2010-06-27
■[アニメ]Angel Beats!第13話(最終話) 麻枝准の存在の取り扱いガイドライン
「Angel Beats!」第13話(最終話)が凄かった! 全話を見終えて「Angel Beats!」がかなり良い作品だったので、これから私は何度か「Angel Beats!」について語ると思います。今回はその時に麻枝准さんの存在をどう扱うかということを表明する記事です。
本気時では、各項の初めに一般的にアニメについて語るときの注意事項を書きます。その後、Angel Beats!と麻枝准ではどうなのか、ということを書いていきます。
履歴や作家性の掘り下げについて
ある作品のある人物について話をするときに、過去の作品の履歴や、その人物自体の思想や癖などのいわゆる作家性について言及することがあります。それらは、作品や人物分析における主張の道具(根拠)として利用されたりします。その作家が好きであればあるほど。その作家が得意であればあるほど、履歴や作家性から掘り下げたくなります。
注意するべきは以下の二点
1.作品と作家のどちらを主として語っているか明示すること
2.作品語りの場合はあくまで補助であること
作品と作家のどちらを主として語っているか明示しないと、認識にすれ違いが生まれるので注意しなくてはなりません。また作品語りの場合、あくまで参考資料でしかない点を忘れてはいけません。
Angel Beats!と麻枝准では
麻枝准さんは、非常に語りたくなる素材であるので、よく話題に上がります。しかし、その話が作品理解なのか作家理解なのか曖昧なままに進むことが多くあります。「Angel Beats!をネタに麻枝准を語る」のか「麻枝准をネタにAngel Beats!を語る」のかは分かりやすいほうがいいと思います。さらに、作品語りの場合はあくまで補助であるので、同時に「岸監督をネタにAngel Beats!を語る」視点や「閉鎖空間脱出物をネタにAngel Beats!を語る」視点、「近代オリジナルアニメの流れをネタにAngel Beats!を語る」視点などが、等価で存在する。これは語る方は勿論、話を聞く方も大前提の認識として持っている必要がある。
アニメにおいて優劣の根拠を述べるということ
作画に非常に興味があり、作画の良し悪しにより、作品の面白みが極端に変わる人がいると仮定します。(便宜上この人を「作画オタク」と呼びます)作画オタクがあるアニメに対して面白くないと感じたとき、理由を「作画が悪いから」ということがあります。これは何も間違ったことではありません。
また、演出に非常に興味があり、演出の良し悪しにより、作品の面白みが極端に変わる人がいると仮定します。(便宜上この人を「演出オタク」と呼びます)演出オタクが、先ほどの「作画が悪いアニメ」に対して面白く感じ、理由を「演出が良いから」ということがあります。これも何も間違っていません。それでこの
ここで「演出オタク」は「作画が悪いアニメ」に対して、面白いと感じているし、大好きであるが、それでもそのアニメの作画が悪いことは認めるし、「作画オタク」がその「作画が悪いアニメ」に対してつまらないと感じるだろうことを想像することは容易です。
また極端なものは、その道の人間でも評価が分かれます。極端な作画(例:鉄腕バーディ)は「作画オタク」の中でも、良し悪しの意見が大きく食い違います。
また、通常は上記のような人は少ない。大抵が総合的に優劣を判断する。なので、アニメは一つの要素で崩壊しずらい。たとえ「作画が悪いアニメ」であっても、他の要素が普通であれば、そのアニメを致命的にまで駄作にはしない。(よっぽどのことじゃないかぎり)つまり、一人の声優が悪くてそのアニメを駄目にするや、作画、音楽、脚本、の一つ一つの要素がそのアニメを致命的に駄目にするのは、めったに無い。ただまれに、よっぽどのことの要素が存在することがある。(ポジティブなよっぽどが多重に重なった作品を、名作と呼ぶ)
Angel Beats!と麻枝准では
麻枝准の脚本は、異常といっていいぐらい極端なものだった。脚本という一つの要素が、Angel Beats!というアニメの評価の根本を大きく変化させるほど極端なものだった。明らかに極端すぎるので、私は面白いと思っているが、非難が多いということは納得できることである。
暴力的な面白さについて
つまり、アニメ乱造時代と呼ばれた00年代において
「脚本も作画も演出も声優も良くない。でも面白い」というアニメが出来た事は歴史の必然だろう。
非理論的な部分で非常に面白く感じる作品が、確かに存在します。それらの作品は、確かに粗が目立ちますし、他人がつまらないと感じるのも非常に納得できます。しかし、それでも自分の心が震えるのです。このような根拠不明の面白さを私は便宜上「暴力的な面白さ」と名づけたいと思います。
ここで注意したいのは、「暴力的な面白さ」がある作品は、他が駄目だといっているわけではないということです。この「暴力的な面白さ」は独立したパラメーターであり、「脚本が面白く、かつ暴力的に面白い」とか「演出と声優が良く、かつ暴力的に面白い」ということもあります。(つーか、それが普通です)
Angel Beats!と麻枝准では
Angel Beats!は非常に「暴力的な面白さ」が溢れる作品だった。理論的な悪いところの指摘は非常に行いやすいが、きっと面白さの根源はそれとは関係ないところにあり、それが非論理を凌駕するんだと思います。
アニメにおいて個人に焦点を当てるということ
ご存知のように、アニメは沢山の人によって作られます。そのため、あるアニメが面白かったとしても、それが誰の成果か分からないことがあります。(反対に、誰のせいでつまらないのかも同様)その絵を書いているのは誰か、その物語をつくっているのは誰か、非常に特定が困難です。
Angel Beats!と麻枝准では
Angel Beats!では、脚本として関わっている麻枝准さんの仕事っぷりが驚くほど前面に出ている作品でした。その所業は麻枝准以外の何者でもなかった。アニメという状況にあって、その突出っぷりという部分も、特筆するべき点の一つだ。(例え、それが前提のマーケティングだとしても)
むすび
「Angel Beats!」最終話の第13話を語る上で、私は「麻枝准さんはね……」って語ると思います。そういうときは、上記のことを前提として考えていると思っていただけると幸いです。
<関連記事>
Angel Beats!第 10話の演出の解説 アバンの焼却炉の伏線
ソ・ラ・ノ・ヲ・ト第01話 けいおんっぽい? そんなことよりジブリと富野だ!
とある科学の超電磁砲 OPの演出の解説 一貫性のある正負の方向
DARKER THAN BLACK第一期があまり話題に上がらなかった理由
最近のアニメのOPスタッフクレジット出現の演出について その1
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 蛇口の描写の解説とループの話とその他
けいおん!第13話 秀逸な寂しさの演出の解説 山田尚子の本気を見た
けいおん! ポテトと値切りのくだりの解説 吉田玲子の本領発揮
ストライクウィッチーズ第02話の演出の解説 監督の高村和宏がすごい件
