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新生★KARPOS

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2016/09/16 (Fri)

[] 広島カープ

1975年の広島。南区にある大河小学校

わたしは小学校4年生で巨人ファンだった。

クラスでたった二人の巨人ファン。

いつもは人気者だった男の子とわたし。

教室では優勝の場面を見てもいいというクラス担任許可で、

みんなでテレビでカープ戦を観戦してた。

そして、勝った。優勝した。

その時、カープファン筆頭の悪ガキが、巨人ファンは教室から出てけーと言った。

いつもは人気者で頭のいい男の子とわたしは教室を出ていった。

うら覚えだけど、その時出ていったことは覚えている。

廊下で、二人で話すこともなく、

ただ、それぞれ黙って、教室内のみんなの歓声を聞いていたような気がする。

今、思えば、もしかして、そういうことだったのか?

いつもは人気者で頭のいい男の子学級委員とかしたり、足も速いし、スポーツマンで、しかも、もててた。

出てけーって言った子が、なんでもないわたしをわざわざ出て行かせる理由もない。

わたしはごくごく普通の可もなく不可もない小太りの女の子だった。

あの悪ガキはもしや、ここぞとばかり、仕返しをしたのか?

いつもは人気者で頭のいいスポーツマンの男の子をやっかんでいたのか?

で、この機に乗じて、やってしまったのか、うさ晴らしを。

f:id:karpos:20160907201242j:image

この写真、このまえの優勝の前の前の試合だ。

わたしは父親と広島の友人たちと半年から取ってたチケットゆえにマツダスタジアムに観戦に行った。

わたしがカープファンになったのはいつからだったのか?

からずも、この日の試合で、父が、

「こいつはずっと巨人ファンじゃったんじゃけ」と言い、

友人たちは、えーそうだったんですか?と言い、

上記のエピソードを久しぶりに語った。

わたしはかつて巨人ファンだった。

そして今はカープファンになっている。

このたびの優勝は感動しているし、泣いたし、嬉しい。

しかしどのように喜んでいいのかがわからない。

もしかすると、カープファンであることを意識して初めての優勝じゃないか。

小学四年生のあの時に、やっぱり広島に住むからにはカープファンじゃないと生きていけないと悟ったか。

広島から父の転勤で愛知県に行き、中日応援する気にもなれず、いつしかカープファンになったのか。

それとも、広島=故郷へのノスタルジーでそうなっているのか。

まったくわからない。

いつからカープファンになったのかわからない。

けれども、それにしてもだ。

広島生まれです、カープファンです、というのはいかにわかりやすい話だろうか!

といわけで、とにかく、優勝おめでとうございます


2016/08/31 (Wed)

[] はじめてのカンボジア

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そうだ、そもそも「カンボジアが苦手」だったんだ。

なんかわかんないけど、昔から、「カンボジアに行かなければならない」「カンボジアにふつう行くものだ」「カンボジアに行かなきゃなんにもわからないだろ」的な強迫観念がどこかにあり、しかも大の苦手の「体験学習」的な要素もからまって、「カンボジアに行くの躊躇する」になっていた。

しかしなぜだか私に白羽の矢が飛んできて、あっさり強迫観念が取り去られ、とうとう「カンボジアに行ってしまった」。

というわけで、カンペキに、「カンボジアに、はまった」。

また「カンボジアに行きたい」。いや「カンボジアに当然また行く」。

何しに行くってわけではない、たぶん友情が芽生えてしまったってことだ。

2016/07/20 (Wed)

[生] 夏風邪

とうとう夏風邪をひいてしまった。ここ数年、夏風邪なんてひいたこともないし、はっきり言って、「夏に風邪〜?」「え〜?」みたいにばかにしていたところもある。しかし、夏風邪ってほんとうに辛い。治しようがない感じ。だるいし、汗かいても改善した感じにならない。冬の風邪はね、ストーブからなにからつけて、あったかくしてね、汗いっぱいかいて、すっきりするんだけれど、今回は違う。

もののインターネットでの教えによれば、睡眠をしっかりとって、安静に、とある。そもそも身体全体がだるくて仕事をする気も起こらないので、そのとおりにすることにする。

学校に行ったら、風邪だらけ。

教室でも咳をしたり、鼻をかんだり・・・

ああ、流行ってるのね。わたしだけじゃないのね。

2016/06/30 (Thu)

[] 二人の教皇


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http://www.la-croix.com/Urbi-et-Orbi/Vatican/Benoit-XVI-soutient-ligne-misericorde-voulue-pape-Francois-2016-03-16-1200747089

この二人がどれほど支え合っているか。それはけっして疑いえないし、長年の信頼関係も強い。けれども2013年ベネディクト16世引退し、フランシスコ教皇になって3年、不思議に感じるカトリック教会のこの風通しの良さはなんだろう。いつくしみの聖年、福音の喜び、ラウダト・シ、愛の喜び・・・「喜び」に基礎づけられたフランシスコ教皇の語られるメッセージに誰でもアクセスできる。

久しぶりにベネディクト16世の本を読んでいて、それはそれで心熱くなる。しかも今、日本では憲法改正が争点になっていて、このまま参議院で自民党議席3分の2以上になった場合、その行く末に何が待っているんだろうと考えると、ベネディクトの堅固なメッセージに背筋が伸びる思いになる。キリスト者言葉と行いで示すのは「真理に根ざす愛」。真理とは、神がこの世に来たこと、そして神が愛によってこの世をずっと導いていくということ。人類はみな、この世で生きて、死んだ、イエス・キリストの姿を見て、彼に聞くことだ、愛とは何かを。キリスト者はその真理を知っていると同時に、いつも、真理に浄められなければならない。真理に根ざさない愛はなく、愛に根ざさない真理はない。

この断言的言葉づかいに自分の心のうちにある葛藤をぶつけてみる。

安心する。そうだよね、そのとおりだって思う。なにか自分自身が強くなった気持ちになる。そして、みんなも分かったらいいのにって思う。しかし、わたしは変わらない。どこもなにも変わっていない。

フランシスコの形容詞的な言葉づかいは、逆に、自分大丈夫か?って問いたくなる。喜んでいるか、愛しているか、ゆるしているか・・・わたしはほんとうにイエスに従っているか、と。不安ではないが、安心してはいられない。キリスト者であることになんの保障もないのだ。いや、それ以上にキリスト者であるなら、あやまらなければならない、もっとゆるしを乞うべきだと。

「キリスト教徒は同性愛者に謝罪するべき」、ローマ法王 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News

さらに法王は「そうした状態同性愛)の人が善良な人物で、神を求めているとしたら、その人を裁く資格が私たちにあるだろうか」と付け加えた。

ベネディクトとフランシスコ。この二人は、二人で一人のような存在・・・

2015/01/06 (Tue)

[] トラディショナルミサ

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RORATE CÆLI: For the record: Papal Announcement of New Cardinals


今回枢機卿に任命された15名のうちのお一人。メキシコから

実はトラディショナルミサなるもの、与ったことがない(^^;)

やっぱり司祭の祭服の背中刺繍がすごいもんだな(現在この方は司教)。じゃないと恰好にならないんだろうね。背中をずっと会衆に向けているわけだから。これも文化。わたしにとってのミサは「ともに捧げる」というアイデアしかないもんだから、21世紀の今(写真は2013)こういう写真を見ると逆に興味がわいてきて一度「見てみたい」という気持ちになる。

・・・と、ここでわたしの心へ注目は「見てみたい」という好奇心。けっして「与ってみたい」という気持ちが起らないことだ。それはわたしだから。そういう歴史をもつわたしだからだ…