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死んだ目でダブルピース このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

名前:中山涙 (ペンネームの由来
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浅草芸人 〜エノケン、ロッパ、欽ちゃん、たけし、浅草演芸150年史〜 (マイナビ新書)
近著:マイナビ ブックス - 浅草芸人 〜エノケン、ロッパ、欽ちゃん、たけし、浅草演芸150年史〜

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第25回(2012年)大衆文学研究賞・大衆文化部門を受賞しました!








2009-10-03(Sat)

島田紳助とビートたけしの、売れるための理論

| 島田紳助とビートたけしの、売れるための理論を含むブックマーク 島田紳助とビートたけしの、売れるための理論のブックマークコメント

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自己プロデュース力 (ヨシモトブックス)

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 島田紳助は、2007年3月に大坂のNSCで開催された特別講義の中で、売れるためにはどうすればよいかを、かなり具体的に語っている。以下、「自己プロデュース力」より抜粋。


まずは内側への発信

 絶対、衣装は大切。僕が竜介とコンビを組んだばかりの時、年収が一年間七万円くらいでした。でも、その一年間でスーツを五着作った。金はないんですよ。

 その頃は、まだテレビに出られてないよ。舞台にもほとんど出られてないから、まだファンもいない。じゃあ、誰のためにスーツを作ったか? 吉本興業の社員に見てもらうためにです。やる気をわかってもらうためにです。「ええ? お前ら、またスーツつくったんか! お前ら偉いな、金ないのに!」って。

 外へ発信するのは売れてから。まずは内側へ発信しなくちゃいけない。

 余談ながら、これ読んだとき、とっさに銀シャリのことが頭をよぎったw 彼らはいつになったら売れるのかなー。

 それはともかくとして、確かに売れてる芸能人のほとんどは、「まずは内側へ発信」という行為を実践している気がする。


 ツービート時代のビートたけしも、まずは客よりも、松竹演芸場の芸人仲間にウケることを目標にしていたように見える。

 支配人がカツラだと舞台の上でバラしたり、他の芸人の衣装を着て出ていったり、緞帳が上がったら布団の中で横になっていて、そのまま「寝たきり漫才」なるものを披露したり、といった具合である。

 たけしの先輩に当たる昭和のいる・こいるは、次のように語っている。

「ツービートのたけしは生意気だってみんないうけど、それは彼らの漫才のネタからそう感じるんだろうけど、楽屋じゃぜんぜん生意気じゃなかったよ。むしろいろいろ細かく気を遣う人でね。とにかく、たけしのまわりにいると楽しくて面白いから楽屋でも飲みに行くんでもみんなついてきちゃうんだよ(後略)」*1

 とはいえ、たけしは計算ずくで仲間におもねっているわけではなかった。ごく単純に浅草の芸人たちとつるんだり呑んだりするのが「楽しくてしょうがなかった」という。

 やっぱり生きてる実感みたいなものはあったよね。全部じゃないんだけど、心半分はそれで浸ってても楽しかったね。でも、その当時いた人は全部がそれだったんだけど、俺は半分だけ、みたいな。あとの半分は「こういうの、ダメなんだけどな」っていう。「何かあったらここから出ていく」っていうのは分かってたけどね。*2

 やがて芸人同士の噂話から、「ツービートはすごい」という評判が雑誌のライターやテレビ局のディレクターの耳に届き、たけしは全国レベルの人気者になってゆく。


若者をターゲットに設定

 紳助は、かなり早いうちに「自分たちのターゲットは二十歳から三十五歳の男だ」と定義づけた。

劇場で十日間出番をもらって、平日が一日二回、日曜日が一回だったとして、全部で二十一回。僕らが二十一回の出番の中で真剣にやるのは三回ぐらい。あとは、真剣にはやらない。

 だって、朝早くの舞台で、おじいちゃんおばあちゃんばっかりの客相手に真剣にやっても無駄でしょう。(中略)

 その代わり、若い客が多い時はおもいっきりやりました。

 たけしも同じような経験をしている。

 ある程度人気が出たら、今度は若い客が入りだしたのね。学生が。で、おいらも受験の経験があるわけだから、高校ぐらいで習うネタをやりだしたの。じゃんけんやって、「フレミングの左手の法則を分かってねえのか」って言うと、客は笑ってるわけ。おじいさんたちは「何を言ってるんだこいつ」ってなるんだけど。ドップラー効果とかさ。(中略)そればっかしだと普通のおじさんたち困っちゃうから、違うネタもやんだけど、たまに入れてみたりして遊んでたね。


「X+Y」の公式

 紳助による、ものすごくわかりやすい「X+Y」の理論。

 僕がよく言うのは、「X+Y」でものを考えろ、ということ。

「X」は自分の能力。自分は何ができるのか。これは自分にしかわからないのだから、自分自身と向き合って必死に探すしかありません。

「Y」は世の中の流れ。これまでどんなことがあって、いまどんな状況で、五年後十年後、それがどんな風に変わっていくのか。これは資料が揃っているんだから、研究することでわかってくるはずです。

 この「X」と「Y」がわかった時、初めて悩めばいい。「さて、俺は何をしよう」って。そこから、「どうしたら売れるんだろう」「そのためにはどういう笑いをつくったらいいんだろう」って考えを深めていったらいいんです。

「X」と「Y」もわからずにどんなに悩んだって、それは無駄な努力です。

 紳助は、さんまやオール巨人といった同期の芸人と自分との差異を見極め、「かわいげのある不良」というキャラクターを演じるよう努めた。

 売れてからも、常にテレビ界のスキマを探して、ニュースやクイズ番組の新しい見せ方を研究し続けた。


 一方、たけしの場合は、まずはひたすら定番の型を壊していきつつ、力ずくで他人を踏みつけていった。

「見返してやろう」と思ったのは、漫才師で売れた後。「テレビ牛耳ってやろう」と思ったね。それまで司会者とか歌い手がランク上で、「今日はツービートが来て漫才やってくれて面白かったね。はい、ありがとう」って感じだったんだよね。「ふざけんなコノヤロー、その位置、絶対俺が取ってやるから」って思って。実際取っちゃったけどね。

 たけしが凄いのは、自分の感覚や才能に、絶対的な自信を持っていたこと。そして、世間というものを、徹底的にバカにしていたこと。たけしにとっての「X+Y」は、そういうものだった。


 紳助という人は、自分でも公言してる通り、とにかく戦略を立てるのが上手い。その理論はわかりやすい上に一般化が可能だから、ビジネス書としても読める。

 だけど芸人としては、百年後に名を残すほどの存在ではないし、本人もそんなものになろうとするつもりは全くないだろう。

 一方のたけしは、戦略とかを突き抜けて、芸人としても、一人の人間としても、異常だとしか思えない。だからこそ天下を獲ったのだろう。

 紳助が、テレビ番組でたけしと絡むことがほとんどないのは、そのことを熟知しているからだろう。戦略として、完全に正しいと思う。

哲学 (幻冬舎文庫)

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幸せだったかな ビートたけし伝

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余生 (ソフトバンク文庫)

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*1:井上雅義「幸せだったかな ビートたけし伝」より。

*2北野武「余生」より。

マシュー黒大夫マシュー黒大夫 2014/03/18 11:12 御笑い芸人というのは昔からテレビ出演をするときは誰しも必ずしや端から見て生意気な口調をしゃべっているように見えるが、実像は物凄くほぼ通常の民間人でしかも視聴者から芸名で声かけされると嘗ての島田紳助ほどではないが不機嫌に成ったり余計に腹立つ芸人達がほとんどだったと聞くから、余り街中で芸人に限らずにアイドルやタレントを見掛けても声かけはしないようにするのがかえって互いに無難かもしれない!