐月の市」に引き続き参加しています。その後はしばらく企画展の類への参加はありません。今年は残すところ、12月の福岡望雲さんの展示になります。

今週末はクラフトフェアまつもとですね、2日ともうろうろしている予定、天気も良さそうで今から楽しみです。

2017-06-22

展示が終わって

18日に無事、名古屋のアナログライフさんでの展示が終わりました。たくさんの方々にご覧いただけたこと、感謝いたします。まだまだ試したいこと、つくってみたいものがあることに改めて気づかせていただく機会となり、多くの実りある展示でした。これからも、懲りずにしつこく叩き続けようと思います。ありがとうございました。

〜〜〜

そんなこんなで展示も終わり、今回はかなり追い込みで年甲斐もなく無理をしたので、案の定どっと疲れが出てしばらく体も頭も動かず、切り替えできないままでいたが、昨日くらいからやっとなんとか治まってきた。ぼんやりした頭でしてきたことのメモ。

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毎年作るようになった味噌。さすがにプラステックは味気ないと思って、クラフトフェアまつもとで思い切って買ってきた味噌桶(南部桶正http://taimagura-okeya.la.coocan.jp/)に天地替もかねて移し替えた。買った時は乾燥で隙間だらけになっていたが、ちゃんと水を張ったりの手順を踏んだら隙間は埋まり、無事移し替えられた。杉の香りがとてもいい。

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展示最終日の日曜は夫誕生日だった。まだ私はぐったりだったが娘リクエストにより土曜の朝、やにわにスポンジを焼いて生クリームとローソクを買いに行き、日曜の3時にたまたまもらっていたメロンをかざってお誕生会。疲れた体にケーキが染み渡る。

昨日からの本格的な雨、やっと梅雨入りらしくなってきた。庭の植物もホッとしているように見える。さて、展示で待っていただいた品々や新たな注文もいただいたし、いつの間にか在庫がなくなっていた材料も注文を終えた。本格的な夏になる前に、どんどん進めよう。残暑からの体調不良が例年のパターンだけれど、今年は気をつける。健康第一。

2017-03-21

安心 自信 自由

連休初日、帰省と合わせて伊賀のやまほんの「生活工芸展」に行ってきた。11時半〜16時45分までの5つのトークイベントも聞いてみた。さすがの長丁場でくたびれた。写真も1枚も撮らずじまいだったので、最新作モビール貼っておく。

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「生活工芸」いろいろな展示や本が出ていると思うが、今までは興味を持たずに過ごしてきた。しかし、今はどうやらもう歴史になったらしいので「生活工芸」とやらを知っておくべきなのかな?と興味が湧いた。色々メモしたりしてきたが、あとでちゃんと何かになるらしいのでイベントの内容については置いておいて、トークイベントで聞いた限り、ま、たぶん生活工芸の時代真っ只中だった自分の事を書いておく。

1999年に美大卒業して大学勤め、美大に辟易して2003年にフリーになって、以降2010年までクラフトフェアまつもとに出展、2006年〜2011年まで松本クラフト推進協会の機関紙の編集長だった。2004年に「素と形展」もあったり、三谷龍二さんとは色々お話する機会もあったので、身近にいて感化される部分は多々あったと思う。だけれど、私がフリーになるきっかけは、身近な人のために生活用品やアクセサリーもつくっていたアメリカの彫刻家のアレキサンダーカルダーであり、先輩の多くがオブジェや日展系の作品や何かをつくる中で、銅なべなどの生活用品をつくっていた大学の先輩の田中千絵さんや、2000年頃に友人に紹介してもらった靴作家の曽田耕さんでした。

フリーになる前は日展系の教授の元で、地方の私立美大に勤めていた。ホテルオークラのローストビーフは美味しいけれど、ふかふか絨毯に跪いて話すのは出来ないし興味も持てない、その流れで生きて行くのは嫌だと思ってフリーになることにした。曽田耕さんは(違ったらごめんなさい)自給自足で生活の様々なものを自分でつくり、職業訓練校で習って靴も自分用につくって、周りに欲しがられて1996年頃から売るようになった。と、聞いて、なんだそれ!良いじゃないか!何のしがらみも無いところに行こう、つくったものを欲しい人が買ってくれる、それだけで良いじゃないか!と思って田舎に引っ越したのが30才の時(我ながら、だいぶ気がつくのが遅い)。

そして、8年間つくって生活してゆく事を続けた。当初は非鉄系の叩いてつくる鍛金の作家は、ほとんどクラフトフェアまつもとにはいなかった。珍しがられたこともあり、今思うと恥ずかしいものも多いけれど、3年ほどで最低限の生活ができるくらいにはなった。そして、ギャラリーで個展をさせてもらえるようになり、そのまま一人でコツコツつくり続けるのだと思っていたが、縁があり夫婦になって子供を育てるという仕事もすることになり、現在の主婦兼金工作家の2足のわらじとなった。

私にとって「生活工芸」は過去の事だと解った。あの時代はそんな色だったなーと、思う。イベントの後、三谷さんに「あの頃(のクラフトフェアまつもと)が一番面白かったように思うけど、今はどう?」と聞かれたが、どうだろう?確かに変わってきているかもしれないし、出展応募者は減ってきているけれど、まだまだフェアはこれからの人たちにとって大事な場所になり得ると思う。クラフトフェアまつもとは今のつくり手が集まる場所だから、今の社会が反映される、自由な場所だから。

それから、私が気になった事を書いておく。トークイベントの最後の質疑応答で、使い手の方から、生活工芸の方々から多くの「安心」を受け取っている。と、いうような意味の声を聞いた。また、辻さんがなぜ生活工芸を広めるのか、なぜ発信するのか?に対して「自由になりたい」と、いうようなことも言っていた。

今、まさにはじめての社会(=小学校)に出て行く子に、世界は優しさだけでは出来ておらず、私たち親が常に守る事ができないという事を伝えねばと、1978年にアメリカの女性が起こしたCAPプログラムという子供達の基本的人権を伝えるための絵本を読み聞かせている。(日本で翻訳されたのは1985年、文末にリンクする)そこに、「安心」「自信」「自由」が心の力になると、書かれている。それらを奪われたら声をあげて怒って良いと書いてある。人は生きてゆく上で「安心」「自信」「自由」を欲しているのだなと、深く感じ入った。それは裏を返せば、それまでの社会がいかに一人一人の「安心」「自信」「自由」を奪ってきたか、ということに尽きるのだと思う。そして、それを求める事を普通だと思い始めたのはあの頃なのかもしれない。

よし、過去はしっかり振り返ったので、未来に向かおう。

あなたが守る あなたの心・あなたのからだ

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