感じない男ブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-04-27

[]永山則夫

【人と思考の軌跡】永山則夫---ある表現者の使命 (河出ブックス)

【人と思考の軌跡】永山則夫---ある表現者の使命 (河出ブックス)

永山則夫の文学に焦点を当てた評論。第4章、永山と寺山修司の愛憎の箇所は興味深い。「寺山がすでに1960年代初頭におそらくは虚構として記していたことを、永山が1960年代後半に現実においてなぞることになった」(136頁)という理解は衝撃的だがほんとうにそれでいいのだろうか。さらなる考察が期待される。

ちょっと前に、NHK再放送で、永山についてのドキュメンタリーをやっていた。獄中の永山と交際していた女性のカメラの前でのはじめての独白は非常に印象的で、感動的であった。

2010-04-22

[]草食系男子と性暴力

フェミニズムはだれのもの?―フリーターズフリー対談集

フェミニズムはだれのもの?―フリーターズフリー対談集

フリーターズフリー対談集『フェミニズムはだれのもの?]』(人文書院)が刊行されたが、そのなかの第4章に

> 杉田俊介・森岡正博「草食系男子と性暴力」

という過激なタイトルの対談が収められています。内容はオーソドックスだが語りは暴走気味の対談かな。本書「はじめに」で栗田隆子が「一回り以上年齢の異なる」と書いているのを見て、いつのまにか私も押し出される側の年齢に入ったのだなとしみじみした。20年前は若手、気鋭と呼ばれていたのだが、もうそれもずいぶん前のことなのですね。これからの若手に期待するぞ。

2010-04-19

[]多声性の環境倫理

福永真弓による、米国カリフォルニア州マトール川の実地調査の成果をまとめた研究書が刊行された。環境倫理学というと、机上の哲学倫理論がまだまだ多かったりするが、これは現場に根ざした興味深い調査といえるだろう。『現代文明学研究』に掲載された論文「正統性をめぐる〈場〉としての流域:現場から環境倫理を再考するために」も織り込まれて、再構成されている。

2010-04-18

[]八紘一宇の塔

うかつにも、こんなモニュメントが宮崎県にあるなんて知りませんでした。

八紘一宇の塔

http://otokonohoukago.mond.jp/page075.html

http://www.geocities.jp/taken373/heiwa.html

平和の塔の史実を考える会の児玉武夫氏の論考

http://hisphere.org/tlife/hakouitiu/shiryou/files/hakkouitiu.pdf

によれば、この塔建設時に、日本軍は世界各地の史跡・建造物の一部を壊して持ち寄り、この塔に埋め込んでいる。当時の中国の故宮、万里の長城の石などもはめ込まれているとのこと(写真あり)。

宮崎県民は、この塔のことをどう思っているのだろう。中国をはじめ各国政府と協議したのちに、日本が行なったことの証言プラス貴重な史跡として後世までそのまま保存するのがいいのではないか。しかしこの異様な姿といい、趣味の悪さといい、これはいったい何なのでしょうね。

本も出ているようです。

2010-04-15

[]民間人保護の倫理

戦争の倫理学というジャンルは、非常に重要な研究領域だが、日本ではまだほとんど蓄積がない。そのなかで、先行研究を総覧して議論の見取り図を描いた本書は、スタート地点として役立つように思う。民間人保護論に焦点を当てて、正戦論との関係で議論をまとめている。本書を見ると、戦争において民間人に危害を加えることを正当化する議論というものが存在することがわかる。そのような議論が倫理学のもとで行なわれるというのが、国際世界のリアリティであろう。

2010-04-13

[]森岡正博と田中美津

沖縄大学の卒業論文、宮島怜「森岡正博と田中美津:「自分を棚上げにしない」ために」

http://www.lifestudies.org/jp/moriokaronbun01.htm

をサイトにアップしました。森岡が田中から受け取ったものを、さらに受け取ろうとする試みです。

2010-04-12

[]パーソン論再考:パーソンとペルソナ

パーソン論を再度根底から批判して、パーソンにかえて「ペルソナ」の概念を提出した論文を発表しました。ここから全文が読めます。

森岡正博「パーソンとペルソナ:パーソン論再考」

http://www.lifestudies.org/jp/persona01.htm

内容については本文を読んでほしいが、拙著『生命学に何ができるか』(2001年)での議論が非常に不充分だったので、それをもういちどやり直して、パーソン論の弱点にさらに迫ってみました。とくにそこで行なった思考実験については、みなさんの反応をお聞きしたいと思います。

また、関係性のうえに立ち現われる「ペルソナ」という概念を導入して、いままで主張してきたことに新しい形を与えました。パーソンとペルソナの区別というのは、生命倫理でははじめての試みなのでは? もちろんいままで関係性志向の対論は出ていたけど(「脳死の人」以来の私のも含め)、こういう概念化は新しいのではないかなあ。最後のほうは、面白くなったところで終わり、という感がありますが、続きもちゃんと書きますのでよろしく。

2010-04-08

[]閉塞感のある社会で生きたいように生きる

閉塞感のある社会で生きたいように生きる

閉塞感のある社会で生きたいように生きる

シューレ大学での試みを、当事者の学生たちがまとめた本。なかでも、「自分研究」と名付けられた手法は、なかなか興味深いものがある。この自分の生に徹底的にこだわった学問とはどのような形を取るのか、というのが、私の生命学の問題意識でもあったが、それに通底するものを感じる。ほかにも「当事者研究」という呼び名でやっている人たちもいるが、こういう方法論をいちど突き詰めてみるのがいいと私は思っている。将来に向けた研究領域になるはずである。自分研究−当事者研究−生命学。

本書に収められた、平井渚「私からはじまる研究」は、みずからの摂食障害を振り返ることで、自分研究の方法をまとめたものである。研究によってもたらされる自己変容と気づきをていねいに追っていて、可能性を感じる。

2010-04-03

[]『現代文明学研究』終刊

1998年よりネット学術誌として存在感を発揮してきた『現代文明学研究』がこの4月で終刊となりました。詳しいことは終刊のお知らせをご覧ください。

http://www.kinokopress.com/civil/setsumei.htm

この10年間、とにもかくにも継続できたのはとても良かったです。ネット環境の変化というのはほんとうにすさまじく、今後もそれに対応していかなければなりません。また次のプロジェクトにご期待を。これからは機関リポジトリの時代なので、その上に構築することになるかと思います。

f:id:kanjinai:20100403192527j:image

今日散歩していたら桜が満開になってました。花見客もいなかったし、きれいな春でした。