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15年05月31日(日)

所狭しと

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細い県道が新庄橋太田川放水路を渡って南、もと日産のあったあたり。電柱はせり出していないもののバス停が置かれてでこぼこ。

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電柱から道路側へ街灯が突き出る。その腕には黒ずんだ「ブルーバード 広島日産」の看板。

15年05月30日(土)

街灯にバナー

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電柱ではなく、大通りの街灯にはイベントのバナーが両脇にたれさがる。

夜、どうなっているのかはあまり記憶にない。

15年05月29日(金)

電柱が竿

大きな幟を立てるとなると、それより長い旗竿がいるしそれを支える石柱とそれを設置する場所もいる。

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電柱が使用できるなら、それを竿代わりにすればいろいろ省ける。使えるのなら、だけれど。

15年05月28日(木)

高架の下の幟

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新幹線の高架したに立つ幟は、お店によくある小さなサイズなのでフェンスの支柱に括りつけるくらいでも大丈夫。

15年05月27日(水)

棒立ち

皆実町二丁目の公園にある掲揚台は、古びた木の旗竿を挟んでいた*1((http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20140416/1397665346))。ついでのように住居表示板の設置場所にもなっている。

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*1:平成21年の画像

15年05月26日(火)

旗竿(旧)

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新しい旗竿はイチョウの細さに揃えているかのように見えた。

古い木製の旗竿は強度からしてそれ相応の太さ。それを支える石も太い。

関連

光廣神社の掲揚台 http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20141022/1413995538

15年05月25日(月)

奉納の柞

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旗竿と並んでまっすぐ伸びる姿がイチョウらしく、境内の脇にあっても葉が色づけばよく目立つ。

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「柞(ははそ)の木」は境内の真ん中、砂利の只中で太い幹にたくさんの枝を絡ませている。

根元に奉納の石碑。「安佐郡」時代にしては新しい石。

15年05月24日(日)

慰霊のイチョウ

廣島護国神社の北の境、城跡本丸上段を背にして慰霊碑や記念樹が並ぶ。

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二本のイチョウの木のうち太いほうが「ノモンハン事変十五周年記念」として靖国神社から分けられた苗木。

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細くまっすぐなほうは昭和46年の「鎮魂植樹彼我戦歿者之(霊」。

15年05月23日(土)

慰霊碑の記念の植樹

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原爆の劫火に耐えた肇國神社の石柱発見を機として」平成15年に建立された慰霊碑。

その背後に「みたま椿」が「慰霊碑建立記念」として植えられているという、記念植樹にはさまれた慰霊碑。

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15年05月22日(金)

記念植樹から慰霊碑へ

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廣島陸軍幼年学校職員生徒による紀元二千六百年の記念植樹の記念碑。それを上に載せた形の慰霊碑。

15年05月21日(木)

挟まれる石

昭和49年新造された狛犬は「文政八年」「乙酉中秋」の台座の上に乗っている。

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先代の狛犬は文政8年(西暦1825年)に松崎八幡宮に奉納されている。神社統合にともない現在地へ。という履歴がプレートになっている親切表示。

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その石の下の新しい台座は「皇紀2634稔4月」(昭和49年)のもの。

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15年05月20日(水)

昭和49年

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その神馬も燈篭も、奉納は昭和49年(西暦1974年)。

麓の参道入口の狛犬も、同年に「埃宮百年大祭に当り新規狛犬一対」が作られている。

松崎八幡宮と総社が統合されたのが明治6年(西暦1873年)。

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15年05月19日(火)

多家神社の紋

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神馬の腹には三つ巴の紋。主祭神ではないけれど八幡宮は統合前の形態のひとつ。

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燈篭にも屋根にも三つ巴。

15年05月18日(月)

二頭の姿勢

府中町多家神社には二頭の神馬像が奉納されている。

獅子狛犬のように参道脇で向かい合っている。

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入口側の前脚を掲げている姿は境内案内図にも表れている。

15年05月17日(日)

つま先立ち

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安芸区矢野の尾崎神社の神馬は社殿右脇に立っている。腹には浅野違い鷹の羽の紋。

護国神社とは立っている向きが違うので、上げている脚が違っても同じ構図となる。f:id:kanototori:20150517145438j:image

若干異なるのは、後ろの左肢が少しつま先立たせてあること。前後二本で安定できるなら浮かせてしまいたいのかも。

15年05月16日(土)

片脚上げ

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広島護国神社に奉納された神馬像は参道を向いて北側に置かれている。

社殿の側に身体を傾け、後肢はぴったり地面に着けて、左前肢を上げた姿勢。絵馬のように何かの場面の瞬間を切り取ったものとして眺められる。

15年05月15日(金)

片足立ち

両手を上にあげて片足を浮かせる、その咲ちゃんのポーズで連想されるのはいろいろあるけれど、

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広島駅北口の円鍔勝三の「朝」*1など。

*1:昭和54年制作

15年05月14日(木)

頭に紅葉

アジア大会の二年後がひろしま国体

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アジア大会のモニュメントの隣に立つのが、ひろしま国体のマスコットキャラクターの「咲ちゃん」。頭に牌は乗せてないし12歳でもない。たぶん。

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前立てのように頭を飾るのがモミジの葉ながらも、モミジが県の木であり花でもあるので「咲」かせるのは葉でもいい。

15年05月12日(火)

水泳会場

記念植樹の奥、壁を背にして立っているのはアジア競技大会*1の記念碑。東区スポーツセンターがハンドボールの、総合屋内プール(ビッグウェーブ)が水泳の会場となった。

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マスコットキャラクターはポッポとクック。ガズアルとガズエルのように脇を固めている。

*1:西暦1994年

15年05月11日(月)

開館記念植樹

牛田公民館の入口脇に一本の楠。大樹というほどではないけれど、枝が建物に迫って広がりきれない。

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平成元年に開館記念として植えられた。

15年05月10日(日)

通れる分かれ道

東区の牛田公民館前から山のほうに向かう坂道が分かれている。

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坂の先にはバラ園などがあることが案内図で示してある。

目的地の案内だけでなく、もしも坂の入口にチェーンがかかっていても通れるということが強調してある。

15年05月09日(土)

基町バス停の位置

バスセンターの北、内堀の西にある基町バス停は戸坂高陽方面の路線バスが通る。

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車道と歩道が離れているので、歩道から停留所に通じる道がある。

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その先は横断歩道なども無い行き止まりなので、曲がり角に注意書きがある。

15年05月08日(金)

歩道の途切れ

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江の川沿いの国道54号。「この先階段」との表示が歩道の終端で立ちふさがる。

その先の階段は道路脇の耕地と水路に通じるもので、国道の歩道を通り続けようとすると、向かい側の歩道を使ったほうがあんしんみちではある。

15年05月07日(木)

あんしんみち

呉線天応の西で大屋大川を渡る。

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鉄橋の下から見上げることができるのは、川の東側に道があるから。

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上には「大屋大川東踏切」があるけれど、線路を渡る行為と比べるとくぐるほうが「あんしんみち」ではある。

15年05月06日(水)

鉄橋の下へ

海田町の北端の砂走、山陽本線の線路は隣の道よりわずかに高いくらいの嵩を行く。

そこに架かる小さな橋の下には小さな川。

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道と橋の間にやや距離がある川では、川の中の道に下りる坂がついている。手作り感。

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15年05月05日(火)

仮屋架道橋

西条駅の西、線路は盛り土の上を行き、交わる道はところどころ架道橋の下をくぐる。あまり高さを確保できないので通れる車に制限がある。

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橋の名をその場で確認できるところもあれば見当たらないところもあり。ここでは「お願い」の看板に大きく書かれている。「仮屋架道橋」。

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藝藩通志』四日市次郎丸村図に「苅屋」の表記で見える。架道橋が仮という意味ではないらしい。

15年05月04日(月)

線路をくぐる道と水路

瀬野川の東には国道が、西には山陽本線が接して並ぶ。

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それぞれ向こうへ渡るために踏み切りや横断歩道があったり、ガード下をくぐる道があったり。

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人ひとりすれちがう位の小さな道。すぐ頭上に天井が迫る。脇の水路の蓋は途切れるが、高めのガードレールがあるので踏み外すおそれは少ない。

15年05月03日(日)

くぐる川と道

安芸区中野東瀬野川に注ぐ細い川は、国道2号をくぐってすぐのところで合流する。

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普段の少ない流量だと細い溝をちょろちょろと湿らせるだけで、その脇の幅広の川床は歩道として通ってしまいそうなくらい乾燥していた。

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関連

畑賀川 http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20120615/1339788122

15年05月02日(土)

くぐる谷水

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郡山城跡の南の谷を流れる小川。そこを横切る道は西の墓所と東の公園を結ぶ。

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水は山道に埋設された水管を通って土嚢の下へと流れすぎていく。

15年05月01日(金)

公園の中の下水管

西区楠の公園に設けられた災害用マンホールトイレ。

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下を通る下水管に沿って20箇所トイレを仮設できる。

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