感じない男ブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2014-12-17

[]山本芳久『トマス・アクィナス 肯定の哲学』

2014年12月共同通信配信

 トマス・アクィナスは、ヨーロッパ中世神学を大成させた哲学者だ。主著『神学大全』は、その圧倒的な分量と緻密な論理構成において、容易に人を近づけない荘厳さを帯びている。西洋哲学史にそびえ立つ最高峰のひとつなのだ。

 本書は、トマスが人間の「感情」をどのように捉えていたかに着目し、その思索の一端を私たちの目の前に展開したものである。これまで近づきがたかったトマスの哲学を、至近距離から検討することが可能になった。

 トマス哲学の基礎には、世界をその根底から肯定する「根源的肯定性」の思想がある。たとえば、「愛」と「憎しみ」は同じくらいの力をもって対立する感情であると考えるのが普通であろう。しかしながらトマスはそう考えない。なぜなら、「愛」は「憎しみ」なしにも存在しうるが、「憎しみ」は常に何らかの「愛」を前提にするからだ。すなわち、まず初発に「愛」があって、しかるのちに「憎しみ」が登場するというのである。

 このような小さな気づきが、世界を見る私たちのビジョンを大きく変えていくのだ。そしてそれは、絶望に陥った私たちが自分の生を肯定的な方向へと向き直していくための、かけがえのない力となる。これこそが、トマスが現代人に発する希望のメッセージなのである。

 聖書には「神は愛である」と書かれている。これは人間が受動的に感じる愛のことではなく、神が世界のすべてをその隅々に至るまで肯定し尽くそうとする能動的な意志の運動のことである。

 トマスは、「善は自らを拡散させる」と言う。世界の根底にある「これでよし」という肯定や希望は、それみずからの力によって、次々と人々へと伝達されていく。その明るい自己肯定の旋律を感受し、静かに受け止めることが宗教経験の本質である―。そうトマスが言っているように私には思えた。



評者:森岡正博 (http://www.lifestudies.org/jp/)

Connection: close