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2018-11-11

[]親密さ(濱口竜介)

映画はとても暗い。演出なのかもしれないけど、役者陣はどことなく伏し目がちで、姿勢も良くないから、暗い印象を受ける。それでも、前半の電車から見える風景とか、延々と歩きながら夜が開けて行ったりとか、そういうところが素敵だった。

後半の劇中劇も面白かった。女子同士での賑やかな会話、人と人の間の気持ちの交差。そして、エピローグとして差し込まれる2年後の主役二人の馬鹿騒ぎに近い電車でのシーン。最後は震えてしまった。切ないね。

シアター・イメージフォーラムにて

2018-11-09

[]M(ジョゼフ・ロージー)

デパートみたいなところ(舞台はブラッドベリー・ビル)のどこかの一室に閉じ込められてしまった殺人犯が、必死にドアをこじ開けようとするけど、どうしようもないくらい開けられなさそうなことばかりしていて、一方で手は血だらけ(に見えた)なので、狂ってるな、と。すごかった。

フリッツ・ラングのMでも、このデパート内の狭い空間のシーンは好きなのだけど、フリッツ・ラングのは、いかに潜んでいるか。ロージーのは、見つかっても構わないくらいの狂気とともにこじ開けようとし続けるという、全く逆のことをやっているように思う。これは、狂気をいかに潜めるかを描いたラングに対して、普通の男の狂気の発露を描いたロージーという対比が成り立つのかな。ロージーのMは、良い映画だった。

新文芸坐シネマテーク

2018-11-04

[]この夏の感じ(ミカエル・アース)

疲れてるせいか映画の世界に入り込めなかったけど、ニューヨークが舞台となってから引き込まれた。すごく良い映画だった。幸せな方へ進んでいってるように思うけど、それがすごく切ない。主人公の男の恋人の死をきっかけにして、彼女の妹(だったかな?)と同じ悲しみを共有し、親しくなる一方、心許せる関係になり、もしかしたら恋が生まれそうなのでは?という雰囲気があるからこその切なさか。

アンスティチュ・フランセ東京にて

2018-11-01

[]われらの時代(カルロス・レイガダス)

最初の方のボートで遊ぶ子供達のシーンがダイナミックに感じた。その後のシーンのダイナミズム。もしかすると、大自然を雄大なものにしているのは、その中で生きている人たちや動植物、それらの自然の中では微細に感じるであろうなのかもしれない、とさえ思った。

映画は、妻の不倫をきっかけにした夫婦喧嘩に終始しているようにも思える。でもあれは不倫というのだろうか。夫の欲求を他の男に代替させてる気がした。ぼくにはあの夫婦の関係を理解しきれないけど、すごく苦しんでるんだろうというのは分かる。数々の夫の肉体的な誘いを断る妻。一方で、胸を見せたり、体を見せるのは許諾する。肉体関係を築けないのは、夫に原因があって、今日は嫌だと断るのは、妻の優しさなのかもしれないと思うのだ。映画の中のセリフから、セックスレスは5年続いているというのが知れる。ということは、この映画で切り取られているよりも前から、このような関係が生まれているのかもしれない。そして肉体関係というのは心にも影響を及ぼす。心までも妻が自分(夫)から離れていくのが許せずに、苛立ちをレイガダス(監督本人が夫を演じている。妻役も実生活で妻)は見せてしまうのかもしれない。

EX THEATER ROPPONGIにて(東京国際映画祭)

2018-10-28

[]早春(イエジー・スコリモフスキ)

1970年代の少年の映画館でキスしたい率は高そうだなと、スコリモフスキの『早春』を見て思った。少年が後ろってケースの方が多いのかな?思い出せるのはユスターシュの『ぼくの小さな恋人たち』で、これも少年が後ろからキスするシーンだったはず。

軽快な印象があるけど、破滅に向かっていく少年の映画。

早稲田松竹にて

[]暗殺のオペラ(ベルナルド・ベルトルッチ)

ちょっと難しかったような・・。過去の映像も語りではなく、実際に演じられている映像の中で、演じているのが現在の人だったようだし、なかなか映画にのれない部分があった。

早稲田松竹にて

[]クワイエット・プレイス(ジョン・クラシンスキー)

面白かった。極限状態の中で、家族をどう愛していくかと言う話。ただ、最後の最後のワンショットだけ、映画の雰囲気が変わった気がする。勝てると思った瞬間、人が変わるものだから、映画自体も雰囲気変わるのかな。

TOHOシネマズ新宿にて