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上遠野浩平先生の「私と悪魔の100の問答」オススメ!

2009-06-14

[]僕の見た秩序。のヨシナガさんと同人作家パーソナリティ あとプチクリと一つの果て


決断ポトフ - 【サラリーマンをやりながら、ものづくりを続ける】from:僕の見た秩序。のヨシナガさん


上の、僕の見た秩序。というサイトの管理人をやっているヨシナガさんのインタビュー記事を読んだときに、内容に非常に既視感を覚えた。何かな〜、と考えてみると、それは時たま聞く割り切った同人作家パーソナリティや、岡田斗司夫の言うところの、「プチクリ」的なものに非常に似ているなぁ、と思ったので、そのことを書きます。まぁ、毎度の事ですが、だから、何だって話ではありませんがね。


What is 僕秩


僕の見た秩序。について


僕の見た秩序。というサイトについては、上のリンクをみていただければ、わかる通り、非常に人気のあるサイトです。私もみています。つーか、かなり楽しんでいて、講演会に行って、下の図のように恒例の無茶なところに書かれるサインをもらったこともあります。


f:id:karimikarimi:20090614185854j:image

携帯電話の裏に描いていただいたサイン


同人活動とサイト運営 趣味での創作活動


小学校の時、文集に書く将来の夢の欄に、「漫画家になりた」とか、「メジャーデビューしたい」って、みんなより少しうまくできる人はそう書くじゃないですか。

でも、中学校くらいから文集にそういう夢を書く人が少なくなるんです。

そこには果てしない壁がある事に気付くから、諦めていくんですよね。

僕の場合も同じで、自分の画力やネタがどれだけ出るかを考えた時に、漫画を描く事だけで食っていくのは一生できないだろう、って諦めたんです。


それでも、諦めが悪かったんですかね。

普通の会社に勤めながらも空き時間はあるのだから、その時間でやりたい事はできるんじゃないの?って思って、こうやって二足のわらじを履いてるんです。


決断ポトフ - 【サラリーマンをやりながら、ものづくりを続ける】from:僕の見た秩序。のヨシナガさん


漫画家になりた」と、誤字をしているあたり、非常に僕秩っぽいこのコメントですが、(いや、本当にこう言ったのかもしれませんが)、ここで書いてあることって、ほとんど同人作家をやってる人のそれに当てはまると思うんですよ。つーか、同人に限らず、趣味で創作活動している人のほとんどがもつ体験なんじゃないとか、そう思うわけですよ。


目的達成のためのエゴイスティック


でも、それだけで食べていけるほど才能はないから、普通の会社に勤めようって、そういうところが歪んでいるんだよね。


自分の実力では、どれだけ努力しても追い付かない人がいて、死んでも追い付けない人もいるわけ。

これからイラストを描いてブログをつくったとしても、そこから花開くっていう可能性は絶対ゼロだと思ったんです。


だから、追々自分のキャラクターを世に出すためにって考えて、始めたのがホームページなんです。

どうやったら人が集まるのか、日々のアクセス数をみて、人受けがいいものを選りすぐって書いていって。


決断ポトフ - 【サラリーマンをやりながら、ものづくりを続ける】from:僕の見た秩序。のヨシナガさん


「それだけで食べていけない」と自分の才能を見切ることっていうのは、ヨシナガさんは、「歪んでいる」と言っているわけではなくて、むしろそれは、マジョリティであると、そんな風に思うんですよ、私は。漫画化、小説家写真家、俳優、映画監督、画家、写真家etcetc こういうのは、沢山の見限られた才能達と、それ以外の大部分の信じて進んで散っていった死屍累々の上に立つ、超絶極一部の人がなるもの、とそう思うんですよ。(これは割りと一般的な感覚だとおもいます)


あと、ヨシナガさんは、「キャラクタ」を出すためにアクセス数の稼げる「ネタ」を書くこと選んだらしいですが、これも同人作家に似たところがあるなぁ、と。たぶん同人作家ですと、「創作」をするために「二次創作」するって言う側面が少なからずあるとおもうんですよ。


いや、当然ほとんどの二次創作っつーものは、愛から出来ています。原点は愛です。好きじゃなくちゃやってられません。しかし、それとは別に、創作欲、っていうものも存在すると感じるわけですよ。そもそも、絵でもシナリオでもいいんですが、創作活動が好き、っていう人は、溢れる創作欲というものが、活動の原点にあるとおもうんです。でも、自分の「プロ級ではない腕」や、例えプロでも「外的要因で発揮できない心内」なんてものがあるとおもうんです。


で、そんな時「創作欲」を満たすために、「同人活動」やら「二次創作」なんてことをやるのではないかなぁと。決して愛だけではなくて、エゴで。(当たり前の話しっちゃあ、当たり前の話なんですがね)


プチクリ


岡田斗司夫の提唱している「プチクリ」もその定義で


プチクリ」とは、「プチ・クリエイター」の略で「自分が楽しいと思えることをちょこっとやってみて発表するクリエイター」のことです。


と「発表」というのが入っているのが重要なのだと思う。単に趣味で絵を描くだけではそれは「製作」でしかなくその一歩先に「発表する舞台」がなければ「活動」とはいえない。しプチクリとも多分いえない。


でおそらく今まではこの「発表する舞台」にかかるコストが非常に大きかったのだということ。選ばれた人やあるいは生活を賭けて行わなければ(例え食えないにしても)舞台に乗り続けることは出来なかった。


それが多分簡単になった、という事なんだろうと。例えばマンガとかなら同人誌のような活動もそうだろうしネットでのブログとかフラッシュとかAAとか、これらを「発表する舞台」は別に選ばれなくても生活を賭けなくてもとりあえず立つことは誰にでもできる。でこれが人が人である所以、人が生きる意味、みたいところに繋がっているという話なんだろう。


製作と活動のあいだ・「プチクリ」について - ぶろしき


ヨシナガさんのやっていることって、「プチクリ」だなぁ、と強く感じる。そして、プチクリの目指すところの一つでもあるように感じる。ネットという舞台を使ったプチクリのいけるところまでいくとこうなる、みたいな見本みたいに。東方Projectで有名な、ZUNさんの存在が、同人ゲームという観点から見た、「プチクリ」の果ての一つであるように。(いや、まぁ、プチクリの概念からして、果ても糞も無いってことは分かっているんですがね。でも、なんとなく、ね)


むすび


う〜ん、でもあれですね。「高度に発達したプチクリは、プロと見分けがつかない」って気がしないでもないですね。あそこまで肥大化して、「楽しんで、自分から自由にクリエイティブしている」のかどうか、私には見分けがつきません。「辛くないかい?」って聞かれたときの、「楽しいよ! あはは!」って笑っているのが、心から溢れる笑顔なのか、強固な鉄仮面なのか、私には。

(あ〜、何が言いたいのか、今回自分でもよくわからん)



<関連リンク>

僕の見た秩序。

岡田斗司夫「プチクリ」公式ページ: 岡田斗司夫からみなさまへの「プチクリ」予告編

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