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13年06月30日(日)

海田新橋の先

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花都橋を渡って南へカーブした先には「海田新橋」が瀬野川を渡る。

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外側の車線は海田町の中心部、大正交差点へと下りる国道2号の道筋。

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中央の車線は高架への登り坂になって東広島バイパス東海田方面)となる。または国道31号(矢野・海田方面)へ下りる。

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国道31号の上を長い高架が続き、海田町の栄町で合流する。

13年06月29日(土)

花都川と花都橋

という記事を書くと、文中の「花都川」に「はてなキーワード」へのリンクが張られる。

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そのキーワードページ内には「このキーワードを含むキーワード」が一覧できる。小規模な河川名の場合、その川に架かっている橋の一覧にもなりうる。

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県道が通る海田川橋のすぐ下手には、国道2号が少し高所を通っている。そこが「花都橋」。広島市中心部から海田町への入口となるカーブ。

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13年06月28日(金)

海田川橋

「○○川橋」というからには、その川に架かる橋の中でも規模の大きな道路ということになるか。

海田町と安芸区船越の境が「花都川」で、そこを通る県道「広島海田線」には「海田川橋」が架かっている。

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橋名板の「かいたかははし」に変体仮名「者」が使われているのはすでに見たとおり*1。ここでは当時の欄干が両側とも残っている。

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昔のままの道幅で車道専用になり、外側にそれぞれ歩道橋が追加されている。

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13年06月27日(木)

細越川橋

国道31号が呉線に沿って矢野を経由する。

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安芸区矢野と坂町の境近くで「細越川」という小規模な川を渡る。道幅よりも短い「細越川橋」には、片側に古いコンクリート製の欄干が残っている。平仮名で「ほそこえかわはし」とある。

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歩道が極端に狭く欄干も低いので、「さくのなかにはいらないでね」という水管橋に設置された注意が、欄干そのものにも当てはまりそうな危うさ。

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川のすぐ上手側に呉線の踏切があり、こちらの読みは「ほそこし」。

13年06月26日(水)

工事の説明と宣伝

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その工事の場合、立て札だけでなく、工事の詳細を伝える複数の看板に「樋門をなおしています」と大きく表示される。

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祇園新橋の欄干が一新された工事では、「橋の防護柵をなおしています」とあり、工事の名称は「国道54号祇園新橋橋梁防護柵設置工事」。

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柵の上に高々と設置された看板には「橋の高欄が新しくなります」として新旧の絵を載せて対比している。天辺のざらざらした扁平な柵(下の画像)から、つやつやした二段構えの手すりへと変わった。色は変わらず。

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13年06月25日(火)

樋門の変わる河岸

安佐南区図書館のすぐ西を流れる古川。堤防上の道とは別に「小段通路」のある区間では川により近い高さで散歩できるし、橋の下をくぐって通れる所なら車道の横断をせずにすむ。

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今年の頭(昨年度末)に、「古くなった電動のゲートを撤去し、新しいゲート(フラップゲート)を設置」するという工事があったので、その期間中は通行止めになっていた。

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堤防の歩行者に向けて、写真や図を交えての説明の立て札が置かれた。上の道が迂回路として示されている。

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樋門上部の機器が撤去され、重機が下に降りているという途中経過。(下の画像は平成21年7月)

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13年06月24日(月)

栄橋の西

京橋川から猿猴川が分かれる手前のところに「栄橋」が架かっていて、大須賀町上幟町(かみのぼりちょう)とを結んでいる。

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栄橋を渡ってすぐ、細い坂道に片側だけ歩道が設けられていたところに「歩道改良工事」が施された。工事中は片側交互通行にしつつ「お急ぎの方は、迂回していただけますよう」、橋の手前で看板がお願いしていたのが今年の1月まで。

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工事の結果、白線だけだった路肩に歩道を区切るブロックが加わった。それまでの車の感覚だと「幅員減少」が以後続くことになる。f:id:kanototori:20130624225435j:image

13年06月23日(日)

混雑回避の迂回

工事による通行止めではなく、イベントの期間中の混雑のために迂回を勧める場合もある。

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相生通りから旧市民球場角の交差点を曲がる道は、菓子博会場の外縁にあたるので混雑していることが表示される。通れないわけではないとなるとつい入ってしまって往生する場合もあるのだろう。

13年06月22日(土)

歩車の迂回路

その市道の上で橋梁工事がなされる都度、南北の交差点を境にして通行止めとなる。ある期間のうちの深夜であったり、ある時間内の「一時(2分間継続的)通行止め」であったり。

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工事中の迂回路の案内図では、赤で通行止め区間を、青で車輌の迂回路を、緑で歩行者通行可能な迂回路が示される。

車は吉島通りまで回らないといけないが、歩行者は桁が頭上に迫る細い道を抜ける。

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13年06月21日(金)

市道の頭上に桁2本

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その堤防のすぐ近くにある市道。幅が広くてトラックの往来が頻繁。

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まず道路の両側に広島南道路の橋脚が立ち、吉島への出口となる坂道が低い位置にできる。「桁下4.6M」の制限。

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高い位置にある本線の桁も徐々に搭載され、本川の上の橋と一続きになっていく。

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13年06月20日(木)

光南の堤防

堤防の工事が済んでも橋梁の直下はまだ工事中ということで、堤防上の道は通り抜けられない期間が続く。

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北からの道は湾曲する幅広の袋小路。川と陸の両方の橋梁を眺めやすい位置。

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橋梁の南側では白い道が光南と南吉島の境までまっすぐ続く。堤防下の松並木の両端に階段があるので、通り抜けできる散歩道になる。

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下の画像は堤防更新前の様子(平成20年)。

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13年06月19日(水)

本川と両岸の旧状

昨年1月の見た時には、本川東岸の光南から江波港や江波山が、遮るもの無く見渡され、港の手前に丸子山(不動院)が張り出している。右手の江波皿山までの空間にも橋脚や桁はまだ見えず、クレーンがいくつか立ち上がるのみ。

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本川の上では橋脚だけが立っている。光南の側の堤防上にも遊歩道があるものの、この時は高架の工事だけでなく「広島港海岸中央西地区(吉島)堤防(改良)築造工事」もあったので通行止め。

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13年06月18日(火)

江波東の道々

江波本町の東が江波東。本川沿いの「かき打ち通り」が江波港に通じる。

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対岸の光南から眺めると(今年3月)、高架の桁が一本に繋がって丸子山の前を横切る。

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もちろんそれ以降も工事は続く。高架下の作業スペースが白いパネルに囲まれ、その合間を縫う生活道路や臨時の歩道。

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夜間の作業がある場合のお知らせには、「迂回路を設けているため通行止めはありません」などの対応がある。

13年06月17日(月)

江波本町バス停

広島南道路の高架は舟入通りを跨ぐことになるので、橋桁を上げたり共同溝を工事したりというときに、他の区間と違って工事現場を塞ぎっぱなしにするわけにもいかない場所。

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車や歩行者が普段通り行き来する中を、カラーコーンが臨時の仕切りになったり、鉄板の道の上に点字ブロックが貼り付けられていたり。

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広電バスの止まる「江波本町」バス停は、もともとの位置での使用が止められ*1、さらに「40m南側」へと移動。

*1:昨年8月と今年4月の画像

13年06月16日(日)

江波二本松の高架

江波皿山の南の麓は「江波二本松一丁目」。昨年8月に山上から見下ろしたときは、広島南道路の橋脚だけが立っている状態。天満川の上にはもう橋桁がある。

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今年の四月に通りかかった時には、すでに高架の上に桁が上がっていて、麓にあるシュモー会館への道が建設現場の合間をぬって通じている。白いパネルの陰からあらわれる路線バス

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「皿山公園下」バス停と皿山の間に高架が横切るかたち。f:id:kanototori:20130617011232j:image

13年06月15日(土)

江波皿山からの眺望

江波皿山公園内から外を眺める場所は限られていて、山の上を周回する道から南に出た分かれ道の先に、3つのベンチが置かれた広場がある。

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左手には江波山が帯のように市街地の中に横たわり、遠く似島安芸小富士が頂きを覗かせる。

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右手は天満川の河口で、江波と観音に挟まれる。厳島の島影は観覧車も小さく見せる。

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13年06月14日(金)

江波山の上下

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江波山の場合、特定の方向を眺めるための場所を設けなくとも、気象館の屋上からの眺望が全方位にわたる。*1

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公園内の遊歩道では、「江波トンネル」の真上にあたる所で眼下が開けていて、トンネルから「舟入通り」が江波沖町へと通じる直線を見ることができる。

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13年06月13日(木)

日出の台

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同じく比治山陸軍墓地は、南へ突き出た細長い敷地。墓所の奥には多数の慰霊碑が並び、その先の眺望は宇品港・似島がある。

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「故岩田日出子女史を称える」の碑とともに「日出の台」と刻まれた小さな碑が南を向く。

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左手には黄金山、右手すぐ麓は南区役所付近。看板で文字が目立つのは「広島FM放送」。(前項含めて、平成20年の写真)

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13年06月12日(水)

富士見台

せっかくの円形の展望台なら、全方位とはいかなくとも180度以上の見晴らしがあるような場所にあるのが似つかわしい。

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特定の方角を眺めることを勧める形状、ということで尾根の先端に半円形の屋根があれば、その範囲内で見えるものに絞り込まれる。

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比治山の南西端に突き出た「富士見台」には、「比治山展望台(富士見台)からの眺望」の図が置かれている(広島ライオンズクラブ寄贈)。右手は京橋川上流で縮景園方面、左手は京橋川下流と江波山・江波皿山方面。

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眼の前にはビル群が広がる。看板で目立つのはフジグランぐらいか。

13年06月11日(火)

妹背の滝の展望台

大頭神社から妹背の滝の雄滝へ向かう道の途中、幾千代橋の手前で展望台への分かれ道がある。

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毛保川西側の急斜面を通過する手すり付きの階段の先に、円形の展望台がある。

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そこから川向うの県道などは遥か上に見上げるような高さであるけれど、崖を横目に眺める雄滝*1は同じような高さの先にある。というかそういう位置を選んで作られたのか。

13年06月10日(月)

土師ダム展望台

その石碑のある堰堤西詰には、「土師ダム展望台」へ通じる道がある。その名前で案内図にも載っている。

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桜の木に囲まれた高台から堰堤を見下ろしたり、曲折するダム湖の奥の方を眺めたり。

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下手側からの別の坂道には「まむし注意」の札がある。山林を切り開いた遊歩道という点で、みよし風土記の丘のマムシ注意*1と同じ環境。

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13年06月09日(日)

土師ダムの水利者

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土師ダム堰堤の西側入口に二つの碑。一つは完成時の昭和49年にダムの目的と諸元を掲げる。もう一つは十周年記念の「土師ダム水没者顕彰の碑」。題字は竹下県知事(当時)。裏面には「水没立退者芳名」205戸。

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水利者として名を連ねるのは「広島県知事」「広島市長」「中国電力取締役社長」「簸川土地改良区理事長」「八千代町長」。現地が「八千代町」(現安芸高田市八千代町)で、ダムの水の一部が太田川へ導かれるので「広島市」。

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関連

簸ノ川 http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20100511/1273602692

13年06月08日(土)

熊野町長の碑

村を挙げての史跡顕彰のような出来事なら、そんなふうに歴代村長が名を連ねる例もあるだろうけれど、たいてい目にするのは建立当時の現職一人の名前。


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熊野町の東西の幹線道路である県道34号。阿戸別れよりも東の路傍に「南崎高市顕彰碑」がある。

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昭和44年から平成元年まで町長を務めた*1氏の叙勲が平成4年にあり、功績を称えるためのこの碑が平成15年に建てられた。題字の揮毫が当時の県知事で、碑文の撰進が当時の町長。

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*1:『安芸熊野町史 生活誌 資料,年表編』の刊行が平成元年3月

13年06月07日(金)

倉橋島村の村長

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倉橋の桂浜に立つ細長い「萬葉集史蹟 長門島之碑」には「紀元二千六百三年」(昭和18年)の「廣島理科大學教授 栗田元次撰」による顕彰文が刻まれている。昭和19年に「万葉集遺跡長門島松原」として史跡に指定される。*1

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側面には「世話人」として「桂濱神社々司」「元村長」「前村長」「現村長」の名が並ぶ。この地は昭和27年に「倉橋町」となるまでは「倉橋島村」。


関連

皇紀の使われ方 http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20120216/1329410297

13年06月06日(木)

若宮さんの防波堤

音戸の瀬戸とは島の反対側にあたる藤脇。港の防波堤の途中にある「若宮さん」*1に「防波堤竣工記念碑」が一体化している。

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「昭和五十九年十二月吉日」当時の「音戸町長」による揮毫で白い文字が載っている。どの字も下半分の要素が太く長い書きぶり。

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ここでの「戸」の字は右向きの点。

13年06月05日(水)

音戸町での「戸」

音戸町で見かけた「戸」の字にもまた、一画目が点であったり線であったり、長かったり長くなかったり。

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そういえば旧字体の「戸」は左下がりにくっついていたのだった。

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その線の向きで点になっていてもおかしくはないけれど、あまり見かけない。

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13年06月04日(火)

文字抜粋「戸」

戸坂川」の白い角柱に、所在地の番地や「国土交通省」の重ね貼りなどが黒字で目立つ。うっすらと「太田川水系」などが白抜き文字のように残っているものの、とくに塗り重ねなくてもいいという判断だろうか。

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その角柱の「戸」にしても「戸坂取水場」の「戸」にしても、印刷の字ではよく目にする形。上の一画目が「一」のように横長になっている。

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「戸坂城山小学校」の手づくり看板の場合、一画目の左端が二画目の起筆部と揃う。こちらのほうが整った感じがしないでもない。

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広島市戸坂取水場」と「呉市戸坂取水場」の並んだ表札では「戸」の上は点であらわされる。書きやすさと整えやすさでは点で済ませるほうが気軽。手書きではなるべく平行線を強いられずに崩せれば良いし、そうでない作字ならそれぞれの目的に合った形にすればよろしい。

13年06月03日(月)

戸坂川の端

太田川へ注ぐ戸坂川。

合流点近くでは、県道を挟むように「戸坂樋門」の建物が高々と構える。

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「樋」の「甬」部分がポロッと取れていても他の字と間違うことは多分無い。

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道路に挟まれた川には沢山の橋。水管なども張り巡らされる。そんな円筒の上に止まる鳩。

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13年06月02日(日)

鵜の動き

その上流側には形の違うブロックがこまごまと固まっている。

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ブロックの上に立っている二、三羽の鵜。鷺と違って単独で見かけることは少ない。

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飛ぶ体勢になると両の翼を高々と上げ、川に向かって走りだす。

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13年06月01日(土)

取水場の鷺

太田川が戸坂で曲がるあたり。複数の取水施設のあるこの一帯にも消波ブロックが連なる。

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ブロック(テトラポット )の上を歩くと落ちて怪我をすることがあり、危ないので近よらないでください

という、「テトラポット」の絵も付いた注意書きが堤防上にあり、川へ下りる階段は通常閉じられている。

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もちろん鳥は平然とブロックの上を歩いたり、テトラポットの先端に飛び乗ったりする。f:id:kanototori:20130602014934j:image

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