2011-07-28
■[徒然]愛する人との別れと、その後

勝手ながら、はち(id:star-gazer)さんのことを心配していました。
誰にでも必ず訪れる日ですが、それでもその人にとっては唯一無二の経験ですから他人がとやかく言うことなどできない。
その人に寄り添ってきた、これからも寄り添っていくことのできる人だけが何かを言うことが許される、そんな気がしていてハイクでは気の利いた言葉を紡ぐこともできず、ただ、ダイアリーをふと訪ねてみたのです。
そこには、中島みゆき「誕生」の歌詞を引用した私のダイアリーへの言及がありました。
私自身の祖母との別れの時に書いた文章、でした。
今でも、明るい冬の午後、2才さんがまだお腹の中にいた頃に彼女と半分こして食べた「ロールちゃん」の味をふと思い出すことがあります。
あのとき以来、私はホイップクリーム入りのそれを食べていません。
食べたら記憶が薄れてしまう、なんて思っているわけではないのですが、それでも今後食べることはないような気がしています。
人生は続く。
悲しみを忘れろとは誰にも言えないし今の気持ちが必ず消えるものだとは言い切れないけれど、日々の生活に何かしらどこかしら削られて薄れていく、そういう部分は確かにあると思います。
それはとてもとても残念なことだけど。
祖母を見送ったときは「誕生」でしたが
その1年半前、野球好きだった祖父を見送ったときには「永久欠番」を脳内BGM*1としていました。
音楽に心や言葉を託す、というのはどこか押しつけがましくそれでいて自分で言葉を考える責任を放棄しているようで心苦しくもありますが、この曲の存在を伝えたくて、ここに記しておきます。
*1:前にどこかで書いたような気がしますが
壽屋
購入: 2人 クリック: 43回
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個人的なご用の向きはメール(プロフィール参照)とかでよろしくです。




音楽に気持ちを託す、私は素敵なひとつの方法だと思います。かぴさんのあのダイアリーを拝見しなかったら、立ち上がるきっかけすら掴めなかったでしょう。記憶はいつか薄れていくし、進むべきときは来るんだと涙しつつあの歌詞を読みました。でも逝った人が残してくれたものを大切にしていければいいなと思います。今はそれが“たとえサヨナラでも愛してる意味”かなと解釈してます。
長文失礼しました。これからもよろしくおねがいします。
あのダイアリーを書いた頃は中島みゆきと小沢健二ばかり聞いていました。
歌詞に心を託して涙を流すことで、失った心の空間に彼女と彼のことばを埋めていたのかもしれません。
どうぞ心と体を健やかに、少しずつ、時間の流れとともにはちさんご自身も前に進んでいけますように。
これからも文章やお写真を楽しみにさせてくださいね。