ツアーバスを規制するにはどうすればいいのか。

katamachi2008-09-17

 タクシーとバスの規制緩和を題材にしたシリーズの第3弾。
 これまで京都でMKタクシーに乗って料金が格安となるカラクリを聞いた話。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月で、

  • MKタクシーは、タクシー会社を運営するのに必要な初期費用や経費をドライバーに相当分を負担させることで急成長した
  • 運転手の過酷労働や賃金の問題について世間は関心を持っているが、運賃値上げには賛成しづらい
  • でも、消費者は交通機関の「安全」に対してはたしてどこまで真剣なんだろうか?

のようなことを話題にした。
 続く「安全っていうのはイコールお金がかかるということではない」byツアーバス会社社長談 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月では、

  • アーバスの運営会社の社長の安全を軽視するかにも見える発言の紹介
  • アーバスの勝因は、初期投資と固定費を低く抑えることができた点、繁忙期と閑散期の需給ギャツプから生じるリスクを限りなく少なくできた点、スタッフ(運転手)をできるだけ外注した点にあり、それで乗車率を飛躍的に向上できた
  • でも、乗車するまでどのバス会社を利用するのか分からないって無責任じゃないのか?

としたところで終わっていた。
 専門外のことをやるとボロが出そうなんで、そろそろまとめに入ろうと思う。テーマは「ツアーバスを規制する方法」。

運輸省や乗客や業界団体の「他人の目」。

 彼らを批判的に語るのなら二つの見方があるだろう。
 一つは、労働問題。タクシードライバーは競合過多で収入が落ちている上に、一部では経費などもかなり会社側に払わざるを得ない。貸切バス会社は公示価格を下回る運賃を旅行会社から提示されてもそれを受けざるを得ない。
 ここらを指摘すれば、派遣労働者やフリーターなどの話とも共通する今日的話題にも繋がっては来る。だが、そこまで広げていくと議論の焦点が定まらなくなるし、そもそも僕の手に負える範囲ではない。
 もう一つは、安全の問題。
 「労働条件が悪化」→「安全性の低下」というのは経験則で運輸業界は理解している。貨物運輸業界では、ドライバー(=会社側)がそこらのモラルを踏み越えて過積載や居眠り運転、飲酒、速度超過などを原因とする大事故を引き起こしているケースが少なからず散見されている。新聞紙上でもたびたび話題になっているが、なかなか解消されないというのが実情だ。
 一方で、旅客輸送を担当している事業者はそこらの最低限のモラルを維持してきたんだと思う。乗客を運んでいるんだという責任感は当然あるのだろう。また、法を逸脱するようなことをすると、路線バスの、貸切バスの免許を剥奪されかねない。となると、きちんとお客様を運んでいこうという気にならざるを得ない。
 そこらを軽視したがゆえの事故があったのは事実だが、それなりには頑張ってきたのだろうと思う。それは、

といった他者の目が存在していたからだ。それを過剰に気にしすぎたことが業界の発展を阻害した点は少なからずあろうが、ある意味、競争激化を防いでいた側面もある。
 たとえば、夜行高速バス業界。1984年に「ムーンライト号」が走り始めた後、急成長していくが、その際、運行事業者は、

  • 路線の起点、および終点近くの業者

が担当するということになった。大阪と福岡を結ぶ「ムーンライト号」だと阪急バス(大阪)と西日本鉄道バス(福岡)。東京と弘前を結ぶ「ノクターン号」なら京浜急行バス(東京)と弘南バス(弘前)。互いに起終点の予約施設やバス停、休憩施設を整備し、緊急時のトラブルにも備えた。
 そこには路線免許の許認可権を持つ運輸省陸運局の指導があったのだろうと想像できるが、バスマニアではない僕は詳しくは知らない。ただ、こうした暗黙の了解によって、業者間の過当競争やダンピングは防がれた。

乗客の生命を預かるバス会社はいったい誰なのか

 ところが、規制緩和以後、新しくシェアを伸ばしてきたプレイヤーたちは、そうした既存のしがらみにとらわれずに事業を展開する。
 僕がツアーバスの存在を意識しだしたのは2000年頃。確か名古屋から東京有明へ行く「コミックバスツアー」なるものを名鉄岐阜市内線の忠節駅のパンフで知ったとき。いや、そうしたものが存在するとは見聞きしていたが、そんな公的なところで宣伝しているとは予想だにしなかった。
 その後、ネットだけでなく、HISなどの旅行会社、大学生協なんかにも、そうした格安バスのパンフレットが堂々と置かれているのを見かけるようになった。「いいのかなあ、これ……」と思っていたが、旅行会社企画の募集型企画旅行に参加し、その"パッケージツアー"の一環としてバスを利用している形になっているので問題がないんだと知った。
 そして、いつの間にか、それが当然のものとなり、今では堂々と大手新聞などの記事にもなるぐらいに成長した。
 ただ、かつてのバス事業者たちの暗黙の了解は崩れた。日本で夜行バスを走らせてカネもうけしたいと考えるなら、誰もが東京〜関西間で運行したいと考えるだろう。いつしか何十もののツアーバス運行会社が出現し、マーケットを荒らされた既存のバス会社は利用者減→減便の憂き目にあい、相鉄のように撤退する事業者も現れた。
 規制緩和で、オイシイところにだけ山のようにプレイヤーが殺到する。で、商売にならないところはそのまんま。いろんな業界で見られた現象の縮図がこのツアーバスなんだろう。
 その考え方ややり方は、80年代後半から90年代にかけて普及した格安航空券と似通っているとは前回も指摘した。一部の業者が航空会社からツアー用の航空券を卸してもらい、それを個人にバラ売りしてきたのだ。こうした「個人包括運賃」のチケットは日付やルートの変更ができないとか払い戻しの手数料が高いとかのリスクはあるが、それは利用者も当然承知している。HISはそうした航空券を販売することで急成長できたし、JTBなどの大手も追随した。国内線でもそうしたものは相当普及している。
 ただ、

  • アーバス 販売するのは旅行会社。バスの手配から切符の販売、乗車案内まで担当。そもそも乗車券や切符というものが存在していない
  • 格安航空券 申し込むのは旅行会社だけど、切符を発券して当日の案内をするのも航空会社。

という点は大きく違う。
 交通事故などのリスクもゼロとは言いにくい夜行バス。乗客の生命を預かるバス会社はいったい誰なのか。その基本的な情報を知らずして乗り場へ集められる。
 これでいいのか? 
 なにか釈然としないものが残る。でも、国土交通省は問題なしとしている。法的には何も引っかかる点はない。だから、ツアーバスは花盛りになったのだろう。既存の会社はかつての免許行政下でのやり方が染みついているから踏み出せないでいる。追随できたのは全国ネットを持つJRグループのバス会社だけだ。

アーバスを規制する方法を考えてみた、が。

 今回のタイトルは「ツアーバスを規制するにはどうすればいいのか。」。それに対する答を考えなければならない。
 僕が思いついたのは、

  • 切符を販売するのは旅行会社でもいいが、切符の発券はバス会社にさせる

とのアイデア。すなわち、先に述べたように、格安航空券と同様の仕組みを導入するのだ。あるいは、せめて切符購入時には、どのバス会社のバスに乗るのかを事前に明示させるようにすればいい。
 となると、前回、述べたようなツアーバス運営会社の利点。すなわち、

  • 需要の多い少ないにあわせて、観光バス会社に受注して台数を調整できる

というメリットは失われる。これで既存のバス会社と対等になりそうだ。そもそも「誰が生産者(=バス会社)なのか」という情報を開示するのは商売する上での基本なんじゃないのだろうか。
 しめしめと思って書き始めたのだ。
 ただ、途中で気がついた。いや、こうしたのは「ツアーバス」なんだから、利用者はあくまでも「パッケージツアー」に参加しているだけであって、「切符」というか乗車券は存在しない。存在しない乗車券に規制をかけるわけにはいかない。ならば、ツアーの契約時(実質の切符販売時点)に明示させればいいのか。となると、あらゆるツアーの催行が成り立たなくなってしまう。現地に行くまでバス会社やホテルが知らされていない団体旅行なんて山ほどある。これはややこしい。で、どうすればいいのか……正攻法で規制する方法ってないなあ。
 と、2日前に記事を書いたときはそこで行き詰まった。


 書きにくかった理由はもう一つある。本当に消費者はツアーバスの規制を求めているのか……と疑問に感じたからだ。
 僕は彼らのバスに乗る気にならない。新幹線とかの方が楽だし、狭いシートはイヤだ。鉄道マニアだからバスはさほど興味はないし、劣悪な詰め込みバスなんて海外で何十回も乗っているから日本国内で体験しようとも思わない。法律の穴をすり抜けるような方法、ドライバーなど下請けにリスクを転嫁させる方法はどうだろうとは感じる。
 しかし、そこを追求しても、事業者はこう応えるだろう。

  • うちはサービスが良くて値段が安いことでお客様に喜ばれている。それになんか文句あるの?

と。そして、別のやり方をやってきた同業者の無策を指摘する。
 ここで議論が止まってしまう。

本当に「ツアーバスの規制」を求めている人は存在するのか?

 そう。ツアーバス会社の胡散臭さというか不透明さを気にせず、値段の安さで利用する人がそれなりにいるからこそ、あの業界は繁栄しているのだ。そして規制緩和に反対しているのは、一部の学者を除けば、同業者と関連団体ばかり。MKタクシーのやり方に対する批判は十数年前からあるが、当事者以外ではなかなか盛り上がっていない。消費者が反対する人たちに感情移入しにくいという側面があるのかもしれない。
 僕としても、心情的には既存のバス会社に頑張って欲しい。
 でも、安さで選択する人はそんなことを毛頭も感じていないのだろう。多くのツアーバスの利用者にとって、誰が運んでくれるのかなんてどうでもいいこと。安くて、ちょっと設備が良ければいい。自分の乗るバスの車体になんという会社名が書かれているのか興味もないのだろう。もし道中で何か大きなトラブルがあって、目的地にたどり着けず、あの世に行ったとしても、自分の最後の居場所となったバスの会社名を記憶している人は、はたして何人いるのか。
 交通産業の免許制度には、ある程度、意味があったんだと思う。歴史の教科書を紐解けば、19世紀のイギリスで鉄道会社が過当競争して共倒れになったケースなど、国内外問わずいっぱい出てくる。
 それは単に事業者を保護するだけでなく、過当競争のあげく様々なトラブルに巻き込まれがちな消費者を守るという側面もあった。
 ところが、21世紀が近づいてきたある日、バスも鉄道も何もかも自由化へと猛進し始めた。競争で運賃は安くなってきたけど、じゃあ、その運賃以外の何を評価すればいいのか。その基本的情報が消費者に与えられていない。
 ツアーバスの運営会社を批判するなら、彼らの杜撰さ、安全基準の低さを指摘すればいい。ただ、

  • 事故率は
  • 遅延率は
  • 運行キャンセル率は
  • 基本的な価格は

……そんな情報を調べようにも、国土交通省のホームページを見てもどこにも載っていないのだ。「貸切バスに関する安全等対策検討会報告〜貸切バスの安全の確保・質の向上に向けて〜 」という文書は存在するが、利用者の求めている情報とはちょっと違う。
 そもそもツアーバス会社関係の業界団体も存在してなさそうだし、自分たちにとってマイナスの数字となる統計データを出してくることもないだろう。だって、役所からは何も求められていないのだから。消費者はネット上に出てくる値段の上下によってでしか、彼らの良さを評価できない。それは彼らにとっても決して幸せなことではない*1
 僕は、いろんな業界の自由化は致し方ないと思う。免許制度の問題点もいろいろ聞くし、条件をクリアーすれば全てオッケーの許可制度ならば、多様なサービスが提供される可能性はある。
 でも、ならば、どの会社を選択するのか。どこが安全なのか。交通機関を判断する基準となるデータを誰かがきちんと提供して欲しい。それをやるのは公的機関の仕事だと思う。何を選べばいいのか、何に気をつければいいのか。規制緩和していくなら、そうした判断材料を整備していくことが最低限の条件だと思う。それでWILLER TRAVELが意外にイイ評価を得るのかもしれない。ならば「安全っていうのはイコールお金がかかるということではない」というのは真実になりうる。
 本当に公務員さんたちがやって欲しいのは、ズルい生産者と無知な消費者との間の橋渡し役である。それをないがしろにしているから、ここ十数年、ひたすらお役所関係の部署のバッシングが続いているし、中国産の野菜だとか事故米とかの話も出てくるんじゃないかなと思ったりもしたのだけど、それはまた別の話。

*1:早晩、ツアーバスの運営会社は自前のバスを調達し、その比率を高めていくことになると思う。ウィラートラベルが韓国製の自社系バスを入れたり、特別シートの車両を導入したのも「次」を狙ってのことだろう。バスマニアの方のサイトを見ていると、他社でも自社バスを入れているところはそれなりにあるようだ。ドル箱の東京〜関西間に何十社も参入し、そこで安売り合戦を繰り返している現況は決して彼らにとって有利な状況だとは言えない。そうした点を踏まえると、彼らも料金以外の差別化を図り、付加価値を付けていく必要がある。格安航空券の旗手であったHIS社が個人へ切符を販売するだけでなく、ツアーやホテルの取扱にも手を伸ばしていったこと。引越トラック業界で一部が自社トラックと自社スタッフを充実させて行っていること。運輸関係の他の業界でもそうした流れはある。