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2004-12-24

ラブドールでモテ

「正気ですかーッ 正気であればなんでもできる!(しょぼーん」(http://nana.cocolog-nifty.com/nana/)といえばラブドールとの愛の生活を綴ったWeblogで最近ではココログブックスにもノミネート(http://www.cocolog-nifty.com/contest/nominate.htm)されているんだけど、こんなネタがあったのを知って笑ったので紹介。

http://nana.cocolog-nifty.com/nana/2004/03/post_3.html

自分の部屋に友達がくるってんで、ラブドールを押入に隠したんだけど、その時の解説。

「見てみろこの慌てぶりを・・・。恐いのだ。バレるのが恐くてたまらずに覆い隠したのだ・・・。2ヶ月過ごした愛の日々も忘れ、築き上げてきた愛情もかなぐり捨てて、みずからあけた恐怖の穴を慌てて塞いだのだ・・・」大友克洋『AKIRA』より、地下に封印した実験体28号を前にした大佐の言葉(ウソ)

AKIRAファンにはたまらないネタだ!

せっかくなので過去ログを読んでみた。

http://nana.cocolog-nifty.com/nana/2004/11/post_6.html

女性読者とデートするために東京から京都に行ったり、

http://nana.cocolog-nifty.com/nana/2004/11/post_3.html

その前にも女性読者とデートをしたりしている。

http://nana.cocolog-nifty.com/nana/2004/10/524.html

あれれ、なんかこの人、モテモテですよ? どうも女性読者が多いらしい。いつのまにか「電車男」的展開になっていたとはねえ。

http://nana.cocolog-nifty.com/nana/2004/12/__.html

で結局彼女ができたという(笑)。

読んでみるとわかるんだけど、このサイトはラブドールがなければ、クリアーラバーソウル(http://www2s.biglobe.ne.jp/~kook/)やHEXAGON(http://gonzui.hp.infoseek.co.jp/)などのプレテキストサイトに近い*1。HEXAGONの『ときメモ』の片桐彩子日記がラブドールになった訳だ。今更ギャルゲーやエロゲーキャラに愛を語っても珍しくもないが、ラブドールはさすがにハードルが高く、非日常的な存在だから、お笑いのネタになる。

彼女ができたという展開にしろはたほんださんはお怒り。

http://ya.sakura.ne.jp/~otsukimi/hondat/saru/nikki033.htm(12/20)

電車男に続き、524氏のブログも、とうとう「彼女ができて、脱オタだな!」という「ルサンチマン」そっくりの展開になってきた。オタクに負け犬をあてがって脱オタさせ、恋愛資本主義市場に引き込んで搾取しよう、これが2004年ー2005年にかけてマスメディアが推進するエセブームなのだ。('A`) 524氏がドールを捨てるか、ドールを守るかによって、今後のオタクたちの運命が大きく変わる可能性もあるのだ。('A`) お願い、ドール捨てないで。('A`)

最近、R30でも「リベラルぶりっ子<萌えヲタの時代」(http://shinta.tea-nifty.com/nikki/2004/12/liberal.html)なんてネタがあったのに今頃気付いたし、このテのネタがあまりにも多過ぎ。

キモメンjp

独身女性向けに化け犬jp(http://www.bakeinu.jp/)があるんだから、それの独身男性版はどうだろうか。名前はキモメンjpで。

参考:化け犬jpを企画した人へのインタビュー。“負け犬”Blogで勝ち組に化けろ ネット金融とBlogの接点とは

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0411/26/news045.html

「国益論」の都市伝説化

http://deadletter.hmc5.com/blog/archives/000083.html

これは面白い。以前なら、絶対平和主義者の「軍国主義日本」的な話がかなり都市伝説状態だった訳だけど、今は逆の方が目立つという。以前『左翼の人が想像する「日本の戦争」』(http://d.hatena.ne.jp/kanose/20040731#tsukurikata)というのを書いたけど、『戦争のつくりかた』という絵本はまさに平和主義者の都市伝説パターンになっていた。

自分が嫌いだと思っているところが実は好き

http://d.hatena.ne.jp/jizou/20041221

俺が嫌いなところにはなぜか宮台真司山形浩生の信者が多い

という日記に対してコメント欄で

山形 『至る所多いのです。あなたが選択的に、自分が嫌いだと思うところを覗いているだけなのです。あなたは、自分が嫌いだと思っているところが実は好きなのです。』

ネットは自分の嫌いなところを覗いて、あーやっぱりこいつらは(以下略)と満足するマイナスな楽しみが簡単にできる場所である。

そいや山形浩生氏がコメントする時、はてなのIDのhiyori13の時と「山形」の時があるけど、使い分けの基準はなんだろう。

オタクの考えるモテとは?

http://strange.toheart.to/diary/diary.cgi?Date=2004-12-16#20041216f

しばさんとこで「オタクの考えるモテ」がわからないという指摘があったけど、確かにこれは結構謎ではある。

もともと、今回のネタを書く時に、モテとか非モテという単語はなるべく使わないようにしていた。なぜかというと詳しくはこのメモの下の方にあるのを参考にして欲しいんだけど、そこから引用してみる。

http://d.hatena.ne.jp/matakimika/20041218#p1*2

「モテ」は第三者視点の評価のはずなのに、それを主観にひっぱってきたところで自発的(対応的)な意味での「非モテ」という概念が生まれ、しかもそれは厳密にいえば非モテではなく抗モテ的で、そこに言い換えの誤りがある。

ある場所ではモテる人でも、他の場所ではモテないこともある。人生は本来そういう局地戦なのに、なぜか汎用的な強さを求めようとしている。

「人生はみんな局地戦。でもオタは標準的な強さを求めようとする」

「局地戦=彼女が欲しい」→「標準=女の子にモテたい」。矢印の前と後で問題の質が変わっている。局地戦を打破するためだけにオールラウンドプレイヤになろうとするのはどう考えてもコスト高で非効率的だが、オタは基本的にほとんどの問題をこういうふうに解決しようとする。ボールで勝てる戦にでもガンダムを持ち出す発想。圧勝がだめなら完敗もやむなしとする逆ギレ気味の両極端志向。だが実際にはガンダムを持って来れるような天地人の和合などそうそう訪れないため、当然ほとんどの場合自滅的な敗北。「オタは理想が高い」とも通じている。

で、最初の話題である「オタクの考えるモテ」に戻る。「何もしなくても可愛い女の子が言い寄ってくる状態をオタクは思い描いているんじゃないの?」とまで考えている人はいないだろうと書かれていたけど、基本的には間違ってないんじゃないかな。

ただ、このままだと表現不足で「言い寄ってくる」だと恋愛感情が入っていると見られるけど、そうでなくて、自分のまわりにいる複数の女性から、好意(恋愛感情が入ってなくてもいいはず)を向けられて欲しい、ってことだと思うんだけど、皆さんはどうでしょうか。

mixiからの疎外感

切込隊長によるmixi無差別招待は隊長のmixi退会という件で幕を閉じたけど(http://kiri.jblog.org/archives/001271.html)、その時の隊長の感想がちょっと切ない。

http://my.casty.jp/kirik/html/2004-12/12-15-13442.html

しかしあれだ、今回の私宛のメールで「友達いません」って書いてくる人たち。何かさ、切実そうなんだよね。一言で言うと「飢え」。そりゃあそうだ、友達から誘われないシステムで、自分がまったく誰からも誘われていないのに、世間では「Mixiが人気」とかいわれたら、とんでもない疎外感を感じるわけだよな。何という罪なシステムなのだ、Mixi。私としても、そういえば友達のいなかった子どもの頃一人遊びに熟達したけどファミコンのパーティーゲームがクラスで流行って誰も誘ってくれないので一人で遊んでいたことを思い出した。桃鉄一人でやってもとっても虚しいわけだよ。でだ、今回友達いなくてMixiに入りたかった人たち、彼らがMixiに入ったとして、本当に楽しめるものなのだろうか。私が味わった一人でやる桃鉄と同じことになりはしないか。友達がいなくて同じ寂しさを味わったもの同志、これを機会にいろいろ会話してみて欲しいと強く思う。「地方だからMixiやってる友達がいません」とか「回りがDQNばかりでみなケータイしか持っていません」とかメールで書いてこられるとこちらも悩んでしまう。

mixiなんてのは知っている人がいないと入っても何もやることがない。コミュニティで見知らぬ人と交流、ってのもあるにはあるけど、コミュニティよりも知人同士の付き合いに使っている人の方が多いだろう。そんな知っている人がいなければ面白くない場のはずなのに、mixiがメディアや公開のサイトで面白いよと話題にするようになってくると、参加してない人の疎外感は増えてくる。そうするとサービススタート初期から言われていた「選民思想だ!」などの批判がまた出てくるという悪循環発生。

「mixiが面白すぎてこっちを更新する気にならない」とか書かれてるサイトを見ると不快

http://d.hatena.ne.jp/shanghai/20041221#p1

mixiが面白すぎてこっちを更新する気にならない」とか書かれてるサイトを見ると不快なので、俺としてはその逆を強調しておきます。

だから、mixi云々、というのは、「本来このサイトに書かれるはずだったテキストはmixiにアップされてます、あー面白い」ということがわざわざサイト側に書かれているように俺には見えたわけです。

幸か不幸か自分がよく見るサイトではそういうことを書いている人を見たことがないので、ちょっと実感しにくい話題。

個人的には、mixiの面白さと公開サイトの面白さは全然別物(大まかにいえばコミュニケーションとパブリッシングの違い。あとは気の知れた人同士だから議論を深めやすいとか)なんだけど、面白さのベクトルが同じ人もいるだろうなあとは思っていた。そういう人からすれば、こういうことをサイトに書くんだろうなあとは想像はできるけど…。

反応をメモ。

http://d.hatena.ne.jp/masachaboze/20041221

http://natuko3.net/html/0412.html#041221

http://natuko3.net/html/0412.html#041222

http://www.geocities.jp/r_utsuronashi/site/diary/d0412.html#041221

いろいろな温度差があって面白い。

http://yellow.ribbon.to/~aka7/ 12/21

面白かったのがこちらの指摘。mixiと同じように特定の人しか見られないことに関して話題にすることがあるのに(ここでは水樹奈々のファンクラブのイベントが例に出されている)、なぜmixiだけは目の敵にされやすいのか?という分析。最初の話題を出した人は、mixiを「ネットで情報を公開する場所」として話しているのでちょっと話題はずれているのだけど。

「閲覧者の欲求不満をいたずらに煽るような記述は避けるに越したことはないよね」

というのは確かにそうで、テキストサイト方面でよくオフレポートの是非が話題になったのを思い出す。で、こういう話題はまたmixiの日記でリンクされて、その中だけで盛り上がったりするという悪循環発生。

*1http://artifact-jp.com/mt/archives/200309/takimototalk.html

*2:しかし、こうしてメモにすると訳のわからんことを話している人たちだ。これで理解できる人なら八曜会に参加する資格あり

hiyori13/山形hiyori13/山形 2004/12/25 01:05 なんか名前を書き換えられるときと書き換えられないときがあるのです。はてなの設定になんかあるんじゃないですか。

otsuneotsune 2004/12/25 11:01 「はてなユーザーがコメントを書くことができます」というユーザーonlyモードの時は名前欄の書き換えができません。

kanosekanose 2004/12/25 11:07 あーなるほど。ユーザーしか書き込めないはてなだとIDなのですか。IDを使ったほうが本人である証明に使えていいんじゃないかなと思っていたんですが。

偽もの偽もの 2004/12/25 11:18 ときどき意外なところでコメントつけていらっしゃいますが、いつも検索なさっているのですか?「自分に言及している日記を読むのが実は好きなのです」?
>山形さま

山形山形 2004/12/25 15:39 「実は」じゃなくて普通に好きですが。顧客満足度調査の意味合いもありますし。

jizoujizou 2004/12/25 20:48 本物さんでしたか

sayoukannsayoukann 2004/12/27 14:07 局地戦と言えば、ゲーセンノートはオタの出会い系ですね。