裕次郎のミステリ映画

  • 衛星映画劇場@NHK-BS2(録画DVD)
「夜の牙」(1958年、日活)
監督井上梅次/脚本井上梅次渡辺剣次石原裕次郎月丘夢路岡田真澄浅丘ルリ子/白木マリ/森川信/安部徹/小林重四郎/西村晃安井昌二/南寿美子

先日70歳で亡くなった岡田真澄さんを追悼しNHK-BS2で放映された作品。デビュー50周年を記念していまチャンネルNECOで企画されている裕次郎主演映画のラインナップにも入っていないから、うまい具合にその隙間を埋めてくれたかっこうだ。
この「夜の牙」は「俺は待ってるぜ」の翌年、かの有名な「嵐を呼ぶ男」と並行して撮影されたという。監督も同じ井上梅次。井上監督と脚本を組んだ渡辺剣次は、江戸川乱歩晩年の長篇「十字路」の影の作者であり、それを原作に映画化された「死の十字路」(1956年)の脚本も執筆した。「死の十字路」もまた井上監督作品であり、なかなか面白い映画だった(→2005/12/3条)。
そんな事情でこの映画も期待していたのであったが、これまたなかなか見ごたえのあるミステリ映画だった。いわゆる「顔のない死体」と「一人二役」というトリックが大胆に使われた*1、ミステリ好きにはたまらない道具立てである。
石原裕次郎は不良っ気のある町医者で、岡田真澄はその弟分にして、彼を好きな浅丘ルリ子とコンビでスリをなりわいとしている。若き頃の岡田はこのような多少頼りない弟分という役柄がぴったり。その岡田は、スリから足を洗い、映画の「ニューフェイス」に応募しようと志すが、前科者のため石原の戸籍謄本を借りたいと申し出る。
快諾した石原が区役所で自分の戸籍を見て驚く。すでに二年前に死亡届が出されており、戸籍から抹消されていたからである。手続き上何の問題もなく書類が受理され、死亡診断書も提出されていたと知り、関係者を訊ねてまわっているうち、自分の死亡届は空襲のとき生き別れた実弟によって提出されていたことを突きとめる。弟は生きており、どうやら資産家である伊豆の叔父の莫大な遺産を受け継いだらしい。裏に何か潜んでいると疑った石原は、岡田とともに真相究明に乗り出した…。
この陰謀にひと役買っているらしい弁護士安部徹の悪党ぶりや、伊豆の叔父の元執事だったという西村晃の小心者ぶりが毎度いい。月丘夢路はからくりを全て知っているとおぼしき「謎の女」で、石原裕次郎は彼女に好意を抱いてゆく。情けなかったのは、「一人二役」トリックが暴かれたとき、まったく気づかなかったこと。演じていた俳優さんの顔をよく知らなかったとはいえ、あとから一人二役トリックが使われていると知り、いかに自分がぼんやりと映画を観ているかを恥じた。
『銀幕の東京』的視点で言えば、昔の品川駅プラットホームの光景と、東急文化会館屋上が珍しいだろうか。東急文化会館には、有名だったプラネタリウムのドームが威容を見せている。川本三郎さんの『銀幕の東京』*2中公新書)をひもとくと、東急文化会館プラネタリウムについては、野村芳太郎監督の「月給13000円」が紹介されている。ただしこの映画では渋谷駅と恵比寿駅の間にある山手線陸橋から見えるプラネタリウムの姿に触れられたのみだから、そのドームそのものがある文化会館屋上でロケされた映画として、「夜の牙」は貴重なものとなるだろう。精神的においつめられた西村晃が、石原裕次郎に真相を告白してしまうというシーンである。そこに現れた謎の男「土曜日の男」を、裕次郎は走って追いかけるが、足をすべらせながら走っているのがおかしい。文化会館の屋上は滑りやすいタイルで舗装されていたとみえる。
先日読んだ松島利行さんの『風雲映画城(上)』*3文藝春秋)では、この映画に関する面白いエピソードが紹介されている。もともとこの映画は、医師=三橋達也、スリ=石原裕次郎という配役に決まっていたが、クランクイン前に刷り上がったポスターには、最初に裕次郎の名前があって、主役の三橋が最後に載せられていたため、三橋がつむじを曲げて出演をボイコットし、急遽石原・岡田のコンビで撮影されることになったのだという。
しかしこれには三橋さん側から「映画の主役に決まっていたという話も知らないし、そんな経緯もまったく知らなかった」という反論が出され、真相が混迷を深める。映画制作自体も謎をはらんでいたのだ。三橋さんはこのトラブルをきっかけに、このあと「勝利者」一本に主演しただけで、日活を去ることになったという。三橋・石原コンビは、石原・岡田コンビを観てしまった以上なかなかイメージしがたい。やはり映画として実現された石原・岡田コンビがベストではないかと思わざるをえないのである。

*1:もっとも後述するように、「一人二役」は観終えてから知り、あらためて見直すと伏線がきちんと張られているのに感心した。

*2:ISBN:4121014774

*3:ISBN:4062060140