感じない男ブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-02-27

[]「正しく怒る」朝日新聞・生きるレッスン

本日夕刊の、『朝日新聞』全国版・夕刊(関西を除く)の「生きるレッスン」欄に、私の「正しく怒る」というエッセイが掲載されました。この欄の連載エッセイはネットには載せていませんが、今回はひさびさに転載してみます。

「正しく怒る」 森岡正博

昨年、原発事故が起きました。そのときの政府や東京電力の対応を見て、怒りがこみ上げてきた方も多かったはずです。人々のかけがえのない生活や故郷をいったいなんだと思っているのか、と。

同じ頃、遠いアラブの国々でも、独裁政権の圧政に対する若者たちの怒りが爆発していました。彼らは怒りのエネルギーを武器にして、果敢に戦いを挑み、多くの犠牲と引き換えに自由をつかみ取ろうとしています。

このように、不正なことに対して、腹の底からふつふつと怒りが湧き上がってくるのは、人間にとってとても大切なことです。そして、それが大きな共感となって社会全体に広がるとき、社会変革のうねりが訪れるのです。

しかし同時に私たちは、「正しい怒り」の罠についても、きちんと知っておかなくてはなりません。「正しい怒り」で胸がいっぱいになると、「怒っている私こそが正しいのだ」というふうに、私を正義の側に置いてしまいがちになります。すると、私の正義を邪魔するものは「悪」である、という思考回路ができあがります。

それがさらにもう一歩進むと、「悪」である彼らに正義の裁きを加えて社会を良くしていくためならば、こっちだって少々の「小さな悪」を行なってもかまわないはずだ、となってしまうことすらあるのです。

歴史を振り返ってみれば、このような行き過ぎが何度も繰り返されてきました。そして「正しい怒り」で胸がいっぱいだと、なかなかそのような罠に気づけません。

すなわち、ほんとうの意味で「正しく怒る」とは、「不正は許せない!」という怒りによって動機づけられた自分の行為のひとつひとつが客観的に見ても「正しい」と言えるのかどうかを、たえず冷静に自己点検しながら、その怒りのエネルギーを上手に正義へと結びつけていくことではないかと私は思うのです。それができてはじめて、私たちはより良い社会を作っていけるのです。

字数制限もあって、十分には言えてませんが、大意は明瞭かと思います。

> 朝日デジタルの記事

2012-02-26

[]過激な美術教師

生者と死者をつなぐ: 鎮魂と再生のための哲学

生者と死者をつなぐ: 鎮魂と再生のための哲学

拙著新刊が発売されて1週間となります。大書店では平積みになっているみたいなので、お暇なおりにぜひご覧ください。というわけで、今日はその本の第2章から一本を紹介します。第2章は美術・芸術・音についてのものが集められています。それらと、人間の生死、哲学がどう関わるかというあたりの思索をしています。

過激な美術教師

 私は絵画や彫刻作品を見るのが好きである。ひょっとしたら好きというのを通り越して、執着に近いようなものになっているかもしれない。気になる作品が展示されているのを知ると、それを見るためだけに大阪からわざわざ東京に行くこともしばしばである。地方の学会に出かけるときも、空き時間を見つけて、小さな県立美術館の常設展を散策する。人影もまばらな館内で、作品と向き合うのは大いなる楽しみだ。

 二〇〇四年に兵庫県立美術館で開かれた「具体」回顧展は、私にとって特別な意味を持つ展覧会であった。「具体」とは、一九五四年に日本で始まった前衛芸術運動である。とにかく新しい実験的な試みならば何をやってもいいというかけ声のもと、多種多様な作品が生み出された。その作品群は、海外からも注目され、いまや美術史にも記されるようになった。

 その大回顧展が開かれるというので、私はさっそく美術館を訪れたのであった。館内には意外なほど多くのお客さんがいた。ボールがごろごろ転がるオブジェや、全身を電球で覆った不思議な衣装や、巨大な紙の壁を作家が走り抜けて破るパフォーマンスの写真など、当時の熱気を伝える作品がびっしりと並べられていた。展示場のフロアーには、ときどき大きなうなり声をあげて動き回る掃除機のようなものが置かれ、人目を引いていた。

 私は壁に掛けられた一枚の作品に吸い寄せられるように近づいていった。それは、かすかに反り返った小さな正方形の板が、格子模様に規則正しく並べられたオブジェであった。それを見て、「ああ、私もこんな作品を作りたかったんだ」とひとりでつぶやいた。作者名を見ると高崎という名前が書かれている。その瞬間、それまで忘れていた四〇年も前の記憶が、堰を切ったように私の脳裏によみがえって来た。「高崎先生、あなたは具体だったのですか」。

 絵を描くことが大好きだった私は、私立土佐中学校に入学して、美術教師、高崎元尚に出会った。彼の授業は過激そのものだった。中学一年生の生徒たちに、「何を使ってもいいから面白いものを作ってこい」と言い残して教室を去り、自分は展覧会に出すための作品を制作し始めるのだった。

 私は彼の制作物に目を見張った。コンクリートのような物体を粉々に壊して床に整然と並べ、彼はにやにやしていた。その姿に衝撃を受け、私もきれいな絵を描くのをやめ、ベニヤ板にカンナ屑を無数に貼り付けたり、リンゴを釘で板に打ち付けたりして、彼のところに持っていった。彼はそれを受け取りながら、「ああ、面白いですね」と言った。

 私は、アートとは何かを、そのとき自分の内側からあふれ出てくるものとして発見したのだった。今から振り返ってそれを言葉にするとしたら、「アートとは世界という素材から未知の〈驚き〉を切り取ってくる営みである」ということになるだろう。私は立体造形作家になりたいと思った。そのときの高揚した気持ちを、私は兵庫県立美術館のフロアーに立ち尽くしながら、ありありと思い出していた。高崎先生に導かれた私は、哲学者という、まったく別の種類の立体造形作家になってしまったのだ。

本の目次全体と内容サンプルと動画は以下のエントリで見れます。

http://d.hatena.ne.jp/kanjinai/20120214/1329217763

検索してみたら、私と同じ土佐高校出身の精神科医・評論家の野田正彰が、同じく高崎先生のことを書いている。これも面白いエッセイである。

「ある美術教員」野田正彰

http://www.yokokai.com/index.php?UID=1167446838

2012-02-23

[]311を前に死者について思うこと

魂にふれる 大震災と、生きている死者

魂にふれる 大震災と、生きている死者

生者と死者をつなぐ: 鎮魂と再生のための哲学

生者と死者をつなぐ: 鎮魂と再生のための哲学

トランスビューから、若松英輔さんの新著『魂にふれる:大震災と、生きている死者』を送っていただいた。さっそく一気に読んだ。この時期に出るべき、良書である。私は若松さんのことを存じ上げないし、書かれたものも拝見したことはないが、この本のメッセージは、死者はいなくなったのではなくて、いまここにありありといるというものであり、私が『生者と死者をつなぐ』で書いたことと同じである。大震災から1年のあいだ、私はその思いを強くしていたが、若松さんもそうだったのだろう。若松さんはパートナーの死がさらにその底にあって、それと震災が重ね合わされる。そして、田辺元、上原専祿へと続く死者の哲学への見通しが語られる。同時期に刊行されるこの二冊を見て、「死者は死んでも生きている」という生命観こそが、この地で起きた震災を触媒としていま立ち上がってきているという感を強くした。

もっとも、私は若松さんの記述に違和感を持つ箇所もある。ひとつは池田晶子への賛辞の部分であり、ひとつは文学的感傷へと流れやすいところである。しかし私の本も感傷に満ちているし、哲学的掘り下げはこれからという感じだから、偉そうなことは言えない。

文体はまったく異なるけれども、中心メッセージは同じ2冊が、書店で並んで置かれるところを想像してみる。

[]『日本人の死生観を読む』島薗進

日本人の死生観を読む 明治武士道から「おくりびと」へ (朝日選書)

日本人の死生観を読む 明治武士道から「おくりびと」へ (朝日選書)

島薗さんの新著。「おくりびと」から始まり、志賀直哉、折口信夫、岸本英夫らの死生観へと進んでいく。なかでも、太平洋戦争において死に直面せざるを得なかった者たちの死生観の分析は重要なものだと思った。散華、特攻、虚無、これらに向かい合う精神というのは、どのようなものだったのだろうか。本書は東大の死生学プロジェクトからの成果物であるが、論文集とは違って、とても読みやすい本となっている。

[]『宇宙に外側はあるか』松原隆彦

宇宙に外側はあるか (光文社新書)

宇宙に外側はあるか (光文社新書)

宇宙論の専門家によるコンパクトな現代宇宙論の全体像の解説。インフレーション、ダークマター、ダークエネルギー、人間原理など、話題の概念が上手に整理されている。こういうふうに見取り図を与えられると、宇宙論のあとに残されたものが、いにしえよりの哲学の問いであることが明瞭に分かる。本書最後にある「宇宙論の十大疑問」を読むと読者もまたきっとそう感じるだろう。

[]『魚は痛みを感じるか?』ブレイスウェイト

魚は痛みを感じるか?

魚は痛みを感じるか?

ペンシルベニア州立大学教授・生物学魚類専攻ヴィクトリア・ブレイスウェイトによる衝撃の本。魚は痛みを感じているのではないかというのは、誰しもいちどは考えるだろうが、魚食文化日本においてはそれを脳裏から消すことで食文化が成立しているようにも見える。本書によれば、魚が痛みを感じるのは、様々な証拠により明らかである。「これまでに得られた証拠の重みは、魚が痛みを感じることを明らかにしていると、私は考えている」(203ページ)。だとしたら、水揚げ、魚の首はね、まるごと冷凍など、魚はどんな痛みに耐えていることになるのだろうか。著者は魚を殺すときの福祉的配慮が必要とする。またキャッチアンドリリースは、同一個体に対する拷問じゃないかとも思えてくる。倫理学はどう答えるべきなのだろうか???

[]『いのちのかなしみ』河原ノリエ

いのちのかなしみ―私のカラダの情報は誰のものか

いのちのかなしみ―私のカラダの情報は誰のものか

人間の体のDNA個人情報をこれから社会でどうしていくのかについて、ひとりの主婦が市民コンセンサス会議への参加をきっかけに、生命倫理政策へと参画していくプロセスを自伝的につづった本。だが、この本の残り半分は、父親の南京での体験を探っていく父親の伝記になっており、先日どこかの市長かだれかが言った「南京に虐殺はなかった」的意識へと食い込んでいくものとなっている。著者自身、父親の過去をさぐるべく南京を訪れ、市民と出会うことになる・・。このエピソードは引き込まれる。この二つの話が交互に進んでいくという異色の本。個人的には、これに731の史実を絡ませることでもっと良い本になったのではと思う。731こそ、戦時中の満州での日本と中国をむすぶ大事件であり、日本の戦後の医療はその正負の遺産で成立し、それが今日のゲノム研究まで流れ込んでいる。著者は歴史家ではないからそこまで望むのは場違いだが、そういう展開の可能性はあった(関東軍についての言及はあるが)。いろんな意味で興味深い本である。

2012-02-14

[]『生者と死者をつなぐ―鎮魂と再生のための哲学』

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生者と死者をつなぐ: 鎮魂と再生のための哲学

生者と死者をつなぐ: 鎮魂と再生のための哲学

2月20日頃に書店に並ぶ予定の拙著「生者と死者をつなぐ」の冒頭部分のナレーションを作っていただきましたのでリンクします。春秋社のウェブサイトからも行けます。書籍のナレーションでの紹介ビデオというのはあまりないみたいですね。初めての試みで不思議な感じです。

書籍情報を以下に再掲しておきます。

ひさびさにエッセイ集『生者と死者をつなぐ:鎮魂と再生のための哲学』(春秋社、1600円、2月20日頃発売)を刊行します。これは、311の大震災の前後の1年間に書いた新聞エッセイをもとに、大幅に書き下ろしを加えたものです。半分以上が書き下ろしになっています。新聞に発表されたエッセイとしては「日経新聞」に2010年の半年間連載していたコラムが中心となっています。いまから振り返れば、あのときに書いていたコラムは、なにか311を予感していたかのような鎮魂の雰囲気に包まれていたように思います。この本では、亡くなった者は、死者となってふたたびこの世に現われ、生者と交流するという死生観を、宗教の次元ではなく哲学的次元において描き取ろうとしました。その線上で「哲学的アニミズム」の構想も打ち出しています。また、美術、アートについてのまとまった文章が収められていて、いままでにない感じの仕上がりです。個人的には、前著の『33個めの石』よりも良い本になったと思っています。

エッセイとはいえ、けっこう密度が高くて濃い内容になりました。これからの私の哲学の展開の基盤になるであろう発想やヒントや断片がたくさん詰め込まれています。エッセイをただ並べたのではなくて、本全体としての統一感と進行に細かく気を配りました。刊行の折には、ぜひ書店で手にとって眺めてみてください。

以下に、目次と、「第1章」の冒頭の3つのエッセイと、「あとがき」を貼り付けておきます。

生者と死者をつなぐ

鎮魂と再生のための哲学

目次

第1章 永遠なき世界

・私たちと生き続けていくいのち

・永遠なき世界

・看取りと鎮魂

・混ざり合う自己と他者

・世界五分前仮説

・時間の流れの真の意味

・誕生肯定

・回復とは何か

・ダイヤモンドと希望

・暴走列車の思考実験

・夕暮れのキャンパス

・脳死移植を考える1

・脳死移植を考える2

・脳死移植を考える3

・石川啄木と子どものいのち

樹木葬

・絶えざる再生

・哲学的アニミズム

第2章 美しきものの記憶

・美しきものの記憶

・過激な美術教師

・ルソーの魂の連鎖

・岡本太郎と「明日の神話」

・爆発する岡本太郎

・オノ・ヨーコの祈り

・レディーメイドの力

・少女アリスの誘惑

・ドイツで聴いた「赤とんぼ」

・クールジャパンの衝撃

・水晶の夜のコンサート

・虐殺跡地の音楽ホール

・想像の音響世界を求めて

・音マニアのこだわり

・埃との戦い

・鳥と「ざわざわ」

・樹海で思ったこと

第3章 私たちはなぜ生きるのか

・十字架の意味

・悟りと身体

・死へと向かう男性性

・「男らしさ」からの解放

・草食系男子と日米安保

・愛情の哲学

・一生かけて楽しむ体育

・走る大学教師

・理系への文系教育

・家畜という幸せ

・捕鯨を考える

・原発と有機農業

・植物工場

・自然支配の究極の目的は

・宇宙船と生命

・自然保護の二面性

・無痛文明と自傷行為 1

・無痛文明と自傷行為 2

・不幸になる自由

・長生きは幸せか

・哲学はゼロからの出発

・わが友なる哲学者

・先人から学んだ「生きる意味」

・死ななければならないのに、なぜ人は生きるのか

あとがき

私たちと生き続けていくいのち

 二〇一一年三月一一日の震災で、多くの方々のいのちが奪われた。

 ある生存者は語る。津波が襲ってきたとき、妻の手を握りしめていたが、強い波の力によって彼女を流されてしまった、と。目の前で愛する者が消えてゆき、自分だけが生き残ってしまったという慟哭は、それを聴く者の心にも突き刺さる。自分は愛する者を守りきることができなかった、最後の瞬間に何もしてあげることができなかったという自責の念は、どんな言葉をかけられたとしても、おそらく消えることはないだろう。

 しかし、人生の途中でいのちを奪われた人たちは、けっしてこの世から消滅したわけではない。その人たちのいのちは、彼らを大切に思い続けようとする人々によっていつまでもこの世に生き続ける。私たちの心の中に生き続けるだけではなくて、私たちの外側にもリアルに生き続ける。

 たとえばふとした街角の光景や、たわいない日常や、自然の移りゆきのただ中に、私たちは死んでしまった人のいのちの存在をありありと見出すのだ。彼らは言葉を発しないけれども、この世から消え去ったわけではない。

 人生は一度限りであるから、どんな形で終わったにせよ、すべての人生は死によって全うされている。すべての亡くなった方の人生は聖なるものとして閉じた。そして彼らのいのちはこれからずっとこの世で私たちと共にいる。私たちは彼らに見守られて生きていくのである。

永遠なき世界

 私はなぜ生きているのか、時はどうして過ぎゆくのか。過ぎ去った時は、もう二度と戻ってこない。私たちはもう以前の世界には戻れない。震災以前の世界に戻ることは不可能である。

 私たちは映像で見た。建物を破壊しながら怒濤のように迫り来る津波の果てしないエネルギーを。建物を飲み込み、車を飲み込み、そのなかに生きていた人々を飲み込んでただひたすら前進してくるそのとめどない濁流を。

 それは私たちの記憶に抜きがたく刻まれた。夢の中に繰り返し現われて、夜中にはっと目覚める、そのくらいの強さでそれは刻み込まれた。

 阪神淡路大震災では人々は火の海に焼かれた。東日本大震災では津波に呑まれた。津波の映像を見ているうちに、私の身体から書くエネルギーが奪われていった。それから一ヶ月のあいだ、私は一枚も原稿を書くことができなかった。

 阪神淡路のときもそうだった。今回も同じことが私に起きた。前に向かって進むことができない。人生を不条理に絶たれた人たちに向かって、私は何を言えばいいのか、何を書けばいいのか。それは私の哲学の大きなテーマであるがゆえに、私はエネルギーを失った。

 自転車に乗って、夕暮れの電車沿いの道を走ってみる。私が被害を受けなかったことをさも重大なことのように考え、みずからの倫理的責務についてあれこれ思考をめぐらせることそれ自体が、汚いことのように思われる。私はこうやって以前と変わりなく生きている。私にできることは、この生をいまここで生き切ることではないか、という考えすら欺瞞のように思えてくる。

 いま、あの向こうのビル群が決壊して、巨大な津波が押し寄せてきたとしたらどんな感じだろうか。それは水しぶきを上げながら、ゆっくりと木造の家々を飲み込んで、こちらに向かって迫ってくる。私は自転車を降りてその様子をただじっと見つめる。足元にすばやい水流が押し寄せてきて、自転車もろとも流される。あっという間に何メートルもの濁流が私を包み込み、目の前が暗くなる。水のかたまりが鼻と口から有無を言わせず入ってきて、私は窒息する。頭に何かがはげしくぶつかり、私はそのまま失神する。

 あのとき、人々はこのようにして死に至ったのかもしれないし、もっと別の経験をして死んだのかもしれないし、何かの方法で生き残ったのかもしれない。しかし私は彼らに近づくことはできない。これは私の想像であって、彼らの経験したであろう現実ではない。

 私はなぜ生きているのか、時はどうして過ぎゆくのか、私はなぜ他人になれないのか、私はここに哲学の最重要課題を見る。

 いま私にできることは、この問題を何度も考え抜いて、言葉で表現できるぎりぎりのところまで迫っていくことだ。小さな思考の断片を数珠のようにつないで、なにか大きなものの輪郭を描いていくことだ。

看取りと鎮魂

 車道のガードレールに、花が供えられている。通るたびに新しくされているから、誰かがいつも花を入れ替えているのだろう。おそらくは交通事故で亡くなった家族か友人のために供えられたのだ。

 若いときには、このような光景を冷ややかな目で見ていた。亡くなってしまった人は、もうどこにも存在していないのだから、お花を供えてあげてもその人に届くわけでもない。あれは花を置く人の自己満足にほかならないのだ、と。

 しかし時を経て、親しかった人が亡くなるような年代にさしかかってくると、また別の感慨を抱くようになった。亡くなった人は死んでしまってはいない。その人は生きていたときとは別の形で、私たちの世界の片隅で存在し続けているのだと感じるようになった。いまの私の世界を形作る必要不可欠のピースとして、亡くなった人はいまもここに存在し続けているのだ、と。

こうの史代のマンガ「夕凪の街」(『夕凪の街 桜の国』双葉社 二〇〇四年)は、原爆投下後一〇年目の広島を舞台に、若い女性、皆実の短いラブストーリーを描いた作品である。ベストセラーとなり、映画化もされたので、ご覧になった方も多いだろう。

 皆実は、原爆投下後ようやく復興し始めた広島で働いている。ある日、思いを寄せてくれる男性、打越さんから帰り道にハンカチをプレゼントされ、二人は橋のたもとで口づけをする。皆実はそのとき、川を流れる無数の焼けただれた死体の幻影を見る。

 皆実は、原爆投下直後の広島で、行方不明の父と妹をあてどもなく探していたことを思い出す。生きていた姉も、投下二ヶ月後に病気で亡くなった。皆実は自分だけが生き延びたという気持ちから抜け出せない。

 デートのあと皆実は次第に弱っていく。いろんな人が見舞いにくる。打越さんもやってきて手を握る。そうして少しずつ意識が薄らいでいき、皆実は静かに息を引き取る。そういう物語である。

 ストーリーだけを見ると、救いのない話のように感じるが、私はたくさんの思いをこの作品から酌み取ることができた。

 広島の原爆は、一瞬にしてたくさんの人命を奪った。そのなかには、皆実のように、これからまさに青春を開花させようとしていた若者も多く含まれていたはずだ。彼らは好きな人とデートすることもかなわずに、この世を去った。家族に別れを告げることもできず、誰に看取られることもなく死んでいった。

投下後の広島で生き延びた皆実は、原爆によって瞬時に死んでしまったこのような無数の人たちによって、いくばくかのいのちを与えられたのである。若くして死んでいった彼らの無念の思いをかなえるかのように、皆実は恋人との逢瀬を経験し、心をときめかせ、そして母親と二人暮らしの温かな家庭で、みんなに看取られながら息を引き取ることができた。

 皆実は優しく看取られながら亡くなり、そしてそのプロセスを読者もまた追体験する。読者をも含めたその営み全体が、看取られることなく瞬時に死んでしまった無数の人々への、鎮魂の行為となる。

 それは道路にそっと花を手向ける気持ちと相通じるものであり、宗教のありなしを問わず、私たちの生が死者とのつながりのうえに成立していることを再確認する作業でもあると私は感じたのだった。

*  *  *

あとがき

 死んでしまった人たちは、姿を変えて、私たちの前に戻ってきているのではないか。だから、私たちは死んでしまった人たちに見守られて生きているのであり、ときおり彼らと対話することすらできるのではないか。そのような経験に支えられることで、私たちはこの世界をより良く生き抜けるのではないか。この本を書いているうちに、こういった考え方が私の身体の中を満たしていった。本書のタイトルの「生者と死者をつなぐ」とは、そのような意味である。

 私は、死後の魂を信じていない。死んだあともどこか空中にとどまってこの世界を見下ろしているボールのような存在がある、とは思っていない。

 しかしそれでもなお、死んでしまった人たちは、魂という形ではない別の姿を取って、私たちの前に現われるというのが私の言いたいことなのだ。生きるとは、死者とともに生きることである。この本において私が読者と共有しようとしたことを、私は「生命の哲学」という名で呼びたいと思う。大震災を体験したこの地から、新たな「生命の哲学」を世界に向けて生み出して行かねばならない。

 収められたエッセイのうち、約半数は、大震災以前に書かれたものである。そのほとんどは二〇一〇年の『日経新聞』「プロムナード」欄に連載された。読者からの反響も多く、本書に収録するにあたっては、それらの声を取り入れて細かく書き直した。『朝日新聞』『高知新聞』に掲載されたエッセイも入っている。

 残りの約半数は、この本のために書き下ろしたものである。生とは何か、死とは何か、私はなぜ生きなければならないのか、というテーマを螺旋階段のように掘り下げようと試みた。たとえば、「死ななければならないのに、なぜ人は生きるのか」という問いや、衝撃的な出来事によって人生を破壊されてしまった人間にとっての生きる意味とは何かという問いや、あらゆるものにいのちがあるという「アニミズム」を哲学的に捉えるとどうなるのかという問いについて考えてみた。それらの思索は、まだ芽生えたばかりの若芽のような段階でしかないけれども、これから時間をかけて大樹に育ててみたいと思っている。

 この本のバックボーンをなす哲学に興味のある方は、最近の私の論文「誕生肯定とは何か」(二〇一一年)と「パーソンとペルソナ」(二〇一〇年)を読んでいただければ幸いである。ともに学術論文であるが、哲学を専門としない読者にも面白く読んでいただけると思う。インターネットで検索すれば全文をダウンロードすることができる。

 前著『33個めの石』に引き続いて、春秋社のSRさんに編集を担当していただいた。的確なアドバイスによって良い本に仕上がった。感謝したい。

追記:りんごさんが、twitterで、この本の書店配備状況の写真をたくさん公開してくれています。

https://twitter.com/MMORIOKA_BOOKS

追記2:『毎日新聞』2012年5月20日(朝刊)書評欄:

 生命倫理やジェンダーについて発言を続ける哲学者が、東日本大震災や脳死移植から音楽や現代美術まで、幅広くつづったエッセイ集だ。

 60編に通底するのは生命にまつわる思索であり、読み進めると「死ななければならないのに、なぜ人は生きるのか」という問いに行きつく。

 人は死を宿命づけられているが、普段はそのことを直視せずに生活している。ところが思いがけない不幸に見舞われたり、幸せを実感できなくなった時、「なぜ生きなくてはならないのか」と自問する。

 その答えとして提示されるのが「誕生肯定」という考え方だ。<生きている人たちや、亡くなった人たちや、自然の中でうごめくいろいろないのちを内部に取り込むことによって、私は生きているのである。>

 そうした認識を著者は「哲学的アニミズムの生命観」と呼ぶ。そこに立脚し「生まれてきて本当に良かった」という誕生肯定を広めることを哲学者の責務と自任しているのだ。

 大震災、東京電力福島第一原発事故という危機に直面しながら、哲学は社会に対して何ができるのか。その問いに答えようとする真摯な姿勢が伝わってくる。(終)

2012-02-13

[]「プラグマティズムと哲学の実践」シュスターマン

ユダヤ系米国人の哲学者が、ヴィトゲンシュタイン、フーコー、デューイらを「生命の哲学」として読んでいくという野心作。英語の副タイトルにはThe Philosophical Lifeとあり、私のいう「生命の哲学」と同じものを指向していると言ってよいだろう。著者は、アカデミズムによる知のゲームと化している現代哲学ではなくて、実際に哲学者によって生きられる哲学実践というものの復権を訴えているように思える。ここにも見られるように、ヴィトゲンシュタインを、生命の哲学者として見ていくというのが今後の潮流となるだろう。著者によるまえがきでは、東アジアと日本の哲学にも触れており、この路線での東西の哲学の対話というのはこれから有意義であると思う。たまたま書店で手に取ったものであるが、まださほど話題ににもなっていないようなので、このエントリーを書いてみた。ただ定価は高いかもしれない。

[]「ブッダ 真理のことば 100分de名著」

『ブッダ 真理のことば』 2011年9月 (100分 de 名著)

『ブッダ 真理のことば』 2011年9月 (100分 de 名著)

佐々木閑氏による「ダンマパダ」の解説書で、昨年のNHKテレビテキスト。これは非常によくできた入門書で、とてもお薦めです。日本仏教は北方系(北伝)なので、ブッダ本人の教説がオリジナルに近い形では一般に広まっていない。そろそろそれを正す必要があるのではないだろうか。

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

原著は中村元のこの本が定番。

[]カント「純粋理性批判」熊野純彦

純粋理性批判

純粋理性批判

学部院時代の同級であった熊野純彦による、『純粋理性批判』の新訳。全1巻箱入りで自信に満ちた作りの本である。本のどこを見ても、訳者による解説やあとがきというものがない。まさにカントの著書の翻訳そのものを差し出された感じである。訳者による余分なものがないという点で、逆に訳者の自信のほどがうかがわれる。訳文は、パラパラっと見た限りでは、読みやすくクリアーであるような印象を受ける。この本の翻訳としては、理想社全集版、岩波全集版、平凡社原版、以文社宇都宮版、光文社中山版などが選択肢かと思うが、それにもう1冊増えたことになる。日本人はほんとうにカント好きである。

2012-02-11

[]「救いとは何か」森岡正博・山折哲雄

救いとは何か (筑摩選書)

救いとは何か (筑摩選書)

筑摩選書から3月13日に、山折哲雄さんとの対談本が出ます。内容は「救いとは何か」ということにかかわるテーマで、「なぜ人を殺してはいけないのか?」とか、「いのちはなぜ尊いと言えるのか?」という話題から始まり、宗教なき時代における「救い」とはいったい何かへと収斂していきます。

山折さんは宗教学、私は哲学ということで、その違いからあちこちで火花が散りながら、後半にかけてだんだんと盛り上がっていきます。前半3分の2は震災前に収録で、最後の章は震災後に収録しました。このあいだの時間の経過による変容を、味わいながら読める本になりました。

また、この本から文章を切り取って発信するtwitterが開始されています(by魔法使いの弟子)。

『救いとは何か』on twitter

https://twitter.com/Sukuitohananika

一日一言みたいな感じですかね。興味ある方はご覧ください。


以下に、私による「まえがき」を貼り付けておきます。

はじめに  森岡正博

「救いとは何か」というテーマで、山折哲雄さんと対談をした。

山折さんは宗教学の著名な学者であるだけでなく、著述家としても数々の素晴らしい作品を書いてこられた方で、私から見ると、とうてい頭の上がらない大先輩なのである。いっぽう私のほうは、脳死臓器移植やセクシュアリティなどについて社会的発言をしてきたわけで、この二人にどのような関係があるのかといぶかしがる読者がおられるかもしれない。

ところで、対談の冒頭でもさらりと触れられているが、いまから二〇年前、山折さんと私は、京都にある研究所で、上司と部下の関係だったのである。その時期に、私は山折さんと一緒にたくさんの仕事をして、いろいろなことを教えてもらった。そして、山折さんの宗教学に対し、私は哲学の立場から論争を仕掛け、二人のあいだには曰く言いがたい緊張感があったのだった。

その二人が久しぶりに再会し、対話を行なった。第1章から第4章までの対談は、二〇〇九年に行なわれた。その後、二〇一一年に東日本大震災が起き、それを受けて急遽行なわれた対談が第5章に収められている。

この本のテーマは、現代社会においていかにして「救い」は可能か、そして、我々はみずからの「生と死」をどのように考えていけばいいか、というものである。山折さんは、冒頭で、「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いを投げかけ、さらに「命を大切にしよう」という言葉には大きな欺瞞があると主張する。この二発の爆弾のような発言にたじろいだ私は、第1章においては、まともな受け答えができていない。

緊張感漂う戦場を正面突破するかのような展開は、山折さんの独壇場である。

読み返してみても、私の言葉にはさほどの迫力がなく、冷汗が垂れているのが紙背から浮き上がって見える。しかし、しばらくのあいだ辛抱しつつ、読み進めていただけないだろうか。話が展開するにつれて、焦点はしだいに定まっていき、そして、東日本大震災後に行なわれた第5章の対談において、山折さんからの二つの問いかけは、私の中から最終的にひとつの言葉を引き出すことになるからである。

このあいだに流れた時間、そして東北での大災害、それらによって私の中に何か新しい思索が産み落とされたのである。この一点をもって、私は山折さんとの対談が行なわれたことを幸せに感じる。第2章から続いていくその発見のプロセスに、ぜひ立ち会っていただければと思う。

対談の中に出てくるいくつかの言葉について、簡単な説明をしておきたい。

まず「生命学」という言葉である。これは私が一九八八年に提唱した学問のことである。ひとことで言えば、「いのち」について、けっして自分を棚上げにすることなく考えながら、生きていく営みのことである。生と死の問題を他人事として評論家のように論評するのではなく、まさにいまここに生きる私自身の問題として、自分の人生の中で考えながら歩んでいくのである。学問というのは、本来、そのようなものではなかったのか、という直観が私にはあった。

ところで、生と死の問題を、これまでもっとも深く考え、行動に反映させてきたのは宗教である。だとすると、わざわざ生命学と言わなくても、宗教の道でそれを追求すればいいではないか。しかしながら、私は宗教の道に入ることができなかったのである。それゆえに私は、宗教の外側で、生と死の問題や、救いの問題を考えて行かざるを得なかった。したがって、生命学とは、宗教がこれまで取り組んできた問題を、宗教の外側で追求していく営みのことである、と考えていただいてかまわない。

対談中に、「一八願」という言葉が出てくるが、これは仏典の『無量寿経』に出てくる四八願の一八番目の文章のことである。阿弥陀仏が、「もし私が仏になるときに、すべての人々もまた念仏によって浄土に生まれることがないのなら、自分は覚りを開かない」と願ったという内容である。これは浄土系の仏教に多大な影響を与えた。そしてこれは、宮澤賢治の言葉、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と響き合っているように思える。この二つに共通しているのは、すべての人々に「救い」がもたらされないかぎり、私の「救い」もまたないのだ、という考え方である。こういう発想は、私の胸を強く打つのであるが、しかしあまりにも潔癖すぎはしないか。それをどう考えていけばいいかというのも、対談の大きな柱となっている。

山折さんは、親鸞を例にあげて、「一人」とはどういうことかと問う。人間が「一人」であることと、人間が「個人」であることは違うのではないかというのである。この問題について山折さんと対話できたのも、大きな収穫であった。「一人」ということを突き詰めていくと、それは長く伸びる一本の糸のようになって、古来よりここに至る無数の人間を貫き通すのではないかと私は思った。

宮澤賢治についての討論は、私たちの対談のなかで、もっとも楽しく読める部分であろう。『オホーツク挽歌』『銀河鉄道の夜』『やまなし』『なめとこ山の熊』などの作品について、想像力をひたすら広げて語り合った。賢治は岩手県花巻の生まれであり、山折さんとは同郷である。賢治は私にとっても大切な作家である。

私はまた、古典的な映画、たとえば『ゴジラ』『禁じられた遊び』『ひまわり』『西部戦線異状なし』などを例にとって、鎮魂の意味について考えた。宗教を持たない私が、死者の鎮魂について考えるとはいったいどういうことか。私は信仰を持たないが、亡くなった人々に対して手を合わせたいと思う。そのとき私は何に対して手を合わせているのか。そのあたりを言葉にするために、私はいろいろなことを山折さん相手に語ってみた。山折さんは「信ずる宗教」と「感ずる宗教」という言い方をされる。その言葉には不思議な説得力がある。

そして山折さんと私は、この世に生まれてきたことをどのようにして肯定するか、この世から消滅していくことをどのように肯定するかについて、それぞれの立場から考えを掘り下げる。これは宗教と哲学の根本問題だ。その思索は、命はどういう意味で大切なのか、救いはどこにあるのかという問いへと、ふたたび戻っていくのである。

この本で私たちが語り合ったことがらは、いま生と死を考えるときに、避けては通れないものばかりである。宗教学と哲学の接点から湧き上がってくる思索のよろこびを、ぜひ読者と分かち合いたいと思う。

では、前置きはこのくらいにして、そろそろ対談を始めることにしよう。

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