とれいん工房の汽車旅12ヵ月 Twitter

鉄道関係の時事ネタを紹介するブログです。趣味の外縁部に転がっている、生活には役に立たない情報を中心に語ります。廃線、未成線、LRT、鉄道史、遊覧鉄道、鉄道マニア、鉄道本書評、海外の鉄道、マンガ、アニメ...etc。 「鉄道未成線を歩くvol.8 東京の新線構想2030」など同人誌を書泉グランデで販売中。

2008-03-23

katamachi2008-03-23

[][][]秋葉原になれなかった大阪日本橋という街

 この前、朝日新聞社会面に小さく載っていた「「アキバ系」店舗が急増 日本橋」という記事のネタ元を捜してみた。日本橋(にっぽんばし)とは大阪最大の電気屋街。ここで地域情報WebサイトNIPPON-BASHI SHOP HEADLINE」を運営している会社の「日本橋地域の店舗出店動向調査」がそれ。2005年からの3年間、日本橋界隈での出店動向の報告書である。これがPDFファイルで、これがプレスリリース

 それによると、

ということらしい。日本橋によく行っている自分たちにとって感覚で理解していたことが数字で示された。

 ただ、

新たな出店が毎年数十件も行われている点である。これは、日本橋の持つ潜在的魅力と集客力の証左(中略)新規出店のニーズが確実に存在する

とまとめるのはいかがなものか。日本橋の地域情報WEBを運営しているという立場もあるのだろうが、あのエリアを歩いている消費者としては実感に乏しい*1。p2に、

 なお、出店・退店ともに店舗ごとの面積は考慮していないため、必ずしも店舗数の増加が店舗面積の増加を意味するわけではないことのみ、予め留意されたい

と注釈があるように、店舗毎の面積は考慮されていない。店舗数が増えても、店面積が減れば「集客力」は確実に落ちる。商店街の入込客、各店の入店者数、売上(これは簡単に教えてくれないのだろうが)などの数字と比較して、そこで初めて調査は意味をなしてくる。動向調査として、この3年間の数の推移があるだけではそれ以上のものではない。それもブームの始まる2000年以前の数字と比較しないと意味がなさないだろう。*2

日本橋オタクの街となり始めたのは1994年頃か

 この報告はともあれ、大阪日本橋が「家電の街」から「オタクの街」へと移行しつつあるのは衆目の一致するところ。

 そんな中、

株式会社エルエルパレスは、同人誌同人ソフト等販売の「えるぱれショップ」(日本橋5丁目)を3月末で閉店することを発表した。なお、「えるぱれショップ」での店頭販売だけでなく、「L.L.Palace」の名称で展開する通販部門も4月には終了し、事実上この部門から撤退することになる模様。

えるぱれショップ、3月末で閉店

ということになったらしい。あっ、えるぱれが3月いっぱいで閉めるのか。これも、もう一つ、日本橋黄昏を伝えるニュースなのかもしれない。

 今はあまり実感はないかもしれないが、80年代、そして90年代初めまでは梅田の方が「オタクの街」に相応しい雰囲気だった。大阪駅前第4ビルの南側にあった大阪東映会館のビルには「アニメショップ ベロ」があり、海洋堂アンテナショップがあり、週末にもなるといかにもそれな感じの人たち(オタク第1世代・第2世代)がその界隈を回遊していた。梅田には他にもマンガ専門店アニメグッズ店はあった。ただ、梅田の街はかなり広いのに店が分散していたのでさほど目立っていたわけではない。昔の新宿渋谷も同じような感じだったが、まだ面的広がりには程遠かった。産業として成熟していなかったのだろう。

 ところが、90年代初めになると、オタク産業店舗展開が加速していく。1991年コミックマーケット幕張から晴海に戻ったあたりから同人誌店舗販売を積極的に行う店が増えてきたのだ。最初は既存書店が店の片隅でやっていたり、あるいは例の海賊版が山ほど積まれたりしていたが、1993年ころからは専門店も現れ、それらを駆逐していく。ワンダーフェスティバル主催者がゼネプロから海洋堂に変わった1992年頃からガレージキットなどのグッズを扱う店もちょこちょこ出てきた。

 そんな中、関西で初(?)の同人誌専門店となる「えるえるパレス」(えるぱれショップ)が日本橋駅界隈のビルテナントとして入ったのは1993年12月のことである。

 私は当時から現在まで同人誌専門店で一度たりとも同人誌を購入したことがない。なのになんで、オープン時期を覚えているのかというと、この月、コミケあわせで作った同人誌を某印刷所に入稿した際、ちょうど同店のチラシが刷り上がったところを目撃したのだ。新宿とかにそうした店はあるけど、大阪では初めてだね。こんな店が流行るのかな。いやいや......と印刷所のおやじさんと話した記憶がある。年末コミケカタログにはこの店の広告が出ていた。

 ただ、日本橋という立地は目利きがいいなとも感じた。オタクな人たちは家電量販店(=パソコンLDビデオetc)と親和性があるし、ここにはアニメLDなんかを定価の1.5割、2割引きで売ってくれる店がいくつもあった。鉄道マニアだと、割引率の高いジョーシン鉄道模型店も重宝した。週末にもなると、ある程度、僕たちと同じ人種が歩いているのを見かける。その片隅でオタク専門店か…… 回遊している客がやってきそう。

 正月明け、知人とこの店に行くと、棚に置かれた同人誌はあまり多くなかった。やっぱダメか......と思っていたら、半年後、1年後、本の数も客数も増えていった。いつしかフロアーを拡張していた。僕は祭りの場であるコミケ以外で同人誌を買う気は起こらなかったが、実際、この手の需要もあったのだろう。1994年には、大阪南部のマンガオタクに絶大な支持を集めていた「わんだーらんど」が南海なんば駅にほど近いところに難波店を開店している。ここはいついってもオタクたちでごった返していた。

2000年頃からオタク店舗が集中し始めた日本橋秋葉原との差異

 いつしか日本橋に同種の店が進出し始めた。地下鉄堺筋線日本橋駅で降りて、隣の恵美須町駅まで日本橋商店街をぶらぶらする……というのが関西オタクたちの週末の過ごし方になった。ジョーシンソフマップ、そしてオタク専門店がその対象だった。90年代後半になって、いわゆるエロゲーを購入できる街として、秋葉原と同じような店舗展開を見せるようになり、さらにオタクたちから注目されるようになる。

 ただ、そうした回遊ルート90年代段階では確固たる流れがあったわけではない。たとえば、まんだらけ1996年大阪初進出をしているが、店ができたのは梅田阪急東通商店街だった。同社の戦略もあったのだろうが、なんで日本橋じゃないの(いろいろ集まっていて行くのに便利なのに)……と知人と話した記憶もある。オタク産業なら日本橋……という流れがまだ確立していなかった時代である。

 その後、2001年を境に街の雰囲気は変わっていく。

 カギとなるのはヨドバシカメラ2001年梅田へ進出したとこと。それによって日本橋を回遊する買物客がめっきり減少した。いや、それよりもヤマダ電機などが郊外家電量販店を展開したことの方が影響が大きかったのかもしれない。90年代後半には日本橋に行かなくても安く家電を買うことができるようになった。旗艦店である大型量販店が急速に衰えたことで、来店客は減少し、回遊ルートが小さくなった。

 そして、2000年に「とらのあな」が大阪なんば店を設立した頃から雰囲気が変わった。わんだーらんどソフマップワルツ堂があった日本橋北部地域に店をぶつけてきたのである。2002年には、まんだらけも「なんば店」をオープンアニメイトゲーマーズメロンブックスなどの進出も相次ぐ。90年代後半には恵美須町駅界隈と日本橋北部地域とにオタク店舗は二分されていたが、この後、日本橋北部地域だけが栄えるようになる。いつしか「オタロード」と呼ばれるようになった。

 一方、以前から大阪日本橋オタク相手の商売をやってきた店舗の衰退が進む。ワルツ堂は2002年倒産して撤退。ホビー商品映像商品に強かったニノミヤ2005年1月に経営破綻日本橋オタク産業を支えるライバルだったジョーシン店舗の閉鎖を進めていく。エロゲーブームが終わったからか、ソフマップの店もかなり減った。わんだーらんどなど大阪系の店舗も往時の賑わいを失った。部品屋や小店舗が入っていた雑居ビルテナントの空きが目立つようになった。

 モザイクなし、違法そのものの海賊版裏ビデオを扱う店が急激に増えたのもこの時期だ。一時期、この手の店が異常繁殖していたが、それも今年1月・2月の摘発でほとんど消えていった。そもそもそうした系統の店が乱立していたということ事態、日本橋という街の衰退を示していたのだろう。

 この間、日本橋オタクの街として再生されたなんて言説が喧伝されるようになった。確かに同人誌レアマンガ、グッズ、ガレキ食玩を扱っている店は増えたが、店舗の集積、注目度も東京には劣る。東京の場合、オタク店舗秋葉原に集中したことで一つの文化を構築していったが、大阪の場合、日本橋にその手の店が集まっても、関西の独自性を発揮することはなかった。メイド喫茶食玩専門店おでん缶なんかも秋葉原でブームになったのをコピーしたに過ぎない。量販店が撤退した跡地にマンションを……というのもそのまんまだ。

アキハバラ系産業の「大阪支店」と化した大阪日本橋

 かつて、80年代から90年代半ばまで、関西オタク文化はそれなりにオリジナル性を保ち続けた。ガレージキットを巡る海洋堂とゼネラルプロダクツ(ガイナックス)との争いは今ではオタク草創期における伝説になっている。東映動画アニメショップ・ベロやアニメイト(旧コアデ企画)なども東京とはまた別の道を切り開いた。わんだーらんどマンガ専門店としての独自性は全国的にも広く知られていた。ジョーシンニノミヤによるホビー商品の大規模店化は幅広い関心を呼んだ。そうした店たちが、関西オタク文化を形成してくれたという実感はある。エロゲーが質量共に拡充された90年代後半、Leafなど関西系のメーカーがそれなりの存在感を発揮できたのはその最後の遺産とも言える。

 そんな関西独特の匂いも、オタク店舗日本橋集中が顕著となった2001年以降、見事に消え去ってしまった。むしろ1箇所に集積することで、オリジナル性は失われていったのかもしれない。

 その理由は、関西ローカル店舗が、関東を中心に全国展開している店舗より、仕入れと情報発信の面で劣っていたからだろう。他地域に進出する資力と余裕にも欠けた。ステレオタイプな"アンチ中央"というスタンスも維持できなくなった。客も秋葉原で買えるものを大阪で買いたいだけ。いつしか大阪日本橋は、アキハバラ系産業の「大阪支店」と化してしまったのだ。

 だからこそ、先の調査での「日本橋の持つ潜在的魅力」という言葉違和感を覚えたのだ。えるえるパレスの閉店はその象徴とも言える。上新電機へ行くと、「東証大証一部上場! ジョーシンだけが唯一関西資本家電」という放送がエンドレスで流れているが、それを聞くたび、なんだかわびしさを感じる。消費者にとって、関西資本であるかどうかというのは、商品を購入する選択肢としてはどうでもいいことである。知人なんかと、「わんだーらんどだけが唯一関西資本オタク店」、「買って残そう。関西マンガ専門店」とかなんとか言って、マンガを買うときは同店で買うようにしているが、もうあまり意味をなしていない行動である。

 かくいう私も、DVDマンガの購入は郊外店あるいはネットで済ますことが多くなった。定価から2割引してくれるAmazonかヤマダ電器で十分。すでに内容や制作者をある程度把握しているなら、わざわざ交通費を払って専門店まで遠征する必要はない。他人の不幸は蜜の味: Amazonユーザの都道府県別分布を見ていると、決して地方都市だけでなく大都市でも、いや大都市こそAmazonの利用が多いことも分かる。

 もちろん未知の物件との出会いを求めて日本橋へ行くこともあるのはあるが、以前ほどではない。ネット情報を得られ、レアアイテムすら手に入れることができるようになった現在、もうアンテナショップとしてオタク系の店が果たす役割は終わったのかもしれない。

 いやあ、それでも、オタク系店がある程度集積しているだけ、まだ恵まれているのかもしれない。かつて名古屋に住んでいたとき、東海地区最大の電気店街であると聞いた大須商店街に行くことが多かった。秋葉原日本橋に次ぐ日本で3番目の大きさを誇るという話だったが、店の数、レパートリーともに、かなり見劣りした。だから、欲しいものが中途半端に何もない。人口200万人の都市にも思えない、慎ましやかな規模だった。旅行の時に現地のオタク店舗を見るのが好きで札幌福岡広島など全国各地の地方都市、そしてバンコクワルシャワなど世界各地の店を訪ねたが(タイ・バンコクのメイド喫茶akibaに行ってきました。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月)、複数の店舗が一地域に集積しているところはなかなか存在しない。そんな地方都市より、日本橋はずーっとマシなのだろう。高望みしても仕方がない。

 結局、オタク文化オタク産業も、ジャンルの細分化と分散化が進む一方で、その地理的分布と店舗展開、発信源は東京秋葉原への一極集中が進んでいるというわけだ。地理的な制約を受けないネットの動きも、明らかに東京秋葉原での動きと密接に関連しあっている。それはそういうものなんでしょう。となると、「秋葉原---郊外店・ネット」という両極での動きの中で、大阪日本橋という街の方向性がさらに見えにくくなってしまう。だからこそ、アキハバラ系産業の「大阪支店」という形でしか生き残れなくなった……というのが今日のまとめ。ともあれ、関西オタクの一人として、また別の視点から日本橋という街を語りたいという欲求はあるのだけど、それはまた別の話。

<関連記事>繁華街とピンク街 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月

*1:p5の本文に「2001年11月には12店舗」とあるが、分布図には19店存在する。その他にも店舗数と分布図の数字があわないところは何カ所かある

*2:あまりオタク産業に詳しくなさそうな記述もある。報告書の割には、やたらと文章が踊っているのもどうなんだろう。調査業務などの経験に乏しいグループなのか

__ 2008/03/24 00:53 なんやキミ、江戸の敵を長崎で討とうとしてるみたいやなあ。

katamachikatamachi 2008/03/24 07:51 空欄さん。おはようございます。「江戸の敵か」......えるばれとか海洋堂とか、上で挙げた店には昔の恨みはないです(そもそも恨みどころか、”わ”以外には思い入れもない)。もちろん、”江戸の”とらのあなとか秋葉原とかにもね。支店経済化して街から個性が.....という話を援用しただけです

crodecrode 2008/03/24 11:48 秋葉原、日本橋、両方を巡回することがありますが大阪の利点として五階付近の業務用工具を販売する店屋、道具屋筋、松屋町筋なんかの業務用系は楽しいです。安いし。デジットのような電子系ジャンクも魅力です。

またマンガ系でも一つ一つの店が大きめで秋葉原より量が多くゆったりしていて気楽に楽しめます。古い商品に出会えるのも良いですね。古本系が多いからでしょうか。商品の回転が速すぎないのも利点でしょうか。秋葉原は狭い店舗で猛烈に商品が回転するので、ついていく気がない人間にとっては大阪のほうが楽しいです。

独自性はいつの間にかそうなっていた、という形で滲み出てくるものなのかなあ、と思います。秋葉原はもう目的のものをパっと探しにいくだけですが、日本橋は古いものを探す楽しみがあります。案外Amazonがもっと充実すると日本橋も独自性が出てくるのかもしれませんね?

katamachikatamachi 2008/03/24 18:56 Crodeさん、ありがとうございます。「アキバ系」の店についてはなかなか独自性を見いだせていないというのが本文の主旨ですが、指摘された五階百貨店界隈や千日前道具屋筋などは昭和な感じがいまだに残っています。あるいは、松屋町筋、新世界など回遊ルートとなりうるエリアにはまだまだ魅力のあると思います。そこらの要素を活かすことになにかいいアイデアがないかな……とコメントを拝見して直感的に思えました。「古いものを捜す楽しみ」というのもそうですよね。

ただ、「アキバ系」として秋葉原のコピー店舗が進出してきているのを喜ぶのではなく、とらのあなのある界隈から商圏を広げて、なにか付加価値を付ける術が何かないか。そこにアキバや郊外店と差別化する何かがあるんでしょうね。まあ、それが簡単に見つからないからみんな苦労されているのでしょうが……

crodecrode 2008/03/25 13:41 どうもです。面白いのは大阪に進出したアキバ(東京)系のショップは「劣化コピー」じゃなく「拡大コピー」なところです。広いんですよ大阪店って本店より。そしてそれが今の秋葉原に逆流している感じです。
ソフマップ、ヨドバシカメラ、ビックカメラなどもまず大阪で超巨大店舗を作り、それがうまくいくと東京へ逆流しています。マンガ系ではとらのあな、ゲーマーズなんかも大阪のほうが大きい店舗になってから東京を広げました。メロンブックスはまだ大阪のほうが大きいですけど。
PCパーツ系でも同じく、フェイス、ツートップなども大阪で大きくしてから東京に手をつけています。
それでもまだ大阪のほうがゆったりしていて、かつ品物もギッチリつめてあるのでなぜか購買意欲が沸くんです。

賃料の相場なんかはよくわかりませんが、日本橋のほうが古くて安くて広い店舗が多い、ということではないかと思います。秋葉原も再開発はしていますが、新しいビルというのはどうしても「安く」はならないので、つまらない量販店みたいなものしか入りません。個性的な店がそこそこの広さを持てる、という状況は作ろうと思っても作れない(よほど行政的に特区化しないと)時代的なモノだと思いますので、特効薬ではないけどジワジワと効いてくるんじゃないかと思います。

なんば方面のオタロードといわれる界隈にしても、メイン通りより安くて広かったから自然に集まってきた感じがします。車が少なく道が広くて歩きやすいのもポイントですね。

「ちょっと、古い」は、実店舗でないとカバーしにくい要素なので(大須も行きますが、まさにそんな感じです)特効薬ではないけど今の秋葉原より日本橋のほうが実店舗の価値が高い気がしますよ。

katamachikatamachi 2008/03/25 19:39 >広いんですよ大阪店って本店より。

なるほど、1店あたりの規模は大阪の方が大きめですね。

”わ”、アニメイト、とら、一部のメイド系店舗もそれなりの広さがあります。近年、客を集めている店舗は、確かにちょっと広めの所ですね。バブルの頃に建てられたビルに空きが出たのと、オタロードの形成が同時期になったのでしょうか。賃料の高い低い、空き店舗具合の寡少もあるのでしょうが、それが秋葉原と差別化を図る際のウリになりうるのかもしれません。

都心部で広さをメリットにした店舗展開したケースとしては、大阪梅田のジュンク堂を思い出します。できたのは1999年と記憶していますが、あれで本屋のイメージ戦略、そして大都市部での出店の仕方が変わったような気がします。単に広いだけでなく、目利きのイイ店員と品揃えに心がけたというのもあるのでしょう。

日本橋でも、コンビニより一回り大きいぐらいのそこそこの広さがあり、1・2階が占有できる……とらのあなみたいな立地だと、魅力的な店作りが可能なのかも。

でも、問題なのは、そんな都合のいい空き店舗の出物はそうそうないという点。それと、マンションサイズの空きテナント、特に3階以上のところがなかなか埋まらない→閑散とした雰囲気がなかなか解消されない...と言う点。恵美須町駅の前上のビルなんて最高の立地なのに狭すぎて閑古鳥が鳴いている。ニノミヤの跡地で、1・2階はオタ店。3階以上はマンションとすればいいのかな。いや、オタ店の真上の部屋に住むのは僕でも抵抗感はあるし……

なんて、ただの買い物客である僕が真剣に日本橋の将来について考えても仕方ないのですが。

kimikimi 2009/10/12 10:24 こんにちは。
昔は毎週週末になると用もないのに日本橋をうろうろしていたのものですが、いつのころからかすっかり行かなくなりました。
いつから日本橋に行かなくなったんだっけ?と思いながら読ませてもらいました。

気になった点があったので一点だけ。
大阪東映会館にあったのは「ベロ」ではなくて「ペロ」ですね。
東映アニメーションのマスコットキャラクターの名前に由来していたと思います。

onoharaonohara 2009/10/12 12:10 趣味が高じて、日本橋という街に10年ほど住んでいた者です。
LLパレスは元々、同人ソフトを作って販売していました。
その中で、他のサークルと共同でソフトを製作したりするうちに輪が広がって、様々なサークルの通販を請け負うようになり、それが同人誌などにも広がっていったと記憶しています。
つまり、LLパレスが当時PC販売メインであった日本橋に店舗を開いたのは当然のことです。(多くの顧客は、PCパーツやPCソフト[いわゆる美少女ソフトとか]を買いに来たついでに同人ソフトも買うというような流れ)

日本橋は昔から家電というよりもメーカーPC(X1とかPC88とか)やPCソフト(Sofmapのレンタルとか)がメインの街だったと思います。
この流れを断ち切ってPCパーツ屋やコンシューマソフト屋、オタク系店舗に移らざるを得なくなったのは、バブル崩壊やWindowsの登場によるメーカー製PCの終焉や各種法規制などによるものでしょう。

s.ooshimas.ooshima 2009/10/12 14:47 こんにちは、えるぱれについて補足を
あれの元はその昔(80年代後半)に関西で行われた「おたけっと」と言うイベントの中心サークルのいくつかです、イベント分裂後残ったサークルが集まって合同通販小冊子の発行などをしていたところから拡大したのが元ですね
(最初期は横長のメモ帳のような小冊子で、今はホテルになった「なんばブックセンター」なんかのカウンターで50円で販売してました)

ともあれえるぱれがあのビルに進出した頃は、近隣に当時のパソコンオタク御用達だった「阪神商会」「ぱそこん日本」などのPCショップやソフト屋「rrm」のようなゲームソフトレンタル屋が密集した地域で
あの交差点は中でも急所のような場所だったのですね、だからあの位置でオタクショップと言うのは「良いところに目をつけたな」と見られていたと記憶しております
(そういえば交差点向かいにはソフマップの中古アダルトゲームソフト専門店がありましたね、当時アダルト系ソフトはあの交差点角を一周すればほとんど揃うとまで言われていたはず)

ちなみに今オタロードと呼ばれている一体は、元々は「日本橋家具屋通り」とかいう名称で、現在のソフマップがあるところに日三家具の本店があり、堀江の立花通りと並んで大阪二大家具屋街でもありました、その名残が現在も堺筋に残るマトウ家具ですね

オタクエリアだった恵美須町周辺の衰退は、やはり大型ソフトショップだったスタンバイの閉店ぐらいから徐々に始まった気がします、その後とら難波店の開店〜閉店を経て、完全に集客コアがなくなったと言う印象ですね
今やDVD屋乱立地帯ですが、それすら撤退した後は単なるマンション地帯になる気もしますね、もう往時の繁盛は望むべくも無いのかもしれません

akiaki 2009/10/12 15:08 恵美須町界隈の衰退は、Sofmapの閉店で決定的になりましたね。そういえば、スーファミ全盛の頃、あの辺スタンバイだらけでした。上新のテクノランドの隣のビルの2階にあったメディアムという同人SHOPによく行ってました。

きつねきつね 2009/10/12 21:48 通りすがりですが、現在も日本橋に通ってる物として一言。

オタロードの完成としては、恵比寿駅側のメロンブックスとらしんばんの移転を持って完成したと思ってます。
この時点で、商店街を挟んで二分してたオタ勢力図が完全にひとつになりましたからね。
で、メロン等の移籍の理由は多分、その近くにあったソフマップゲーム館の閉店が理由じゃないかと。
元々路地入ってから、更に曲がった所にある僻地なのに、その路地への集客を担ってたソフマップが潰れましたからね。

あ、あと店舗の一階あたりの面積は、確かに大阪の方が大きいですよね。
ただ、やっぱり東京とは違くて、こっちは平置きなのに対して、向こうは背表紙向けた縦置き…やっぱり量が違う。

うんうん 2009/10/14 18:49 2つの商店組合と大手電器メーカーからの金、業種ごとの確執、ジョーシン云々……。
変わろうとしてる街だったらどこにでもある問題だろうけど、そもそも街に向かう資本が「オタ街へ」ではなく、いまだに「電気街へ」であること、街自身がオタ街になることを拒んでいることが日本橋がアキバに近づけない要因かと思う。

katamachikatamachi 2009/10/14 21:32 1年前の記事なんですが、この週末、あちこちで紹介されていたようで。2日間でpvが1万越えしていました。

kimiさん
>昔は毎週週末になると用もないのに日本橋をうろうろしていたのものですが

ああ、その感覚、僕も覚えています。覚えているんですけど、ここ10年ほどは、この町で家電製品を買うことは皆無になりました。DVDとかも。

「ベロ」になっていますね。もちろん「長靴をはいた猫」なんで、入力ミスですよね。なおしておきます。カネがなかった中学生の時、ベロで大枚をはたいて買った『宮崎駿・大塚康生の世界』(確かベロが販売元でしたよね)が懐かしい思い出です。


onoharaさん
s.ooshimaさん

えるぱれの前身の話。ありがとうございます。どういうグループがやってられたのか知識がなかったんですが、どんな商売にも歴史があるんですね。

そう。90年代半ば、えるぱれの周辺って、パソコン&ゲーム系の店が集中していたんですよね。DISCPLAZAの真上ってのもまた絶妙な立地でした。

「なんばブックセンター」も回遊ルートに入っていましたよ。恵美須町で降りて、日本橋へ北上し、南海難波駅あたりから大阪球場下へ……と歩いていたのも今は昔。

>当時アダルト系ソフトはあの交差点角を一周すればほとんど揃うとまで言われていたはず

でも、Sofmapがいつしか南側の店舗を大幅に縮小した後は……寂れてしまいました。2000年頃を境に美少女ゲーム自体の活力が失われていったのでしょうか。ディスクピアとDISCPLAZAは今でも残っていますが、往年ほどの集客力は失っていますね。

>バブル崩壊やWindowsの登場によるメーカー製PCの終焉や各種法規制などによるものでしょう

そこらのパソコンの歴史となると疎いんでなかなか言及しにくいんですが、1994年にデスクトップPCを買ったときは、まだ日本橋神話というのがあったような気がします。というか、郊外店で並んでいるメーカー物のパソコンって、明らかに高かったんで。その頃でも、日本橋とは一般的には家電製品が集中している街としての認識があったと思います。90年代半ばまでは電化製品を品定めしている回遊客をそれなりに見たという記憶はあります。


akiさん
きつねさん
 Sofmapとスタンバイですか。そう、90年代後半は恵美須町周辺の方が集積力はありましたからね。

>オタロードの完成としては、恵比寿駅側のメロンブックスとらしんばんの移転を持って完成したと思ってます

メロンブックスの移転は2006年ですか。Sofmapの閉店もこの年でしたか。前年にニノミヤが経営破綻してから、恵美須町界隈の店舗の空きが露骨になってきたという記憶はあります。

うんさん
 旧来からやってきた人にとっては「オタクの街」というのは歓迎できないんでしょうし、方向性の違いというのは生じるのも仕方ないことなんでしょうか。「秋葉原になれなかった」のか「ならなかったのか」のか。僕自身は、「なるだけの意欲を持つ文化が育たなかった」だけで、それはそれで仕方ないのかもしれないと思ってはいます

とおりすがりますとおりすがります 2009/10/14 21:41 通りすがり失礼しますです。
>カギとなるのはヨドバシカメラが2001年に梅田へ進出したとこと。
同時期に「とらのあな神戸店」が開店してるのも無関係ではないと思います。自分も神戸方面の人間ですが神戸店ができて以来、めっきり日本橋に足を向けなくなりましたから。そのちょっと前にメロンブックス、元々あったアニメイトの拡張、ボークス・ゲーマーズの出店等々、神戸がオタ街になることで姫路播但から遠征してた人の流れがせき止められたんじゃないかと。

katamachikatamachi 2009/10/14 21:52 通りすがりにコメありがとうございます。

三宮のオタ系店舗の拡張は一因としてあるかもしれませんね。もともと三宮のアニメイトって、阿倍野ベルタ店(あそこは立地が悪すぎたし)より賑わっていましたが、同種の店舗が集まってきてさらに集客力を増しましたね。「日本橋にいかないと買えないもの」というのが徐々に減っているんでしょうね。

逆に、京都の寺町通ってあまりオタク的要素がないですよね。河原町と京都駅周辺と商業拠点が二分する中で、三宮のような集客力が期待できないんでしょうか

momomomo 2009/10/16 10:28 興味深いですね。

日本橋というか大阪や関西に感じるのは、価値観やイメージの固定化というところです。どうも外から見た「大阪らしさ」、観光客対応な「いかにも関西」というステレオタイオタイプというか先入観、既存のイメージに引きずられて、新しい発想や価値観の提示ができていないように思います。

どうも街として、街づくりとして新しく作れないような感じがします。

もっと自由でいいんじゃ、日本橋でも秋葉原でもないものを目指すという考えもあってもいいかなと。

katamachikatamachi 2009/10/16 20:52 >日本橋というか大阪や関西に感じるのは、価値観やイメージの固定化というところです。

これは、ご指摘されている通りです。大阪と言えば、自由闊達なイメージを持たれている方も多いですが、大阪万博以後の約40年間、大阪の商工関係者や経済団体などは、いかにお役所や国からカネを引っ張ってくるのかどうかばかりに終始していました。民都なんて要素はもう見る影もありませんし、独自性を展開することもなかった。「日本には軸となる都市が2つ必要だ」という幻想に裏切られ続けてきたとも言えます。

>日本橋でも秋葉原でもないものを目指すという考えもあってもいいかなと

それってなんなんだろうと半日ほど考えてみましたが、なかなか見通しが見えてこないですね。

atmarkbiennaatmarkbienna 2010/01/21 21:32 自分は若輩者ですが、「日本橋が東京秋葉原(文化)の地方支店になっている」というのはものすごくうなずけます

自分の周りの人は大概買い物はオタロード周辺で、堺筋に出るのはマクドでPSPをするときぐらいです。
毎年夏と冬には東京にコミケに行き、ついでに秋葉原によって感激するという感じですね。

これはここ10年来のライトなオタク文化(東京秋葉原文化)の浸透の為せる技だと思います。

ちょっと日本橋と秋葉原の違いをまとめたページを検索してみましたが、大阪という規模に頼る日本橋と、東京という圧倒的なものをバックに持ちつつ能動的に新しい時代を切り開いていく秋葉原の違いが感じられます。
http://www.mercury.sannet.ne.jp/occam/osvstk/osvstk.htm
http://members.at.infoseek.co.jp/happycake23/genani/genani2.htm

katamachikatamachi 2010/02/04 11:12 堺筋界隈は街としての方向性を失いつつありますね。裏ビデオ好きの友人に言わせると、その手の店はあの通りに面した雑居ビルに点在しているので回りやすい……というのですが、まあそれはあまり誇らしい側面ではないというのは事実です。

「エヴァ」でオタク産業が宝の山だと気付かれて15年。それまで「アニメ冬の時代」に大阪のみならず地方で根付いてきた手作り文化が途絶えていった過程でもあります。地方での同人誌即売会なんてのはなかなか成立しにくくなりました。独自性というのを求められていないんですかね。

香坂修(25年前のPN)香坂修(25年前のPN) 2010/05/23 17:19 古い記事の様ですが、懐かしく、また興味深く拝見しました。私は千葉の人間ですが、25年ほど前はドリーム号に乗って(当時はあまり鉄分が無かったもので。今思うと勿体ないことをしました)度々大阪に行っていました。
東京にアニメック、千葉にアニメハウス位しか無かった時代(私はまんが画廊、あいどるには間に合わなかった・・・)、ゼネプロ、海洋堂、ムサシヤのある大阪は、輝きまくり、大阪芸大を受験してしまった程です。結局、映像学科には受かったものの、地元の大学に日寄ってしまったのですが、今もきざみうどんや明石焼が大好物だったり、将来は関西圏に移住したい、と希望しています。
既にアメコミにも女キャラの頬に線が入っていませんし、萌文化も定着しつつある中、日本国内の商業系オタク文化も、アメリカンプロレスのWWEの如く、画一化されていかざるを得ないのでしょうね。
とは言え、アメリカにもバックヤードレスリング、日本にも大阪プロレスやドラゲー等のインディーズ、同人誌即売会ならコミティア(笑)と、何ともしぶとい業界です。
西鶴以来の出版文化のある大阪です。日本橋から新しいオタク文化が生まれることを期待しています。では。

katamachikatamachi 2010/05/24 06:54 2年前の記事ですね。

>ゼネプロ、海洋堂、ムサシヤのある大阪は、輝きまくり、

という評価もあったのでしょうか。僕がアニメ関係にぶかぶか踏み行っていたときはすでにアニメイトが全国展開した後なのであまり実感はなかったのですが……

趣味の人たちが集まる「場」としてのそうした店舗も、いまでは様変わりしている感もあります。地方発の新しい「オタク文化」か……。これだけ趣味が多様化してしまうと、地方独自の路線というのが本当に地方民にとって欲しいモノなのか。地方の同人誌即売会の状況を考えるといろいろ難しいのかなあと思います

ペドロ遠藤(25年後のPN)ペドロ遠藤(25年後のPN) 2010/05/24 20:17 地方発の新しい「オタク文化」> 埼玉県がこれをやっているンですよ。地元民以外は知らなかった神社にオタク絵馬が掛かったり(笑) まして歴女の皆様には、ちょいと歩けば真田幸村戦死の地、なんて簡単に転がっている関西圏は、宝の山ですぜ。
鉄もそうですが、思いもよらないところから人気が出てくるのがオタクってもンです。京都の価値を一番分かっていないのは京都人、なんて言葉もある位ですし、地元モンには普通すぎて気が付かないこともあるかと思います。
オタクとは、むしろ大衆化されることこそおかしい、伝統ある数寄者の末です。誇りを持って生きていきましょう。表には出さずに(笑) では。

katamachikatamachi 2010/05/25 05:55 鷺宮神社のことでしょうか。

上のエントリーで書いた秋葉原&日本橋という話から膨らませた「地方発のオタク文化」という文脈でいうと、ちょいと違うのかなと思います。鷺宮とか、僕のよく知っている範囲では豊郷小学校とかもそうですが、基本、これらはヨソ者が騒いだのがきっかけだったのかなあ、と。地元者が自分たちで、自分たちのために巻き起こしていくムーブメントを見てみたい、というのが僕の論旨です。

ペドロ遠藤ペドロ遠藤 2010/05/25 22:33 うーん・・・地元者がねぇ。イネガーなンてのもあるけれど、あれもヨソ者が食いついたものだろうしねぇ。
大阪の会社が故、情報が少ない分、斜めにプロレスを評じて人気だった新大阪新聞社の「週刊ファイト」(絶賛休刊中・・・)の様に、地方発でありながら全国に支持者が広がっていくのが自分の理想だけれども。ガイナのようにコッチに来ちゃうのはどーしてなンだろうねえ・・・。
サッカー、野球の様に地域ナショナリズムと共に存在するが故に結果、矮小化してしまうのもツマランし。勿論、それが肥大化すれば阪神タイガースの様に成功するのもあるけれど、どこかマスとしての巨人に対するネガの様な気もするし・・・うーん、ムズカシイ。

2年前の記事に、ここまで食いつく自分のオタ加減に自分でもビックリ。70年代の漫画にスゲエ!と食いつく、今の子の様なもンかな。知らない、ってのは情けないが、シアワセもンってコトだねえ(笑) お邪魔さま。では。

katamachikatamachi 2010/05/26 06:29 関西人の持つ妙な選民意識というのは時にはマイナスに働くことも。電車好きだと、「関西大手私鉄は関東より優れているンだぜ史観」とかありますね(昭和時代の話ですが)。

いろいろ興味を持っていただいてありがとうございます。では。

・ 2016/10/10 05:15 すぐ近くに吉本がありますからねぇ・・・
どうしても街を挙げて推すことができないのが辛いですね。

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