信心の王者たれ!

2050-11-18

信心の王者たれ!

創価学会員であるカッシーニが綴るblogであります。


日常を送る中で感じたり、考えたりしたことを書き綴ったものであります。


先生の、正義を未来永遠に宣揚するとの誓願を込めて当blogをstart致します(スタートした日は2008年10月25日)。


2008.8.31の聖教新聞3面の信越代表者会議での名誉会長のスピーチにて、『信越日本一なる信仰王者』との御言葉を頂きました。「信心の王者たれ!」とは、その御言葉から、私が考えたタイトルでございます。


ここに綴る事は、個人的な思い故、私の主観がとても強い事と思います。

ですので、参考程度にして下されば幸いであります。


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また、ステハン、名無しお断り。特に名無しの場合、発見次第、即削除およびスパムコメントと扱わせて頂きます。


P.S. 2013.11.12

ブログ内における創価学会の公式見解と抵触する一切の表現は、公式見解に劣後します。*1

写真含む文章のコピー・転載等は御自由にして下さって構いません。

以下のURLとサイトのタイトルを明示して下されば、OKです。

http://d.hatena.ne.jp/kasiini/  信心の王者たれ!

ただし、公式見解と抵触する表現については、あらかじめ無効とさせていただきます。*2

また、このブログを観られている方で、創価学会の公式見解と抵触する見解は、公式見解に劣後することを、念頭に置いて、各々が、SNS等で、発信されることを、切に願う者であります。


Twitter始めましたKasshini Twitter

ブログ更新告知、リツィートほぼ専門でしたが今はむしろこちらがメインに。理由としてはじっくり書く気力がないことです。なお、Twitter再構成の内容が2014年夏以降のブログメインになります。それでもTwitterのログを一切いれないのは、ログ倉庫にしてクオリティダウンを避けるため。理想としては、朝の茂木健一郎の連続ツイートのFB版再構成もの。

PS:日記を見出し表記にしたため、ついた2つの星が消えてしまったことを深くお詫び申し上げます。*3

PS2:先生の、正義を未来永遠に宣揚するとの誓願について。根底の思いは変わらないのだけれど、自らの業と向き合いながら自身の中に秘沈されし仏界を湧き挙がらせ、その変容を描いて行くblogへと2013.4.23に方針変更。

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*1:自身の見解を公式見解とする努力は放棄しません。

*2不法行為などの法的な個人責任についてまで、免責を求めるという趣旨ではありません。

*3:こちらで改めて2つつけました。この記事につけて下さった方々に、深く感謝を申し上げます。

2016-03-23

その後

失恋から心身壊しました。書く気力も失せて。また似たような業をだす。

スマホからTwitterコピペ後日気力あれば修正。

一つ目は、エレイン・N・アーロン著 ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへから。これまさにご当人もそうかなと思いながら読んでいたり。HSP、繊細で感受性が高くて傷つきやすい人について、また生きやすくなるためのキーワードが書かれている。自分は、HSP該当エンパス非該当。

乳幼児的なカラダとしての自己からまず最初のアドバイスを受け取る。

刺激をコントロールする方法を探したり、自分に苦痛をあたえるものごとをやめてもらうようにしたり、気持ちを落ち着けることに集中して、ひとつずつ片づけていくようにしたり対処法を見つける。

社会的な場面で神経の高ぶりすぎに対処する5つの方法

神経の高ぶりすぎは恐怖とは別物であることを思い出す

気持ちを落ち着かせるいつもの方法を使う 散歩したり、祈ったり、好きな音楽と香りにうずめる等

ペルソナを作り、意識的にそれを使うようにする

自分の特徴を他人に説明する。

HSPの恋愛と友情から これは自分が今身につけないといけないことかも知れず一般的にはより激しく恋に落ちるとのこと、思い当たりあり過ぎ。ヘッセの荒野の狼に詳しいとのこと。それを防ぐ1番の方法は、なるべく外の世界に出てみること。肉欲や官能は内なる目標や内なる人物の代わりにならない。

子どもの頃に叶えられなかった強いニーズを恋愛に持ち込んでいないか。耳に痛い。

激しくなりやすい理由として、神経の高ぶりを恋にしたがること、自己評価の低さ。

恋愛でも友情でも陥りやすいこととして、相手を喜ばせようとすると自分のニーズが見えなくなる。逆もまた然り。

お互いにギクシャクすることだと思うこと。きっと今回は、お互いに行き着けなかったと考えたりする。

勝手に会話の行き先を想像して、悪い方に決めつけがちな時、

それを認識し、それ以外の可能性も想像してみること。

また、相手に正直な話すこと。

できてたかな、今回。

反映的傾聴も。詳細書かないけど全然できてない。この本でピックアップして、今心に入って来るのはこの辺り。いずれも、前好きだった方の無反応に起因する強い抑鬱、躁鬱感のあるなかで読んだ。5冊を4-5日くらいで読んだ。

2冊目は精神科医が教える「愛する人と幸せになる」55のルール水島広子著より

愛されたいと思えば愛されていることに気づけない。試すのNG。見返りを求めるくらいなら、尽くすのはやめよう。怒りの裏に困りあり。自分が何に困っているのか考えて相手に伝えること。率直に話すこと感情をぶつける別。

繋がっていなくても幸福を願い祈ることはできる。ご当人含む死にたい一斉RT含むTL見た時からその点の気持ちは、今も変わらないかな。ただ、自らの業病に由来する、デリカシーのなさと、気づいてごめんよ。と。ここまで整理できたから1週間あれば立ち直れると思う。精一杯生きることは罪滅ぼし。

http://youtu.be/c7XfHVGsNo8

2015-10-20

教学1級試験、恋沙汰諸々

まず、恋沙汰から入ろうか。

過保護過干渉な環境で育ち、それをそのまま引き継いでしまったこと。自尊心の欠落からくるジェラシーの強さ。その結果、生理痛が悪化していた相手に、その期間に2度の胃腸炎に追いやった自分。そもそもそのキッカケに大きく関与した人物から拡散していき、すべてを壊された感がある。今の職場は、職場恋愛をするには、村社会過ぎて過去よかった例はない。最後は不倫でした本人が家庭崩壊を起こすに至ったのであるが、1人の女性を巡り、3人とも破滅の道を辿った。

ともあれ、相手を悲しませたくない、そう思って立ち直っていこうとした。どんどん崩壊に向かって加速しゆく職場。何度も凹む、相手に観られて更に凹む。胃の痛みが、生まれて未経験の域に到達。自分のQOLが高くないと、相手の幸せや楽しいことを、そのまま受け止められないこと等、感じたことは多い。

教学1級試験は、その沈んでいるど真ん中で受けた。創価新報の要文の熟読、Pro Toolsで録られたことからどこかのスタジオかな女子部有志の方の朗読と。バスタイムに聴いていたのであるが、こういう状況で聴いていたのが災いして聴くのがきつかった時もあった。1番勉強できなかったものの、結果は合格。未だに実感はわかない。

最初の話に戻そう。

非言語的コミュニケーション能力の低さはやはり問題だ。違う形で補完していかないといけない努力は惜しまなかった。しかし、相手のサインに気付けなかったのだ。連動してソーシャルスキルの低さも。

健全な自尊心、自己愛は必要だ。これがあれば、ジェラシーもなくなり、ありのままの自分を受け止め、相手を受け入れられるようになっていくはずだ。


もうボディタッチが起きても心拍数のコントロールはできそうだ。22日朝に検証できた。今はただただ、相手の幸福を祈るのみ。

今後、HSP関連で考えたことや、FF9関連で書いて行く予定。書く気力を失っているので、止まるかもしれません。

2015-07-23

感覚過敏の意味がやっとわかった

Border of Mad 更新できなかった間の続きの一つ。

あれから1週間ほどしてようやく気づいた。

それは大切な仲間の異変に気付くために、護るために、そう思えてくる。

去年の春に、とことんかばう、護るという選択肢から派生して起こったところがある。

私は、広汎性発達障害の常でドーパミンセロトニン、β-エンドロフィン、オキシトシンといった類が人より数値がおそらく低い体質のはずである。

一般的に愛情ホルモンとして知られるオキシトシンであるが、一般的にはハグすることが有効とされている。

が、しかし、現実的にできる状況ではない。

親切、今できることは本当にこれだけである。

事実、仲間の方を軽くしたりするときに、何の苦痛も感じずにできているのは、このため。

護っているようで、護られているなと実感する。

今の状況の中で、少しずつ唱題に向き合えないか試みたり、それらが少しずつ形になりはじめている。

あと一息。

Final Fantasy 9 独りじゃない

D

Border of Mad 更新できなかった間の頃から今に至るまでほぼ毎日見ていた動画である。

中2-3にFF9サントラに夢中になって聴いた頃があった。この曲のタイトルは独りじゃない。それがイベント名としても呼ばれるようになったのだろう。中学の頃にこのシーンを知らず、この曲はクサ過ぎるなと敬遠気味であったと記憶する。

今年6月観ていた頃、まさに燃え尽きてカラッポになっていた。やっている感情に憑りつかれて八つ当たりも相当していた。リアルジタンだったよな自分。Disc3 冒頭でやけになっている時のジタンともども。

2015-06-24

Border of Mad 更新できなかった間

頭がパンク状態で更新などできる状態ではなかった。週1のノルマでしてきた。1か月分一気に書いたこともあった。が、その気力は今、ない。

今年の春からまたドラスティックに、周囲が変わっていく。自分のセルフケアそっちのけで、周囲をかばいにかばう。休みの日も、仕事が頭から離れない。してやっている感覚に憑りつかれる。

連動して、1年間憎しみの感情をためて、ついにその憎んだ相手の胸ぐらを掴んでしまった自分。過去、社会人になってから2人から受けたことをしてしまった。と同時に、相手がそれで変わらないことも確認した。睨まれもしたが、それは仕方なかったことに思う。過去、私がしてきた道だ。積もり積もったこととはいえ、あの瞬間、その前後2週間は自分が不快に感じることを、相当周りにしてしまった。このままでは、心身が持たない。ということもあり、かつてお世話になった、懐かしい方々の元へ行く。

やはり、目が相当攻撃的だったようだ、当然といえば当然。自覚できるようになったときには、緩み始めていた。

これからもっとドラスティックなことが起こる。不思議と心は落ち着きを取り戻した。

元々のお題は過去に書いた内容からだと転職活動開始前の一難また一難去ってゆく仲間、そして今につながってゆく。まさかの出戻りが大きく関係している。

その後も、感覚の過敏は悪化し、フレグランスでも同様の現象を起こした。10年前の心の傷に触る。押さえつけても、とにかく体が言うことを利かない。そのさまは、アルティメット・バランス・ブレイカーというにふさわしい。悔しいかつ情けない。ナイアシンフラッシュでセロトニン一定時間体内で作れる状態に持って行っても、数時間後切れた瞬間、憂鬱になったこともある。似た前例は過去1回しかなかった。

そのことで交わした言葉はほんのわずか。

友情であれ、恋愛であれ大切にしたい、護りたい、その想いは大切に。

勿論、現状は現状のため、自分の時間をもっと大切に。

どうしても気持ちがかき乱されがちではある。それでも、当初と変わらないところがあるのもたしか。かけがえのない仲間だから護りたい。そしてともに過ごすわずかな時間を楽しみたい。感覚過敏も受け止められる自分になりたい。それだけ。

しばしの休息。そしてそれを終えたら、今度こそ、みんなが待って場所に、一歩進みたい。