感じない男ブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-07-20

[]反原発ソングをいくつか集めてみました

Jackson 884 けっして洗練されたうまいラップではないが、この若者たちのこれは良い。実際に福島?に行って撮影している。一押し。

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ランキン&ダブアイヌバンド「誰にも見えない、匂いもない 2011」

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かっこつけすぎ? キングギドラさん

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自衛隊に入ろうリスペクト

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原発ジプシー 懐かしい本物の運動家、加藤登紀子

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やっぱり音楽には何かわからん力がある。不思議に感動的。

[]さようなら、ドラえもん

さようなら、ドラえもん 子どものためのテツガク教室

さようなら、ドラえもん 子どものためのテツガク教室

中島さんの新著。今回は、カント哲学を基軸にして中学生を仮想読者として書かれた哲学入門。著者自身はカトン先生として出てくる。ある意味、まっとうな哲学倫理の入門書と言えるかもしれない。が、これどう考えても小学生向けでは。哲学に興味をもつような中学生は、こんなものはたぶん読まずに、いきなりカント入門とか原著に手を出すように思うが。ドラえもんで引っかかるのは小学生だろうし、内容も小学校高学年向では。このあたりの出版社の意図がいまいち見えない。

そういえば、先週、ジュンク堂で本を探していたら、小学生くらいの女子が、仏教コーナーで、仏陀の教え的な本をずっと立ち読みしていた。もちろん専門書ではなかったが、知の勝った子どもはこういうふうな行動をするのだなあと思った次第である。

2011-07-09

[]基礎 英文問題精講

基礎英文問題精講 3訂版

基礎英文問題精講 3訂版

大学生の頃に英語をきちんと勉強しなかったつけが、研究者になってから一気に回ってきている者として、大学生・院生のみなさんには英語や諸外国語をきちんと勉強し続けることを強力におすすめしなければならない。

このところ、海外の学会やミーティングで英語で発表してディスカッションする機会が増えているが、私の英語力ではたいへんおぼつかないので、暇を見て英語の勉強を続けている。海外での招待講演が今年は2個もあるので、あせっています。研究者になると、読むことよりも、話せること、書けることが重要になってくる。よい学習書を探していたのだが、意外なところで好著を見つけた。それがこの本である。言わずとしれた大学受験英語の名著?である。受験界では、古風な英語に満ちた時代遅れの参考書という扱いをきっと受けているのであろう(それはある意味正しい)が、私のような学問界にいて英語を勉強しようという者にとっては、これはすばらしい名著であると言える。だって、私たちの読み書き話す英語は、こういう古風な英語を含むものだからである。ディスカッションで「not so much --- as」がすぐに分からないと、議論についていけないのである(参照 http://scholar.google.co.jp/scholar?hl=ja&q=%22is+not+so+much+a+*+as+a%22&btnG=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=&as_ylo=&as_vis=0)。受験英語を馬鹿にしてはいけない。

この本は、掲載されている英文が、実際に大学入試にこれまで出たものに限られているから、信頼性に問題はない。3日間くらいで全部読んでみたが、なかなか格調高い英語ばかりである。この英語を英文解釈するのは大学受験生にまかせておいて、私たちはこの英語を「しゃべれる」「書ける」ようにすればいいのだと思う。ジュンク堂の学参コーナーに入り浸っていろいろ見てみたが、最近の英語参考書は、われわれの時代とは異なって、とてもレベルが上がっている。社会人や研究者も、そのまま使えると思われる。もちろん大学院受験を考えている学部生は、これらの本で英語を思い出すべし。

と言っても、現に受験勉強している高校生や、学部生には、まだいまいちこの本の良さが分からないかも。私たちのようにいちおう年期だけは入っていて、すでに大量の英文は読んでいる(が英語力はついていない)者が読むと、ほんとうにその良さが分かるはずである。もし私が学部生のときにこの本を読んだとしてもあまりその良さは分かっていなかっただろう。

これを踏まえつつ、英語帝国主義批判をもやっていくのがクールであろう。

まあ、英語参考書の世界が「ネイティブ信仰」に陥っているのは今後変えていってもらいたいところではある。実際にわれわれが英語を使う機会は、圧倒的に、非ネイティブとの会話だからである。だからネイティブしか使わないイディオムは覚えなくてよい、ということだろう。それよりも、各国英語のなまりに慣れる教材がもっと必要。国際学会でジャパニーズイングリッシュを聴くに、なんて分かりやすい聴きやすい英語!と思ってしまう私としては。

追記:この本に収録されている英文は時代的なこともあってジェンダーセンシティブではないことは記しておきたい。

2011-07-07

[]障害を問い直す

障害を問い直す

障害を問い直す

障害学の前線にいる研究者による最新の研究論文集。福島智は次のように書いている。

すなわち、「障害」をもつ人が「障害」にどういう意味を見出すか、「障害」がその人の生き方や人生における「価値」の問題とどうかかわるか、といった実存的なレベルでのアプローチの大切さが見過ごされるべきではないと思ったのです。(390頁)

障害の社会構築モデルと、上記のような実存モデルの統合がなされていくとすばらしいと思う。困難な道だと思うが・・。

[]生を肯定する倫理へ

生を肯定する倫理へ―障害学の視点から

生を肯定する倫理へ―障害学の視点から

障害学を切り口として、倫理学と哲学に切り込んでいく仕事である。このようなアプローチは意外にも少ないと言える。立岩真也の社会学がもっとも近いように思うが、それよりも哲学寄りであろう。日本の障害者運動を吟味したのち、優生思想、セン、BI、ピーター・シンガー批判、フーコー、デリダ、と思考していき、最後に、著者の言う「生の無条件の肯定」という倫理的命令へと至る。生の無条件の肯定の哲学が提唱されて本書は終わるのだが、その内実の検討は次回作以降に残されたということなのだろう。その先に向けてさらに邁進していくことを願う。しかし、「生の無条件の肯定」が倫理的「命令」だというのはきわめて強い主張だろう。このあたりはけっこうな反感をくらうことになるのではないか。しかしカントの定言命法に比するようなその命令は、現実問題に対する指針を与えず、ただ他者のような到来として信仰のような次元で言われるものであるという。著者の「生の無条件の肯定」の主張はそれが命令として規定されているからこそインパクトをもつわけで、その地点から退却してはならないと思う。つらいでしょうけど、その地点から一歩も引かずに立ちつくすことが倫理なのでしょう。

[]明るいニヒリズム

明るいニヒリズム

明るいニヒリズム

中島義道さんの新刊。電気通信大学は退官されたようで、今後は執筆に好きなだけ時間をかけれるのだろう。エッセイ集のような体裁をしているが、これは中島さんの本来の仕事である理論哲学の最新刊である。以前は、過去主義に立っていたが、いつのまにか立場を変えて、現在主義になった。「いま」を中心とする世界のあり方を考え直している。大森荘蔵の問題提起を正面から受けながら、オーソドックスな思索を展開していて、時間の哲学を考える人にとってはよい書物となるはずである。しかし、ここまで現在主義になってしまうと、なんか拍子抜けするような気がしないでもない。でも内容的にはいままでの中島さんの哲学書のなかではいちばんしっくりくる。ただ現在主義に立つと、どうしても「過去(時制)」とは何か、というかなんでそんなものにリアリティがあるのか、ということを説明しないといけなくなるわけで、これはこれでけっこうむずかしい。そのあたり、中島さんの説明でうまくいくのかどうか、また検討しないといけないだろう。しかし時間論としては、私のいま考えていることと、きわめてぴったりくるので、不思議な感じである。ちゃんと批判的に読みたいと思う。

[]応用哲学を学ぶ人のために

応用哲学を学ぶ人のために

応用哲学を学ぶ人のために

日本に新しくできた応用哲学会のメンバーを中心に、広く応用哲学にかかわっている人々が、応用哲学という新ジャンルの概観を描いた論文集。いまの日本の最前線の一端が明らかになるだろう。私は、第4部で、「生命の哲学」という章を書いている。哲学のいまを見るために格好の本である。

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