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2012-11-20

[]不妊治療がもたらすもの:技術の進歩と圧迫感

精子提供―父親を知らない子どもたち

精子提供―父親を知らない子どもたち

2012年11月4日日経新聞掲載

 不妊治療の進展が、社会に様々な影響を与え始めている。不妊治療という言葉を聞くと、どこか遠い世界の話のように感じる人がいるかもしれないが、実際には、かなり多くのカップルが人工的な生殖技術を用いた不妊治療を行なっているのである。一昔前までは、女性の身体に原因があると思われたものだが、最近では、男性の身体に原因のあるケースも相当多いことが分かってきた。

 しかしながら、ほとんどの男性は、自分の精子に問題があるかもしれないなんて、想像すらしたことがないだろう。『「ヒキタさん!ご懐妊ですよ」』という手記を書いたヒキタもそうだった。彼は、精子の運動率が低いと告げられ、とまどいながらも人工授精、さらに顕微授精へと進んでいく。

 原因は夫にあり、妻の身体は健康そのものなのに、妻に排卵誘発剤を投与し、麻酔をして卵を採取するのだ。不妊治療がいかに女性に負担をかける医療なのかを、ヒキタは身をもって知るのであった。この本は男性の目から見た不妊治療のリアルを描いており、一読に値する。

 柘植あづみの『生殖技術』を読むと、不妊治療を行なう女性たちが、どのような圧迫感を抱えながら生きているのか、ありありと伝わってくる。まず女性たちは、結婚したら子どもを生むのが当たり前という外圧にさらされる。

 さらには、夫を父親にしてあげたい、親に孫の顔を見せてあげたいという家族愛が自分の内側から湧きあがってきて、女性たちを圧迫するのである。

 そして治療が長引くにつれ、不妊治療が自分のためなのか、それとも医師のためなのかが分からなくなってくる。「先生、すいません、今度もだめだったんです」と医師に謝ってしまうくらい追い詰められる女性もいると柘植は指摘する。

 かくして、生殖技術が進歩すればするほど、カップルは治療を「あきらめる」タイミングをどんどん見失っていくのである。柘植はここに、この技術の根本的な問題点を見ている。

 この指摘はきわめて重要なものである。テクノロジーの進歩によって選択肢が増えること自体は歓迎すべきことかもしれないが、人間の文明社会はそれを統御できるほど成熟してないように私には思えるからだ。生殖技術だけでなく、社会監視技術や、原子力技術を考えても同じことが言えるはずだ。

 ところで、不妊治療のひとつとして、第三者からの提供精子を用いて子どもを作る方法(AID)がある。しかしほとんどの場合、その精子が誰のものなのかを親は知ることができないし、また生まれてきた子どももまた、自分の生物学的な父親が育ての父親の他にいることを知らされずに育つ。

 ところが、その子が大きくなってから事実に気づくケースが少なからずある。その子は、いままで真実が隠されてきたことに大きなショックを受け、自分の本当の父親は誰なのかを探し始めるのだ。

 歌代幸子の『精子提供』は、みずからの生物学的な出自を探し求める人々の心のひだを、たんねんな取材によって浮かび上がらせた、優れたルポルタージュである。

 まず第一に、自分の出自を親がひた隠しにしてきたということが、彼らの心を深くえぐるのである。隠されてきたわけだから、どうしても「本当はどうなのか」を知りたくなるのだ。

 彼らが望んでいるのは、単に生物学的な父親をこの目で確かめることだけではない。自分の育ての親や生物学的な親と関係を紡ぎ直すことによって、自分が祝福されて生まれてきたのだという確信を得たいのである。

 さらに言えば、自分は生物学的な父親に「捨てられた」のではないということを心の底から確信するために、彼らは父親探しの旅に出ようとするのだろうと私は本書を読んで思った。

 自分が生まれるに至った原点を確認するこのような作業は、哲学的であり、宗教的ですらあると私には感じられた。


評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)


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