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松森果林UD劇場〜聞こえない世界に移住して〜

2012-02-16 障害の受容って?

「障害を受け入れる」

「障害を乗り越える」


巷でよく聞く言葉。

障害を負ったら受け入れなくてはならない。

障害は乗り越えなくてはならない。



それが一般世間の考え方のようだ。

若いころに聞こえなくなった私自身もなんら疑うことなく、自分の障害を受け入れることに、乗り越えることに一生懸命だった。

でも、きっと、言葉で片づけられるほどそれは単純なものではないのだと思う。

なぜならば、受け入れることにも、乗り越えることにも、人生が続く限り終わりはないから。



ただ、自分の障害と正面から向き合い、客観的に知ることはとても大切。

もう10年も前、講演会場で「私と同じように聴力を失いつつある高校生がいる」と、女の子を紹介された。

その時の彼女は、何年か前の自分と同じように頭をうなだれ、目に光はなく、たとえようのない暗い影を抱いていた。

講演後、懇親会の場で彼女の話をひたすら聞いた。

当時手話ができなかった彼女は、裏が白い新聞広告をたくさん持ってきていて、心の内が走り書きとなってつづられた。

何枚も何枚も。

ひたすら無言で書き綴る彼女の姿は、かつて私も経験したものだった。

コミュニケーションが絶たれるたとえようのない孤独感。

さびしさ。やるせなさ。

原因が分からないことへの腹立たしさ。

自分の意志とは関係なく聞こえなくなっていく耳。

それはぶつけようのない怒りとなって鬱積してゆく。

「聞こえてさえいればできるのに」

自分が自分らしくいられない状態が続き、人格が破壊されていく。

何もかもがめちゃくちゃになってしまえばいいのにと、家族や友人につらく当たり、自分を取り巻く世界を呪う。

聞こえる人全員が憎いと思ったし、そんな自分の思いに歯止めもきかなかった。

あのころの自分は、悲しみと苦しみと怒りと憎しみに満ちていた。

周りをせめて、自分をせめて、

そして向かうのは、「自分さえいなくなれば、家族や友人につらい思いをさせることもないのに」という思い。



自分が助かったと、わかったとき、私は

「生きててよかった」とは思えなかった。

「ああ、また明日から同じ一日が始まるのか…」と。

それでもなお生きなくてはならない現実に、

光なんか全然見えなかった。

目の前の彼女が、かつての私に重なった。



その後彼女は、大学に進学し、少しずつ少しずつ、自分の足で歩み始めた。

彼女からもらった大学の卒業論文は私の宝物でもある。

それは、彼女の社会関係の喪失と再構築について、自分自身の失聴と徹底的に向き合った心境が客観的につづられた見事なものだった。

その中に、「障害の受容」についても書かれている。

彼女の論文によれば障害受容にはこんな過程があるという。



1、ショック、混乱期。

障害という事実が理解できない。実感もなく、障害を受けた今の自分を否定する。

2、回復への期待、怒り、退行。

回復への期待を捨てられない。今の状況に対し理不尽であると怒る。生きづらい自分を体験し始める。

回復のみを期待することで、防衛的に障害を否認する。

3、取引き、抵抗、抗うつ。

回復するようにと神との取引を願う。何とか以前の自分に戻りたいと抵抗をする。徐々に受動的になり、できないことをあきらめ、悲観に暮れる。

4、適応努力。

少しずつ自分の状態を理解し、受容し始める。障害を受け入れようと前向きの姿勢が生まれる。

5、受容、適応。

自分の状態を理解し、障害を自分の一部として受容するようになる。今の自分が現実的に生きることを模索する。



ああ、自分にもそんな過程があったなぁと思う。

そこには「受容」という安易な言葉だけではなく、あきらめもあったり、割り切りもあったり、煮え湯を無理やり呑み込む、そんなこともあった。

そしてそれらは、自分だけで解決できるものではない。

自分を取り巻く家族や友人、関係者や社会全体の理解も大きくかかわっていく。

大勢の中での関係の中で私たちは生きているのだから。

だから、いろんな人を受け入れられる温かな社会づくりに、少しでも貢献していきたいと思うし、自分自身もそうでありたい。




彼女は今、しっかりと自分の足元を見つめ、いろんなことを話してくれる。

とても純粋で、一生懸命な彼女だから、自分が納得できないと次に進めないところもある。

自分自身でもよくわかっているみたい。

でもね、自分自身も含め人間社会や世界のことは理屈では説明できないことのほうが多い。

だから、なんでも根を詰めて考え込まず、時には何とかなると思ったほうがいい。

生きてさえいれば、たいていのことは何とかなる。

何とでもなるもの。

障害の受容だとか乗り越えるとか、美徳めいたことに惑わされないことも大事!

自分が自分らしくいられるように、もっと笑わねば!

ひろろんひろろん 2012/02/16 23:34 私は30代で難聴になったので聞こえていた記憶はたくさんあって想定はしやすく口を読み取れるけどそれでも障害ですごい葛藤し悩みました。まわりの途中失聴者はほとんどがそうではないでしょうか?ほかの障害でもこの間まで健常者だったのに障害者になった葛藤は同じと思う。聴覚障害者は、見た目でわからないから理解されにくいとの話ですが 肢体から「みえてわかる障害でも健常者に理解されにくいのは同じ、かくせれるなら隠したい。見た目で障害とわからないそちらのほうがうらやましいわよ」とありましたから。  一番葛藤しなやんでたときに松森さんの本をみつけてむさぼるようによみ、とどめどなく泣きました。おかげで私は前向きになれたので ありがとうございます。

karinmatasumorikarinmatasumori 2012/02/17 09:46 ひろろんさま
いつもありがとうございます。
いくつもの葛藤と悩みの底から、いかに光を見つけるか。本当に大変でしたね。
そんなときに私のエッセイ「星の音が聴こえますか」を見つけてくださったとのこと。嬉しいなぁ。
今は入手できないのが残念です。(自分の手元にも一部しかなくて…)
そして、「聴覚障害は外見でわからないから理解されにくい」。
でも、「隠せるなら隠したい」という声にもハッとしました。
比べられるものではないけれど、それぞれの視点でいろんな思いがあるなぁと。
新しい視点を教えてくれたひろろんさんに、こちらこそ感謝です。ありがとう❤

みつち たけしみつち たけし 2012/02/17 17:57 文章を読みました、人は全く同じ考えをしている人はいないので。僕は、病気が原因で徐々に聴力は落ちてきたのでいずれは聞こえなくなるとは感じていました、失聴した時は学生生活の卒業まじかだったですが、周りは聴者と聞こえに対して全く知らない人ばかりでコミュニケーションが口話と筆談では時間がかかって結構難しかったです、どん底に突き落とされて死んでやるとは思いませんでした、逆にどうしたらよく病気と向き合うかを考えて、これからコミュニケーションをとらないと話もできないし相談する方法もなくなってしまいます。一年間は、仕事をしないでデイサービスと手話を覚えていました、手話がおるのとないのではかなり生活とコミュニケーションが変わっていったし、主治医から「人工内耳」の手術を東京で出来ると話はありました、家族からしてみれば聞こえてくれた方が話はしやすいと思いますが、色々調べると手術後にあう人とあわない人がいるらしくコミュニケーションがちゃんと取れているので手術をしてからも手話を使うと意味がないのではとも思っています。聞こえの回復は、全く音も入らないですが、そのままでもよいと思います、聞こえなくても生活はできていますし、だいぶん社会は理解は増えていますし、聞こえない人が周りにいないと理解を増やすこともできないので、僕は、聴者とろう者の世界を経験していることはすごく良いことになっています。悪いことばかり考えても仕方ないし、聴覚障害者の書いてる本もあくまでこれからの生活の参考にもなるし、ただ一番思うのは、テレビドラマで、聴者がろう者を演じたかわいそうな存在に見せている影響はよく誤解を招いてしまうので、もっと「ゆずり葉」やおしだりあきこさんの「アイラブ」シリーズ見たいな作品を作るようになればよいのと、やっぱりろう者自身が困ったことは言っていかないと理解をされるのを待っていてもなかなか変わらないと思います。旅行が結構好きなので、一人で行きますが、手話を使える人がたいていはいないので筆談対応になりますが、筆談は聴者が経験ないみたいで、結構どのように伝えたらよいか迷うところもあるみたいです。
結局は、外見から判断が難しいなら、自分で言わないとわかってもらえないことなので、時間はかかるけど、だまらないようにしています。

あられあられ 2012/02/21 17:01 三重のあられです。
何度も何度も読ませていただきました。
あたしも友達には、難聴ってゆってはいたんですが、どの程度の難聴なのか、みんなもどう対応していったらいいか分からなかったみたいです。
だから、今の自分の耳の聞こえを分かりやすく、絵にかいたり、オージオグラムに書いたりして手紙にしました。
みんなからの返事に感動しました。
『ありがとうっ!どう対応したらいいか、分からんだけど、これ読んですごくよく分かったっ!』って、みんな喜んでました。
この手紙を書くまでは、みんなに迷惑がかかるから何も言わないでおこうと思ってました。だけどいろんな人の意見を聞いて書こうと思いました。

それからは、みんな分かりやすいように、口を大きく開けて話してくれたり、手話ををしてくれてり、ジェスチャーをしてくれます。
こないだ、レストランでナプキンに、絵や字をかいてすごくおもしろかったです。
かりんさんの本に書かれてたのと似てるなぁ~と嬉しくなりました。

こうやって、周りの家族や友達に支えられて生きてるんだなと、ヒシヒシと感じて、感謝の気持ちでいっぱいです。
耳が不自由になっていっても、今まで知らなかった世界を知ってく事ができて、本当に感謝やなぁって思います。

あ~早く、かりんさんに会いたいな(笑)


ちなみに、あたしの地元の田舎(笑)の駅もユニバーサルデザインのシールが張られてまました!
長い間、工事してもらってみんなが使いやすい駅になったんやなぁと感動しました

karinmatasumorikarinmatasumori 2012/02/23 20:16 みつちたけしさま
いつもありがとうございます!
みつちさんの前向きな考え方と行動に、励まされた方は多いと思います。
おっしゃる通り、外見でわからないので自分から発信していくことがとても大切ですね!
それと、テレビドラマの話題。私も同感です!
「かわいそうな聴覚障害者像」いつの時代の話だ?!って突っ込みたくなるものが多くありますね。笑
もっとパワフルで、はちゃめちゃな(笑)障害者がでてきたっていいじゃん!って思いますねー。
結局のところ、聞こえるとか聞こえないとかではなく、自分が自分らしくいられること。楽しく笑って過ごせること。
これが大事なんだと思います♪
一日百笑!!

karinmatasumorikarinmatasumori 2012/02/23 20:21 あられさま
何度も読み返してくださり、ありがとうございます。嬉しい。
聞こえなくなって、なおさら、「どうしたら相手に分かりやすく伝えられるか」ということを意識するようになりますよね。
ご自身の説明を書いた手紙を受け取ったご友人は、とても嬉しかったことでしょうね。
直接聞きたくても、どう聞いたらいいのかわからないということもあったでしょうし。
手話だけでなくあっちこっち筆談!も、みんなで楽しめる雰囲気を作ってるあられさんはさすが!
それはもう、あられさんご自身の魅力なのでしょう♪
私も、お会いできる機会を心待ちにしております!!
田舎の駅にもユニバーサルデザイン!!嬉しいですねぇ〜〜笑