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2006/09/01

幻の東京赤煉瓦駅

[]まぼろしの待ち合わせスポット

自分自身にも、息子たちにも電車、ひいては鉄道に対する趣味がなかったため、去年で閉館した交通博物館を閉館直前になってようやく訪れ、それきりになってしまったのは、残念なことであった。

秋葉原方面に行くことも稀だし、御茶ノ水以東の中央線を使うことも滅多にない。東京発の中央線電車に乗る機会は2年に一度程度か。この区間を電車で通るたび、万世橋駅プラットホームの遺構がなお残っていることに感動をおぼえる。

中西隆紀さんの『幻の東京赤煉瓦駅―新橋・東京・万世橋』*1平凡社新書)は、明治期に国家の威信をかけてつくられた帝都の鉄道網と、その中心的駅として構想された新橋・東京・万世橋三駅の成り立ちをいろいろな角度から取り上げた面白い読み物だった。

もともと東京の西の玄関口だった新橋と、東へ延びていた甲武鉄道の終点として設けられた万世橋が東京駅に先立って赤煉瓦造りの駅として誕生する。二つの駅は兄弟のように似た外観で、赤煉瓦と白い石の縞構造が特徴であった。二つの駅の写真を見ると、これこそが「明治」であると感じる。

本書では、これら三つの駅を結ぶ高架鉄道の下にある煉瓦のアーチが作られた経緯や、万世橋駅二階で経営していた食堂「みかど」と作家たちの関わり、「みかど」が請け負った食堂車、都心乗り入れに執念を燃やした甲武鉄道と都心循環線(山手線)誕生の経緯など、明治鉄道史のなかで個人的に関心を持っていた事柄が簡潔に記述されていて、知識欲が満たされた。

なかでも驚かされたのは、第三章「駅を回転させた泉鏡花」だ。突飛な章タイトルであるが、これは鏡花の短篇「売色鴨南蛮」が万世橋駅を舞台としているという指摘に由来する。鏡花はこの作品のなかで持ち前の幻想力を発揮させ、万世橋駅の高架プラットホームを大きな船に見立て、東西方向にある駅を南北方向(つまりいまの山手線秋葉原駅の方向)に回転させてしまうという内容であることを紹介し、実は万世橋駅はもともとこの方向で設置される予定であったことを述べているのである。

当初の目的から90度回転して東西方向に変わったのは、この時期の秋葉原という場所の性格にあったと論じたくだりは、いまの秋葉原界隈の賑わいからは隔世の感があって、近代都市東京の成立をうかがううえでも興味深い部分だった。

読む前からもっとも関心があったのは、万世橋駅前にあった「軍神」広瀬中佐・杉野兵曹長像建立の経緯とそのゆくえを追った第七章「広瀬・杉野「軍神」像の謎」である。古い万世橋駅界隈の写真を見ると、煉瓦造の駅舎とともに目を引くのが、駅前広場にあるこの軍神像。

もとよりいまの世の中、皇居前広場の楠正成像や靖国神社の大村益次郎像以上に時代にそぐわないものであることに違いないが、場所柄のモニュメント性と構図は抜群のものがある。それゆえなのだろう、敗戦直後、この像は「銅像戦犯第一号」として撤去され、金属会社に払い下げられてしまい、行方不明(おそらく溶かされた)となってしまった。

本書では、台座の上で直立する広瀬中佐像の作者が彫刻家渡辺長男、下に座す杉野兵曹長の作者がその実弟である彫刻家朝倉文夫の作であるという説をあらためて紹介した後、建立と撤去の経緯がたどられている。

『東京人』2006年3月号(特集「さよなら交通博物館」)をめくると、初代煉瓦造駅舎の写真、関東大震災後に復旧された二代目駅舎の写真、1936年(昭和11)に駅に併設された鉄道博物館(旧交通博物館)の写真が掲載され、そのいずれにも広瀬・杉野像が写し込まれている。

これを見るにつけ、渋谷駅のハチ公像を思い浮かべる。もし残っていたら、秋葉原に乗り込むさいの待ち合わせ場所になっていたかもしれない絶好のスポットが都心から消えたことは、哀惜の念にたえない。

[]三原葉子の不思議な魅力

  • ようこそ新東宝の世界へ(石井輝男監督一周忌)@チャンネルNECO(録画DVD)
黄線地帯イエローライン」(1960年、新東宝)
監督・脚本石井輝男/天知茂/三原葉子/吉田輝雄/三條魔子/沼田曜一/吉田昌代/鳴門洋二/大友純/中村虎彦

以前ラピュタ阿佐ヶ谷で観た「地帯」シリーズの「セクシー地帯」にはしびれた(→6/1条)。だからこの「黄線地帯」(イエローラインとルビが振ってあるが、作中では「おうせんちたい」と呼ばれていた)も観る前から半分は期待していた。「半分」というのは、あらかじめ鹿島茂さんの『甦る 昭和脇役名画館』*2(講談社)を読んでいたからである。

神戸税関長殺しを依頼され、仕事を遂げた殺し屋天知茂は依頼者に裏切られる。逃避行の途中、電話ボックスで踊り子募集の応募連絡をしていた三原葉子をつかまえ、新婚カップルとして神戸に一緒に逃げるよう強要する。この映画は、冒頭から鉄道で神戸に逃げ、雑然としたカスバ街の中にある簡易ホテルに投宿するあたりまでが面白い。

三原葉子が百円札に助けを求める文字を書いて他人に手渡すのだが、その百円札が相手に気づかれず様々な人の手を転々とするあたりの展開が冴えている。このあたりの天知茂と三原葉子は凸凹コンビというか、二枚目でシリアスなのだが喋りは伝法な天知茂と、ちょっと脳天気で茫洋としている三原葉子の取り合わせがいいのだ。

鹿島さんはこの映画での三原葉子について、こう書いている。

たしかに、『黄線地帯』の三原葉子は脱がないときでも不思議な存在感があり、天知茂に拉致されながら「まあ、なかなかいい男」と憎からず思っているのがその言葉使いや態度から滲み出ている。このあたりは、男とあらば、誘惑せずにはいられないウッフン系の女の「化粧されない演技」が冴える。(225頁)

「化粧されない演技」というのは、三原葉子好きだった淀川長治さんの作品評中にある一節であり、上の文章はこの淀川さんの批評を受けてのものだ。

「不思議な存在感」「ウッフン系の女」とは言い得て妙である。(この映画にかぎらず)三原葉子の台詞まわしの特徴に、「んんっ」とか「んふっ」といった、最後にハートマークを付けて表現したくなるような感嘆詞(間投詞?)がある。また、頭を心もち傾け、右手の人さし指を口にくわえ媚びてみせたり、人さし指を鼻に持ってきて「ブタ顔」にしてみたり、ある意味過剰とも言える仕草が、嫌味にならずかわいい。シリアスな天知茂ですら、三原葉子に引きずられるかのように女性の口真似をしてしまう。

「セクシー地帯」での三原葉子はあまり目立たず、全編にあふれる緊迫したムードと躍動的なカメラワーク、ジャズのリズムで映画を佳品にしていたが、この「黄線地帯」の売りは、ビキニ・スタイルで胸をふるわせながら踊りまくる姿もあわせて、三原葉子にあると言えるだろう。

黄線地帯 [DVD]