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2011-07-08

ウェブの皮肉屋に、金銭や労力といったコストをかけてくれる人はいない

※とある件が起きて、以前Facebookで書いた文章を一部編集

最初個人宛として書こうかと思ったけど、面倒なので一般論として書く。


人は楽しいところに集まる。でも、その楽しいところから勝手に疎外された!と思う人(いわゆる「けまらしい」)は一定数いるから、楽しいところを批判すれば、一定の喝采はあびる。でもその喝采を浴びせてくれた人って、批判者に何か与えてくれる訳じゃない。

具体的にいえば、喝采を浴びせてくれた人たちは金を払ってくれない。だって単に自分が気持ちいいと思える意見があったという確認がしたいだけで、金を払ってまでは欲しくないから。もちろん労力だって払ってくれる訳がない。

ウェブは皮肉屋に一定の注目を集めるけど、その注目は労力や金といった高いコストには還元されないのだ。

賛成ばかりで気持ち悪いから、反対の意見を言ったんだ、皮肉屋はよくそういうが、それには信念を感じられない、賛成されている相手に対する注目を利用した逆張りだ。


僕も、個人サイトを始めたころは、そういう皮肉っぽい言動をよくして、少数からの喝采に、自分は支持されている!みたいに思ったことがある。

しかし、僕がPUREGIRLという雑誌で新しいことをやろうとしたら、すごい反発があった。そういう反発に対して、あれは俺もおかしいと思っていた、よくぞ言ったみたいなことを言う人ももちろんいた。でも、雑誌を買ってくれる人は実際には一杯いてくれた。この人たちは、僕が良いと思う価値観に対して、お金というコストをかけてくれた訳だ。

ネットは多様性を生むという幻想が終わった時代に : ARTIFACT ―人工事実―[↑B]

※以前のブクマ [↑B]

昔それについて書いたことがあるが、今回とはちょっと主張が違う。時間が経ってから、改めて主張が整理されたし、コストという概念はいれてなかった。


楽しいところに集まった人たちは、楽しいところを作った人に感謝して、何かしてあげたいと思うという、良いスパイラルができる。

ネガティブな言動は一見かっこいいけど、最終的に何かの否定でしかないから、価値観にならない。ポジティブな言動は価値観を作り、そこに人が集まる。

どっちを選ぶかは人の自由だが、僕は新しい価値観を作って、人が楽しむことをしている人を高く評価する。

今回の件で、人の注目を集める人と、注目を集められない人の差を、改めて思い知った。