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上遠野浩平先生の「私と悪魔の100の問答」オススメ!

2009-10-23

[]「生徒会の一存」と「ささめきこと」は、とても似ているという話


アニメの「生徒会の一存」とアニメの「ささめきこと」は、視聴者に対してとっている姿勢という意味で、似ているアニメだな、とふと感じたので、そのことを書いた記事です。パッと見、「まったく似てねーじゃん」って感じですが、まぁなんていうか、物は正反対なのですが、どちらも突き抜けているという意味で似ているなと感じた、という話です。


生徒会の一存


ただ気になるのは、その引用行為によって碧陽学園の生徒会室が排他的な空間になりつつあることである。数々のパロディーを理解できる一部の層だけが「想像上の解釈共同体」としてその場への参入を許され、アニメを「正しく」観ることを認められる。それはまるでアニメの側が「承認!承認!」と生徒会公認の視聴者を選別しているようでもあった。

〜(中略)〜

ここ数年、『らき☆すた』、『ハヤテのごとく!』、『ケロロ軍曹』、『銀魂』などいくつかのパロディアニメが作られてきたが、『生徒会一存』が際立っている点は何といってもその閉鎖性だろう。


自閉する生徒会―『生徒会の一存』、あるいは『せい☆ぞん』 - EPISODE ZERO


生徒会の一存は、パロディに以上に特化した作品です。EPISODE ZEROさんが上で述べているように、パロディを理解できないと見ていてかなりキツイ作品となっています。アニメにおいての、そのパロディへの依存具合は、他作品と比べても非常にでかいです。


らき☆すた」が抽象化したオタク像とキャラクタによりパロディの中身の詳細を絶対的なものにしていなかったり、「ハヤテのごとく!」や「銀弾」のような“さもありなん”な古典的典型なストーリー筋や、「ケロロ軍曹」のような子供と大人という素晴らしいターゲッティングセンスなどは、「生徒会の一存」には見られない。閉鎖間が極まっているといえる。


誤解を恐れずいうならば、生徒会の一存」はパロディを解さない視聴者を想定した作りになっていない、という意味で突き抜けた作りであるといえます。


ささめきこと


ささめきこと第02話 主張する赤と色の演出の解説

『ささめきこと』第2話が面白い〜視線のやりとりと細かい仕掛け〜 - あしもとに水色宇宙

テレビアニメ「ささめきこと」 劇中での、ささめかない音楽について - さよならストレンジャー・ザン・パラダイス

175cmの見せ方―『ささめきこと』と長身少女 - EPISODE ZERO


生徒会の一存」が物凄いあからさまにパロディを繰り広げるのと同様に、「ささめきこと」では物凄いあからさまに背景の意味づけや芝居、音楽を用いての意味づけを行います。(それらの一部の解説が上記のリンク)そのあからさま具合は、かなりのもので、OVA版の杜野幼青監督版ONE 〜輝く季節へ〜並に視聴者に意味取りを要求してきます。


マッシーモの相性で親しまれている真下耕一監督がNOIR.hackで見せるような、非常っ〜にゆったりとした間の取り方が、その過剰な情景描写の意味取り要求を加速させています。


例えば、第02話のEDではデフォルメされたキャラクタの間で二回リップスティックが映されますが、第03話のEDでは二回目のリップスティックが二枚の銀杏の葉になっています。



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これは、物語中で重要らしいもの表していることは、リップスティックによって分かると思います。ということは、この銀杏の葉も何らかの意味があるからこそ、EDで主要キャラクタの間に出てきていると考えられるのですが、では、この銀杏の葉はどこで出てきたかというと、情景描写のワンカットで出てきます。



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この“水面に浮かび、下に影が出来ている、一片の銀杏の葉”の意味ありげさはすごいものがあると思います。ささめきことでは、このような、物凄い “あからさまさ”を伴って情景描写などを描くのです。で、この“あからさま”な意味づけによって、そういうところに興味の無い視聴者にとっては、異常にゆったりとした間の流れるたるいアニメと取られることを覚悟しているように見えます。


誤解を恐れずいうならば、ささめきこと」は情景描写の意味取りに興味が無い視聴者を想定した作りになっていない、という意味で突き抜けた作りであるといえます。


共通点


パロディ」や「意味づけ」なんていう物は、それこそものっ凄い普遍的なもので、どのアニメ出もなされているといっても過言では無いものです。(つーか、それこそアニメに限らず)でも、普通はこういったものは、極度にしろ軽度にしろ隠蔽されていて、「それが分からないといけいないよ」という空気を出さないものです純文学ならいざ知らず、ポップでキャッチな方向性を目指すのならば、「分かってしかるべき」「何か特殊な事をしているよ」なんていう雰囲気は出さないものです。


アニメらき☆すた」や漫画「クロマティ学園」は、それこそパロディを武器にしている作品だが、パロディを解さなくても楽しんで良いという雰囲気なのに対して、アニメ生徒会の一存」は、厳格に見える。押井守監督の情景を、意味だけでなく「あ〜綺麗だなぁ」とポカーンと見ていて良いという雰囲気なのに対して、アニメささめきこと」は、厳格に見える。どちらも「分かって楽しんでね♪」といわれている気がする。


むすび


特殊性の隠蔽を行わないという意味で、「生徒会の一存」と「ささめきこと」が似ているな、と私がなんとなく感じた、ということを理由と共に徒然と書いてみました。まぁ私の思い込みが大きいかもしれませんが、どうなんでしょうかね。



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