感じない男ブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-12-31

[]森一郎「死と誕生」

死と誕生―ハイデガー・九鬼周造・アーレント

死と誕生―ハイデガー・九鬼周造・アーレント

ハイデガー、アーレント、九鬼の独自の解釈にもとづいて、被投性、出生、偶然の連関が議論される。というとなんだかめんどくさそうだが、アーレントの「出生」「誕生」の概念をキーにして、ハイデガーとアーレントが言おうとしていたことを大胆に解釈するという試みとしてたいへんおもしろく読めた。

ハイデガーは、人間はこの世界に投げ出されていて、死へと先駆的に向かう存在であるという方向のことを「存在と時間」でしつこく強調した。しかしそこには、人間がこの世界に誕生した存在であるというもうひとつの突っ込みどころがあったにもかかわらず、ハイデガーはそれを意図的に軽視しているのである。森は、もしハイデガーがこの後者を突き詰めたとしたらどうなるかと問うて、そこに「出生性」と「始まりへの存在」という実存カテゴリーが発見されるはずであったと言う。ここはたいへんおもしろい指摘である。

それで、実はハイデガーの弟子のアーレントこそ、そこを発展させたということになる。アーレントは、自分がこの世界に生まれ落ちた「第1の始まり」と、いまここで複数性に裏付けられて活動を始める「第2の始まり」ということを言う。このふたつはつながっているというのだが、しかしそれはどうつながっているのかよくわからない、とされてきた。森はそれをつなげて考える思考実験をしている。そして共同で第1の始まりへと帰ることがいまここで未来に向けて進むあらたな始まり(第2の始まり)をもたらすというようなふうになっているのではないかと考える。

というわけで、ハイデガー、アーレントがそれぞれ内在的には内蔵していたものの言語化できてなかった部分まであえて言ってみる、という試みとして貴重だと思った。ところで私自身は、第1の始まりと、第2の始まりについて、もっと違うように考えている。第1の始まりがずっと過去にあった、ということ自体がひとつの思いなしであるがゆえに、第1の始まりと第2の始まりを分けて考えることが間違っていると思うのである。そのうえで、このふたつが密接に関わっているということを、森とは違うふうに言おうと思う。そういう論文をいま書こうとしております。

2010-12-27

[]森川輝一「〈始まり〉のアーレント」

〈始まり〉のアーレント――「出生」の思想の誕生

〈始まり〉のアーレント――「出生」の思想の誕生

アーレントの「出生」の思想に焦点を定めて、アーレントが出生とか誕生とか言うときに何を目指していたのかを言語化しようとした力作。『存在と時間』のハイデッガーが「死への先駆的覚悟性」へと考察を収斂していったのに対し、その弟子・(ハイデッガーに裏切られた)愛人・思想家であったアーレントはハイデッガーから袂を分かつかのように、「誕生」のほうへと希望を見ようとした。その契機は初期のアウグスティヌス論を後に英訳した頃にあり、そこから、我々ひとりひとりは死ぬためにではなく、始めるために世界に到来し、同じように世界に到来した人々と新たなことを始めることができるという希望の哲学を語り出した。これらの複数的実践こそがアーレントの言う「活動」の本意である。ということをよくわかるように説いている本である。若手の研究者であるが、今後が楽しみである。アーレント研究者の枠にとどまらず、思想家として羽ばたいていってほしい。

2010-12-22

[]薬学生のための医療倫理

薬学生のための医療倫理

薬学生のための医療倫理

医療倫理教育が必要なのは医学生だけではない。薬学生にとっても医療倫理の基礎知識と判断力は必要不可欠である。この本は、薬学生を対象とした医療倫理のテキストで、内容はきわめて標準的なものとなっている。執筆者も信頼おける面々だから、大学で医学生を教える人は持っておくのがよいのではないか。あくまでテキストなので、これを教室で利用しながら、ちゃんと肉付けする役割は現場の教師が担わなければならないでしょう。

2010-12-02

[]アシュリー事件(成長停止)の論文

Hastings Center Report最新号に、成長停止治療(アシュリー・ケース)のガイドラインについての、The Seattle Growth Attenuation and Ethics Working Group の論文が掲載されている。これは、この問題についての現時点での総まとめ・要約といった位置になるのだろう。

Benjamin S. Wilfond et al., "Navigating Growth Attenuation in Children with Profound Disabilities: Children's Interests, Family Decision-making, and Community Concerns," Hastings Center Report Vol.40, No.6:27-40.

この共同論文で得られたのはコンセンサスではなく妥協であると書かれている。妥協によってそれぞれの論者たちは不満を抱えることになったと。難しい問題である。

[]功利と直観

功利と直観―英米倫理思想史入門

功利と直観―英米倫理思想史入門

現代倫理学では功利主義と義務論の対立という図式が教科書で使われるが、それはたかだか20世紀に入ってから現われたものでしかない。それ以前は、功利主義と直観主義の対立という図式だった、と児玉さんは言う。なぜそのような転換がなされたのか。それを英米の倫理学の近代から現代における思想史において探ったのが本著である。この問題に関心ある者にとってはよいガイドブックとなりそうだ。岩崎武雄先生の仕事をなぜか思い出した。

[]労働者の味方 マルクス(橋爪大三郎

橋爪さんの新刊。例によって大づかみに本質を解説してくれる。マルクスの思想が生まれる前史から、日本のマルクス主義、現代の世界まで。橋爪さんは、マルクスがもし現代生きていたら「資本論2」を書くだろうと言う。

マルクスは、市場経済にあらためて注目し、その可能性をフルに使って、未来へのシナリオを構想するだろう、と私は思う。(160ページ)

マルクスは労働者の味方だから、世界正義を見据えて、きっとそうするだろうと橋爪さんは言う。そう考えると楽しいが、資本制の可能性に注目する前向きなマルクスというのはなかなか想像しにくいものである。