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2012-02-11 石巻市長面・釜谷の今─震災から11か月

雨ニモマケズ 大川小

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東日本大震災から11ヶ月の今日、 海蔵庵板碑群の様子を見に石巻市尾崎に向かったのですが・・・途中・・
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(石巻市長面地区)
海の中の細いかさ上げの道路
両側に無残な様子の住宅が並んでいて
茫然としてしまいました。
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長面(ながつら)地区に、人の気配はなく、
とても死者の多かった地区と隣の地区の方からお聞きしました。
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昨日、復興庁がようやく発足したようだけど、この地区の現状を知っているのだろうか!?
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                       合掌

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    (グーグルアースより)

「3.11」竹あかり大作戦 | め組JAPAN


尾ノ崎から長面の一部の様子です。



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県道238号線 長面と釜谷の間(石巻市釜谷谷地中) 
北上川浸水の様子 水が赤く変色しています。

・神宮威一郎さんの長面行記録(的確な説明で勉強になります)
長面(ながつら)集落、午前6時30分: 被災地の神社・寺院へ行こう。

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この地区について地元のご夫婦の眼でビジュアルかつ詳細に描いた貴重な本を見つけ、食い入るように読みました。旦那さんは波の研究者ということで第二部として現地調査と実験を掲載しています。

【本書から】(第一部 堀込光子さんの文)
津波に足をとられた人が上がろうとしていますが、ぬれた衣服が重いため、立ち上がろうとしては転んで・・・そこへ近くにいた男の人が手を貸し、なんとか上がることができました。」
「三日目のスタートです。いよいよです。
「あら、静かに寝てたと思ったら!」
毛布をかぶった年配の女性が一人、すでにこと切れ、冷たくなっていたのです。私たちの動きは止まってしまいました。昨夜は誰もが疲労のあまり眠り込んでいました。その女性も同じように眠っているのだと思われていたのです。」

研究者である堀込智之さんの結論
「船越小学校の校庭で点呼をとっていた先生方に住民の方々が「何やっているんだ。早く逃げろ」と声がけするなど、互いに声を掛け合って非難したと聞いています。」
津波から命を守る唯一の方法は、早く、高く安全なところに逃げることです。
この北上川沿いにある、後述する大川小学校の悲劇は、この大原則に反した行動をとってしまったことにあることは現地で確信しました。
本書によると「長面地区の人口504人 死者行方不明者104人」 合掌
明るい「あとがき」が素敵です。
「・実際、私たちはたくさんの人に助けられ、支えられて今日に至っています。
それは、震災前とずいぶん違った景色ですが
、この状況の中でなければ経験できなかったと思われることも多くあります。・・」

ぜひ、皆様に一読をお勧めするとともに、風光明媚の里の現状をご覧いただきたいです(地元の方の迷惑にならないよう、そして車一台分ぎりぎりのかさ上げ道路の一本道のため、油断をすると水面にに転落しますのでご注意ください)
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(尾ノ崎から長面浦・長面の集落)
・長面湾は、とてもよい漁業の場所でした。
尾崎の方の話では、復興に十年かかるかも知れないとおっしゃっておりました。求む支援!
長面の写真集
・知る人ぞ知る「焼きハゼ
はぜ
寿司屋のおかみさん小話 日本でただ一軒 宮城県長面の『焼きハゼ』づくり
スローフードジャパン | 味の箱船『長面浦の焼きはぜ』復活プロジェクトのお知らせ
伝統の焼きハゼづくり再開 : 宮城 : 東北 : 農・食・自然 : 新おとな総研 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
わたしも津波でなくなった父の後を継いだご夫婦の焼きハゼ作りに支援募金しました。みなさんもよかったらお願いします。
宮城県/漁業振興課/海釣りを楽しむ皆さんへ
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(表紙は今年1月の気仙沼市鹿折唐桑駅付近)
復刊アサヒグラフ全記録 東北が泣いた一年 (週刊朝日増刊)
購入した『アサヒグラフ 東北が泣いた一年』(500円)は東北の一年近くの歴史の証言としてお勧め。長面地区の3.14と今年の1.17の写真が掲載されている。「以前の姿をだいぶ取り戻した」とありますが、人の住める状況ではありませんでした。 

大川小学校の今─震災から11か月 大川小学校の今─震災から11か月を含むブックマーク 大川小学校の今─震災から11か月のブックマークコメント

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世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない(宮澤賢治

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大川に 銀河鉄道の夜 哀し 雨ニモマゲズ 風ニモマケズ
  
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(大川小学校にて120211)
        心打たれる こどもたちの描いた 壁の絵f:id:kanjisin:20120218201911j:image:w500
大川小学校(宮城県石巻市釜谷山根)は、山の根にある。そして釜の底のような地形にあるため、津波が迫っていても見えない。多くの人が長時間滞在する場所は、見晴らしのきく場所に造るのが祖先の知恵では、なかったか。
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そして、行ってみて確信しました。確かに裏山は急斜面でしたけど、すぐに、注意深く裏山に登ることによって、恐らくほとんどの生徒さんと教師たちの命は救えたことを。
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        (裏山入口の小道の脇の「鎮魂と復興を祈る手合せ桜」の碑)

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教師たちとこどもたちは右手の山すそを橋のたもとに向かったという。新聞では小高い所をめざしてとあったが、堤防よりわずかに高い程度であった。津波をかぶって、最後方の何人かが山ぎわに打ち上げられて九死に一生を得たようである。
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グーグルアースより)

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                       合掌 
        

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なぜ大川小学校だけが大惨事となったのか - 中央公論.jp


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学校跡の片隅に拾い集められたもの
凍結して 
その中にアルバム
そっと開けてみると
ばらっとはずれたけど
思い出が・・
凍りついてかわいそう
早く、回収して
思い出を修復してほしい・・

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生徒たちが目指した新北上大橋たもと
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振り返れば 右に大川小 左に川面
左端の北上川の支流の富士川では、遺体の捜索が行われています(120220追記)

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たもとの碑に街並みの写真
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 美しい魚貝類供養塔を建てた人々に 合掌 

【データ・リンク】
大川小学校を襲った津波の悲劇・石巻
「オリオンの211の星」(大川小・中同窓生有志)より 



大川の位置と地図
石巻を襲った津波と復興計画
石巻の都市基盤復興に向けて 
石巻市の復興計画と東北大学への期待
宮城県石巻市釜谷周辺の検索結果 - 東日本大震災 写真保存プロジェクト
石巻百景 - 石巻市の今を伝える写真サイト・街ガイド・交通情報
国土無双 本山茶大川への想い
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 鎮魂 そして、忘れまじ危機回避の方法
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(山すそから瓦礫の残る小道を登っていくと、ようやく川面が見えてきます。大川小学校の立地の悲劇的要因が分かります。)

津波から命を守る唯一の方法は、早く、高く安全なところに逃げること
そして、学校や職場で定期的に練習することによって身に着く。
さらに、(みんなで)裏山への道をつけ、高所に平坦地を確保しておく。校舎から川や海が見渡せるような場所に立地する(やむ負えない場合は土地をかさ上げ)。そうすれば「大川小学校の悲劇」は、なくなると考えます。それが亡き人々への本当の供養と思う。

津波に耐えた丸山地蔵様 津波に耐えた丸山地蔵様を含むブックマーク 津波に耐えた丸山地蔵様のブックマークコメント

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大川小の北上川をはさんで対岸付近の丸山地蔵尊石巻市北上町十三浜丸山)
は残っておりました。
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石碑の詳しい由来によると天明飢饉を経験して、備穀蔵を造ることと亡くなった人々の霊を供養するため享和元年(1801)に惣右衛門たちが完成したものという。
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           にっこり
【データ】

津波のたいへんな状況のなか、向きを変えて踏ん張ったお地蔵さんが写っています!
十三浜小田・丸山地蔵、午後1時40分: 被災地の神社・寺院へ行こう。
詳しい神宮威一郎さまの記録です。

北上川河口付近をめぐった震災から11ヵ月目の日のまとめ(120220追記)
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                 (大川小から富士川・北上川北上大橋方向を見る)
時間との戦いの中で、人々に最も迅速に危険を知らせる方法は?
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北上川河口120211踏査記録の位置関係        (グーグルアースより)

大地震で飛び立って、上空から、いち早く大津波を確認したであろう自衛隊
このような「津波はまさか ここまではこないだろう」地域(例えばこの追波湾から北上川下流)上空にヘリで飛来して“大津波が来る すぐ山や高い所へ避難してください”と呼びかけ(場合によっては着陸してでも)注意喚起したら、気づかない多くの人々が助かったのではないだろうか。突飛な夢想だが、今回の大震災で大きく国民の支持を得た自衛隊だったら今度はこのような動きができないだろうか。このような言説はあまり見かけたことがないが国家非常時の際は、これに近い動きができないものだろうか。
追波川から大川小(神戸国際支縁機構)

このこどもたちの遺品を見るにつけ・・
なんとして危機回避学・減災学を構築し
こどもたちと先生たちの霊に報いる必要があると思う。

おすすめ本─西條剛央氏の『人を助けるすんごい仕組み』f:id:kanjisin:20120220165748j:image:w230 おすすめ本─西條剛央氏の『人を助けるすんごい仕組み』を含むブックマーク おすすめ本─西條剛央氏の『人を助けるすんごい仕組み』のブックマークコメント

人を助けるすんごい仕組み――ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか
仙台出身の若い行動的心理学・哲学者が、たった二人で立ち上げた“市民意志機能体”としての「ふんばろう東日本プロジェクト」が従来のやり方を大きく変えた活動の記録と思索。
大地震・大災害が起きたら、こう助け合う そういうしくみが造れるすごい本です
しかも、災害に限らず、「苦」を「生きがい」に変える考えた方(氏が若くして提唱した構造構成主義)の劇的な応用です。
・「起きた出来事は変えられないが、出来事の意味は事後的に決まる。」
⇒「この震災に立ち向かった多くの人たちは、何かに導かれたように、「呼ばれた」人たちではないか」
・「意志が未来を切り開き、未来が過去を意味づける」
(在東京の)の西條氏は、まず100円ショップと薬局でで支援物資を買い込む。
システマ(旧ソ連の武術)師範の北川らと四人で仙台経由南三陸へ。
(後日、西條氏のルーツは南三陸であったことが分かり「呼ばれた人」実感)
そして、南三陸で三浦保志さんと「ふんばろう南三陸町 力を合わせ一歩ずつ」の黄色い看板に出逢い、リミッターが外れる
・「各メディアは物資が足りているといった真実とは正反対の情報を流していたのだ。」
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気仙沼市110915)

・全国の力を結集する方法
ツイッターやHPで情報を集約し、全国の人たちに直送してもらう。
三陸を歩くとわかる)“津波は高さがすべてだ”
大震災という巨大な負の遺産をプラスに転化していくいくつもの試みの中でも
西條剛央氏の運動とそれから産みだされた世界中に発信できる巨大な正の遺産といえよう。
核心部分は、ぜひ買って読んでいただき、今からでも動き出しましょう。
【エッセンスの一つ】
◎目的を見定め、現地での体験を「方法化していく」

西條剛央のブログ:構造構成主義 - 楽天ブログ(Blog)
ほぼ日刊イトイ新聞 - 西條剛央さんのその後とこれから。
3.11一周年を契機に大きく変わっていきそうですが、今でも被災地はご覧のような有様です。
無常です。これからが正念場です。
志ある者、いろいろな状況の中でもサポータークラブへ
ふんばろうサポータークラブ — ふんばろう Wall Paper

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