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蟹亭奇譚 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2014-12-25

[][] アメリカの警官とドーナツの関係

 アメリカ合衆国の警官がドーナツを食べている場面というのは、一種のステレオタイプである。だが、その起源や由来については定かではない。

なぜ?アメリカの警官が、いつもドーナツを食べている理由 - NAVER まとめ

no title

アメリカ映画などでよく休憩中、または勤務中にドーナツを頬張る警官の見かけるが、これはアメリカの大手ドーナツチェーンであるダンキンドーナツが「制服とパトカーで来店した場合ドーナツを値引き、または無料」というサービスを始めた為である。警官が店の中にいることによって、強盗避けの意味を成しているためである。犯罪大国アメリカならではのサービスと言えよう。

http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%84

 ダンキンドーナツが、制服警官のために「値引き、または無料」のサービスを行ったのは事実かもしれないが、ダンキンドーナツの創業は1950年であり、同社は戦後の会社なのである。(no title 参照。)

 しかし、戦前の小説にも、このステレオタイプが描かれているので、ダンキンドーナツのサービスを由来とする上の引用箇所については、完全にガセだといえる。


 以下は、ダシール・ハメットの短編小説からの引用である。

 彼はすっぱい口つきをしてみせた。「(中略)警官としてのおれの仕事は、やつらの仕事と同じくらい頭もいるし、やつらと同じぐらいタフで、やつらと同じぐらい危険をおかさなくちゃならない。それなのにやつらはでっかい金をものにし、おれときたらコーヒーとドーナツのためにあくせくしているのはどういうわけだと考えるようになった。そういう種類のことは、えてして頭にくるものでね。とにかく、おれは頭にきちまった。」


 ダシール・ハメット『両雄ならび立たず』(田中融二訳)

 ※強調部引用者。

 ネタばらしを避けるため、あまり詳しいことは書けないのだが、1930年前後に書かれたと思われる小説の中で、すでに警官とドーナツの関係がステレオタイプとして、警官自身によって語られている場面である。(もちろん、この小説が由来だというわけではないのだが。)

 営業時間が長いドーナツ・ショップが警察官に愛用されたのは確かだろう。加えて、これは推測だが、禁酒法時代を背景に、ウイスキー=ギャング、コーヒー&ドーナツ=警察官といったような連想があったのではないかと思う。ただし、ハメットの作品に登場する警察官は、悪者が多い。というか、そこが面白い。

死刑は一回でたくさん

死刑は一回でたくさん

2013-11-02

[][] レイモンド・チャンドラー 『高い窓』

 1942年に発表された私立探偵フィリップ・マーロウもの長編第3作。清水俊二訳だが、翻訳完成前に訳者が死去したため、戸田奈津子が完成させたという本である。

 ハードボイルド小説といえば、派手なアクションとタフな主人公と相場が決まっているのだけれど、ドンパチはほとんどないし、何より悪役が小者である。したがって、マーロウの活躍も地味なのだ。読み終わってみれば、それなりに練られたストーリーだと思うが、こういう話だったらマーロウじゃなくても良いのではないか。

 正直言って、後半になっても話が盛り上がらないので、読むのに難儀した。

高い窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

高い窓 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

2013-01-26

[][] トーベ・ヤンソン読書会



 1月20日、ogikubo velvetsun で行われた読書会 『杉江松恋の、読んでから来い!』第3回 『トーベ・ヤンソン短編集 黒と白』に参加しました。

 僕のレジュメは、またしても俳句。(ベルベットサン文藝部長 shirasaka さんの無茶ぶりのせいですよ!)

 ヤンソンの短編小説にちなんで作ってみたのですが、マイナーな小説なので、読んだことのない方には何がなんだかさっぱりわからないですね。

f:id:kanimaster:20130127012643j:image


「砂をおろす」

水柱眩しき夏の空へ伸ぶ


「発破」

春の海父の発破の夢見つつ


「夏の子ども」

岩礁に子ら残されし白夜かな


「花の子ども」

花の子や勿忘草は酔の底


「記憶を借りる女」

春の暮昔の部屋は失せにけり


「八〇歳の誕生日」

咲く花は花に任せよ春の宵


「狼」

狼を捉えて冬のお辞儀かな


「主役」

梅雨寒や従姉妹は何をする人ぞ


「連載漫画家」

上衣着る古き作家の仕事部屋


「黒と白――エドワード・ゴーリーにささぐ」

寒空やすべての家具の低き家


 北欧フィンランドの長い冬、春の喜び、短く美しい夏の情景が描かれた小説でした。(読書会ではこの部分に誰も触れていませんでしたね。)


2012-12-05

[][] ダシール・ハメット 『マルタの鷹』読書会

書籍在庫検索アプリ「Takestock」を使ってみた - 蟹亭奇譚 の続き。


 12月4日、ogikubo velvetsun で行われた読書会 『杉江松恋の、読んでから来い!』第2回 『マルタの鷹』に参加してきました。

 ダシール・ハメットは好きだし、読書会というのも面白そうだし、なんとなく参加してしまったのですが、「事前にA41枚のレジュメを提出せよ」とのお達し。

 どうしよう。レジュメなんて何書いていいのかわからないよー。……というわけで、以下のような『マルタの鷹』に関連する俳句を作って、レジュメ代わりにして提出してみました。


f:id:kanimaster:20121205211833j:image

冬の夜にマルタの鷹を読みにけり

寒風や赤き巻毛の依頼人

霜の夜に電話(ベル)は殺しの報せかな

探偵の死を告げにけり初時雨

相棒の身はしらぬひの冬霞*1

降る雪や寡婦に疑はれしことも

懐に拳銃入れて冬ざるる

幾たびも拳銃向くる懐炉かな

船長の腕(かいな)に抱きし鷹黒き

寒月や殺しは全て鷹がため


 小説の中には季節を特定する描写はないのですが、コートや毛皮が出てくるし、全体に寒々しい雰囲気だし、ということで、冬の季語に統一することに決定。有季定型ハードボイルド俳句をでっち上げたわけです。

 読書会の席では一部の方から好評をいただきましたが、俳句とは全く関係のない分野(ミステリというより海外文学、翻訳が好き!という方が多かったようです)の方々の前で俳句を披露するのは、句会とはまた違った意味での緊張感があるものですね。正直かなり恥ずかしかったです。もちろん、読書会はすごく楽しかったですよ。

 ところで、冒頭の mie shirasaka さんのツイートに書かれている「サプライズな連動企画」ですが、なんと来年1月某所で行われるイベントに、『マルタの鷹』の翻訳者、小鷹信光さんをお招きし、今回のレジュメを見せるとのこと。

 ちょwwwwwそんなの聞いてないよー!!!

 一体どうなることやら。続きをおたのしみに!


*1:小林一茶「いつ逢(あは)ん身はしらぬひの遠がすみ」の本歌取りです。

2010-09-30

[] サン=テグジュペリ 『星の王子さま』(河野万里子訳)

サン=テグジュペリ 『星の王子さま』(内藤濯訳) - 蟹亭奇譚

サン=テグジュペリ 『星の王子さま』(池澤夏樹訳) - 蟹亭奇譚

に続いて、3冊目。

星の王子さま (新潮文庫)

星の王子さま (新潮文庫)

 新訳ラッシュから少し遅れて、2006年に刊行された新潮文庫版はカバーが金色の縁取り、中味も厚手の紙が用いられたプチ豪華本(その代わり日焼けしやすい)。今回は再読である。

 河野訳も簡潔で読みやすいが、池澤訳にくらべて文章の調子が全体にやわらかな感じがする。ちょっとしたフレーズを引用しようと思ったら、この訳が一番良いのではないかと思う。


 さて、河野の解釈には決定的な違いがある。それは黄色いヘビが登場する場面だ。(強調部は引用者による。)

 王子さまは、長いあいだヘビをじっと見つめた。

「きみって変わった動物だね」しばらくして王子さまは言った。「指みたいに細くて……」

「でも、王さまの指より強い」ヘビが言った。

 王子さまは、ほほえんだ。

「そんなに強くないでしょ……足もないし……旅もできないじゃない……」

「大型船で運ぶよりもっと遠くに、きみを連れていけるぜ」ヘビは言った。

 そうして金のブレスレットのように、王子さまの足首にからみついた。

おれは、触れた者をみな、元いた土に帰してやる。でもきみは汚(けが)れていないし、星から来たから……」

 王子さまは、なにも答えなかった。

「かわいそうになあ、こんなにか弱いきみが、冷たい岩だらけの地球に来て。いつか、もし故郷の星にどうしても帰りたくなったら、おれが力を貸そう。おれが……」


 サン=テグジュペリ 『星の王子さま』 17 (河野万里子訳)

 生き物が死んで 「土に帰る」 という言い回しは古くからあり、聖書にも何度か出てくる。

ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。


 伝道の書 第12章7 (口語訳聖書)

 同じ箇所のヘビのセリフを他の訳と比較してみよう。

おれがさわったやつぁ、そいつが出てきた地面にもどしてやるんだ。だけど、あんたは、むじゃきな人で、おまけに、星からやってきたんだから……」


 サン=テグジュペリ 『星の王子さま』 17 (内藤濯訳)

私が触れば、誰でも自分が出て来た土地に送り返される」とヘビは言った。「だけどきみは純粋だし、それに遠い星から来たから……」


 サン=テグジュペリ 『星の王子さま』 XVII (池澤夏樹訳)

 いずれも謎めいたセリフだが、「土に帰してやる」 とヘビが死を暗示しつつ、自らの毒で他者を殺す力を持っていることを言い表わしているのは、河野訳だけである。だが、王子さまはまだこの言葉の意味に気づかない。毒について王子さまが知るのは、26章でヘビと再会したときのことだ。

 ヘビに噛まれることによって、肉体は死に、精神(霊)は星へ帰る。王子さまが星へ帰るのは、バラの花と再会し、責任を果たすためである。王子さまの死は自己犠牲のためだった――、というのが河野訳でははっきりと示されている。内藤訳ではこういうところが曖昧すぎて、何度読んでもよくわからなかったのだが、こちらはわかりやすいし、上に引用した聖書の一節とも符合している。(創世記のアダムも土から造り出されたこと、アダムとイブに禁断の果実を食べさせたのもヘビであったことを思い出してみよう。)

 しかし、結末の27章で、事態はひっくり返される。

 今では少し、悲しみはやわらいだ。つまり……消えたわけではないということだ。でも僕は、王子さまが自分の星に帰っていったことを、ちゃんと知っている。あのあくる朝、夜が明けてみると、王子さまのからだはどこにもなかったのだから。あまり重いからだではなかったし……そうして僕は、夜、星々の笑い声に耳をすますのが、好きになった。ほんとうに、五億もの鈴が、鳴り響いているようだ……


 サン=テグジュペリ 『星の王子さま』 27 (河野万里子訳)

 王子さまの体は地上に残されたのではなく、土に帰ったわけでもない。ちゃんと自分の星に帰ったのだ。もちろん、これは 《僕》 の想像である。《僕》 の元には、これらの記憶以外何も残されていないのだから。

 はたして、あなたは 《僕》 の話を信じるだろうか?

「いちばんたいせつなことは、目に見えない」忘れないでいるために、王子さまはくり返した。


 サン=テグジュペリ 『星の王子さま』 21 (河野万里子訳)

 『星の王子さま』 は僕にとって、こういう物語なのである。