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松森果林UD劇場〜聞こえない世界に移住して〜

2017-09-19 お供えを食べたのはカラスかヒロシか

「雨だけど靴どうする?」

ビーサンでしょw」

これが松森親戚御一行様。

濡れないように長靴、ではなくて

濡れてもいいようにビーサン

毎年恒例の富山へ、お酒と温泉尽くしのお墓参り、松森一族ぞろぞろと。

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八時間のドライブを終えてお寺に到着。

お墓の掃除、お供えに義父の好きだったお酒と、三色おはぎを。

その後お寺の中で読経。

お寺の住職さんのながーい法話をみんなで代わる代わる手話で教えてくれる様子は、

お寺なのに笑いが絶えない。

再び外に出てお墓へ戻ると

三色おはぎの胡麻おはぎが何者かに食べられた様子。

サランラップを破ってひとつだけ奪っていくとは!

カラスヒロシ(義父)か、とみんなで笑いながら法要を終える。


宿に着いたらまず温泉

長湯の私は、ずーっと露天風呂にいる。

ふと気がつくと、ガラス越しに見える脱衣場から

先に上がった義母が手話で話しかけている。


『部屋の番号おぼえてる?!』


え!

『‥‥覚えてない!6階の左端だったかな?』


脱衣場で浴衣の義母74歳と

露天で素っ裸の私

ガラス越しに「帰る部屋が分からない」と必死の手話会話。

シュールです。



親戚たちが温泉とお酒が好きな素敵な人たちでホント良かった!

義父ヒロシも喜んでくれたことでしょう。

感謝感謝の毎年恒例の松森一族墓参り富山の旅。

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帰りに寄った越後湯沢内の

お酒のミュージアムぽんしゅ館」

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新潟限定のルマンドアイス、やっと見つけた♡

(今は新潟以外にも広がっているそうです…)

2016-03-07 クラシマ父退院

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おかげさまでクラシマ父退院いたしました。

二月半ばに心筋梗塞で倒れ、手術を受けたものの

高熱が続き、肺と心臓に水が溜まるなど術後の経過があまりよくなかったのです。

ネットで調べるとおっかない情報ばかりでてきて、一時は覚悟をしましたがさすが父。


先日、新潟の実家へ行き一泊で戻る予定でしたが

「実は明日、主治医の先生に呼ばれたんだけどどうしよう」と母ケーコ。

延泊し、主治医からの説明に同席することにしました。

どんな話か分からないから不安ですが、考えても仕方のないこと。

とはいえ、何を言われてもきちんと受け止められるようにと

ネットで

主治医から上手に説明を受けるコツ」だとか

「告知をされたときに確認すること」などを調べてメモし、二人で準備。

そして久しぶりにゆっくり母といろんな話をしました。

親が若いときのイタい話しって、なんでこんなに面白いのでしょうね。笑

そうして母娘二人の夜は更けて。

翌朝、支度をしていると

「期待を込めて退院用の着替えを持っていこっか!」と母ケーコ。

いい人だなぁ。


主治医からの説明には、手話通訳を依頼することも考えましたが

父がとるメモを見つつ、音声認識アプリUDトーク」も併用。

主治医も丁寧な説明文を用意してくれたので助かりました。

「退院」という言葉が出てきてどんなにほっとしたことか。笑

糖尿病」という重いお土産というか課題をもらっての退院。

調理人なので、食生活を工夫して楽しんでいるようです。(今はねw)


でも今後、こんなことはまだまだあるのでしょう。

医療の現場での情報保障は、大きな課題です。

家族の理解やサポートだけでは限界がある時

自分で手話通訳や要約筆記の派遣依頼をしたり、UDトークの活用など

手段は多く準備しておく方が良いですよね。

病院専用の手話通訳者や要約筆記者など、病院内での支援システムも必要だと思います。


ご心配くださった皆様、本当にありがとうございました。

私の代わりにお店に行ってくれたり、お見舞いをして下さった方にも

こころからお礼を申し上げます。


退院が分りそのまま新潟駅へ。

15分余裕があったので

駅内で、93蔵のお酒の自動販売機がならぶ「ぽんしゅ館」に飛び込み

五種類がっと飲んで新幹線に飛び乗りました。

http://ponshukan-niigata.com/02.htm

東京まで三時間久しぶりの爆睡!

オレンジシフォンオレンジシフォン 2016/03/09 21:54  こんにちは。退院されたとのこと、ひとまず良かったですね!
 私の父が亡くなった時(ごめんなさいね、このタイミングで)、最後の方は筆談をする元気も、こちらの書いた文字を読む元気も、人工内耳や補聴器を付ける元気もありませんでした。これが現実ですので、覚悟は必要だな…と思います。手を握ったり、アロマオイルでマッサージをしたり…くらいでした。
 生まれてからずっと一緒にいたので、父がいない状態になかなか慣れませんが、甘ちゃんからは卒業しなくちゃと思っています。

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