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上遠野浩平先生の「私と悪魔の100の問答」オススメ!

2010-07-14

[]日常系アニメのラストについて けいおん!の妥当性 「らき☆すた」の矜持


ソラノヲト』は最後まで日常軍隊アニメだったら評価してたんだけど。ラッパで戦争を止めるというのは、『ナウシカ』『劇場版マクロス』と似た話だけど、説得力が全然違うもの。


Twitter / 秋田紀亜


アニメの一般的な要求の一つとして、「ラストにクライマックスを設ける」というものがあります。しかし、日常系といわれるアニメでは、ラストの過度な盛り上げが、それまでとの温度差を過剰に生み出してしまうことがあります。


注意:このブログをよく見て下さっている方はご存知だと思いますが、本記事では否定的な意見を書いていますが、私は『ソラノヲト』が好きで面白いアニメだと思っています。


内部評価と外部評価


日常系といわれるアニメは、基本的に内部評価で出来上がっています。しかし、視聴者を戸惑わせるようなラストの過度な盛り上げは、急に現れる外部評価によるものです。「ソラノヲト」の問題も、それまでずっと内部評価を描き続けてきた物語の中で、ラスト付近で急に過度な外部評価が出てくるところにあります。それも、最後は「外部大絶賛」となります。これでは、違和感を感じてしまのも道理です。


作品による具体例


作品ラストのクライマックス有無評価内容
かなめも無し内部評価
ひだまりスケッチ無し内部評価
苺ましまろ無し内部評価
ソラノヲト有り外部評価
けいおん!有り内部+外部評価
らき☆すた有り内部評価


「ラストにクライマックスを設ける」という要求は一般的にありますが、それは当然ケースバイケース。日常系アニメでは、別にラストに特別なクライマックスを設けない、という作品が多くあります。(例としては、上記、かなめもひだまりスケッチ苺ましまろ


けいおん!のラスト妥当性


けいおん!は第12話の学園祭を実質のラストとして、そこがクライマックスであったと考えています。けいおん!のラストは、学園祭の賞賛という外部評価があったにも関わらず、それほど温度差を感じるものではありませんでした。それはどうしてでしょうか。


・唯→唯以外の内部 いつもいつもご迷惑を(内部評価)

・唯以外の内部→唯 みんな唯が大好きだよ(内部評価)

・外部          ガンバレー唯ー(内部評価の理解)と学園祭という予定調和


まず、日常系アニメにおいて大事な内部評価をキチンと描いている。そして、外部評価も「ガンバレー唯ー」という内部評価の理解と学園祭という予定調和的な盛り上がりであるという点。さらに、このライブによる外部評価は、06話や09話などで既に行っているため、違和感を感じない。(ちなみにけいおん!!の09話の演芸大会のオーディエンスの盛り上がりが、特別なものでなく身の丈に合っているのは、非常によいことだと思う)


らき☆すたの矜持


らき☆すたは最後のクライマックスとして、ダンス場面を用意しているのですが、これの見せ方が素晴らしい。「学園祭の余興のダンス」という明らかな外部評価を得てしまうのを避け、学園祭の余興のダンスの練習」という内部評価しな無いところにクライマックスを持っていったのは、日常系アニメとしての矜持を感じるんですよ。キチンとラストにクライマックスを持っていくけれど、評価はあくまで内部だけ、っていうのはすっごい良いと思うんですよね。


むすび


日常系のアニメのラストに違和感を感じさせる要因は、上であげた「内部評価と外部評価」だけではありませんが、これも一つの指標ということで記事にしてみました。ちなみに、この内容は以前いずみのさんとろくさんとラジオで話した内容です。