名前:中山涙 (由来=ペンネームが決まりました!)
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近著「浅草芸人 〜エノケン、ロッパ、欽ちゃん、たけし、浅草演芸150年史〜」(マイナビ新書)
2009-09-30(Wed)
江戸時代、貧困にあえぐ陰陽師の村が選んだ道。
笑芸史 |
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「旅芸人のいた風景」という本を読んだ。
江戸時代から昭和の中頃にかけて存在した、全国を巡業して回る旅芸人たちについて書かれた好著。
特に、播磨の国の「高室」という村に関する記述が面白かった。
高室は、現在の兵庫県加西市に位置する小村。この村は、中世の時代から陰陽師の集団が住んでいたという。
彼らは日常の仕事として加持祈祷や占いをおこなう一方で、正月には近隣の都市や村々を回って万歳を演じていた。
しかし元禄年間ごろから、それだけでは生活ができなくなってゆく。
困窮した村人たちが選んだのは、陰陽師の仕事を捨てて、歌舞伎芝居の一座を結成することだった。陰陽師頭だった高崎家が座元となったというから、村ぐるみの選択であると言える。
村の言い伝えによると、大坂から流れてきた歌舞伎役者が村の若者に芝居を教えたのがきっかけだったらしい。
万歳は正月だけしかできないが、芝居ならば一年中収益を上げられる。理屈ではその通りなのだが、由緒正しい陰陽師の村が、当時の流行そのものである歌舞伎芝居に転向した、という事実に驚かされる。……というか笑ってしまう。
結局、高室村では住民の男の大半が役者となり、女は笛や三味線、あるいは衣装係となった。
幕末にはこの村だけで七、八座が組織され、それぞれ独立して全国を回るようになっていたという。彼らは「高室芝居」と呼ばれ、中央の歌舞伎関係者からもその技能を高く評価された。
この針の振り切り方が面白くてたまらない。
彼らが成功したのは、もともと万歳を演じていた下地があったからだとも思うが、一村まるごと、というのが極端すぎてすごい。
もちろん、村ぐるみの大がかりな変革がスムーズにおこなわれたとは思えない。
記録には残っていないが、真剣で、だからこそ滑稽なやりとりがあったのだろうと思う。井上ひさしとか三谷幸喜が、舞台にしたら面白いんじゃなかろうか。
色々と想像力をかきたてられる、楽しい本でした。
- 作者: 沖浦和光
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2007/08
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