Hatena::ブログ(Diary)

ARTIFACT@ハテナ系 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter


2004-12-13

男オタクの脳内の女フォルダ反応

フォルダには「二次元」と「三次元」があるよ!という声があったけど、それはもっと上位のフォルダということで。「二次元」の中でのフォルダ分けは人にお任せ。普通なら、そこに「芸能人」みたいに実在するものの知り合う機会がまずないであろうみたいな人が入るんだろうけど。

http://d.hatena.ne.jp/another/20041211#1102729600

「(異性と)知り合って仲良くなる過程」を習得することについて、現代日本には、恐ろしいほどの機会の不平等が存在している。

確かにその通りで、昔は仲良くなるスキルを習得できなかった人でも、見合い好きなおばちゃんがフォローしていてくれていたからなんとかなったけど、自由度の上がった現在ではそうもいかない。

政府が本気で少子化を止めたいと思うのなら、男子校と女子校を禁止し、大学の理系学部やエンジニア系の職場でも女性率が理想は半数、最低30%にするよう強制すべき! 誰か、これを公約にして出馬しないかなあ。

「根拠のない自信を持っている」というのは、オタク側も自信はある。というか人並み以上に高い。その自信を第三者から認められることがまずないというのが屈託に繋がってしまう。オタクから見てDQNは「根拠のない自信を持っている」ように見えるということ。

この辺、TINAMIXでの高橋龍也のインタビューでよい表現があると教えてもらった。『雫』の新城沙織というキャラのコンセプトについて語っている。

http://www.tinami.com/x/interview/04/page1.html

高橋:当時、主人公は鬱状態というか拗ね状態に入ってるわけですよね。ああいう時期って絶対にあると思うんですよ、二十歳前後で。裕介とシンクロするとまでは言わないけど、裕介みたいな気分になるときはあると思うんです。未来のことを考えて「所詮この程度なんだろうな」とか。沙織はそういう状態を乗り越えたときのキャラとして書いたんです。ああいう拗ね状態のときの自分って、まわりにすごく迷惑かけるわけじゃないですか。でも「それを乗り越えて明るくやってるよ」というのが沙織だったんです。だから沙織から祐介は学んで欲しかったんですよ。沙織はそれでも元気にやってる、みんなとうまくやってる、楽しくやってるという思想で。

――沙織自身が能天気なキャラだったわけでなく、裕介と同じ問題を抱える立場にあったにもかかわらず、それでも元気にやっている女の子なんだと。

高橋:たとえば街へ行くと、若者たちがバカっぽくワーッとやってますよね。それを見て、たぶん裕介みたいな人は「あいつら何も考えてなくて幸せなんだろうな……」と思うわけです。でも彼らも絶対同じようなことは考えている。それを乗り越えるために楽しくやっているんだ、ということを書きたかった。沙織のコンセプトはそんな感じでしたね。

http://d.hatena.ne.jp/hozo/20041212#p1

煽りレベルの高い2chのコピペだと思われてしまったそうだけど、最近の考えは過去の自分に手紙を出すような気分で書いてます。

※なんかかなりの数がコピペされている模様…。なんだか。

http://www.purplemoon.jp/blog/archives/2004/12/post_127.html

恋愛の過程を楽しむという発想がない人は、お見合いするしかないという意見。自戒を込めて…っていれたのは、他人事として書いているように取られるとイヤだったので書いたのでした。

http://strange.toheart.to/diary/diary.cgi?Date=2004-12-11#20041211b

モテ至上主義はメインストリームじゃないんじゃないの?という意見。

そう考える理由として、「ホットドッグプレス」「ポパイ」といった男性向け雑誌が、女の子を意識したファションや恋愛マニュアル情報満載の雑誌から、こだわりのストリート系ファッション&サブカル情報中心雑誌に方向を変えてしまったという点(http://d.hatena.ne.jp/a2004/20040531#p1)を挙げている。

http://d.hatena.ne.jp/anmonia/20041212#p1

げんしけん1巻のこのシーンは確かに「自分は人畜無害」、「根拠ない自信を持っているドキュンに対してオタクは恨みを持っている」が凝縮されてると思った。

http://d.hatena.ne.jp/yomoyomo/20041213#otaku

坂口安吾島崎藤村(の『新生』)を激しく批判したエッセイ「デカダン文学論」の文章を紹介。これはまさに当てはまっていて笑ってしまった。

永井荷風についても、遊女との交際など、所詮は「仲良くなる過程」を省略しているのだから、あいつが書いているものは恋愛小説じゃない、と批判していたとか。昔は、見合いと遊郭があったから、童貞をこじらせることはなかったのかも。

とか思ったら、坂口安吾自身が恋愛に幻想を持っていて、遅くまでリアル童貞だったとか。なんてこったい! 遊女との交際は、実際には「仲良くなる過程」を省略している訳ではないんだから(遊女だってお金をもらってもイヤな人とは仲良くならない)、縁をお金で買うという行為が許せないのではないだろうか。

http://d.hatena.ne.jp/a2004/20041211#p2

オヤジだと「母・妻」「娘」「飲み屋のねーちゃん」しかなくて、「他人」がある分、オタクのほうがマシという意見。社内の人間だからという理由で気安くセクハラできるのは、同じ会社にいるというだけで関係があるという意識を持てた世代ならではな気が。でも、オタクもオヤジ化するんじゃないかなあ。特に既婚者にその傾向が見られるので。

http://members.at.infoseek.co.jp/balthazar/#20041211

女性オタクからの意見。

彼女にならない私に価値はないのかよ。

好きと嫌いだけで普通はないのかよ。

魂の叫び。

D.T.という概念について

D.T.

D.T.

伊集院光みうらじゅんが童貞マインドを「D.T.」と称していて、あの人たちの場合、一回普通にモテた人たち(=コミュニケーションスキルが高かった人たち)が再度モテるために持ち上げているという面もあるんだけど、心理解説としては的確なのでちょっと参考にしてみる。

http://media.excite.co.jp/book/interview/200210/

インタビューをよく読んでみたら、ストーカー殺人とかは童貞をこじらせている、童貞力をポップにしようといっている。要はコミュニケーションスキルを上げろと。1997年頃、非モテというキーワードでプレテキストサイト文化というか、コジャレサイトがあったけど、あれはまさに童貞力をポップにしたものだった。

みうらじゅんは、男には体育会系と文化系の二種類がいると分類してるけど、これは自分の概念だとDQNとオタクということで。

大槻ケンヂも、一回バンドでグルーピーたちに追いかけ回されて、いろいろあった結果、こんなの自分の求めていたものじゃない!といって、魂の童貞に戻った人だ。一回、経験しているから、童貞マインドを描くのがすごく上手い。

美少女ゲーム的想像力

そういや、書こう書こうと思っていて忘れていたんだけど、東浩紀いうところの「美少女的ゲーム想像力」というのは「魂の童貞の想像力」であり、その源は大槻ケンヂの小説にあると考えてる。今の美少女ゲームの原点といわれる『雫』は大槻ケンヂの『新興宗教オモイデ教』がベースになっているし。

『同級生』と『雫』の話の上での一番の違いはこの「童貞マインドがあるか否か」だろう。『同級生』というか蛭田作品の主人公はナンパができるDQNという時点で別物。また、彼らには悩みがない(=内面がない)と見られていた。『雫』の主人公は悩んでいるから、内面があると。でも、この内面というのが自分の中だけでどんどん肥大化しちゃって、最終的に「相手のことを思いやっている自分」で完結してしまうようになってしまう。これが童貞をこじらせた結果だ。

この視点で分けていけば、95年以降の美少女ゲームブームというのが何かがもうちょっと明確になるはずだけど、それはまた別の機会に。

umetenumeten 2004/12/13 19:50 些細なことですが、「D.T.という概念について」のくだりの年号がえらいことになってます。
>19997年頃、

garyogaryo 2004/12/13 21:14 >女性率が理想は半数、最低30%
男女雇用均等法を改正して欲しいですね。今の職場の女性率は0%です。
仲良くなるスキルっていうのはありますよね。

__ 2004/12/15 17:01 「女友達」って女として認めた時点でナイ。
女として見てないからこそ女友達は存在できる。
と、思う。

guldeenguldeen 2004/12/17 00:53 自分も童貞なんですけど、DQNというかそういう人を見ていると、『どうして知らない女性に対して、そこまで“タメグチ”で話しかけて口説こうとしようだなんて思うわけ?』と感じてしまうんですね。私は親の躾が厳しかった分、「最低限の礼儀」を逸した行為に対しては、どうしても馴染めないのです。