感じない男ブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-12-26

[]近況など

書いていた論文が、いちおうできあがりました。これから細部の詰めをしないといけないけど、大枠はできたので一安心。大晦日までに完成させよう。これで無事、年が越せそうでよかったよかった。お正月にはあるところから頼まれている、けっこう(むちゃくちゃ)シリアスな文章を書くのと、英国での学会に行くならその要旨を書くのと、3月までに書かないといけないっぽい英語論文2本を書き始めるのと、新しい本の企画と執筆をやり始めるのかな(たぶん全部はできません)。

そういえば、来年初夏に出るとお知らせしていたエッセイ集が、ずいぶん早く、来年の2月から3月にかけて刊行になりそうです。これは「草食系・・・」とはまったく異なったタイプの本格的エッセイなので、ぜひぜひ期待をしててください。値段、部数など、まだまったく決まってないけど、詳細が決まりましたらここでご報告します。非常に森岡的な世界をお見せできると思います。

2008-12-23

[]無題

こういう時間に起きている私。早起きしたのではなくて、寝ずにずっと論文を書いていたのです。産出する義務について書いてるんだけど、ひさびさに何の文献も読まずに思考実験だけで書いてる。こういうのは久しぶりだな。こういう作業は私はとても好きである。この論文の締め切りが年末なので、文献で肉付けする作業は今回はできないけど、ほんとは、思考実験を際だたせるためにも、文献はちゃんと追っておいたほうがいいんだよね。院生さんは今回の私のようなことは、まねしないように(指導教員モード)。

今回の論文はハンス・ヨーナスの問題提起を受けて書き始めたのだが、ヨーナスの哲学は、非常にくせがあるが、とても重要なものを掴んで離さないタイプの哲学者だ。この人は本物だと思う。1993年まで存命だったわけだから、91年に米国に滞在していたときに、ヘイスティングス・センターに行って、会ってくればよかった。

2008-12-21

[]カピバラかわいい

やっぱりカピバラかわいいなあ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081221-00000012-maiall-soci.view-000

http://mainichi.jp/select/wadai/graph/animal/169.html?inb=yt

論文執筆に苦しんでいると、こういうので癒されます。

2008-12-20

[]悩みのレッスン2008年12月分

『朝日新聞』夕刊第3金曜で「悩みのレッスン」という連載を担当していますが、朝日新聞社より転載許可がありましたので、サイトのほうに転載します。(質問文の著作権もこの方式ならOKのようです)

f:id:kanjinai:20081220185936j:image

拡大画像

追記:10月、11月分も↑にアップしました。

2008-12-18

[]ほぼ完全顔面移植が成功したらしい

各紙のニュースによると、アメリカのクリーブランドクリニックで、死亡した人から提供された顔面を、やけどで大けがを負った女性へと移植する手術が成功したとのこと。顔面の約80%を移植したということで、ほぼ顔全体が他人のものと置き換わったことになる。以前より、顔面の部分移植はフランスなどで成功していたが、ここまでおおがかりなものは始めてらしい。この手術は、顕微鏡下で行なう微少手術であり、心臓移植などとはわけのちがう難手術だとのこと。血管、神経、などなどをぜんぶつながないといけない。倫理的問題としては、死亡した人の顔をもって生き続けないといけないわけで、それを本人や家族がどう思うか、という問題があると指摘されている。レシピエントの選び方も難しいだろう。やけどではないのに、自分の顔がいやだから、あるいは老いた顔がいやだから若い人の(美人の・イケメンの)顔がほしい、という願望も噴出してくるだろう。これから移植はどうなっていくのだろう。

TIME

Now, according to an announcement from the Cleveland Clinic on Wednesday, it has taken a team of eight surgeons 22 hours to replace one. Sometime during the past two weeks, the Clinic successfully performed the world's first near-total facial transplant, lifting a face nearly whole from a recently deceased donor and grafting it onto an anonymous woman who had suffered extreme disfigurement to more than 80% of her own face.

http://www.time.com/time/health/article/0,8599,1867285,00.html

AP通信

The recipient was not shown a picture of the donor, and in animal experiments, "the recipient never looks like the donor," especially when the injuries are severe, Siemionow said. That is because the underlying bone structure is different from person to person.

The hospital posted a statement from the woman's sibling on its Web site.

"We never thought for a moment that our sister would ever have a chance at a normal life again, after the trauma she endured," it says. "But thanks to the wonderful person that donated her organs to help another living human being, she has another chance to live a normal life. Our family cannot thank you enough."

http://www.google.com/hostednews/ap/article/ALeqM5iiaZdK_GC5T78btKhZ9OYn5_U1eAD954OPU01

レシピエントは、ドナーの写真は見せられなかったとのこと。動物実験によると、レシピエントはドナーとは骨格が違うので、レシピエントの顔面の傷がひどいときにはとくに、レシピエントはドナーには似ない。

この研究に、米軍から研究資金が出ているというのも注目か。

クリーブランドクリニックのウェブサイトでは、特設ページを開設して大々的に広報している。

http://www.clevelandclinic.org/lp/face_transplant/default.htm

そこに超シンプルな手術概念のアニメがリンクされている。どの部分が置き換えられたのかわかる。

2008-12-14

[]いま論文執筆中

ある方が、私の本のある部分を2頁くらい英訳してくれた。その方は、翻訳のプロなのだが、訳された英文を読んで、あまりのすばらしさに衝撃を受けた。原文の文意を損なわず、流れるような英語になっている。自分で自分のをいくらがんばって翻訳したとても、ここまでの次元に達するのは未来永劫不可能と思われた。プロの力を認識すると同時に、ちょいと落ち込んだ。英語の勉強もっとしなきゃ。いつになったら自然な英文が書けるようになるだろう。

私は語学の才能は特にないから、これについてはコツコツと努力するしかない。持って生まれたものと、持って生まれてないものの差というのは、しみじみするねえ。私は哲学することだけは努力せずともできる、というか脅迫的にせざるを得ない自分がいる。だから私は他人に、哲学をどうやってするのかを教えることができない。やり方を自覚したことがないから、それを言語化できない。語学に関しては、才能ないから、何十年も勉強を続けているわけで、これはほんとうに勉強って感じだ。もしいつの日か私が自然な英文を書けるようになったら、私はそのコツを他人に教えることができるかもしれない。私は実は、哲学・思想・倫理学の教師には向いてないのかもしれない。

追記:哲学を教えないと言っているわけではなく、哲学の仕方を言語化して教えることはできないというわけです。たぶん、私と対話したりすることで、私から哲学の仕方を盗んだり発見したりしてくれる人はいると思う。そういう教え方、学び方しか、私には分からないなあとも思ったり。またいつかちゃんと書こう。

2008-12-12

[]びわ湖ホール

滋賀県のびわ湖ホールというところであるクラシック演奏会を聴いてきた。大ホールはとてもきれいで、こんな場所にこんな施設があるのかとびっくり。座席は1Fから4Fまであるのだが、4F(最上階)の横の壁から見下ろす席は、非常に音響が良かった。たぶんいちばん安い席なんだろうけど、音響的にはここが特等席かな。

驚くことに、このホールは滋賀県立なんですね。かつ有名らしい。

http://www.biwako-hall.or.jp/index.html

この財政難のおり、大丈夫なんだろうかと思って検索してみたら、やっぱりやばいらしい。

http://dorianjesus.cocolog-nifty.com/pyon/2008/03/post_dd3b.html

オペラとか記事では言ってるけど、実際に聴いた感じでは、何の音楽でもすばらしく映えると思う。ヤマハの発表会とかも含め、どんどん利用して、維持していってほしいなあ。

2008-12-06

[]グローバル・エシックス

グローバル・エシックスを考える

グローバル・エシックスを考える

第1章「グローバル・エシックスへとは何か」(寺田俊郎)によれば、グローバル・エシックという言葉をタイトルにした文献は、1993年の「グローバル・エシックのために」がはじめてだとのこと。それを書いたのは、ハンス・キュングとカール=ヨーゼフ・クッシェルである。ハンス・キュングの名前はときおり耳にしていたが、このようなことをもしていたのかとはじめて知った(このテーマの翻訳書も出ている)。キュングの本によると、「世界倫理なくして生存なし」「諸宗教間の平和なくして世界平和なし」「諸宗教の対話なくして諸宗教間の平和なし」が三つの基本精神とのこと。

論文著者の寺田は、キュングの方法は問題があると言う。なぜならそれは結局、宗教にコミットしている人々しかその倫理を受け入れることができないからである。キュングは倫理の究極的基礎に宗教を見ているからだ、と。

ちなみに、生命倫理の分野では、V.R.Potterが「グローバル・バイオエシックス」という本を1988年に出してます(未邦訳)。Potterとは違う意味でグローバル・バイオエシックスが課題になるのは1990年代に入ってから。上記の問題意識ともクロスしてます。

2008-12-04

[]フリーターズフリー、膣内射精論

『フリーターズフリー』第2号が刊行された。私も一本書いているので(「「モテないという意識」を哲学する」)、雑誌を送っていただいた。雑誌全体をパラパラと読んでみたが、非常に力の入った内容である。この調子で継続されていけば、重要な場になりそうな予感がする。

ところで、記事中に、私の膣内射精論への言及が2カ所ほどあった。その取り上げられ方に著者として違和感があるので、いちおう指摘しておきたい。

杉田 ・・(中略)・・。たとえば哲学者の森岡正博さんは、「膣内射精そのものが男性の性暴力でありうる」と言う。そして。最後の結論では、男性の性暴力を回避するために、女性の精子バンク+人工授精の利用はやむをえないだろう、とまで言う。

大澤 それは間違っていると思うけどね。

生田 そういう居直りと自己否定は裏表でしょう。どっちも自分だけで考えている。

(同誌、37頁)

杉田の要約はこの箇所に限っていえば不適切である。森岡は「利用はやむをえないだろう」とは言っていない。該当部分を以下に転写する。

 ところで、人間がこのような原罪を背負わずに生まれてくることのできる方法がある。それは、女性が、みずからの意志によって精子をバンク等で入手し、みずからに人工授精するやり方である。この場合、みずからの意志でもって医師に膣内への精子の挿入を依頼するわけであるから、受胎に関する自己責任が貫徹されており、そこに性暴力が入り込む余地はない。医師の関与が性暴力を彷彿とさせるというのであれば、自己注入が可能な器具の開発を待てばよい。その結果、膣内射精に関する性暴力の可能性は回避されるし、生まれてきた子どもには、もはや性暴力の影はつきまとっていないと言える。精子バンク等を利用する女性に対しては、とかく否定的な眼差しが注がれがちだが、膣内射精に関する性暴力の回避という視点からすれば、これほど清潔な手法はないと思われる。

http://www.lifestudies.org/jp/sexuality01.htm

森岡は、「性暴力の回避という視点からすれば、これほど清潔な手法はない」と言うにとどめており、けっして「利用はやむをえないだろう」とは言っていない。逆に、「しかしながらその<清潔な>手法には、さらに大きな問題が潜んでいると言えるのだ(無痛文明的な)」というような文章すら接続可能である。杉田の要約が勇み足であるので、それを受けた大澤、生田の反応も的外れ感がある。

とはいえ、私としては、この文章中の「清潔」という一語にある種の反語を感じ取ってもらえなかった(らしい)という点に、自分の文章力の至らなさを見る。(たとえば清潔―衛生―民族衛生学という連想とかの可能性など)。この文章を書籍に収めるときには、この部分は意を尽くして書き改めようと思う。

同誌中の、杉田の「性暴力についてのノート」は、たいへん興味深い。これはさらに展開されて、一冊の本になってほしい。

とりあえず、書く場所がないのでブログにて書いておきます。

2008-12-01

[]近況などなど

来年刊行のエッセイ集のゲラ直しを、ちまちまやってます。私のエッセイ集としては、『自分と向き合う知の方法』がありますが、それ以来じゃないかな。ゲラを再読していて、今回の本は、『自分と・・・』よりも格段に密度が濃くて、作品としての完成度が高いということを感じる。ひょっとして新境地かも。『草』で実用書を書いたけど、今回のエッセイ集は『草』とはまったく趣向の違う本になる。現代社会の難問を、哲学的に簡潔に切り出すという感じ。傷つくこと、現代社会の不条理、赦し、追悼、テクノロジーの罠などなど。エッセイ集の内容は、半分は某紙に連載したもので、半分は書き下ろし。でも連載のほうも、ほぼ人目に触れてないはずだから、読者にとっては書き下ろしと一緒か。出版は春秋社からです。来年の春から初夏になるかな。請うご期待。

近畿大学大越研究室で、環境倫理についての新ネタをしゃべった。ハンス・ヨーナスがらみだが、質疑応答含め、なかなか得るものがあった。これは共著論文として、年内に書き上げて、紀要に発表しようと思う。そのほか来年は英語論文の依頼とかも来たし、ほかの本の話も進行中なので、けっこう執筆が忙しくなりそう。