名前:中山涙 (由来=ペンネームが決まりました!)
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近著「浅草芸人 〜エノケン、ロッパ、欽ちゃん、たけし、浅草演芸150年史〜」(マイナビ新書)
2009-03-21(Sat)
ビートたけしのもう一人の相方
- アーティスト: ビートたけし,TAKESHI&HIROKI,ビートたけし&たけし軍団,ガダルカナル・タカ
- 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
- 発売日: 2007/07/25
- メディア: CD
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ビートたけしの「浅草キッド」という曲は、たけしが、浅草で売れない芸人だった時代を回想して作ったものだ。
お前と会った 仲見世の
煮込みしかない くじら屋で
夢を語った チューハイの
泡にはじけた 約束は
灯(あかり)の消えた 浅草の
コタツ一つの アパートで
という歌い出しで始まるこの歌は、しばしばたけしがプライベートでも歌い、そのたびに涙するといわれるほど、たけしにとっては思い入れが深い曲である。
動画:
同じ背広を 初めて買って
同じ形の 蝶タイ作り
同じ靴まで 買う金はなく
いつも 笑いのネタにした
いつか売れると 信じてた
客が二人の 演芸場で
などの歌詞に、修業時代の思いが込められている。
福山雅治がカバーしたことでも知られるこの曲は、芸人ならずとも心を打たれるのではないかと思う。
ところで、この曲に登場する「お前」とは、ツービート時代の相方であるビートきよしのことではない。
もともとたけしは、浅草のフランス座というストリップ小屋の幕間コントで芸を磨いていたが、仲間の兼子二郎(ビートきよし)に誘われて漫才に転向した、という経歴を持つ。
歌と同名の小説「浅草キッド」によれば、たけしは本来「マーキー」という別の仲間と組んでコントをやるつもりだったという。
- 作者: ビートたけし
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1992/11
- メディア: 文庫
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だが、このマーキー氏はやがて「酒が原因で頭が病気」になってしまい、たけしは仕方なく、二郎と共に漫才コンビを結成する。
初めは松鶴家千代若・千代菊の門下で「松鶴家二郎・次郎」と名乗ったが、あまりにも売れないので、二郎の考えで松鶴家門下を離れ、コロムビア・ライトの弟子となり、「空たかし・きよし」という芸名に変えたが、状況は余り変わらなかった。
そんなある日、たけしは名古屋の大須演芸場でB&Bの漫才を見て衝撃を受け、それまでずっときよしにまかせていたネタ作りを自分でやるようになる。
芸名もツービートと改めた二人は、一気にスターダムに駆け上がってゆく。……小説「浅草キッド」には、そのように書かれている。
しかし小説「浅草キッド」の構成を担当した*1井上雅義の回想録「幸せだったかな ビートたけし伝」によると、少々事情が異なる。
- 作者: 井上雅義
- 出版社/メーカー: 白夜書房
- 発売日: 2007/12/03
- メディア: 単行本
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この本によれば、たけしは「空たかし・きよし」のコンビを解消したあと、一旦フランス座に舞い戻っていたらしい。
たけしが、前述のマーキーという人物に出会ったのは、そのあとだという。ただし、この本では名前が「H」となっている。
たけしはフランス座に在籍しつつ、このHと組んで、もう一度漫才に挑戦した。コンビ名は、たけしの命名で「リズムフレンド」となった。
つまり「浅草キッド」の歌詞に登場する「お前」とは、このマーキー氏のことなのだ。
たけしとマーキーの二人はセンスが似ていてウマが合ったが、コンビとしてはうまくいかなかった。
「幸せだったかな ビートたけし伝」には、二人が渋谷のショーレストランの営業に出かけた時の様子が描かれている。
──いらっしゃいませ、どーもー。私がリズムで、
──ボクがフレンド。
──二人あわせてリズムフレンド。よろしくお願いします。
というように、客前に出たときの口上こそ古臭かったが、ネタの内容は斬新だった。
──でもこのレストランはすごいんですよ。なにがすごいって、きのうなんか知ってます? このレストランから食中毒を出したんですから。
──それも、ただの食中毒じゃないみたいですよ。赤痢だという話ですからね。
──ええっ!? あれは赤痢だったんですか。でもよかったですよ。お客さんは三人しか死んでませんからね。
ここでは省略したが、初めのうちはちゃんとボケとツッコミの関係が成り立っているのに、次第にブラックジョークの色が強くなってくると、ツッコミが機能を果たさなくなってしまうのである。
二人は食事中の客から罵声を浴びせられ、激昂した支配人に店を追い出される。
この話で思い出すのは、デビュー直後の爆笑問題だ。ネタ以外のフリートークで、田中は太田の毒舌をとがめず、一緒になって悪口を言っていた時期があった。爆笑問題がなかなかメジャーになれなかったのは、それも原因の一つだったように思う。
やはり毒舌を売り物にするコンビは、片方がそれを注意する、という工程がないと、毒が強すぎて世間に受け入れられないのではないだろうか。
やがてリズムフレンドは解散する。
たけしは再びきよしとコンビを組み、自らツービートと名付ける。その後の苦労と快進撃は小説「漫才病棟」および「浅草キッド」に書かれているとおり。
- 作者: ビートたけし
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1996/02
- メディア: 文庫
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近年、ロッキンオン・ジャパンから定期的に発行されているインタビュー集のうちの一冊、「余生」では、珍しくたけしがマーキーについて語っている。
- 作者: 北野武
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相棒選ぶにしたって、知ってんの、きよしさんっきゃいないんだもん。あともう一人、マーキーってのがいて……こいつは精神病院入っちゃって、酒を飲んで飛び降り自殺して、足折れちゃったりなんかして。
たけしは、マーキーとのコンビの問題点を、淡々と語ってゆく。
マーキーはね、ギャグのセンスとかで、俺と闘ったの。で、俺が完全に打ちのめしちゃったの。それで悩んじゃったみたい。神経質だったんだね。何回か組んでやってみたのよ。俺がツッコミに回ったりなんかしてんだけど。
会話の運動神経っていうのがあるんだけど、それがなかったんだね。だから変な分析すれば、ツッコミの台詞が0.何秒ズレただけで客が引いてしまうってとこがあるんだね。サッと入んなきゃいけないのか、ちょっと間を持たせるかってのは、もう直感なんだけど、そのときの客の雰囲気とか。その感覚がなかったね。マーキーは悩んで、自分も揺れるから、両方揺れちゃったのね。それでズレてズレて。そんで、マーキーは違う人と組んだけどね。それでダメになっちゃったんだよな。
共闘するべき相方を、結果的に「打ちのめし」、ついには精神を病むほどまでに追い詰めてしまう、たけしの芸人としての業の深さには鳥肌が立つばかりだ。
最後にもう一度「浅草キッド」の歌詞の一節を紹介して、この項の締めくくりとしたい。
一人たずねた アパートで
グラスかたむけ なつかしむ
そんな時代も あったねと
笑う背中が ゆれている
夢はすてたと 言わないで
他にあてなき 二人なのに
夢はすてたと 言わないで
他に道なき 二人なのに
たけしがどんなに成功しても、どこか醒めているように見えるのは、この「もう一人の相方」の存在があるからかもしれない。
*1:つまりたけしが喋った内容を文章にまとめた、ということだと思う。





どうもそのようですね。ハーキー氏はまだご存命のようだから、「余生」では聞き手の渋谷陽一が気をつかって小説「浅草キッド」での呼称に合わせたのかもしれませんね。
ものすごい情報をありがとうございます。
「やまちゃん」ですか。その人について書いている本とか、あるいはテレビやラジオの番組などがあれば、教えていただきたいのですが、いかがでしょう?
私は浅草の煮込み屋によく行くことがあって当時の話をよく聞きますが、店の人が言うには「やまちゃん」という名前の相方だったらしいです。
目がクリクリしていて、小柄な体型と聞きました。
今は堅気なったとか・・・。