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2009-11-21 ごはんLESSON;ディア・ドクター;ガマの油

[]ごはんLESSON@duo MUSIC EXCHANGE 2009.11.18

Namy、堀下さゆり、airdropのライブイベント。airdrop主催のイベントで、airdrop大枝が作ったお米で、ごはんを用意し、堀下の実家で作っている野菜を使い、お弁当を用意したライブだ。

序盤に米作りについてのトーク、無農薬とか農薬とか、専業農家とか兼業とか、いろいろな思いをつめこんで話している。で、Namyのパフォーマンス、次いで堀下さゆり、最後にairdrop。

さて、airdropのライブ、序盤の音の違和感は、まあご愛嬌といったところだけれども、やはりドラムの不在はぼくの中では大きいものだった。ドラム音は、すでに作られたものを流していた。ぼくの友達の高校学園祭の苦い想い出があり、ライブには、生の音が一番良いと思っている。電子音でも何でも良いんだけど、その人がその時に作り出している音が断然良い。airdropのライブでは、そのライブ感がどこか欠如していた。曲が始まる時、キーボードの荒木が何かの機械をごそごそっとしていたが、彼が全て支配できるわけではない。ただ、ライブは成功。ぼくの切ない想い出による欠如感だけは消せずに最後まで残った。

この日のライブは、新しいairdropを見せてくれた。大枝は、前はかわいらしいひとりの女の子だったけど、どんどんきれいになり、ごはんLESSONのフライヤーでは、完璧に麻生久美子になっていた。airdropの作り出す音は、複雑になり、それはぼくたちが、duoに集まった人たちの分だけ、たくさんの音が集まったものになっていた。

一方で、堀下さゆりの最初からの曲の飛ばし方、ドライブ感と言っても良いだろうそれは、抜群だった。足の踏み込みとともに加速するスピード。airdropのライブのリズムは昔から変わらないもので、それはairdropのオリジナルだろうし、堀下さゆりのライブのリズムも、きっと彼女だけの独特のものなんだろうな。

2008-07-26 airdrop LIVE!@eau cafe shonan

[]airdrop LIVE!@eau cafe shonan --slow summer cafe 2008

5回目のeau cafe 海の家。5回目のairdrop 海の家ライブ。airdropという二人組ユニットは、ボーカル大枝とキーボード荒木によって構成されている。彼らは、5年で大きく変わった。今年の夏、大枝には変化があった。トレードマークであるメガネを外しての登場。以前の大枝といえば、帽子にメガネのイメージが強かった。だからこそ私たちはそのイメージに今まで振り回されていたのかもしれない。そして、勝手に自分の理想を大枝に押しつけていたのかもしれない。私たちの言葉を吐き出してくれるのは、どこにでもいそうな女の子なんだ、と。でも、今日の大枝は、その美しい瞳によって大人への成長を物語っていた。強くならなくちゃ、と歌い続けた2007年。今年は、その強さはあるんだけど、自分の弱い部分をしっかり認める歌をうたう。『サボテン』…。忘れられない恋って誰にでもあるし、誰もが忘れようとも思っているかもしれない。この曲を聞いたときのぼくは、キュンとなったことだけは覚えているのだけど、それ意外はあまり覚えていない。歌詞の内容なんかさっぱり記憶していない。だから、この曲についてはまた後日語ることにして、別の曲の話。

『3月のM』という曲は、いままでぼくの中では特徴的なタイトルだなという認識だったのだけど、今回聞いてちょっと印象が変わった。airdropといえば、3月のMと言っても良いんじゃないかって。

「100年たてば消えてしまう。私も君も全部。だから、一番近くで君を抱きしめさせていてね。」という歌詞がその歌にはある。大枝が100年といおうが、その年数分の重みなんて全く感じない。でも、単純に100年と言うときの気持ちが、とても伝わってくる。「単純」という表現はふさわしくないのかもしれないけど、ある恋愛している人物が、「100年」という時の気持ち。それは、重さというより強さかもしれない。単純な「100年」の気持ちがすごく伝わって来て、鳥肌が立った。その言葉の美しさにノックアウトさせられた。大枝の歌への姿勢は全く変わらないとは思う。それぞれの歌に対する気持ちも。でも、色気の備わった大人の女性となり、気持ちに色気の分だけの深さが加わって、それが3月のMにはマッチしたのかもしれない。もしかすると、マッチとかではなく、大枝が歌いこむことによって、曲そのものに深みが出て来ているのかもしれない。

2008-06-08 菊地成孔 DUB SEXTET

[]菊地成孔 DUB SEXTET@歌舞伎町クラブハイツ

実は、きくちなるよしという男を知らなくて、ライブ後家に戻ってきてからネットでちらっと調べてみたら、そこそこテレビにも出、雑誌に執筆もし、講師としての場に立つこともありで、有名な方でした。ジャズライブで、これほど有名なひとのに行ったことなんてなくて、というよりそもそもライブ自体滅多に行かない。全く行かないと言って良い。そんなぼくが、このライブに行ったのは、たまたま昨日誘われたからだ。

しっとりと聞かせるというよりは、かなりハードな曲ばかり。音を積み重ね、ノイズとノイズに音を乗せる。こう言っては何だが、印象としては塗り絵のよう。しかも、こってりしたペンキによるものだ。しかし、一気に色の変わるペンキでもある。ベース、ドラム、ピアノにトランペットで、いかにもな夜の雰囲気を作り上げることが出来る。ただ、ある瞬間、そこに成孔のサックスが加わると、まばゆいばかりのネオンがぎらつき始めるのだ。それを、ただの明るさ、と言って良いものかどうか。。ただはっきりしているのは、メロディを変えることなくイメージを変えることができるサックスであるということだ。音、音、音、ノイズもそこに加わり、蛾が舞台の上で絡み合う。加わるテナーサックス。音、音、音。変わるイメージ。それが、ジャズであり、才能でもあり、音楽でもあるのかもしれない。

クライマックスは、倒れちゃうんじゃないかってくらい、ベースとドラムのひとのつらい表情。ピアノのひとは、ベースやドラムにメロディを与えるというより、それらをたばねて音を作り出している印象だった。音を再構成しているというのが正しいのかな。見当違いのことを書いているかも知れませんが、想像できないほどの楽しさがありました。

2008-04-10 airdrop LIVE!@club quattro

[]airdrop LIVE!@club quattro

”クアトロカフェvol.3 〜お花見しようよ〜”ということですでに3回目を向かえたクアトロでのライブ。

ライブ場内は、時間とともに埃っぽさも増していっている気がした。だが、airdrop大枝の登場により、一気に場内の空気が澄み切っていくような気がし、また大枝自身も「かわいい」という声をいたるところから引き出すにふさわしかった。airdropのライブの前に、ゲストとしてDewのライブ。airdropが主役であることを意識し、あるところでは控えめに、しかし会場を美しい歌声で見たし、高揚感をもたらしていた。チェリーブロッサムという英語の歌を歌っていた。どんな歌なのかぼくにはわからなかったのだけれども、日本の心をもって、その心がこめて歌われるとは全く思っていなかった曲のような気がし、違和感とその異質なものの擦り合わせによって生まれる良い香りを感じることができた。

Dewのあと、ついにairdropの登場。まず最初にピアノの荒木が颯爽と現れる。あるテレビドラマの木村拓哉のように。いや、彼はやはり加瀬亮なのか。そして、大枝の登場。ライブの冒頭でその可愛らしさを予告してはいたものの、ついに本番という緊張感のもと、大枝が現れたことにより、そしてその可愛らしさを見た観客は、一斉に憧れの視線を彼女にさし付ける。頑張るOLの等身大の歌とかなんとか言っていられる場合ではなく、すでにアイドルだ。しかし、前回のクアトロライブでは若かりし頃の小泉今日子に見えたものの、今回は誰にも当てはまらない気がした。ピンクレディ、キャディーズ、アンナ・カリーナ、ジーン・セバーグ、いろんなものを当てはめてみようとしたが、そこには、大枝にしか出せないものが確実にあった。サポートミュージシャンたちも揃いに揃って完全なバンド構成。ギター、ベース、ドラム、ピアノ、ボーカル。この彼らが歌いだすときの興奮は、NANAのコンサートシーンで得られる興奮にも等しい。そうすると、大枝は、中島美嘉なのかとも思うがそうではない。様々な映画的知識を動員させてもやはり彼女はどこにも存在しない、ひとりの大枝だった。リズムをとり、高らかに左手を天に向けて舞い上がらせる様子は、ムーランルージュのニコール・キッドマンか、それともシカゴのレニー・ゼルウィガーなのか、とも模索はしてみるものの、やはり大枝だった。ドラムのその実力に驚きはしつつも、一番驚かされるのはベースのかっこよさ。出来不出来なんて関係ない領域が確かにあって、それは存在感というもの。どんな大根役者だって、映画として、そこにいるだけで絵になり、映画として機能するひとというのはいる。日本人でいえば、最近では金城武だろう。おそらく、音楽でも、そういう領域はあるに違いなく、それを感じさせるところに、ふっと入っていた。ツボにはまったと言い換えて良い。昨年末のライブのときには、感じなかった存在感が、今日は溢れていた。一番人気が高いかもしれないギターのトッキーを含めて、誰もが、映画の役者以上の存在感を放っていた。

2007-12-25 airdrop LIVE!@eau cafe 25.12.2007

[]airdrop LIVE!@eau cafe 25.12.2007

今日は、airdropのクリスマスライブ。招待制。元職場の同僚に、応募しておいてと頼んで、見事当たって行くことになった。airdropについては、何度も書いているので、詳しくはそれらも読んでいただきたいが、まず言わなければならないことは、この日のライブは、今までのeau cafeでのライブの中でも、最高のものだったということだ。ボーカル大枝の声の伸び、弾け具合。今までで一番心の底から、幸福で満ちる至福の時だった。おそらく、そう思えたのは、大枝のこころの充実が、ぼくたちにまで伝播したからだと思う。

今まではしっとりと歌い上げるものが多かった。『12:05』『休日』などなど。等身大の「わたし」の心を、細かい実体験レベル、いま、こうして何かしている(私の文章を読んでいる)その一瞬に感情をこめて歌っていた。けれども、『改札』あたりからは、明らかに変化がある。それは、強さ。その強さにあこがれ、近づこうとし、決意し、前向きなものが、大枝の声に伸びを与え、まっすぐ聞き手に届く。ついに、真のポップスを歌えるようになったと言って良い。キャッチーな曲を今までのすべてをベースに歌えるようになったということ。これは、ただの「売れ線」に走るということではなく、純粋な進化だ。そして、airdropを過去と現在で分断して語ることも可能になった。アルバム「drops」までは、常にそのときまでのことも「現在」のものとしてしか語れなかった。しかし今は違う。だからこそ、以前のほうが良かったという人もファンの中にはいるだろう。けれども、過去と現在になること、それは歴史を刻むことであり、100年経っても消えないわたしと君の世界をまさに繰り広げようとしているのだ。

これは、

未来をも感じさせるということだ。

まあ、前も結局は似たようなことを書いていたようだが、大枝のまっすぐさが、どすんとぼくの心の真ん中に一番響いたのは今日だ。今までは、まっすぐぼくの横を通り過ぎていたのだけど。そして、ライブ前まではかなりお疲れモードで、もしかして風邪かしらとまで思い始めていたのだけど、ライブ後、すっかり元気になった。良いものを体に吸収した証拠だ。