「怪演」も考えもの

「四万人の目撃者」(1960年、松竹大船)
監督堀内真直/原作有馬頼義/脚本高岩肇佐田啓二伊藤雄之助岡田茉莉子杉浦直樹安井昌二/三井弘次/幾野道子/西沢道夫/浅茅しのぶ

「四万人の目撃者」はかねがね観たいと思っていた映画だったし、神保町シアターのこの特集のパンフレット紹介文では、「三井弘次の文字どおりの怪演も見どころのひとつ」とあったので、これは絶対観なければとチェックしていた。
あまりに期待が大きすぎたこともあるかもしれない。ちょっと期待はずれではあった。場内からも失笑が漏れた場面がいくつかあるし、ミステリ映画としてのサスペンスに欠ける。四万人の大観衆が観ているなか、長打を放ったプロ野球の花形キャッチャーが、サードにヘッドスライディングしたと思ったら、そのまま息絶えていた、それをどのようにミステリに仕立てるのかというあたりの必然性に欠ける。犯人は誰か、どのようにして殺したのかというあたりの謎解きもゆるい。
たまたまこの場面を、スタンドで地検検事の佐田啓二と敏腕刑事の伊藤雄之助が観ており、二人が二人ともこの死を心臓麻痺のような自然死でないのではと不審に思うあたりも説明不足の感がある。プロのカンと言われれば何も返せないのだが。
ヒロインである岡田茉莉子も、なぜかパッとしない。お茶目でかわいい役か、凛とした悪役なら許せるが、どうも中途半端なのだ。これだけ不満を持つのも珍しいのだが、でも楽しんで観たのだった。
久しぶりに伊藤雄之助を観たのも楽しめた大きな理由だろう。存在感たっぷり。佐田啓二も、いかにも検事にぴったりという風貌であり、温泉につかっても、寝起きでも乱れぬ髪型を楽しむという手もある。佐田啓二伊藤雄之助のコンビといえば、「いろはにほへと」(→2008/1/28条*1)を思い出した。
「いろはにほへと」と言えば、そちらでもご活躍だった三井弘次の「怪演」。たしかにアル中で言語不明瞭なおじさんとして、まさに三井さんならではなのだろうが、出番はあまり多くないし*2、あまりにも「怪演」すぎて、逆にこれだけエキセントリックな役ならば、別に三井さんでなくてもいいだろうと思ってしまうほど。あのだみ声で、ちょっぴり胡散臭い、あるいはその胡散臭さを逆手にとって実はいい人という役で本領発揮だと思うから、あそこまで「怪演」されてしまうと、“過ぎたるは及ばざるがごとし”ということわざを頭に浮かべてしまう。
原作は未読なのだが、有馬頼義の原作もやはり検事・刑事とも選手の死に最初から不審を抱いてしまうのだろうか。

*1:奇しくもおなじ1960年の松竹映画だ。実は今回、この映画の感想で書いた「僥倖」を味わうことができた。

*2:ただし、三井さんが夜一人で海へ小舟を漕ぎ出し、預かった木箱を海中から引き上げるシーンの映像は詩的なほど美しかった。