Hatena::ブログ(Diary)

ARTIFACT@ハテナ系 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter


2004-04-26

『新現実』Vol.3を読み中

大きな文字でジャギが見えるのは、フィルム出力ではなくて、レーザープリンタ出力を版下にしているのでは…という疑惑が。

その上、版組は、かなりレベルが低くて、読みづらいし。編集後記を見ると、大塚英志事務所の人間に1ヶ月!でInDesignとQuarkを憶えさせたらしい…。そりゃ、ひどい版面設計になる訳だ…。

各所でいろいろ言われている「表紙イラストもナニだが、デザインは何とかならんのか」というのは、デザインした大塚ギチさん本人に聞いてみたいところ。自分なら、この黄緑の特色部分をもうちょっと濃い色にするなあ。または誌名のロゴの部分は特色使わずに普通にCMYK使うとか。

もし『新現実』の表紙を、ギチさんのデザイン上の師匠(といってもギチさんがずっとデータを見ていただけなんだけど)であるペッパーショップ古賀さんがデザインしたら、どう処理したんだろうか。

デザインパターン的には、かなりペッパーショップライクだし。

宮台真司との対談は波状言論を読んでいるのが前提という感じ。宮台真司が、自分のサイトは、編集者やアカデミシャン、映画関係者の卵に読んでもらうのが重要であり、サイトのコメントのクオリティは低いのは以前からわかっていることで、そういう子たちに向けてボールは投げていつるもりはない、と言っているのに苦笑。大塚英志は、本当に宮台が啓蒙すべきは、その子たちたちなのではとツッコミしてた。コメント欄の人たちは「かわいそうな子」たち扱いだな、これ…。

憲法九条関係の話が、いろいろ整理されていて面白かった。

香山リカはやっぱり愛国心とナショナリズム、両方が嫌いらしい。でも、憂国者という意識はあるみたい。

まだ対談しか読んでないけど、大塚英志は「東浩紀」という名前にいろいろなものを象徴させ過ぎ。そういう「なんとなくいろいろ言った気になる」言葉にしちゃっているという。

2004-04-25

欠落しているが故に生まれる魅力

オタク男子は「どじっ娘」などに対して「萌え」という表現を使う訳だけど、二次元のキャラやメディアを通してしか接触しないであろうアイドルに対して、「萌え」を言うのは抵抗ない。

しかし、直接知っている人物がドジな行動(失敗)を取り、それ萌え!と思うことはあるが、それを相手に伝えることには抵抗がある。

もともと、「萌え」が相手に対して直接伝える感情表現として生まれた言葉ではないというのもあるが、この場合、相手としては「失敗を誉められる」という状況になってしまうから、プラスの感情は生まれないからだ。

美人に対して「萌え」は使われないように、「萌え」は何かが欠落した部分に対する誉め言葉となっている。

もともと、この文脈で使われることが多い言葉は「かわいい」なのだが、「かわいい」だけだと容姿を表す言葉としての意味が強い感がある。そこに「萌え」という言葉がはまったのではないだろうか。

「萌え」には様々なレイヤーがあって、すべてを意味できる説明はもはやないという立場なので、あくまで、これはそういう面もあるよね、という話。

2004-04-21

同人ジョッキー

昔、トモミチさんが「同人ジョッキー」というネタでPUREGIRLにコラムを書いていたけど、二次裏文化の最前線ともいえる『とらぶる・うぃんどうず』を見ていると、ほんとあれはDJだなあと思う。

二次裏では、流れを読んで、いろいろなものからサンプリングした画像を投稿したり、気の利いた一言を連続で投入したり。

ラジオなどの投稿文化に似ているけど、ラジオのように流れを管理できる人間が一人ではなく、場をコントロールする権利は誰にでもあるのがポイント。

2004-04-19

ライターフレーズ

人から見てみなといわれたAmazonのレビュアーのページを読む。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/cm/member-reviews/-/A3B7YNUOZ4UHTZ/

なんか使うフレーズがライターっぽい…。

「人によっては意外な出会いや発見がある1枚」

「隙のない人選により選ばれたスタッフが、まさに隙のないゲームを作ったといえる」

「もし自分でラジオ局の選曲をできるなら、ヘビーローテーション決定です」

こういうフレーズ使うライターはダメだから気を付けようと思った。

2004-04-17

「馴れ合いUZEEE!」と言う方がバカに見える空間

馴れ合いやオフレポートについて触れている日記を読んで。

mixiを使い始めて思ったんだけど、ソーシャルネットワークは、「見られる人は制限されている」から、「馴れ合いUZEEE!」という人の方がバカにみえる場所だった。はてなみたいに、誰でも見られる場所だと、「公開の場」という意識が働くので、「馴れ合いUZEEE!」が通じてしまうという。

オフラインで人(特にネットで知り合った人)に会ったら、オンラインでそのことを書かないといけないという意識のあることが問題な気がする。そういう意識を働かせてしまうのが「Web日記」という言葉の魔力なのかもしれないけど。

どこかのWeblogで、Weblog持っている人同士が会った時、次の日に会ったことが書いてないとなんか寂しい、みたいな発言を見かけたんだけど、これも上の意識からくるんだろうなあと。

いろいろ加味した結果、プライベートの会話を元に公開の場で文章を書く時に、誰の発言なのかというのは書かないようになった。

2004-04-16

トップにリンクする人

前から不思議に思っているんだけど、ニュースサイト的なところで、自分のところへのリンクがトップへのリンクになっていて、記事名や日付で読者を誘導しようとしているところを意外と見かける。

 直リンクはオッケーというスタンスは表明しているし、個別記事へのリンクは記事タイトル前と最後に「Link」(マウスを上にのせると日本語の説明が出る)に入れていてわかりやすいようにしているつもりなんだけど、直リンクがあることがわからないのか、それとも敢えてトップにリンクしているのか、謎で。

あとは「リンクする場合、記事へは直接リンクにしてください。そうした方がサイトを読んでいる方に親切です」という注意書きをトップにでかでかと書くぐらいしか思いつかない…。

Weblogが流行って何が嬉しかったって該当記事への直リンクが増えたこと。ちょっとぐらい時間が経っても、すぐその該当記事が読める便利さに今では慣れてしまっている。そのため、最近では直リンクできない日記サイトはよほど面白いことが書いてあると思えない限り、リンクしなくなってしまった。

2004-04-09

サイトを閉鎖する衝動

何らかのジャンルに特化したサイトをやっている人は、更新が義務になりやすいし、そのジャンルに興味を失った時に、閉鎖の決意を決めやすくなりそう。

で、特にジャンル特化してないサイト(日記とか)の場合。サイトの更新をしても、自分にメリットがあると感じられなくなった時、なのかなあ。

自分を振り返ってみると、前に閉鎖した時は、公開のネット上でやっても、面倒な人たちに情報をあげるだけと感じるようになってしまったからだった。ある程度、交友関係が広まったから、読者層を広げることにメリットを感じならなくなり、知っている人相手に情報発信したくでメーリングリストに移行した。

なので、サイトを運営して、ある程度の交友関係ができ、それに満足したら、閉鎖する衝動というのはどんどん大きくなっていくんではないだろうか。

逆に、ネット上で交友関係を作ることにあまり興味を持っていない、またはドライな関係がいい、って人は、閉鎖衝動を持たないで、淡々と更新し続けるのかも。日々の記録的なものを書いている人に、こういう人は多そう。

今、誰でも読めるサイトと限定した人へのサイト(mixi)の両方をやっているけど、今後自分の心理がどうなっていくかは謎。とりあえず、公開サイトを閉鎖したいという気持ちはほぼなし。

2004-04-08

混ぜるな危険

http://www14.big.or.jp/~onmars/index.cgi?date=2004.04.06

demiさんの森川嘉一郎の女性観へのツッコミ話から、軍事オタクと歴史オタクに、萌えオタクが入ると、萌えインテリの人より、もっと強烈な女性観の持ち主になるという話が出た。

にしても、demiさんは相変わらず、男の欲望を解体するのが大好きだなあ(笑)。面白いから好きですが。

で、軍事オタク兼歴史オタクだと、佐藤大輔のファンが多いのでは、という話にもなった。僕は、佐藤大輔は好きな方だけど、どうも仲良くなれそうな佐藤大輔ファンは少ない気がする。

佐藤大輔ファンの心情を考えてみると、歴史がもっと整然としてたら良かったのに、という願望がありそうだよなーと思ったんだけど、これはW3C原理主義者や旧かな使いの人も似た心情を持ってそうな気がする。

混沌の中の秩序を求める、というか。

適切なマークアップをしたからといって、他人がそのHTMLを読んでくれる訳ではない。読むのはその内容なんだから。適切なマークアップにこだわるというのは、本棚を綺麗に整理したいとか、引き出しの中を整理したいという欲望に近いんだろうなあ。

2004-04-05

リンクされないWeb日記

自分が、普段よく見るような個人サイトというのは、自分にない視点で物事を見たり、語ったりする、脳が刺激されるような文章を書くところだったり、笑える情報を教えてくれたりするところが多い。こういうサイト群は、よく他のサイトからリンクされるんで結構目立つ。

しかし、リンクされないものの、人によく読まれる個人サイト、特にWeb日記というのもある。README上位サイトに結構あったりするんだけど。

前から、そういうことは思っていたんだけど、mixi内の日記を読んでいると、コメントのつきやすい日記とつきにくい日記があって、またそのことを実感させられた。コメントのつきにくい日記を見ると、淡々と日常が綴られ、その人の感情がうまく伝わる日記が多い気がする。そういう日記は、読むだけで完結してしまい、あえて、日記を書いた相手に何か伝えようという気は起きないのだ。Web日記にも、こういうのは結構あるんじゃないかな。

意見や情報ならリンクして言及したり、コメントしやすいんだけど、その人が持った感情に対して、親しくない人間が何か言うというのはすごく難しい。だから、リンクなどされずにそっとされるんだろうけど、そういう人はどうアプローチされるのが嬉しいんだろうか。

2004-04-03

ITを大雑把に分類

  • ベタIT
    • 携帯の着メロとか出会い系サイトとか。
    • 携帯はこっちが多いとは思う。PCだと、ネットオークションはもうここに入っている感じ。
    • 実際にお金が一番儲かるエリアなんだけど、語られない。語りたい人がいないため。
  • コジャレIT
    • HotWiredが好きそうな周辺。Weblogとかソーシャルネットワークを最初に持ち上げた層がいるところ。
    • カルチャーとかインテリでもok。語りたい人がたくさんいる。
  • アングラIT
    • WarezとかP2P大好きっ子とかの違法系。ネットランナーがよく扱うようなネタ。実際にWarezでソフトを集めるのが好きという人たちと、ここのカルチャー自体が好きという人の二分化があり、語る人は後者。
    • 2chもここに入れられやすいが、違法行為上等板はダウンロード板とか相当限られるので、ちょっと違う感じ。

最初「IT産業」としたんだけど、アングラは産業じゃないのではずした。

自分は、どちらかといえば、コジャレIT寄りなんだろうけど、別にそれを至上の価値とはしてません。

これ、漫画でも当てはまるなあ。音楽でもできそうだけどよく知らないのでパス。

  • コジャレ漫画
    • これはインテリ漫画のほうがわかりやすいかも。コミックビームとかIKKIとかアフタヌーンとか。
    • ネットの漫画レビューサイトで語られる漫画群。
    • 単行本は1万部以上出たらヒットの世界。
  • アングラ漫画

抜けてるジャンルの漫画がたくさんある…。漫画はジャンルが多過ぎるから、3つ程度ではやはり無理でした!

2004-04-02

サブカル私鉄

風俗嬢が男を養う同棲はサブカルっぽいという話から、サブカルっぽい話のイメージを作る遊びをしていた。

「風俗嬢と、演劇か、音楽やってる男が、なりゆきで同棲かなあ。美大生でもいいや。ヤンキーやヤクザだとベクトル変わっちゃうのでだめね」

「話の舞台は、風俗嬢の勤務先としての新宿、文化の中心としての下北沢にアクセスしやすいところがいい。魚喃キリコがよく使う登戸とかさ」

「射精産業系がありがちってんなら、女の方は、おねーちゃんが二人いるぐらいいる地元のスナックに勤務という、にしてバランスをとってみよう。キャバクラ嬢だと、なんかサブカルっぽくない」

結論:小田急沿線は意外とサブカルだった

そんな漫画を描いてコミックCUEに投稿してみたいと思います。

しかし、風俗嬢との同棲はなぜサブカルっぽく見えるのだろうか。岡崎京子の『PINK』がホテトル嬢だけど、岡崎漫画の中では、風俗嬢が主人公なのは、これ一作だけだし、同棲してないし。

昔だと、風俗嬢は「汚れた天使」みたいなイメージでお話によく使われたけど、肉体と精神が使い分けされているところが、サブカルっぽい話に便利なのかなあ。援助交際がテーマになりやすいのも、その辺なんだろうし。

2004-04-01

mixiのコメントのしやすさ

はてなだと、たまたま見かけたところでコメントするのは、敷居が高い感じがする。これは自分がはてな住人ではないというのもあるんだろうけど。

事実誤認の訂正などのような単なる情報提供ならしやすいし、自分のサイトが取り上げられていた場合はそれに対してのコメントができるけど、そうじゃない場合の話。

その人の書いた文章に対してきちんとコメントするのなら、そのサイトを以前から読んでいて知識がないと、コメントするのは失礼では…と思ってしまうのだ。

でも、mixiだと○○さんの知っている人なんだなーというのがわかっているためからか、なんか距離感が近い感じがして、コメントしやすい。

「距離感が近い」なんてのは錯覚でしかないんだけど、こういう錯覚を作りやすくするのが、コミュニケーションを潤滑にするのかもしれない。

もちろん、馴れ馴れしい人を生みやすくするというデメリットもあるんだろうけど。

でも、サイトの管理人が目の前にいても、書いたこと言える?みたいなことをWebに書く人が多いんだから、こういう錯覚を作ることによって、行き過ぎた発言をしちゃまずい…と思わせることは良いことなのではないかと思うなー。