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死んだ目でダブルピース このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

名前:中山涙 (ペンネームの由来
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2009-03-10(Tue)

ダウンタウンが東京で天下を獲った理由

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「松本」の「遺書」 (朝日文庫)

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ダウンタウンの理由。

ダウンタウンの理由。

前回のエントリーでは、東京芸人の大阪での奮闘ぶりを紹介したけれど、今回はその逆で、かつてダウンタウンが、東京でどのように戦ってきたかという話。

1989年秋、ダウンタウンは大阪のレギュラー番組をすべて終了させ、東京に移住した。

当時、二人は26歳。すでにフジテレビで『夢で逢えたら』『笑っていいとも』などのレギュラー番組を持っていたが、当時のスタッフはダウンタウンの持ち味を生かしきれず、単独での人気は今ひとつ伸び悩んでいた。

自分たちの笑いをスタッフにすら理解されず、「松ちゃん、もっとハジけないとダメだよ」などという失礼な言葉を投げかけられたこともあった。

松本人志はのちのインタビューで、こう語っている。

「今とは大阪のタレントの受け入れられ方も全然違いますからね。『あ、関西の人なんだ(標準語のイントネーションで)』ってひいた部分はありましたよ。」*1

今では信じられないことだが、この時期、プライムタイム(19:00〜23:00)に放送されていた全国ネットの番組のうち、大阪の芸人がメインを張っていたのは、西川きよしの『スター爆笑Q&A』と桂三枝の『愛ラブ!爆笑クリニック』だけだったという。

明石家さんまですら、全国ネットのゴールデンタイムで、単独でメインを張る番組を持てていなかった。

そして吉本興業は、確かに大手ではあったものの、数多くの芸能プロダクションの一つにすぎなかった。

この1989年10月から、ダウンタウンの念願だった東京発のメイン番組『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』が日本テレビでスタートする。ただし深夜1:40という時間帯だった。

初めの4ヶ月ほどは練られた漫才を披露していたが、ネタが尽きるとフリートークに移行した。

しかし、どちらにしても観客や視聴者の反応は今ひとつだった。

ベタな笑いには反応するが、下ネタや、松本の特異な発想から生まれるシュールな笑いには、さっとひいてしまう。


ここからの二人の発想が凄い。

彼らは自分たちのやり方を変えるのではなく、観客や視聴者を変えてゆこうと考えたのである。

それから、観客や視聴者に対して、笑いを楽しむための教育が始まった。下ネタというだけで、拒否反応を示した観客に、浜田が「ひくな!」とどなる。ぶっ飛んだネタについてこれない客席の雰囲気に、「君らこんなん嫌いやね、俺はおもろいねんけど」と松本がつぶやく。

また、浜田は一個一個のボケをていねいに拾うことによって、松本の言葉を客席に「翻訳」するよう努めた。

こうした地道な「教育」の甲斐あってか、次第に松本の発想力が、徐々に観客や視聴者たちを席巻してゆく。

フジテレビでの冠番組ごっつええ感じ』がスタートするのが1991年12月。初めはぎくしゃくしていたスタッフとの歯車も次第に合うようになり、松本の発想からなる多くの名作コントが次々に発表されてゆく。

それからの破竹の快進撃はご存じの通り。


二人が視聴者に「教育」していったのは、笑いの感性だけではない。

松本はその著書やインタビューの中で、お笑い芸人は崇高でカッコいい職業なのだと叫び続けた。

浜田は相手が大物のミュージシャンや俳優であっても、臆せず額に平手を打ち込んでいった。

90年代以降、お笑い芸人の「格」が上がったのは、彼らの活躍に負うところが大きい。

吉本興業は急速に発展を遂げ、吉本の芸人は東京に進出することが容易になった。

あれから、ダウンタウンが大阪の芸人が東京に来る高速道路作ったようなもんですからね。それを最近では、金を払わんと、『速い、速い』『近い、近い』言うて、みんな気軽にドライブ感覚で東京の番組に来るんで、ムカつくことあるんですよ、ホンマに。

と、松本はのちに自負しているが、この言葉は決して大袈裟ではない。

自分たちではなく、客の意識を根こそぎ変えるという発想。

それほどの決意と、それを裏打ちする自信があったからこそ、ダウンタウンは東京という異文化の地で、天下を獲ることができたのである。

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*1:「ダウンタウンの理由」(伊藤愛子著、1997年 集英社刊)より。以後の引用部分も同じ。