とれいん工房の汽車旅12ヵ月 Twitter

鉄道関係の時事ネタを紹介するブログです。趣味の外縁部に転がっている、生活には役に立たない情報を中心に語ります。廃線、未成線、LRT、鉄道史、遊覧鉄道、鉄道マニア、鉄道本書評、海外の鉄道、マンガ、アニメ...etc。 「鉄道未成線を歩くvol.8 東京の新線構想2030」など同人誌を書泉グランデで販売中。

2013-01-17

[]地方都市に住んでヨソ者=「2級市民」として扱われた違和感

事実誤認している箇所がありました。これから修正します。

  2013.1.18


「自分の体験談」で文章を紡ぐと言うこと 〜「ヨソ者=『2級市民』」その後〜 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月に続きを書きました。

  2013.1.21

高燃費高燃費 2013/01/17 10:46 面倒くさい地域の行事は、むしろ都会でも下町とかでは多くあるんでしょうが、都会では比較的地域活動に時間を自由に取れる自営業や自由業の人も多いので回るんだろうなと思います。
地方は今時個人商店もなかなかやってけないし、農家も離農するか、兼業化で、専業農家なんて殆ど居ませんゆえ、地域活動の担い手が不足気味です。
どんな田舎、地方都市で「農村」とか「漁村」といわれようとも、今日日の日本の地方で3次産業より1次、2次産業の従事者が多いほうが稀ですから、大抵の人は都会と同じように会社で働いて生活しているわけなんですよね。
そういう担い手の無さと、町内会活動を何とか維持しなきゃ無いという必要性の多さが、田舎の町内会活動を歪にしている原因だと思いますです。
これは田舎で生まれ、大学も地域は違いますが地方都市の大学に進学して、地方都市で数年働いた後、実家にUターンしたものの意見です。
katamachiさんの言う「二級市民」も数年経験しておりますが、その一方で、二級市民を抱える町内会長や古くから居る一級市民さんも地域からの要請と、増える二級市民の板挟みにあって結構大変なんだろうと思います。

えびちゃんえびちゃん 2013/01/17 11:38 生まれも育ちも都会だと
田舎に住むのは大変そうですね。
昔からの住民と新住民の間で対立がありそうですし。
泣きを見るのはいつも新住民の方です。
あとネットの普及で大都市と地方の格差は縮まっているように思いますが
書店の品揃えとか図書館の蔵書などを見ているとまだまだ格差はありそうですね。
テレビも3大都市圏だったらNHK+民放5局+独立局が見られますが
地方だったら民放が2〜3局しかないことも多いですね。

たけぽんたけぽん 2013/01/17 15:15 一戸建ての住民で無いと役に着けないとか、間口で区費が決まったりとか、古い町は色々大変です。一戸建て住民になるので、役が勝手に回ってくるのも大変なポイントです。

つきのわぐまつきのわぐま 2013/01/17 19:24 > 閉塞して同質性の高い共同体
> 外の世界があると想像しにくい

昔からよく言う「出る杭を打つ」「たるへび」「井の中の蛙大海を知らず」というやつですね。これらは、地域社会だけでなく、企業やサークル、家庭などでも見られる現象ですが…。
既存の考え方で凝り固まった古参者が、進歩的な新参者を毛嫌いしたり排除しようとする…。
時代が一歩二歩と前進するためには、古参者の淘汰もしくは意識改革が必要なワケですが、日本の郊外や田舎は古参者が多数派なので、衰退する一方なのでしょう。
かつてスプロール化で賑わった地域↓も、近年では衰退の一途を辿っているようです。
http://homepage3.nifty.com/joharinokagami/112151.html
http://homepage3.nifty.com/joharinokagami/112372.html

いずれにせよ、既存の常識で凝り固まった古参者が実権を握っている世界は将来性ゼロですので、閉塞感を嫌い何か新しいものを生み出そうとする進歩的な人達には向いていません。そんな世界には出来るだけ近付かないようにしたほうが良いでしょう。

> ヨソ者をきちんと共同体に取り込まないといけない。
> お互い妥協できる側面は何か考えないといけない。

郊外や農村部はこれから衰退の一途を辿るでしょうから、“村社会”を改善してあげよう、などと酔狂なことを考えないほうが良いかも…。(苦笑)
頑固な中高年を見れば分かるように、既存の古臭い常識で凝り固まった連中を改心させるなんてのは土台無理な話で、新しい世界を作るには、彼らが居なくなるのを待つしかありません。

東京の田舎者東京の田舎者 2013/01/17 20:03 東京だって世界から見たら、田舎だから。
バブル期以降、世界的な都会になるチャンスが何度もあったけど、官民ともに田舎であることを選んだようだ。
買い物やレストランは間違いなく世界最高水準にあると思うけど、それを確認するにはニューヨークやパリに行って見なければわからない。
お山の大将でいいと思っている限り、東京人も地方人も田舎者であることにかけては、五十歩百歩だよ。

みぃみぃ 2013/01/18 10:36 私も、某地方都市に嫁になって25年ですが、出身地を言うと、途端にまわりの空気が「なぁんだ、2級市民か」になります。仕方がないので、「祖父母の実家がこっちです」というと、安心されるみたいです。こっちは溶け込もうと頑張ってるのに、残念です。いまだに同和教育をする地域なので、本当に残念の一言です。雪のない県から、この土地が気に入って住みつこうしている者によそ者顔で接しされるのは残念です。でも私は、この土地の気候(きょうは吹雪)も水も食べ物もよそ者扱いしない人もいるので、この土地を終の棲家にするつもりです。

tennteketennteke 2013/01/18 10:36 名古屋には去年の夏に行きまして、熱いからスーパーで水を買おうと思ったら、まったく見つけられませんでした。
歩きに歩いてリカーショップを見つけて2リットルの水を買ったのですが、やはり名古屋駅近辺にスーパーは無くなったと教えられました。
自動販売機で500mlのジュースを百円で買うより、スーパーで2lの水を150円くらいで買った方が安上がりなんですが、名古屋で経営が成り立たないってのは…。

東北在住東北在住 2013/01/18 13:57 地方都市住んでるがそんな決まり事ないなぁ
町内会というものが存在してるらしいってくらいには形骸化してる
多分人口30万ぐらいが目安だと思うよ

猫めん猫めん 2013/01/18 15:18 ちょっと事情がありまして、しばらく典型的某地方都市に住んでおりました。
いちおう新幹線も止まるような都市なんですが、よくいわれるように、書籍関係はちときつい。まあ都会でも本屋が消えていく現状では仕方ないのかもしれませんが。
ある作家が、「図書館はその町の文化度のバロメーター」というような意味のことを言っていましたが、場所によってはひどいところがありますね。某財政再建団体市に行きました時は、無駄金使っているくせに図書館はブタ小屋同然で、驚いたことがありました。(それすら維持できない)
最初の話にもどりますが、それよりも駅の周りにネカフェがないのには愕然としました。そんなに客いないのかな?

都会は大きな村都会は大きな村 2013/01/18 15:34 地方へ越した人間に向けられる目は
都会に海外から越してきた人間に向けられる目とそう違わない
ただ同質なものとしての認識があるから問題意識が増すだけ

同等の階級(役割を持つ人)同士を比べると都会も地方も質はさほど変わらない
ただ、一人当たりの比重が軽く、役が分散されがちな都会では色が濃くなりにくいだけ
また、都会では他階級の人間との交わりが比較して少ないので田舎に越すと腐臭のようなものを感じとり易くなるだけなのだ

人口減や税収の問題などから
これからは都市郊外でもこの自治問題は広がっていくだろう

nknk 2013/01/20 22:43 駅の周辺にネカフェがあるのは、相当大きな街だけですね。
幹線道路沿いならあるでしょう。
車社会の街では、駅なんて使うことはあまりないですから。

猫めん猫めん 2013/01/21 14:21 はいはい、おっしゃる通りでして、相当はなれた幹線道路ぞいにはありました。しかし新幹線駅のほうも列車全部止まるぐらいの規模でしたものですから、ちょっと意外に思ったのです。

つきのわぐまつきのわぐま 2013/01/21 18:42 地方では、鉄道の主要駅が街の中心から少し離れたところにあるケースがほとんどですから、地元住民の大半はあまり近寄らないんでしょうね。さっさと通り過ぎる鉄道利用者(駅利用者)だけをターゲットにしてもあまり儲からないでしょうし…。

首都圏や関西圏などでは、鉄道駅を中心に発達した街がよくありますが(高度成長期のスプロール化で賑わった時代に…)、地方の鉄道駅はもともとある市街地の隅っこに後付けしたようなものですから、あまり賑わいが感じられません。集まるのも鉄道利用者か送迎車くらい…。

私も新幹線には十数年乗っていませんし、最近JRを利用したのは2001年3月です。(苦笑)でも、クルマでは東京や九州に行ったりしています。

noganoga 2013/01/23 18:45 意思と構想は、未来時制の内容である。
だが、日本語には、時制がない。
何処を見渡しても個人の構想と意思は見当たらない。
あると考えられるのは、個人の恣意と陰謀だけである。
だから、日本人は、陰謀論・犯人探しが大好きである。

本音は恣意である。
恣意を隠すために建前が方策として使われる。
本音は明言できないが、建前は公言できる。だが、聞いていて空しい。誠意がない。
恣意の類は、未来時制を使って意思に高められ文章化される。
陰謀の類は、未来時制を通して構想に高められ文章化される。
文章化に成功すれば、矛盾を見つけることも可能になる。

全ての考えは文章になる。
矛盾を除いて、健全な文章を作成することもできる。
文章にならないものは、考えではない。
時制を使った教育は、子供が大人になるための必要な過程である。
これは、英米の高等教育である。
日本語の社会には、この種の高等教育はない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

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