落ち込み

私は子どもの頃から「理屈っぽい」「ドライだ」などと人には言われてきたのだけれど、最近本当にそうなんだろうか?となんだか疑問に思うんですよね。
24歳ころに大失恋をして、それから少しは人に優しくなったような気がする。人の心って(自分の心さえも)どうしようもないんだってことも少しは解った。
26歳ころには、自分の依存症的な性格が解って来て、自分の弱さを少しは認められるようになったし、人の弱さも少しは理解出来るようになった。。
28歳ころは、愛しいと憎いという感情が表裏一体で、自分の醜さに絶望しそうになりながら、なんとか受け入れることが出来るようになったと思う。
30歳を超えたころから、なんだか凄く涙もろい。テレビを観ては泣き、本を読んでは泣き、映画を観ては無く。それは陽とも陰とも違う感情なんだけど、内側から感情が押し出して来るような感じ。
何がそうさせるのかは、解らないのだけれど、何かのスイッチがオンになってしまう。
他にももちろん、いろいろなことがあるのだけれど、少しずつ、少しずつ、変わってきたと思うし、これからも変わり続けていくだろう。
それは、良い意味で変わっていくこともあると思うけれど、なにか良からぬ影響を受けて、思いも寄らぬ方向へいってしまうこともあるんだよなぁ。


思いも寄らぬ方向っていうのは、例えば人に対して過敏になり過ぎて、翻弄されてしまうこと。
何気なく発せられた心ない一言だったり、ちょっとした冷たい態度に、必要以上に落ち込んでしまったり、狼狽えてしまうんだよなぁ。
田口ランディさんのブログを読んでいると、私だけじゃなくて、そう言う人ってたくさんいるのね、って思いました。


以前はね。全然そういう性格じゃなかったと思うのですが、最近はその傾向が強いなぁ。
それは、きっと、いろいろなことがあって、いろいろな出来事が、他人事じゃなくて、自分事に置き換えてしまうからではないのかなぁと思っています。
相手の不機嫌な感情が、勝手に自分に流れ込んでしまう。それは自分がいままで何度も不機嫌になってきているので、その気持ちが呼応してしまうと言うか・・・う〜ん。うまく表現出来ないなぁ。


こう言う風に呼応して、落ち込んでしまうのは自分は、凄く嫌なんだけど、仕方ないって思っています。
だって、20代前半の私は間違いなく、こういう落ち込み方はしなかった。
大人になって、自分で選んできたことが、こういう性格を作ってしまったと思っているから。
それにね。こういう落ち込み方は大したこと無いって、思っているから。
怖いのは、脅えが前提にあるときだと思う。


理不尽な怒りや、訳の分からない感情の爆発をする人が、時々いるのだけれど、こう言う人は怖いです。
こう言う人と接してしまった時の、脅えからくる感情の落ち込みは、まだまだ克服出来てなくて、言葉にするには、頭の中で整理が全く出来ていない状態。
克服なんて出来ないかもしれないけど、頭の中は整理しなくちゃいけないなぁと思っています。
でもそれには、まだまだ時間が掛かると思う。ほとんど反射的に反応してしまうから。
こう言う人に出会ってしまったら、自分の自我が壊れないようにするのが精一杯なんだよなぁ。


なんだか眠くて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
明日またゆっくり考えよう。。。