|
|
||
銃とか殺し屋とか、ちょっとキチ入っている女の子とか、若干障害を抱え、突飛な行動をしてしまう男の子とか、映画の小道具として欠かせないものばかりがちりばめられている中に、話の中心として織り成す、ホテルのオーナー(主人公の一人、金城君の役上の父親)が、とても素敵。息子を思う気持ちがスクリーンからばしばし出てる。
無邪気と常識と非常識が交錯する世界の中で、男女の気持ちがちょっとずつすれ違っては少し絡まり、またほどけていく。その様がPOPに綴られる。王家衛の映画はどこか、世界に諦観と希望と言う紙一重で相反する感情をスクリーン上で同時に見せ、登場人物には永遠と一瞬(刹那)を語らせる。この全く違うもの二つがぶつかり合い、肉迫する。監督自身、本当は希望をこの世にもって生きているのかもしれない。だって、永遠と言う言葉がうんざりとした表現で出てくることがないもの。
最初にこっちを見てから「天使の涙」見ていれば時系列的には正解だったけれども、これはこれで楽しみがいがあった。交差する恋心は人を狂わせたり、或いは日常にエアポケットを作っては、そこにはまる人々を時に無様に、けれども格好よく映し出す。2組の男女にまつわる話。前半は、今までの映画にオマージュを捧げて作っているのではないか、という位技法や、カメラワークが凝っている。金城君が矢継ぎ早に広東語・日本語・英語・北京語を繰り出す様を見て、ああそういえば金城君の特技は語学だったなあと再認識。それにしても、何ヶ国語も話す人は一体、どの状況でどの国の言葉をつかって、思考しているのだろう。脳が4つ位あるんじゃないの、と全く言語に関しての脳みそを持ち合わせていない人間は不思議に思う。金城君萌えは「天使の涙」に軍配
後半、フェイ・ウォンとトニー・レオンとのすっごくキュートでスリリングな恋の話。
フェイの細さと潔さ(別に脱いじゃいない)、トニーのセクシーさにやられっぱなし。ああ、トニーはどうしてあんなにかっこいいのかしら。本当、ブリーフと言う所さえ目をつぶれれば、もう100点満点、帽子を脱いでくださいなんて大塚アナだって言い出しちゃうよ、ええ。それにしても好きな人の家に忍び込んでこっそりこっそり模様替えをする、フェイは本当にキュート!
レンタルビデオとか家でみようとすると、ついまとめて借りてしまって順番をまよったりするけれども、大概正解な場合がおおい。
あ、でも、高校の時に「月とキャベツ」見た後に、間髪いれずに「シベ超」を見た。
王家衛の作品の邦題はいったい誰が考えているのだろう。少し不思議(SF)で、でも想像できる位。邦題をつける職業があったら、すごく楽しいだろうなあ。
野田秀樹(鑑賞初)。10月9日ソワレ鑑賞。砂被りの席で鑑賞することになる。ステージを取り囲むように客席が出ており、ステージはひょうたん状の台のみ。役者の力量と観客の想像力の力量、二つの力量の限界に挑んでいるような感じである。一見シンプルに見えるステージも穴があくし、隠し収納もある。あのワザは是非我が家にも活用したいなあ、なんてくだらないことおもっている暇はない。それぞれの立場の思い。理解することと共感することは全く違うものなのだ。人間の社会は助け合って生きるというとてもいいところもあるけれども、反面、外部から別の力が作用した時にとても戸惑ってしまうというデメリットも抱えてしまった。言葉がちがうだけでも、こんなにもわかりあえない。いわんや、感情をや。思考をや、価値観をや。
葛木英(くずき・あきら)の主催するメタリック農家の芝居。
川原雅彦率いておりましたハイレグジーザスの事務所所属の彼女がいたるフライヤーで褒め褒めになっていたので鑑賞してみる。20歳の感性とは。
最初、えも言えぬ微妙な空気が流れる芝居を鑑賞。いきなり歌いだすわ。背景の説明足りないわ。だるだるなシェフが主役だとしたら、そこにいる二枚目と付き合い、できちゃった→前から反対している女性の実家へ行き許しを請う、みたいな流れ。そして、突然ミュージカルのように歌いだす。こりゃ間違ったなと思った。
その瞬間。場面は一転。
女性に子どもを孕ませた男性、はっきりと名前は言わないのだけれども、どうみても、
あの97年に神戸で起こった首を切った「あの少年」。つまり、保護観察中で、名字はもとより、週刊誌掲載当初より伸びた身長、変更した思考、少年から青年になるための様々な儀式を通過して今現在名字も変えて定職についているという設定。
一転してシリアスになる時、体の血管が一気に縮まり、鳥肌さえ立っていた。
「題材が良かっただけだし、結局男女の関係を描けば楽よね」そういう人もいるかもしれない。そして、人のことなんてどんなに会話や他の情報があったとしても、全部伝わって生きていくことなぞできない。けれども、相手の考えを憶測して話すことは出来る。
それをいかに芝居の中に封じ込めることが出来るか。
描こうとしているメタリック農家、これから大注目な予感。
大長編シリーズ第4作。
これでもかといって位しずかちゃん、女の武器を最大限に利用している作品。
「わたしは女の子だから」
おいおいおい、この台詞を一体何回吐けば気が済むんだよ、という位。
いつも大長編の見せ場であるジャイアンの男気溢れるシーンは、ほんのわずか。
イレギュラーキャラであり、今回のメインキャラでもある、ドラえもんひみつ道具の一つ・バギーちゃんがなかなかいい味してる。
漫画で読んだ時は、ラストのドラえもんの頑張りっぷりに相当涙したものだけど、時間がなかったのか、アニメでは足早に終わっている感じがするのがとても残念。
それにしても、「ドラちゃんがついているなら」って簡単にドラえもんを信用して、子どもたちだけでキャンプに行かせる親もどうよ。
大長編シリーズ第3作。
縦と横がねじれて、別の空間がつながる、という発想がとても面白い。
のび太がヒーローになる、という設定が、一般アニメシリーズではどうしてもありえないので、なかなかわくわくできる。
開拓星で発掘される石が、とても経済的に価値があるものであり、それを搾取する為に巨大企業が、星の住人に立ち退きを強制する。よく考えると、とてもエグイよなあ。子どもの時は「悪い奴もいるものだ」くらいに考えてたけど、この歳になってみると、父親が開拓したら離れられない、好きな子をとられそうな脇役とかついつい横道にそれてみちゃうもの。
ラスト、空間がまた離れてもう二度と会えない。
思い出のみでつながっているのび太とロップル君。
そんな別れはなかなか出来ない。そして残酷でやさしい。
一つのことを大成するには、全ての力を注いでいかなければならない。
古きよき日本を舞台に、まんが家として成長する藤子不二雄の自叙伝。
勤めながらもやはりマンガの道をあきらめきれずに、すすむ。
一度失った信用を取り戻し、再生するまで。
あくまでも、「ギャギャーン」とかわけのわからない効果音があるのに、
要所要所、とてもいい言葉を吐いてくる。
ぎりぎりに自分を問い詰めること、それをまんがというもので表している。
ID:yukeから教わったけど(学生の時は絵柄で頓挫してました)、読んでよかったー!
と思える作品。
どこまでが本当でどこまで取材をして如実に描かれてきているのか、全くわからない、
諸星大二郎作品。
輪廻転生など仏教めいたものから、世界の各地方に存在する神話を織り交ぜて作られた作品。
一回読んだだけでは頭がこんがらがる。でも、わかったような気になる。
しかし、二回目読んだら、それはそれでまた違うものになってくる。
味わい深い作品。
カーゴニズムという外部から運ばれてくる荷物によって人々が救われる、という信仰があるというのが衝撃だった。(これも作者の絵空事かもしれないけれども)
すっげえ他力本願じゃん、その信仰。浄土真宗とも全く違った意味で。
宗教の解釈も自然が関わるとまた別の解釈があらわれるのだろう、そういうことを想定して描かれている。マンガなのに読了感たっぷり。
色々なものや人にもらってばかりで何も生み出せてない自分に喝!
全39話鑑賞終了。
改めて思うこと。
この作品に小学生の時にあえて本当に幸せでとっても不幸なことだったなと思うことひとしきり。
大人と分類される年齢になってから見ると、台詞一つ一つがのしかかってくる。
エヴァできゃあきゃあ言えなかったのは、きっと岩手は早朝にしか放映してなく、あまり現実感がなかったからかもしれない。天下のNHK、この作品を平日のゴールデンに放映したという勇気に最大の賛辞を送りたいと思います。
ある程度小金がたまったら、DVDを買っちゃうんだろうな。
でも、それで、また3日とかつぶれちゃうんだろうな。
だって、どんなにつまらない回だとしても、やっぱり通しでみたいもの。
フェイトさんが死ぬ所。
ノーチラスが敗北する時。
つかの間の平和を楽しむ時。
そしてまた邂逅する時。
自分の運命に対峙する時。
全てを見たいからなあ。
それにしても小さい時は理科系の言葉が全くわからなかったけれども、今回見返したらある程度わかった。ジャンは14歳でよくもまあこんなわかるもんだ。
エンタプライズに公共料金を全部!払いたい。