感じない男ブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-08-27

[]ロンダ・シービンガー『植物と帝国』

2007年7月22日頃共同通信配信

 十八世紀、カリブ地域の女たちは、オウコチョウという植物を使って、みずからの手で中絶をしていた。彼女たちは、欧州からの入植者の男たちによって、昼は奴隷労働を強要され、夜は性の奉仕を強要された。その結果として、望まぬ妊娠が起きるわけであるが、奴隷の母親から生まれた子どもは、やはり奴隷として育てられるのである。

 彼女たちは、自分の子どもを「隷属の人生から救う」ために、お腹の中の胎児を中絶して、主人に反抗したのである。そのときに用いられたのが、民間でひそかに使われていたオウコチョウなどの中絶薬であった。

 欧州からの支配者は、当時、世界中からめずらしい植物をかき集めていた。それを母国の植物園に持ち帰って栽培したり、研究用の素材にしたりしていた。彼らは、この中絶薬のもとになるオウコチョウを、国に持ち帰った。フランス人はこの植物を「極楽の花」と呼び、イギリス人は「赤い極楽鳥」と呼んだ。それは黒色のインクに利用され、さまざまな病気の治療薬として用いられた。

 しかしながら、欧州において、それは「中絶薬」としてだけは利用されなかったのである。その理由を、あらゆる角度から解明しようとしたのが、本書である。著者のシービンガーは、フェミニスト科学史の研究者として著名であるが、この百科全書的な新著は、彼女の代表作となるだろう。

 オウコチョウという植物それ自体は欧州に渡ったのに、オウコチョウによって中絶ができるという知識は、欧州に根付くことはなかった。その背景には、植民地支配が男たちによって進められていたことや、欧州における中絶技術の研究が、母体への危険や生まれてくる子どもの命の尊重などの理由で、この時期にタブーになっていったことなど、複雑な要因が絡まっている。

 シービンガーは、ある知識体系がどうして、ある文化の中で消失していくのかを研究すべきだと言っている。これは、「知識の消失」に焦点を当てた逆転の発想である。本書は、中絶薬を素材にして、それを実証してみせた、機知に富む試みなのである。

評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)



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