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上遠野浩平先生の「私と悪魔の100の問答」オススメ!

2010-01-03

[][]「見てない」の分類 アニメや漫画など


ゼロ年代アニメを語る上で一番避けて通れない問題があって「見てない」っていう問題。作品が多すぎるから「見てない」もしくは「見れない」。昔は皆が皆同じアニメを見てて半ば共通言語化してる節があるけどゼロ年代からは作品が多すぎるので「見てない」っていう選択肢が多すぎる。


Twitter / まこぴ


「作品を見てない」っていうのは沢山あるけれど、その「見てない」にも分類があるよなー、と思ったのでそれに対してちょこちょこ書きたいと思います。アニメだけに限らず、漫画や小説など色々に当てはまるかもしれません。あと、特に古くて有名な作品についての「見てない」に対してどのような態度をとるのかは大事なことだと思います。「なぜあなたは手塚治虫先生のロストワールドをまだ読んでいないのですか?」といわれたら、あなたはどう答えますか、みたいなそういう。


見てないの分類


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Type 1 作品の存在を知らない


これはそのまんま、その作品の存在自体を知らないので、「見てない」ということになります。「知らない」ので見れるわけはありません。



Type2-A 存在を知っていて消極的に見ていない


機会があれば見ようとは思っているけれど、なんとなく機会がなかった、というのがこのタイプ。端的に言えば保留ということです。Amazonで注文すれば視聴することは出来るけれど、DVDで買うほどのモチベーションが得られない。でも、テレビでやっているなら見ないでもない、みたいなそういう態度です。漫画で言えば、友人の家においてあるなら、「ああ、この作品見てみたかったんだよね」って感じで読むけれど、本屋で買うほどでもないというような。古い作品に対して、こういう態度の人は非常に多いと思います。



Type2-B 存在を知っていて積極的に見ていない


プロダクションや監督、キャラクタデザイン、絵柄、声優、はたまた物語のジャンルでも何でもいいが、自分の好まざる要素があり、積極的に見ていないのがこのタイプ。その中には、あらすじを聞いて全く興味がそそられなかった、なんていうのも入ります。フィルタ(ふるい)にかけた結果、積極的に見てないということです。



各タイプにたいしていろいろ


Type1の「作品の存在を知らない」が許されるかどうかは、単純にその作品の知名度とそのジャンルに対する思い入れの問題です。知名度がすもそも低いものは「存在を知らない」もしょうがないですし、そのジャンルに対して別にどうも思っていなければ「存在を知らない」作品も増えるでしょう。ただし、あるジャンル好きを表明しているにも関わらず、常識という偏見で知名度があるといわれる作品に対してそのような態度をとるのは問題があるように思われてしまう可能性があります。


で、ある程度そのジャンルに精通している人は、「全部見る」というのが物理的に困難なので、無数にある作品の中からType2-AとType2-Bを選択する必要があります。違いは単純に、見る気があるかどうか。Type2-Aは作品に対するアクセサビリティ(アクセスのし易さ)が非常に大事で、他に大量に見たくてアクセサビリティのよい作品があふれている中で、アクセサビリティの悪い作品を積極的に見るためのモチベーションを得られるかどうか、っていう話ですよね。HDDレコーダーで予約するのとDVDを借りに行くのとDVDを買いに行くのでは、アクセサビリティが違いすぎます。



むすび


見てない、っていうのは何にせよ悪だ! っていうほどマッチョにはなれないし、物理的に無理だろとも思っているので、なぜ見ないかってのは考えて損は無いと思うんですよね。(つーか、なぜ見ないかとなぜ見るのかは、結局同じことになるし)



おまけ 「途中で視聴をやめる」とかの話 


無数の作品の中で、第一段階として「見る気にさせる力」があると見る気になる。また第二段階として「次も見たくなる力」があると次も見たくなる。「見ずに語るな」っていうのは一見正論だけれど、実はそうではなくて、「見る気にさせる力」または「次も見たくなる力」の不足を指摘している人に対して言う「見ずに語るな」はちょっと違うかな、って思うんですよね。