くりごはんが嫌い このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

新潟 |映画 | オールタイムベスト | カンフー | ゾンビ | 地雷 | アメコミ | 読書 | 聖書 |超訳 | 音楽 | 思想 | ネタ | 事件 | ゲーム | モノポリー | アニメ
2006 | 06 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 04 | 05 | 07 | 08 | 11 | 12 |
2018 | 02 | 05 | 06 | 07 |

2006-12-28

[][]立食師列伝 00:09 立食師列伝を含むブックマーク

立喰師列伝 通常版 [DVD]

立喰師列伝 通常版 [DVD]

イノセンス』で唯一出来なかった「“言葉”と“観念的な動き”だけで人間を描く」事に成功した作品。

かつて“立喰師”なる伝説の職業があった。今でこそその名前は聞かなくなったが、戦後から昭和の高度成長期を越えて活躍した立ち食いのプロである。テキ屋が活躍した戦後の混乱期、時を同じくして“立喰師”は生まれた。“立喰師”とはテキ屋のように言葉を巧みに操り、店の主人を言いくるめて、無銭飲食をする職業の事である。言い換えれば詐欺師と同じなのだが、その手法は芸術の域に達しており、食い逃げとは違う意味合いを持つ。今ではファーストフードという言葉が当たり前のようにあるが、当時の日本では立ち食いそばがそれにあたる。“さっと食って、さっと出る”という、“味わう”事よりも“食べる”事を優先させる様な店で、巧みな話術を使い、“立喰師”達は戦後の混乱を乗り切った。時代は東京オリンピック、高度経済成長を越え、立ち食い文化もそれ同様に変化していく。ファーストフード牛丼屋、カレー屋。さっと食べて、さっと出るというところだけは変わらないが、大量の客をさばき回転率を上げ、利益を捻出する事に念頭を置いている。そして立喰師達もそんな食文化と共に変わっていくのだが…

もちろんこれは大ウソである。そんな職業ある訳ないし、仮にあったとしても犯罪者もいいとこ。今では警察に捕まるのがオチだろう。だが、押井守はこれを大真面目に日本の戦後史と絡めて描いて行く。いわゆるフェイクドキュメンタリーだ。それだけでなくガイナックスの『帰ってきたウルトラマン』やブルースリー村上春樹等の小ネタも登場、押井ファンならば誰もが分かる様なネタも隠されているのだろうが、私はそこまでマニアじゃないので、ここでは触れないでおく(というか、触れられない)

言えば、押井守の本領が発揮された作品だ。『アヴァロン』で見せた実写とアニメの境目を無くす映像をメインに、『ミニパト』の「CGを使ってるのにあえて安っぽい感じを目指す」というパタパタアニメを融合。マシンガンの如く饒舌なナレーションで“立喰師”という架空の職業をあたかもホントにあったかのように演出するというのも『ミニパト』に通じる物がある。自分の作品に幾度となく登場させて来た脇役キャラ“立喰師”で1つの作品を作り、さらに役者には自分の作品に携わって来たスタッフや監督を起用している事から、ある種、自伝的な作品にもなっている。

マシンガンのようなナレーションに沿って進むため、NHKのドキュメンタリーを観ている様なリアリティがある。そのナレーションはかなり難しい言葉が散りばめられてるため、何を言ってるのか分からない時もあるだろう。だが、その内容はかなりバカバカしく、それがギャグである事に気づいた人は何人居るだろうか?この作品はコメディであり、バカ映画である。人を笑わそうという本質をごまかすために衒学的な言葉をバラまいていく押井演出は、『ミニパト』よりも冴えており、正直、かなり笑わせてもらった。ただの食い逃げ映画にふさわしくない派手な音楽も完全にお笑いだ。

そのバカさ加減とは裏腹に戦後の日本史は有名なものを取り上げており、1時間40分で『フォレスト・ガンプ』の様に立喰師達は戦後の日本を駆け抜け、そして去って行く。これだけでもかなり見応えがあった。これは押井守が観て来た日本の姿であり、押井守はその日本に郷愁感がある。それが証拠にこの作品は70年代でストップしており、それをただ見せただけでは映画にならない。そこで戦後の日本史をより分かりやすく描くために選ばれたのが立喰師である。

私がこの映画で驚いたのは人間の身体をバラバラにしてしまった演出である。人間の観念を具体化する事に勤めて来た押井作品の中で、『立喰師列伝』は一番人間の身体が象徴的に動いている。それまでの押井作品は機械的な動きだったりしたものの(実際脳以外は機械という作品もあった)しっかりと歩き、銃を撃ち、犬を抱き、車を運転する。だが『立喰師列伝』は『サウスパーク』の紙のアニメのように、手足はプラプラし、顔はころころと一枚一枚変わるだけ。しかしそこに存在しているのは人間そのものなのである。

多面体な魅力を持ち、押井守のすべてが詰め込められた最高傑作『イノセンス』で描けなかった事、それは「人類の存在を言葉と象徴だけで描く」だった。人間というのは言葉によって存在し、言葉によって自分を認識する。情緒や感情はあくまで人間としての現象であり、人類そのものではない。『攻殻機動隊』で素子は『2001年宇宙の旅』のボーマンのように新しい生命になった。機械と融合し、ネットの世界に生き、生物学的ではない進化を遂げる。『イノセンス』はその先の事を描いている。進化はした。じゃあ人間と呼べないかもしれない進化をした時、他者とはどのように付き合えばいいのか?これが『イノセンス』での問いかけだ。

イノセンス』における人間の表現は、情緒と感情の切除に留まっており、命というものは犬にすり替えられていた。自分の存在は記憶と言葉、そして命は犬、身体は機械や人形、自分の身体を感じる時、それは犬や人形という代替物を見る時。だがそれに付きまとうのは孤独である。記憶や言葉だけでも人間は存在出来る。だがそれは同時に孤独を感じる事でもある。人間は1人では生きて行けない。だが孤独を満たすという意味での家族、他者、これが満たせれば人形でも犬でも構わない、それが新しい家族のあり方であり、人間の進化なのだ。これが『イノセンス』のメッセージである。

だがそれを描くのに押井守は「機械化された体」から一歩踏み込む事は出来なかった。身体が機械的な動きでも言葉によって人間を描くという行為。これに果敢に挑んだのが『立喰師列伝』なのだ。

立喰師列伝』は大真面目なフェイクドキュメンタリーだが、ある種のコメディなので、そういうデフォルメされたキャラを出しても違和感がない。押井守がこの作品でとった手法は、前回『イノセンス』で描けなかった「人間を言葉と象徴だけで描く」という事。それをコメディという形でごまかしてるに過ぎないのだ。実際『立喰師列伝』は人間が歩かない。ただ前に移動しているだけ、さらに喋る時に口は動かない、泣く時も目から水が溢れるだけ、そこに感情や情緒は皆無。さらに“食べる”という行為が重要な作品なのに、『立喰師列伝』は食べるシーンでさえも象徴的に撮られている(箸が上下に動くだけとか、そばをすする音だけだったりとか)だが、山寺宏一のナレーション(言葉)によって、彼らは存在し、彼らは食べている。こっちが持ってる想像力を膨らまし、観念を徐々に具体化させていく演出はこの作品が初めてだろう。現に紙のようにキャラはペラペラしているのに彼らには立喰師というモノに見え、そこに言葉が被さる事でそれぞれのバックグラウンド映画のキャラとして成り立ち、存在している。

ここまで絶賛して来たが、個人的に腑に落ちない部分や納得いかない部分もある。まず立喰師の手法だ。この作品はどのように立喰師達が無銭飲食するのか?という部分がまったく描かれていない。もちろんこの作品は立喰師達を研究して来た架空の人の語りなので、その手法は描かれなくて当然なのだが(当事者じゃないので)泣き落としとか、説教とか、いろんな技が出て来てるのに、どういう風にするのかという行動が描かれていない。ここは映画的な興奮を加えるために描いて欲しかった。日本史を描くための象徴として立喰師は正しいが、タイトルが『立喰師列伝』という以上、これは立喰師映画なのだ。戦後の日本史を描くのはいいが、それに寄ってしまうとただの「日本史を観ろ」という押し付けになってしまう。

そして、もう1つは長回しの量である。動きを排除するための演出なのにもかかわらず、ほんとに画面が動かない所が多々あり、それが絵としておもしろくないため、退屈してしまう部分もあった。タルコフスキーポエムにのせて40秒近く映像を静止させる。押井守も同じように大量の語りで画面を長回しさせる。この両者の決定的な違いは絵であり、タルコフスキーは絵としてかなり気持ちがいいので、映像が止まってもまったく退屈しないが、『立喰師列伝』は本の表紙だったり、ビルだったりして、映像としておもしろくないから、退屈してしまう。その量をもっと少なくしたら、スピーディーに観れた気がする。

個人的にこの作品はとても面白い部分と退屈な部分の差が激しく。それが7:3くらいの割合だったため、押井守の中ではズバ抜けた傑作とは言えない。だが気になったのはそれくらいでやっぱり1時間40分早かったし、笑ったし、おもしろかったという印象があったのは事実。押井守ファンのためのリトマス試験紙などと言われているが、私は単純に作品として好きである。

注・『イノセンス』に関する解釈はDVD収録の“押井守×鈴木敏夫対談”より引用させていただきました。ただ『立喰師列伝』に関する解釈は私の独自の物であり、根拠はありません。ご了承ください。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061228

2006-12-27

[]『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』プレイ日誌。 22:21 『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』プレイ日誌。を含むブックマーク

f:id:katokitiz:20090105222134j:image:right

ゼルダをプレイ。森の神殿に入る手前でやめてたんですねぇ。猿を引き連れて神殿に入る。やっぱしこの画面だよなぁ、巨大な木の中にダンジョンが出来てるみたいな感じですねぇ。

序盤は快調に進む。猿をひたすら助けるダンジョンらしい。だが、あと一匹の所で緊急事態が!詰まったよ!どん詰まったよ!全然わかんねぇよ!謎が解けねぇんだよ!!出勤前にやるとどうしても時間に追われるよね。という事で、ミクシィのコミュに参加!「ここどうするんですかぁ〜助けて下さぁ〜い」と聞くと、4分後に返事が。あっさり解決。いや、これ1回やってるって、1回やってるのになんも起こんないからパニくったんじゃん!無駄に40分さまよってしまった…

出勤10分前にボスの所へ。間に合うかなぁ…とギリギリで倒す。

中抜けでゼルダ。森の神殿の後、狼になり村に行く。またここでも詰まる…光の粒探し、あの間欠泉はどうやったら抜けれるんだろう…

次の日。9時起床。ネットをちょこっとやった後、ゼルダをプレイ。狼に変身しまして、なんか脇から出る間欠泉を突破出来なかったんですけど、別にそこを通らなくてもよかったみたいです。なんだよ、もう。リンクに戻って、デスマウンテンを突破し、第2のダンジョンへ。今回は意外とさくさく行けました。ちょこっと迷ったけども。飯を喰らう5分前にボス撃破。マーティーの言葉を借りると『なんでいつもギリギリなんだ』状態。今回はのんびり行こうと思っております。見たい映画もあるしね。

Wiiバーチャルコンソールを見る。まだWiiが発売直後なだけあって、あんまり買いたいソフトがなかった。だって、ほとんど持ってるんだもん(笑)PCエンジンはちょっと期待してたんだけどなぁ『ネクロマンサー』とか『PC原人』とか持ってるっつ〜の。『スプラッターハウス』や『最後の忍道』など、今買ったらかなりレアになってるヤツを発売してほしい。まぁこれらも持ってるけどね、ヒラシタには止められたけど『スーパーマリオ64』を買おうかなぁ。

深夜にゼルダをプレイ。狼に変身しまして、なんか脇から出る間欠泉を突破出来なかったんですけど、別にそこを通らなくてもよかったみたいです。なんだよ、もう。リンクに戻って、デスマウンテンを突破し、第2のダンジョンへ。今回は意外とさくさく行けました。ちょこっと迷ったけども。弓矢とすっげぇ重いブーツを手に入れましてね。これが面白い。ボスの倒し方が全然分からなかったけども、なんとか倒しました。

その後、ハイラル城へ。ハイリア湖に行けと言われました。という事は釣りも間近かい!?『時のオカリナ』の釣りは最高におもしろかったですからなぁ。楽しみ。

次の日。9時に起きて、10時からゼルダ開始。時のオカリナ同様、ハイリア湖も存在する。今回は時のオカリナムジュラの仮面の世界観を合体させた様な感じがある。なんか、オドロオドロしいしね。そしてやっぱりハイラル湖が枯れてました(笑)空を飛び、水を出して、流され、エラい目に遭いまして(笑)そしたら、超巨大な虫が現れ、無茶苦茶気持ちわりい!!!!ある意味バイオハザードじゃねぇか!これ見て泣く子供もいるんじゃねぇか??さすが12歳以下を寄せ付けないソフトだぜ!

その次の日。9時に起きる。ゼルダをちょこっとプレイ。ギリギリで出勤するというのが嫌なので、ちょっとずつ進めていこうと。水中を自在に泳げるようになりまして、湖の底に沈んだ神殿に入り、入った所で終了。こっからまた謎解きである。

ゼルダをプレイ。湖の神殿を行くが、これが難しい!すごく謎が凝ってる!出来た時はそれは快感なのだけど、ここまで敷居が高いと子供には無理なんではないか?と思うほどだ。「時のオカリナ」でも水の神殿はかなり難しかった、水位を上げ下げして進むというのは3Dならではだと思ったが、とてつもなく難しく「時のオカリナ」の中でも上位に来る難易度である。今回の湖の神殿は水位の上げ下げがあまりない。だが、水の流れを使った謎が山ほどありやはり難しい。ボス戦の場所の広さはすごい、あの広さを使った戦闘はかなり気持ちがよかった。結局2時間さまよってましたとさ。その後も1時間さまよい、マスターソードゲット。早く釣りがしたいなぁ。

ゼルダをプレイ。釣りをする。前回の釣りもすごかったのだが、今回の方がこれ単品で発売出来るほどのクオリティルアーも選べて、釣りの場所も広くなった。これはやりごたえありますよ!ひゃー!!!キャストして、リモコンを降ってルアーを動かし、魚をあわせて、ヌンチャクを回して糸を巻き取るんですよ。この感覚はさすが任天堂だわ。素晴しい。釣りゲームは期待出来るね。

砂漠を行く。今回の砂漠もかなり広大だ。砂の中から抜け出してくる敵がリアルイノシシの様な生き物を操って、処刑場に入ったところでネットサーフィン

ゼルダをプレイ。砂漠の処刑所。1時間ほどさまよい、ベーゴマの上に乗って移動する様なアイテムをゲット。これがおもしろいのだが、どこへ行っていいのか分からず、時間も時間だったので、思い切ってダンジョンをクリアしてもないのに、やめてしまいました。もちろんセーブはしてますけども。

その後、Wiiスポーツでテニスをプレイ。熟練度が上がるにつれ、相手が強くなっていって無理!ロブの上げ方は分かったのだが、球を曲げてくるキャラまで現れる始末。どうやったら球を曲げられるのだろう?ネットにちゃんとしたやりかた載ってないのかな。あういぇ。

ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス - Wii

ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス - Wii

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061227

2006-12-26

[][]いろんな人から観ろと言われ続けた映画を観た-その2 13:28 いろんな人から観ろと言われ続けた映画を観た-その2を含むブックマーク

f:id:katokitiz:20081222131843j:image:right

SAW』とこの『Vフォー・ヴェンデッタ』はかなりいろんな人から観ろ観ろと言われ続けた映画で、基本的にそういう映画というのは観た後に後悔してしまって、あまり良い印象がないのだが、この『Vフォー・ヴェンデッタ』はなかなか良かった。

北朝鮮の問題や理想国家の在り方、一体革命の何が正しくて、暴力を使わなければ革命は起こせないのか?という思想。さらにこれに血なまぐさい復讐を1本筋にした事が素晴しい。2時間20分の間に言いたい事が言い切れてる事に感動した。様々な解釈が可能なように作られているし、言葉の選び方もかなりこだわっている。なによりも確信犯的に賛否両論を狙った演出(ナタリーポートマンの問いかけなど)がズバズバとキマっていた。時間の使い方に無駄がなく。娯楽作としてはかなり出来はいい方だろう。

この作品はすべて計算され尽くされた作品だったが、ただ、そうすんなり手放しに絶賛出来ない部分もあった。まず、敵とされてる国家の姿があまり見えにくかった事。元々はアメコミだったらしいが、全体主義だとか、同性愛者が逮捕されるとか、独裁的な政治とか、いわゆるナチスや北朝鮮を下敷きにしてるわけなのだが、一体どんな政治で国が動いていて、国民革命を望んでいるかのような荒んだ背景をもうちょっとしっかりと見せて欲しかった。

世界観が製作した側で完成されすぎてて、こちら側に全部伝わりきれてない。同じスタッフの『マトリックス』だったら膨大なディテールがあったとしても敵の姿は明らかだったし、どうして人類が立ち向かって行くのかに説得力があった。ただ、この作品の敵の“大きさ”は分かっても、それが倒すに値するものなのかという部分があまり見えない。

後半その謎は“復讐”という部分で補っていて、だからこそVという男は政治家をみな殺しにしていくのだが、その“復讐”の部分が出て来ても、個々の裏の顔や、国がどのように国民を抑圧して来たのかという部分が不透明。ちらっとモンタージュで差し込んだりしてるのだが、全体像があまり見えず。ラストのシーンへのカタルシスに繋がらないというのが本音。シェイクスピアという古典を下敷きにしているのにも関わらず、敵が「こんだけヒドいヤツなんだ」と思わせるための線引きが曖昧で、もっと極悪非道な演出を散りばめると良かった気もした。一番偉いとされる議長だって、TVのモニターからほとんど出ないし(笑)

復讐劇が好きなので、そういう部分が引っかかったが、ただ2時間20分は意外とあっという間だった。血が飛び散るアクションはアナログデジタルの良い所を合体させてあったし、何よりも映像がスタイリッシュすぎない所がいい。ナタリーポートマンは『レオン』以来の当たり役だったし、エンドクレジットで流れるストーンズの『ストリートファイティングマン』も完璧。暇つぶしで観るにはヒネりすぎてるが、普通の映画に嫌気が差してる方。オススメです!

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061226

2006-12-25

[]キャラの動きが悪い最近のアニメ21:09 キャラの動きが悪い最近のアニメ。を含むブックマーク

ミクシィにて、マイミクさんの『鉄コン筋クリート』のレビューを読んではっとさせられた。

スチームボーイ」「パプリカ」でも感じたが、背景美術はすばらしいのに、肝心のキャラクターアニメーションと演出がついて来れていない。

というもの。これはズバリ言い当ててるというか、今のアニメの本質を指摘されてるようだった。

私にとって、最近のアニメはほとんど外れがないが、よく考えてみると私が好きなのは、『スチームボーイ』や『イノセンス』『マインドゲーム』『BLOOD』など、全部背景というかディテールがごちゃごちゃしてて、人物の演出はあまりよくないものばかり。唯一『メトロポリス』くらいかな、手塚治虫のキャラでしっかりと動きを感じさせたものは。ディズニーなんかを観ると、人間の動きは見事。『白雪姫』なんて、気持ち悪いくらい動きがすごい。人間の動きだけにこだわりをおいたような演出である。たしかにこれは肝だ。アニメの肝と言っていい。

例えばジミー・ウォングはカンフーがヘタクソ。ブルース・リージェット・リーはカンフーがキレイ。カンフー映画はカンフーアクションが肝だ。私はジミー・ウォングの作品も好きだが、カンフーがヘタだという印象は強い。作品がおもしろければなんでもありなのだが、本当にカンフーアクションを愛してる人にとってはイヤなものだろう。

これはゲームにもありえる。例えば『スト2』はド派手でごちゃごちゃした絵をメインに格闘するが、『バーチャ』は人間の動きを徹底的に演出してリアル。もちろんどちらが正しいという事もないが、両方が取ってる方法論はそれぞれに納得してしまう。

もう今のアニメ全体がそうなんですよ。圧倒的なビジュアルをてんこ盛りにする事で、納得する人が多いんですよね。私なんかはまさにそっちの人(笑)かなり酷評されてた『スチームボーイ』もあのごちゃごちゃした1枚の絵がツボで、ストーリーとかは個人的にどうでもよかった。かなり子供な見方だが、現にDVDも1万円のヤツを買ってしまったし…

私なんかは『鉄コン筋クリート』は松本大洋の絵を動かしてるという事に圧倒されて、その人物の演出などはまったく気にならなかった、これは正しい見方ではないのかもしれないが、一枚絵の完成度は現に高く。それに感動したのは事実である。だが、人物の演出がダメというのも非常に良くわかる!というか、言われて気がついた。

こうやって、別な人が別な見方で指摘して、それが理にかなってると言うか、納得してしまうものだと。ホントにハッとするし、勉強になる。どの部分に作品の感想のウエイトを置くかというのは人それぞれだが、今までで一番ズバッと来た感想というか『たしかにそう言われると、そうだ、それは納得だ!』と、唸ってしまった。

私はいろんな人に映画をたくさん見て欲しいし、ここがすごかったというのを掘り出して感想を書く。自分でも過剰に褒めてる気はするが、映画を見て感動する事も多いし、それを他の人にも味わって欲しい。だから暴走する事もしばしある。映画の褒めどころもヘンだ。何が言いたかったのかというと、これからもこのブログをよろしくお願いしますという事

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061225

2006-12-24

[][]みんなから観ろ観ろ言われ続けた『SAW』をようやく観た。 21:14 みんなから観ろ観ろ言われ続けた『SAW』をようやく観た。を含むブックマーク

帰ってすぐに『ソウ』観賞。おもしろかったのかな?いや、おもしろかった。1時間40分すごく引き付けられた、時間の使い方も無駄じゃなかった。ハッキリ言って時間経つのは早かったし、暇つぶしと考えればかなり良い作品だろう。ただ、それ以上のツッコミどころと謎がありすぎて、『いやぁおもしろかったなぁ!』とならなかった。『CUBE』や『セブン』が引き合いに出されてるが、私は『CUBE』よりは好きかな。傑作だ!という器じゃないけど、おもしろかったですよ。アイデア一発もんとしては。作り手のやりたい事も分かるし、役者の演技も素晴しいし、新しい才能に満ち溢れてますね。まぁでもやっぱり『テープ』や『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の方が感動したかな。

低予算なのは出てる役者で感じるのだが、作りはしっかりしていて、金のかけどころを分かってるような映像は見事。1時間40分すごく引き付けられたし、時間の使い方も無駄じゃなかった。そういう観点から行くと上出来な作品と言っていいだろう。冒頭の撮り方はしっかりカメラも動いて、カット割りもしっかりしていて、独特のリズムがある。そこに薄気味悪さもあって、役者も無名だから、どうなるかわからない。ここの演出、リズム、進め方は実に見事。部屋のビジュアルも言う事無し。パイプの錆び方や鏡なんかは『バイオハザード』や『サイレントヒル』(ゲームの方ね)からの影響は大だろうし、便器に手を突っ込んで探すというのも『サイレントヒル2』のまんまだ。犯罪をゲーム仕立てにしているが、ゲーム世代の監督なのは映像を見れば明らかである。

ドンデン返しの畳み掛けという点では『ワイルド・シングス』よりもすごい。急転直下の展開について行けなかった人も多かったようだが、何が本当で何がウソなのか、コロコロ変わって行くのについて行ければ楽しめるだろう。

ただ、個人的に気になったのはカットバックの使い方。はっきり言って多すぎる。あの限定された部屋の中がストーリーの軸なのだから、それをメインに話を進めて、それ以外のシーンはもっと交通整理させなけばいけない。タランティーノは一部で演出がヘタだとか言われているが、『レザボア・ドッグス』は時間軸もずれてるのに、カットバックが少ない。しっかり倉庫の所は倉庫。時間軸のズレはテロップまで出して、一気にそのシーンだけ見せきる。だから脚本はごちゃごちゃしててもしっかりと観客をラストまで混乱させずに導いてる。

『ソウ』は例えば言葉だけでも突っ走れるシーンをわざわざ映像にしている。たしかに説明する事をセリフでやると、リアリティがなくなるので、方法論としては正しいのだが、それにしても映像がくるくる変わる事をやりすぎている。カメラを振り回すとか、カットを割りまくるというのはいい。だが、しっかりとレールを敷いてあげなければ、分かりにくい。

そして、「片足を鎖で繋がれた男が死体を挟んで対峙している」という絵にこだわりすぎて、それを映画の中で本当にあった事として見せたのも惜しい。『CUBE』の様に、不条理な物、それはもうそういうもんだと決めつけてる様な方向性でもよかった気もした。まぁこれは個人的な嗜好なので、問題はないのだろうが、1つのウソがでかすぎて、他のウソではカバーしきれてないのが辛い部分だ。







ここからネタバレツッコミ。観た人は読んで下さい。








セブン』は猟奇殺人ですけど、素人にも出来る範囲でしょう。スパを喰わせまくったりとか、まぁミイラは無理があるけども、やれない事はない、だからリアリティがある。『ソウ』は、他に起こした犯罪が浮世離れしすぎてるんですね、なんか首がぶっ飛ぶような仮面つけたり、部屋に針金とかつけまくったり、数字を山ほど書いて、火をつけるとか、コンピューター使ったりとか、とても1人じゃ出来ない様なものばかり、絶対に雑用係のヤツと二人で作ってたでしょう。だから本作でメインになってる「片足を鎖で…」っていう部分が浮く。1番地味なヤツがメインならば、他のゲームのヤツは1つくらいか、同じもんにしてくれるとありがたい。もうすごいっすよ。他も意味分かんなくて、たとえばなんで病院の雑用があんなに執拗に強くて不死身なのか?なぜにコンピューターに詳しいのか?まぁ自分の命もかかってるから、必死で覚えたり体鍛えたりしたんでしょうねぇ。脳腫瘍のヤツももうすぐ死ぬのに、いつ病室を抜け出したん?それだったらよう、刑事にも同じ病院で失踪した患者がいたんですよって調べがつくだろうが!しかしあの刑事もやめてから体ガタガタやん。ただの雑用係にやられてるもん。アダムはなんで目が覚めてから、すぐに相手の医者の事を知らないフリをしたんだろう?あんな状態でどうやって連れて来られたかもわからないくせに、よくそんな芝居が出来たな!っていうか、最後まで寝てたお前!どうやって雑用係にバレないように死体になったんだよ!









ネタバレ終了。










だが、低予算を感じさせない雰囲気作りは素晴しいし、役者の演技も極限を見せてて見事、なんだかんだ言いながらも楽しめた。暇つぶしには最高の1作である事は間違いないだろう。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061224

2006-12-23

[]鉄コン筋クリート 21:18 鉄コン筋クリートを含むブックマーク

f:id:katokitiz:20090105211834j:image:right

映画版『鉄コン筋クリート』は有名な原作を映画化するという意味では大成功だった。特に後半40分は泣きっぱなしだった。これは日本中でも私だけなのではないか?というくらい泣いた。もちろん作品の泣かせどころにやられたのだが、これだけの物を作り上げた監督の想い、スタッフの想いが映像に溢れていて、みんな『鉄コン筋クリート』というマンガを心から愛しているというのが、伝わって来て泣いた。1時間51分。ワンカットの作り込みがハンパじゃなく。あの原作が動いているというだけでも感動するのに、さらにそこから一歩進んだのは、そこに愛情があったからだと確信している。

原作を書いてる松本大洋は大好きな漫画家の1人で、中でも『鉄コン筋クリート』は最高傑作。人間に潜んでいるすべての感情、特にダークサイドとも言うべき、目を背けたくなるような部分をさらけだしたマンガで、誰しもが持ってる想いや感情を的確に文と絵で表している。それ故に一本芯が無いようにも感じるが、言葉に出来ないモヤモヤをポエムにし、ため息を吐くようにそれを書いているから、とても言葉に説得力があり、多面体な魅力を持ってるとも言える。

これを読んでしまうと他のマンガがほんとに薄っぺらく感じてしまうのだが、原作のファンである私が一番気になった点は空を飛ぶシーンの描写はどうするのか?である。シロとクロは空を飛ぶ力を持っている。STUDIO4℃の映像がおもしろいのは『マインドゲーム』で分かってた事だが、原作でも1番肝だった部分なので、アニメで表現するならば、原作を越えてほしいという想いがある。そして、もう1つ、バイオレンス描写をどうするのか?という事だ。これまた原作で一番肝だった部分。激しいバイオレンス描写(耳を喰いちぎる等の)を果たしてやれるのか?凶暴な部分をしっかり描かないと、それと反対のシロの優しさが活きてこない。この2つが原作を越えてれば、まず作品として間違いないだろうと思った。

まず飛行シーンは原作を越えてる。原作を越えてるというか、原作のカット割りを再現しつつ、監督の新たな演出が重なり、迫力と気持ち良さは満点だ。“飛ぶ”のではなく“跳んでる”という方が正しいのだろうが。アニメならではの表現とCGがなければ完成出来なかった飛行シーンは素晴しい。

そしてバイオレンスであるが、これはケンカシーンが削られているために、もうちょっとやって欲しかったというのがある。もっと生々しく、痛みを感じさせる様なものにして欲しかった。アニメならば限界はあるのだろうが、松本大洋の絵を完璧に動かしているので、痛みや凶暴でしか生きられないという部分をもっと掘り下げて欲しかったというのはある。

STUDIO4℃の『マインドゲーム』はこの作品のためにあったのではないか?というくらい、似ている部分がある。映像の動かし方や個性的な絵をCGとの合体で動かすという点なのだが、特に個性的な絵と背景を違和感無く合成させたのは見事だ。素人目に見ても合成技術はレベルアップしている。3DCGと2Dが違和感無く合成されたのは、多分この作品が最初。アニメというのは何でもやれると思われがちだが、技術的な制約がかなりあり、実写では簡単に出来る事が、アニメで出来ないというのが多々ある。だが3Dというツールが出来てから、アニメでやれない事はなくなっていて、段々と技術も向上してきたのだが、その頂点が『鉄コン筋クリート』になるんじゃないだろうか。

その技術をフルに使った、宝町のエスタブリッシュメントショットは完璧。街が魅力的に描かれているので、これならば、シーンをどうやって演出しても間違いないはず。カメラはぶん回し放題で、アクションシーンも古典的な演出と新しい演出が合体している。『鉄コン筋クリート』という個性的な絵を“動かす”だけでもすごいが、街の描き込みは原作以上。ごちゃごちゃしていて、アートだが、街として活きてる。イキイキとしているのである。

俳優で固められた個性的なキャストだが、なんと言っても蒼井優のシロである。彼女はホントに演技力が格段にあがった。声だけの演技なのだが、完全に声優以上の演技力。完全にシロだった。誰が見ても明らかだ。ホントにいちいち喋るだけで泣ける。イノセントを象徴するかのようなキャラにピッタリの口調と喋り方だ。原作をかなり読み込んだのではないだろうか。あまりにうまかったので、クロ役の二宮和也と木村役の伊勢谷友介がちょい浮いてたくらいだ。他で言うと、沢田の宮藤官九郎と蛇の本木雅弘も素晴しかった。役者だけで固めたのは好きではないが、納得のキャスティングだった。

原作のカット割りなどを再現したのも嬉しいのだが、なんと言ってもあれを構成しなおした脚色が素晴しく。原作の魅力をそのまま伝える事に成功している。変化というのは重要なキーワードだが、これを全面に押し出した事が、ラストのカタルシスにも繋がって行ったのではないかと思うほどだ。

個人的に音楽をもっとロック寄りにして欲しかったというのはある。主題歌アジカンなのだから、彼らに音楽をさせても面白かっただろう。主題歌の「或る街の群青」はこの映画のために生まれた楽曲だが、完全に作品に合っている。歌詞の世界観もそのまま『鉄コン筋クリート』を想定して書かれたものだ。アジカンの曲をそのまま使ってるのとはわけが違う。

松本大洋原作の映画はどれも今ひとつだったが、これは原作のファンでも納得のいく仕上がり。個人的にはあの伝説的な原作を越えてるんじゃないかと思ったほど。ここ最近の邦画は勢いがよく。良い作品もたくさん生まれているが、そんな中でも飛び切り勢いの良い作品。傑作だ。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061223

2006-12-22

[]クリスマス前のほんのささやかな。。 21:21 クリスマス前のほんのささやかな。。を含むブックマーク

仕事終わりで彼女のクリスマスプレゼントを買いに行く。帰りにコジマ電気へ、ゲームセンターCXのDVDBOXを購入。そこでカードリーダーが500円だったので、購入。そしたらちょっと嬉しい事が、

500円のカードリーダーだったので、買う時に500円ちょうど渡した。そしたら店員が何を勘違いしたのか、『500円のお返しでぇぇす』と、そのまま渡した500円を私にまた渡して来たのだ。

ラッキー!

実は昔『ポンヌフの恋人』のDVDをツタヤで買った時、4700円のDVDが3800円に値下げしていて、買う時に5000円渡した、そしたら店員が「3800円のお返しでぇす」と、私にその値段分のお金を渡して来た。つまり、3800円のDVDを1200円で買った事になるのだが、それに近いものがある。

しかも私はそういう時に『えっ?間違ってますよ』というリアクションや顔をしない。普通におつりを受け取ってる感じを出しまくる。これは得意技と言ってもいいだろう。そういう事で、本日はカードリーダーを無料でゲットいたしました。

そしてコンビニに行ってネットの料金を払いに行く。前にも書いたが、私は財布を持っていない。お金は全部マネークリップに挟んでいる。当然のごとく、お会計の際にはポケットからマネークリップを出すわけだが、今日は店員のおっさんに「そのマネークリップいいっすねぇ」と言われた。いきなり声かけられたのでビックリしたが、マネークリップを愛用している人は少ないため、嬉しくなって、レジ前で話し込んでしまった。

「いやぁ、私も好きでけっこう持ってるんですよぉ、コンビニの店員やってると、いろんな人が来ますけど、マネークリップを使ってる人を見たのはお客さんが初めてですよ」

と言われてしまった。ついちょーしこいて私も

「これは東京で買って来たんですよぉ、新潟には全然無いもんですから」

とか言って来たわけ、また来月コンビ二にネットの料金を払いに行ったら居るのだろうかねぇ。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061222

2006-12-20

[][]アイランド 21:23 アイランドを含むブックマーク

アイランド 特別版 [DVD]

アイランド 特別版 [DVD]

アクションシーンはすごい!ありえないくらいの迫力!だが…主人公にまったく感情移入出来ない…

マイケル・ベイ印の迫力あるアクションシーンは見事!ここまで来ると監督の手柄というよりも、撮影監督やアクションシーンの振り付けを担当したスタッフの仕事になってくるのだろうが、思わず声を出してしまうくらいの迫力。だが、褒めどころを言うとそこだけ。

ストーリーを知らずに観たのだが、最初は意味が分からなかった。まず観客に「ここはどういう所で、どうしてこういう管理された場所なのか?」というのをしっかりと教えておく必要があると思う。やれ汚染されただの、会話の端々にキーワードを入れられても全体像が浮かび上がって来ない。まぁなんとなく理解は出来るし、映画というのは説明が面白くないわけで、映像の力でぐいぐい引っ張ってくれてもいいのだが、こういうSFの場合は雰囲気だけじゃなく、バックグラウンドをしっかりと観客に把握させないとダメだと思う。

例えば『2001年宇宙の旅』ならば、ここは何があって、どうなってるの?というのは感じない。それは『ブレードランナー』も同じ。だが、『アイランド』の場合、主人公が感じてる不安(何が目的で生きてるのか?等)の背景が見えないので、こいつが何故ここを出たがってるのかの意味がまったく分からなかったのがまず1つ。

ここから究極ネタバレ。




そして、この映画。よく考えてみると、普通だったら主人公が悪役じゃないかい?会社の立場になって考えてみれば、とんでもない事が起こっとるんですよ!すごいっすよ、しかもね主人公達クローンだから、まったく感情移入出来ないんすよ(笑)まぁ人間じゃねぇし(笑)

臓器を移植されたり、皮膚を奪われると知った主役達はね、自分が殺されたくないばっかりに、人は殺すわ、高速道路で暴れて車は破壊しまくるわ、ビルの1フロアにバイクを突っ込ませるわ、やりたい放題(笑)しかもそれを捕獲する方も、捕獲する方で、警官は殺すわ、事故は起こすわ、テロよりもひどい(笑)

クローンは助けをもとめて、本人と遭遇します。なんと、クローンであるにもかかわらず、こいつはその本人までだまして殺してしまうんです!ひでー&こえー!

さらに感情を持ったクローンは不良品として、リコールされます(よかった、よかった♪これで一安心)だが!ここでマクレガークローンは「仲間を助けなきゃ!」と、再びクローンを作っていた会社に向かいます(なんでだよ!)まぁ省略しますが、ここでマクレガークローンはその会社を破壊します(笑)さらには彼らを追っていたはずのヤツまで仲間となります(なんでだよ!)

この映画ホラー映画というか、恐怖映画でしょう。だって、あんな反乱起こってみそ?人間側にしたらたまったもんじゃない。徹底してますよ、描き方がマクレガーにしろ、ヨハンソンにしろ、ヒーローみたいに描かれてますけど、これがターミネーターばりの無表情だったらどうです?ただの殺人クローンマシーンですよ(笑)しかも心理描写が恐ろしいほどないので、感情移入出来ないの!(そりゃそうだ、クローンなんだもん)




究極ネタバレ終わり。

脚本は穴ぼこだらけで意味不明、描くべき所を描いておらず、それ故に感情移入もまったく出来なかったこの作品。ただ、未来映像は見事だし、アクションシーンは冒頭でも書いたがド迫力、マクレガーとヨハンソンというキャスティングもあいまって、楽しくは観れたのかな?つっこみまくってたくせにハラハラした自分が居たのも腹立たしいが、まぁいいっしょ。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061220

2006-12-16

[]黒い絵 21:26 黒い絵を含むブックマーク

D

シャバゾウblogQTさんの記事からとんでもない映像作品を発掘した。これはホントにすごい!90秒のCMなのだが、これは立派な作品だ、これを企画して監督した人は誰なんだ!?!?これは本当に嫉妬するというか、悔しい。こういうのならば、私も撮ってみたい。小説のショートストーリーとかラーメンズのコントもそうだけど、短くて感動出来るってなかなかすごい事だと思うんですよ。しかもこの場合は90秒でしょ?90秒で90分映画を見た後と同じくらい感動させるって凄腕ですよ。自分も例えば長文でレビューを書いても、三行くらいでそれ以上のモノを書く人もいるわけじゃないですか。まぁそういう事ですよね。長く書く事よりも短くまとめる方がやっぱり腕としては上だと思いますねぇ。

『黒い絵』は授業中に先生が絵を書かせる所から始まる。『みんなの心に浮かんだ事をそのまま書けばいいんだからね』と、だが、その中に1人だけ、ひたすら紙を黒く塗りつぶす子供が居た。異常に思った先生が両親に相談。その子は施設に入れられる。何で黒く塗りつぶしているのか?というのをその子は誰にも話さない。部屋中が真っ黒な紙で埋め尽くされていく。この子は何故紙を黒く塗りつぶしているのだろう…

必要最低限なカットを用意して、見てる方に状況説明させるための映像がうまい。短いカットをとにかく積み重ね、90秒の中に30分くらいで見せなくてはならない情報を詰め込んでいる。これはヘタしたら破綻しかねない手法だが、確かな構成力と演出力で描ききっているのだ。しかも『ヴィレッジ』の記事でも書いたが、“物語の結末を最後まで教えない”という意味では『黒い絵』はサスペンスですよ。これは本当に素晴しい!ネットで調べたのだが、この監督は誰なんだ!?!?しかも実話が元になったらしいです。すげぇなぁ…

まぁツッコミどころもあるだろうけど、それよりも感動の方がでかかった。こういう作品をさ、映画に置き換えなきゃダメなんだよ!シンプルイズベスト!『NANA2』なんて2時間20分あって、腹が立ったのに、こっちなんて90秒で大感動だからね。

しかし、あの医者の役は鈴木清順さんかな?

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061216

2006-12-15

[][]こういうNANAなら観たい。 21:31 こういうNANAなら観たい。を含むブックマーク

夜一時頃、妹と『NANA2』について話す。妹にあらすじを話し、2人して激怒しながら、こういう物語はどうだろうと想像した。





以下、ネタバレ含む小ネタです

妊娠した事でタクミの子だと分かった奈々。泣き崩れ、言葉も発せない状態になった姿を見たノブは、タクミを殺そうとするが、返り討ちに遭い、片腕をもぎ取られ、片足が不自由になってしまう。誰にも悟られないように、“探さないでください”との置き手紙だけを残し、ノブは消える。3年後、トラネスブラストメジャーのトップに君臨する二大バンドになった。タクミと奈々は結婚し、子供も生まれ幸せな家庭を持つ、結婚記念日のその日、子供を実家に預け、2人だけで過ごそうとした矢先、そこにノブが現れる。『タクミ!この腕はもはや鋼鉄だ!誰にも折られはしない!この足も同じ事だ!貴様を殺してやる!』『やめてぇぇぇ!』奈々の叫びも虚しくタクミとノブは家をひっちゃかめっちゃかにしながらバトルをする。3年間の修行を経てもノブはまったく強くなってなかった。今度はタクミに殺されてしまうのである。死に際に本当の気持ちにやっと気づいた奈々はその場でタクミを撃ち殺し、自分が起こした行動にショックを受け、気絶してしまう。

一方、ブラストのナナは奈々とタクミを驚かせてやろうと、内緒で家に遊びに行く所だった。家に入るとノブとタクミの死体、さらに奈々は倒れている。それを見たナナは『ハチ公〜!あんたのいない人生なんて考えられないんだよぉ』と絶叫し、ナナもピストル自殺を図る。気がついた奈々の前にはナナの死体。『なんで!なんでなのよぉぉ』と奈々は娘と2人だけで生きていく決意をする…

ネタバレ小ネタ終わり




うん、今まで観た香港映画と復讐映画のパクりやね、エンディングには「怨み節」が流れますよ。

こんな事を妹と夜中に空想してるオレはバカ野郎だ!

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061215

2006-12-14

[][]スピルバーグでも3本の指に入る傑作『宇宙戦争21:33 スピルバーグでも3本の指に入る傑作『宇宙戦争』を含むブックマーク

f:id:katokitiz:20110123235125j:image

注・激しくネタバレしてます。未見の方は読まない方がいいと思われます。

私はスピルバーグという監督があまり好きではない。作品に墓場まで持って行きたいものとそうでないものがあり、残虐的でモラルハザードな映画も撮っているが、いつもいい子ちゃんにまとめようとする部分に共感が持てない。だが、自分の長所をしっかりと分かっているし、冒頭とラストさえなければ映画として完璧だった『プライベートライアン』を作り上げてからスピルバーグという作家に少しずつ興味を持ち始め、これ以降(本当は『シンドラーのリスト』以降なんだろうけど)彼はだんだんと映画のスキルを上げて行ってる気がする。もちろん全盛期に来るのは『E.T.』だとか『インディ・ジョーンズ』なんだろうけど、だんだん演出は若返り、お客さんが求めてるものよりも自分がやりたい事をやっていて気持ちがいい。

プライベート・ライアン』という作品の何が良かったか?それは3時間の間に悲惨な戦争以外何もないというところである。もちろんエピソードやキャラの描きわけなどあるが、戦争映画を描く時に悲惨な戦闘しかない事にスポットを当てたスピルバーグの感覚は極めて正しく。ヤヌスカミンスキーという最高のカメラマンを見事に使った傑作だった。これ以降、スピルバーグの作品はまた鳴りを潜め始める…

だが、『プライベート・ライアン』から5年という歳月を経て、ここにスピルバーグ最高峰の作品が現れた。それが『宇宙戦争』である。とにかく映画の表現として9.11で感じた恐怖をもっとも完璧に映し出す事に成功した作品。しかもそれがSF古典中の古典なのだから、さらに驚く。

9.11で飛行機がつっこむ映像を見て「現実は映画を越えるんだ」と思ったのは私だけではあるまい。実際、飛行機がビルに突っ込んでく映像だけで、あの飛行機に乗ってる乗客の事や、テロの実行犯の心情、その他様々なバックグラウンドが浮かんで来たのは、やはり現実に起こってるからだという事だからだと思う。そして本当の事だからこそ、そこに底冷えするほどの恐怖感を感じた。スピルバーグがこの映像からインスピレーションを受けたかどうかはハッキリと断定出来ない。だが、“「飛行機が突っ込んでるだけの映像」から様々な物語を想像する事が出来る”という事をいち早く映画に取り込んだのがこの『宇宙戦争』なのだ。

この作品はもっともスピルバーグの中で怖い作品と断言出来る。SF映画というよりも“恐怖映画”だと言ってもいいくらいだ。ストーリーは一言で言えるくらいシンプルなもの。ただ単に「宇宙人地球に攻めてくる」だけの映画である。本当にそれだけで何もない。というか、それだけの映画がここまでの傑作になったのにはわけがある。この作品が世に量産された宇宙人侵略ものよりも素晴しいのは、ひたすら大殺戮をする映像しかないからだ。宇宙人侵略ものの着眼点としてはかなり正しい。『スターシップ・トゥルーパーズ』もひたすら虫を殺すだけの映画だったが、そこに青春や体制が入り込んでいた。『プライベート・ライアン』も3時間に戦場しかなかったが、それでも物語の骨格はしっかりしていて、『七人の侍』を下敷きにした映画的興奮もあった。だが、これらの作品よりもさらに『宇宙戦争』はシンプル。開始15分でトムクルーズ演じる主人公を説明し、後はひたすら大殺戮&地獄絵図しかない。

もっと素晴しいのはトムクルーズの一人称だと言う事。『インデペンデンス・デイ』や『ディープ・インパクト』のように様々な家族の物語にすると勢いが削がれ、振り切るという事がなくなってしまうが、スピルバーグは徹底して宇宙人による大殺戮とパニックになった人々だけを1時間40分近く撮り続けた。これは極めて正しい選択だったと言える。

そしてこの作品はスピルバーグの中でCGの使い方が一番いい。CGスピルバーグは塩辛と白飯くらい相性がいいが、今作ではそれを一番感じる事が出来た。スピルバーグCGメインに演出をしない。カメラの動かし方など、CGを合成するという事を考えず映像メインで撮る。合成する方は一苦労だろうが、結果そこにはリアリティがあり、9.11で起こった現実をしっかり映画で越える事が出来た。宇宙人侵略という言葉に騙されるだろうが、インタビューでも語ってる通り、これは9.11というテロがもっとひどくなったらどうなるか?というものを真剣に描いた映画だ。それを多面体にせず、一人称にした事で残虐性を際立たせる事が出来る。世界中がやられてても写るのはトムクルーズの周りだけ、ここに真のリアリティと恐怖が存在するわけだ。連絡も取れないから、世の中の状況が分からず、不安に駆られるといった心情をセリフ無しでここまで演出したスピルバーグの手腕はかなり高く、それまで夢物語しか撮れないと思っていた私のナメた考えを覆すものとなった。

そもそもこのスピルバーグという人は夢を演出する反面、振り子のように残虐な描写も徹底して行う事の出来る監督である。出世作となった『ジョーズ』が人喰い鮫の話であるように、彼の映画には随所に残虐な映像が登場する。『宇宙戦争』もグロさはないが、完全に残虐性が高い映像集である。車が飛ばされトムクルーズに迫ってくる映像からの流れは一般の人じゃここまで考えられないよなというくらいひどい。家が一瞬にして破壊され、人が消されて行く様をひたすら映し続けるのには目を背けたくなるほどのリアリティがあった。SF映画だが、これは私が感じた事である。とにかく執拗な演出が怖く。この怖さが全体を覆ってる作品。

その怖さは人々がパニックを起こしたらどうなるか?というものにまで及んで行く。車を奪おうとした街の人々が窓ガラスに穴を空け、素手でそのガラスを取り除いて行く描写には驚いた。手がズタズタになってガラスが血で染まっていくのはかなり痛さを感じる。逃げ惑い、一軒の家に隠れたトムクルーズ親子だが、ここでのかくれんぼシーンも実に見事。かくれんぼというものをあれだけ映画的に出来るんだという事が素晴しい。地味で暗いトーンなのだから、宇宙人の姿は丸々見せなくてもよかったと思うが、まぁここはご愛嬌だろう。そして一番語っておきたいのが衝撃的なトムクルーズが起こす殺人シーンである。これには賛否両論あるだろう、殺す場面は映さないし。わざわざ入れなくても良い演出であるだろうが、家族を守るためならば、助けてくれたいい人でも殺す。ここにはすごく共感してしまった。これは私だけかもしれないが、こういう反モラルな部分がスピルバーグの本質の1つであり、CGを使った映像とはほど遠い演出だが、SF映画でこういう部分にも手を抜かないのはさすがである。

シンドラーのリスト』以降。スピルバーグの相方となったヤヌスカミンスキーの撮影が見事で、70年代の映画を思わせる荒々しい映像は、恐らく『プライベート・ライアン』で使った撮影方法と同じものだと思うが、これがパーフェクト。映像はリアルだが、キャラクターの周りを優雅に回る事で映画である事を再認識させられる。大殺戮が起こってる最中の魅せ方はうまく、100点満点と言ってもいいだろう。中でも車の周りをくるくる回りながら、ズームで寄ったり引いたりするシーンには鳥肌が立った。ワンカットだったが、CGでいろいろ手を加えているのだろう。ここは宇宙人による破壊シーンよりも度肝抜かれた。

評価が別れるトムクルーズだが、個人的には正解と思った。スターに頼らなくても内容で勝負出来る作品だが、トムクルーズの表情から出る優しさと父親としてのだらしなさが作品に家族愛という1本筋をもたらした。ダコタファニングはきーきーわめくだけだったので、かわいさは無くなったが、かなり熱演を披露している。終始天井が低い所での演技になってしまったティムロビンスだが、キャストを知らずに見たので驚いた。トムクルーズとの共演は初めてだろうが、きっと身長が2メートル以上あるからだろう。トムクルーズとの身長差をごまかすためにあんな体勢になったに違いない。

個人的に突っ込みどころも多々あり、クライマックスの展開は「ん?ちょっと嘘くさくないかい?」と思ってしまうほど、いきなり養分を吸い始めるし、トムクルーズはどうやって車から抜け出したのかわからない。吸い込まれた時片腕は掴まれてるのに何故に手榴弾のピンを3つも抜けたのだろう。宇宙人が操る殺人兵器の機能もどうなってるのかさっぱりわからないし、いっその事、はちゃめちゃに小屋などをぶち壊してしまえばいいじゃんと思ったが、スピルバーグはきっとありとあらゆる地球人の殺し方を映像にしたかったのだろう。ラストに出てくる設定はスピルバーグっぽい、なんでおかん生きてるの?なんで息子も生きてるの?あんなに大殺戮だったのに!っていうか、なんでオマエはそんなに戦いたいの?これもテロへのメタファー??ラストの展開はまぁいつもの感じだが、それがまったくクドくなかったので減点対象にはならない。

この作品はなんとスピルバーグにしては珍しく、ちゃんとした映画のリメイクである。オマージュや設定などの引用はあるが、オリジナルの映画があり、原作も超有名な古典である。ここまで書いておいて、なぜオリジナルの『宇宙戦争』に触れないかというと未見だからだ。もしオリジナルも見てたらもっと違う見方になったはずであるが、ここでは割愛させていただこう。

ひたすらに残虐的な映像を散りばめたスピルバーグ。彼の映画に対する本質が全開になった『宇宙戦争』はスピルバーグにしか撮れなかった作品であり、彼が現代でもっとも重要な映画監督の1人である事を再認識させられた。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061214

2006-12-13

[][]そもそも『オーシャンズ11』からブラピとマット・デイモンが抜けたらどうよ? 21:38 そもそも『オーシャンズ11』からブラピとマット・デイモンが抜けたらどうよ?を含むブックマーク

思いつきに近い形で『NANA2』を観に行く。5巻以降の展開は最悪だけど前作はおもしろかったわけだし、やっぱり観に行きたいしね。そんでまぁ見たんだけど…最高に腹が立った!つまらないを越して腹立ったよ!ムカムカして来た!ホントに腹が立つ映画だったなぁ。大谷健太郎がかわいそうになりましたよ、あんな映画フィルモグラフィーに載るわけですからね。

ホンちょこっとだけネタバレてますが、私のネタバレなんてたいした事無いから大丈夫でしょう。

NANA2』は大変危険な映画である。もし小松奈々という人間に共感するならば、それは大変危険な兆候だ。この映画を見た世の女性は小松奈々を反面教師にしないといけない。それが『NANA2』の正しい見方と言える。

この映画の一番の悪は何だ?やっぱり小松奈々だろ?あいつがバカじゃなかったら、あんな事にはならねぇんだよ!だから大崎ナナが映画の中で『わけわかんねぇよ!』と言うのには共感出来たし、小松奈々が『私がバカだからいけないんだよ』というのも共感出来た。まぁ言ってみればそこだけか??

マンガでもそうだったが、映画版では細かい心理描写が無くなってる分、小松奈々がただのバカ女になってしまった。あれに共感する女の子は世の中にたくさん居るだろうが、私は共感出来るどころかぶん殴ってやりたくなったよ。他人事の映画ですら、腹立つくらいだから、もし友人だったらどうなってるんだろうか?あのキャスト以上に泣いてるかもしれない(笑)『男はつらいよ』だって他人事だからおもしろいのであって、もしあんなヤツが身内に居たら、笑い事じゃなくなる。拉致問題だって、殺人を犯した息子だって、ニュースでは客観視してしまうが、自分の立場になって考えると、どういう気持ちになるか分からない。

だいたいあんなバカ女が身勝手に立ち回って、それを見せられてもおもしろいわけがない。というか、このオレがそんなので楽しめるわけがない。マンガの時点でも腹が立ってたのに映画だとなおさらだ。『NANA』ってね、リアルだし本当にああいう娘っているんですよ。恋愛って周りが見えなくなるものだし、仲間よりも恋愛を取る人がたくさんいるだろうしね、それが他人に『あの男は最低だから別れな』って言われても、好きな時は全然聞けないもんですよ。人を好きになるっつ〜のは言葉に言い表せないもんだしね。

NANA』は女の子が心の奥底で考えたり、理解出来ない行動を取る事をしっかりと書いてるけど、それが表面だけなんです。ちゃんと奥底からすくってない。表面だけしかすくってないという事は、そこに自分の思想等をしっかりと盛り込んでないんです。だから小松奈々以外のキャラの心情があまり書かれていない。最低な事をしている主人公に寄り過ぎてて、敵を作らないように書いてある。これはある種の洗脳ですよ。作者の思想がまったく反映されてない、もっと言うと『バトロワ2』にもあった「逃げ」の様なものまで感じる。

他の人をズタズタに傷付けてまで浮気するならば、それ相当の覚悟が必要というものだ。『浮雲』は好きだが『マディソン郡の橋』が嫌いなのもこの辺に通じるものがある。『東京タワー』もそうだったな。あれもかなり美化しすぎてた。そういう貫かなくてはならない部分を描かずに主人公の身勝手さだけ描いては後味が相当悪い。林芙美子の『浮雲』なんていいですよぉ、戦後の極貧という時代に不倫といういばらの道を突き進み、くっついたり、離れたりしながらも、破滅の道に向かって行く。それでも好きだから、離れられないというね。

ライ麦畑でつかまえて』を読んで共感出来ない人が居るのと同じように。私も『NANA』には共感出来ない。話の筋から言って、マンガでは成立しても、映画ではありえない。せいぜい月9のドラマがギリだろう。

宮崎あおいから変わった市川由衣だが、これが大健闘。かなり努力もしただろうが、前作から入っても遜色ない演技を見せている。レンは声のトーンからしてリアルじゃなく『あんな口調やあんな声で話すのなんてガクトくらいだよ!』とツッコミを入れたくなる。ベースのシンだっけ?あいつはよかったですねぇ、オーディションしたのかな?原作に一番近かったかも。レイラとシンの危ない関係は映画版ではバッサリカットされてたためにレイラが完全に要らない役で、トラネスイギリスPV撮影するシーンにはかなり笑えた。中島美嘉はかなりうまくなってましたよ、慣れて来たんですかねぇあの役にいたについてきたと思ったら完結するとは…

演奏シーンであるが、本当に演奏しているようだった。だってすげぇヘタクソなんだもん(笑)ルートを抑えるだけのベース。コードをかき鳴らすギター、一定のドラム。これでメジャーデビューかよ!監督はライブシーンをリアルに撮りたかったのだろう。ツッコミは入れたくなるが、このシーンはかなり好きである。

短く書くつもりだったのだが、書いててどんどんスピードが上がって行った事も面白い(笑)つーか、その前にキャストがアレだけ代わるってどういう事だよ!?『オーシャンズ11』の続編作るって言って、主要メンバーがほとんど変わったらダメだろ!極論。『NANA2』を見る時はTV放送を待て!

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061213

2006-12-11

[]映画バトンってヤツをもらいました。 21:44 映画バトンってヤツをもらいました。を含むブックマーク

クウラ様よりいただきました【映画バトン】です。

◆1年に映画を何本見ますか?

映画館では10本も見ないが、DVDレンタルを駆使して、平均100本くらいは観てるんじゃないだろうか?繰り返し観る映画も含めると150は越えるはず。

◆初めて見た映画は?

ジャッキーの『ファーストミッション』今でも鮮烈に覚えている。ピョンピョン飛び跳ねてるから、子供心におもしろい人だなぁくらいの印象はあったのかもしれないが。

◆最近見た映画

劇場では『武士の一分DVDでは『ドラゴン怒りの鉄拳』両方復讐劇!?

◆好きな監督、俳優

映画監督キューブリックジャームッシュ、アルトマン、カラックス、デパルマ、ラスメイヤー、リンチ、タルコフスキーゴダール、ウォンカーウァイ、ペキンパー、ジョンウー、コーエン兄妹、ギリアム、タランティーノ、ギャスパーノエ、ジェイムズキャメロン、サムライミ、黒澤明小津安二郎鈴木清順成瀬巳喜男長谷川和彦山中貞雄北野武押井守

■俳優■ブルースリー、ジャッキー、ジェットリー、マックイーン、ベルモンド、デニーロ、エリオットグールド、スティーブブシェーミ、トニーレオントムクルーズ、ナオミワッツ、クリスティーナリッチ、ニコールキッドマン、スーチー、キャメロンディアス、三船敏郎、萩原健一沢田研二藤原竜也窪塚洋介岡田茉莉子山田五十鈴、鈴木杏

◆好きなジャンル

復讐劇。ビデオのパッケージの裏に『復讐の銃弾が!』とか書いてあるだけで傑作扱い(笑)きっと『武士の一分』がおもしろかったのも復讐劇だったからなのだろうと、改めて思う。現実に起こったらいけないことだが、映画の中だったらいくらでもやってくれい。

◆思い入れのあるベスト5

好きな映画やおもしろかった映画とは違うのが難しい所ではありますが。やってみましょう。

1『パルプ・フィクション

私をこういう人にしてしまった罪な映画。好きすぎて語れない。30回くらい観てビデオを切った。DVDも2回買ってる。英語字幕で観て、どういう風に訳してるのかまで研究したのはこの作品と『スカーフェイス』のみ。タランティーノ映画の学校である。特に日の当たらない映画の学校。いつも元ネタを観ては感動しているが、『パルプ・フィクション』がその後の映画界に与えた悪しき影響から日本はやっと抜け出しつつある。『レザボア・ドッグス』と迷ったが、やはり出発点という事で。

2『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ。

もしかしたら回数だったらジャッキーチェン映画以外で一番観てるかもしれない。マイミクKAYAくんとkatsuyaは知ってる事実であるが、実はこの映画のセリフをモノマネ出来る。全部は無理だが、ワンシーン丸々出来る部分もある。しかも全部の声をやる。それくらい繰り返し観た。しかも三ツ矢雄二の声はマーティーとマーティーJr.の使い分けまで真似出来る。ビフも同じ事。毎年夏のキャンプに行くと、テンションが上がりすぎて必ずやる行為、特に2でマーティーJr.が女の不良に『たまついてねぇのかよ!』と言われた後、股間をつかまれた時のリアクションのマネは、妹の前でやると必ず爆笑を取る事が出来る鉄板ネタである。

3『プロジェクトA』シリーズ。

ジャッキー映画の中では一番回数を観たであろう作品。冒頭自転車を漕ぎながら後ろにジャンプするアクションを小学生の頃真似して、妹の自転車をぶっ壊した事がある(笑)実は2の方が好きなのかもしれない。サントラでも2の主題歌はマジで燃える。

4『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地黎明

この映画を観た時の衝撃を未だに忘れる事が出来ない。あんなアクションがこの世に存在するのか?とも思った。ツイハークの実力を改めて知り、『少林寺』以上のジェットリーのすごさに参った。撮影の仕方、スローモーションの使い方、主題歌、ストーリー、すべてが完璧。二階から傘をさして、パラシュートのように飛び降りるアクションはいつか自分でもやってみたい。いつも『面白い映画でなんかある?』と言われると『狼/男たちの挽歌・最終章』と並んですすめる。

5『ナイト・オン・ザ・プラネット

ジムジャームッシュの佳作だが、何故か何回観ても飽きず、一週間観続けた事もあるくらい異様にハマった。ホントになんて事ない作品なのだが、私の中ではある意味カルトムービーである。特にジーナローランズとウィノナライダーの絡みは完璧。ニューヨーク編、パリ編もかなり完成度高し。

◆憧れの映画ヒーロー(ヒロイン

たくさん居る。いつもセリフが頭の中から離れない時もある。ブルースリーグロリア、マスタークワイガン、マーロウ、ジョンコンスタンティン、トラヴィス、トニーモンタナかな。

◆夢の企画、あるいはもう一度みたい映画

まずは我々も見れたであろう、実際の企画から。

・『偉大なるアンバーソン家の人々』の完全版。カットされまくって、ラストまで勝手に変えられたのに、映画史を揺さぶるおもしろさだった事にとても感動した。完全版のフィルムはもう無いだろうが、これが見つかったら『市民ケーン』を越える作品になるだろうと確信している。

・『死亡的遊戯』ブルースリーが死ぬ前に作ってた作品。『G.O.D』というタイトルで未公開フィルムの完全版が公開されたが、再現ドラマの部分が非常に邪魔。もし彼が生きてたら最高傑作になり得たはずだ。

勝新太郎が主演の『影武者』黒澤さんが武田信玄勝新太郎をキャストした事がよくわかる。うん、これはホントに夢のコラボだったんだろうなぁ。若山富三郎も出る予定だったみたいですよ。是非観たかった。

ここからは妄想

・『ワイルド・パーティー』のリメイク。異常なほどおもしろいが、これは今の時代には絶対に作れないだろう。ホントに駄作になってもいいから、リメイクという形で作りなおすとどうなるのか観てみたい。

タランティーノ監督の『ロード・トゥ・パーディション』『キル・ビル』を見れば分かる通り『子連れ狼』を愛する映画オタク。あのテイストでこの作品をタランティーノが撮ったら傑作になってただろう。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061211

2006-12-10

[][]初恋 21:45 初恋を含むブックマーク

初恋 プレミアム・エディション [DVD]

初恋 プレミアム・エディション [DVD]

宮崎あおいという女優はいつも暗い顔をし、喋る事なく表情だけで映画を見せきるユニークなタイプの女優である。『ユリイカ』も『害虫』もそうだ。こんな特殊な演技を得意とする女優が何故ここまで人気があるのか不明であるが、『NANA』で見せたハイテンションな演技も違和感がないので、かなり腕はたしかな女優さんである事は間違いない。彼女が濡れ場が多いからと降板した『NANA2』だが、やっぱり彼女自身あの役には違和感があったのだろう。この『初恋』という作品はいかにも宮崎あおいが好みそうな作品である。宮崎あおいがあの演技を出来るからという理由なのかもしれない。バイクの免許まで取って撮影に挑んだというから、かなり本人的にも気合いが入っていたと思われる。ただ、そういう宮崎あおいにはかなり期待出来ても、作品の出来はまるで空回りだったと言うのが本音。

あの時代を見事に再現した美術は素晴らしいがセット丸出しなのがバレバレ。CGで作り上げたシーンもあったようだが、正直かなり無理してるのもバレバレである。個人的な意見としては全編モノクロ撮影にするべき作品だったのだと思う。車やハイライトなど衣装などの小道具にはかなり気を配って撮ってるのだが、そこでモノクロでやっちゃえという勇気はなかったのだろうか?惜しい。残念でならない。一応ざらついた映像にはしてあるものの、映像はウエルメイド止まりになっているようである。

さて、そのストーリーはかなり単純であるが、この作品。主要人物のほとんどが描き込まれてないため、しばし、混乱する事も。宮崎あおい小嶺麗奈おひょいさんとセットに金をかけすぎたのか、あとのキャストは全然分からん奴らばっかりだった。宮崎の兄ですら。スタッフロールで気づいたくらいである。有名キャストにしてしまえば、顔で覚えられるため、そのバックグラウンドを描かなくても観れてしまう。そんな力技が出来ないのならば、せめて2時間もある中にそのくらいの繊細な演出が欲しかった。主人公の動機もそのバックにある家庭もすべてカット。全然意味が分からないところが多々あったのもダメ。小嶺麗奈が唯一の有名どころだが、無駄に脱いで終わってしまった所が悲しい。細かい部分ではすごくリアルであるが、どうも作品全体はキャスティングも含め、いびつな出来である。

三億円事件のプロセスはかなりリアルだ。実行するシーンもしっかりと描いていて、そこに映画ならではの興奮を盛り込んだのも見事。だが、その後がかなり長く。2時間も要らなかったんじゃないか?と思うくらいの竜頭蛇尾。結果。映画としては何も残らなかった。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061210

2006-12-09

[][][]ブルース・リーが死ぬほど好き。 21:52 ブルース・リーが死ぬほど好き。を含むブックマーク

ストレスを解消するやり方というのはいろいろあるが、主人公が怒り狂った映画を観るというのが私のストレス解消法。

自分の代わりにやり場のない怒りをあらわにしてる主人公を観るとね、『何をオレはこんなちっぽけな事でイライラしてたんだ』と思うんすよ。それは『タクシードライバー』だったり『カノン』だったりするんだけど、やっぱりなんと言っても主人公が怒り狂ってる映画と言えばドラゴン怒りの鉄拳が一番である。

もう何回も見ているが、何度見ても飽きない。復讐劇と言えばこれ、そしてブルース・リーと言えばこれなのである。世間的にはブルース・リーの最高傑作は『燃えよドラゴン』であるが、私は違う。真のリーファンには怒られそうだが、ブルース・リーの哲学と他の外国人達の立ち振る舞いにすごく違和感を感じてしまう。これはレビューにも書いたが、ブルース・リー以外のシーンが非常にウザい(笑)もちろんアメリカ第一弾という事で、ブルース・リーだけというわけにはいかなかったのだろう。『ドラゴン怒りの鉄拳』はブルース・リーの主演第2作だが、彼の魅力はこの作品で出尽くしてしまってる感がある。

猫の様なしなやかな動き、虎の様な素早い一撃、怒りと哀愁に満ちた表情、怪鳥音、無駄に言葉を喋らずボディランゲージだけで表す様、ヌンチャク截拳道、今観ると映画自体は若干緩いが、ローウェイの独創的なカメラワークと相まって、ブルース・リーのかっこ良さが他よりも際立っている。もちろん『燃えよドラゴン』は一番回数を見てるし『ドラゴンへの道』も『ドラゴン危機一発』も好きだが、『ドラゴン怒りの鉄拳』が私にとってベストなのだ。実際『ドラゴン怒りの鉄拳』はジャッキーもリー・リンチェイもドニー・イエンもリメイクしてる。もしかしたら『ドラゴン怒りの鉄拳』は影の最高傑作なのかもしれない。

ジャッキーチェン=カンフー映画だと思ってた私を虜にした男・ブルース・リー。一番好きな役者は?と聞かれると絶対にブルース・リーと答えるだろう。彼の事は役者としてというよりも人として尊敬している。よく考えたらバスターキートン自伝以外、役者の本を読んだ事がない私が、ブルース・リーに関する本はたくさん読んでいて、TVでも特集が組まれるとビデオに撮って繰り返し観る。人によってはスティーブマックイーンだったり、ジェームズディーンだったり、松田優作だったりするのだろうが、私はブルース・リーに一番カリスマ性を感じ、考え方やその言葉、思想など、一番影響を受けてきた。

彼は役者ではなく、武道家であり、哲学家でもある。近年『カウボーイ・ビバップ』というアニメでもブルース・リーの思想は根付いていた。アニメであの截拳道の動きを再現した事にも感動したが、主人公が『水は早く打つ事も流れる事も出来る』と彼の思想を弟子に教えるシーンには鳥肌が立ったモノだ。

私はもちろんリアルタイムではない、彼が死んでから10年後に私は生まれてくる。だが、そんな私世代にも彼のすごさは映画から伝わってきたのだ。ブルースリーはいつの時代も永遠なのである。

ドラゴン怒りの鉄拳』を観るが、やはり燃える。この作品ブルースリー終始怒り狂ってるのだあれだけ怒るのにはかなりのパワーがいるだろうが、冒頭からラストまで主人公が怒りっぱなしという作品もそうない。日本人が牛耳る時代の中国を舞台に師匠を殺されたブルースリーが犯人を探すというストーリーだが、そのストーリーに浮きまくる演出がウケる。バレないように変装したり、殺したヤツを電柱に吊るしたり、逃亡中は野うさぎ(?)を1人で焼いて、イライラした表情で喰う。こういうシーンの数々は真面目にやってるのだろうが、やはり異常に写ってしまい、笑いを誘うのである。

しかしこの時代のノラミャオは殺人的にかわいい。彼女はブルースリーの幼なじみで、恋人の設定であるが、中盤、墓場でブルースリーと背中合わせになって夢を語るシーンは今見ても泣ける。この作品は復讐劇であるが、ラストが非常に切なく、やるせない。復讐劇とはラストがやるせないものでないとダメだが、それはそういう事とは無関係にやるせない。この作品ではブルースリー師匠を殺したと思われる相手、そしてそれに関わるヤツを片っ端から殺しまくる。復讐のためとは言えやはり人殺しはだめだ、現実に復讐なんてあったら、そこにあるのはもう1つの死である。あのラストはかなり有名だが、やはり復讐映画のラストはこうあるべきだ。こういう所もこの作品が人気の1つなのだろう。

笑って、泣けて、スカッとして、切なくなる。娯楽映画として実は完璧に機能している『ドラゴン怒りの鉄拳』久しぶりにビデオ屋に行って、手に取ってみたら?ねぇねぇ?

のびすけのびすけ 2014/12/05 16:23 リアルなカンフーキッチンという軽食店が中華街にある中国武術道場の中にできたらしい。
しかもブルースリー氏が最初に習った詠春拳で、その詠春拳を日本に持って来た凄い先生が料理を作ってるとか。
これみて。
https://www.facebook.com/pages/功夫厨房-Kung-Fu-Kitchen/743310875753525?fref=nf

前田奈美前田奈美 2017/03/14 16:27 今尚害悪の右傾化でんでん糞ジャップモンキーを粉々に叩きのめす作品という時点でもう爽快の一言
開始数分で派手なアクションシーンというのも好感がもてる

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061209

2006-12-08

[]哀愁の花びら 21:54 哀愁の花びらを含むブックマーク

『哀愁の花びら』は映画マニアの間では大変有名な作品となっている。それは尊台ラスメイヤーの最高傑作『ワイルド・パーティー』の元ネタだから。正確に言うと原作者に黙って続編にしてしまったのが『ワイルド・パーティー

ストーリーというか、芸能界に憧れた女の子が堕ちて行くという大枠はほぼ一緒なのだが、内容はもちろんの事、映画自体の方向性も違っているので、別次元で語られるべき映画。『ワイルド・パーティー』は精神状態が『ブルース・ブラザース』と一緒で、おもしろいと思えるもんならなんでも入れちまえ!と言わんばかりに、映画における娯楽の要素を高密度で詰め込んだ作品になった。もちろんこちらは満点クラスの大傑作である。

さて、そんな傑作の元ネタである『哀愁の花びら』であるが、これまた壮絶なお話だ。ふとした事で芸能界に入る事になったアンを中心に、才能に満ち溢れながらも酒とクスリに溺れて行くニーリー、キレイだが、役者としての才能はまるでないジェニファー、この3人が芸能界という荒波に呑まれていく様をリアルに描いている。とにかく出てる女優の美しさと反比例するかのような凄まじい作品であった。元々原作は後にTVドラマ化されているので、かなり長い話なのだと思う。そしてその原作になるべく沿って映画化されたのだろう。それが証拠にこの作品。ジェットコースターのように2時間の間、これでもか!と悲劇的な展開が次から次へとやってくる。ここまで来ると笑うしかないというくらい、怒濤の展開だ。残念ながらストーリーについては言及出来ないが、単純に「牡丹と薔薇」のような昼ドラを2時間に濃縮したら、こんな感じになるんだと思う。もちろん内容は至って真面目。ショービズ界の裏側をかなり本格的に描いていて、ベテラン女優の立ち回りなんかは、もしかしたら○木瞳もこんな感じなんじゃないか?と思わせるくらい説得力がある。

だが、この作品はその展開があまりにも急激すぎて、笑える映画になってしまっているのだ。これを作った本人達には申し訳ないが、昼ドラもあまりに過剰だと笑えてくる。それのスケールがでかくなったモノと考えると想像が付くだろう。ある意味必見の映画なのだ。

この作品がなければ『ワイルド・パーティー』も企画されなかったのかもしれないが、実は『ワイルド・パーティー』そのものにも影響を与えたような映像が素晴らしく。スタイリッシュでモダンな感覚はとても67年の作品とは思えないくらいセンスが良い。完全にシーンの意味は分からないが、唐突にミュージカル風になり、様々なイマジネーションのカットが飛び出してくる様は見ていて圧巻。シュールサイケな色彩だからドラッグカルチャーを表したものなのかもしれないが、見事である。

堕ちていく女達の中でもあのシャロンテイトはやはりキレイだ。女神という言葉がしっくり来るくらいに光り輝いていた。本人が劇中で言うセリフ「私には脱ぐ事しか出来ないの」という言葉はシャロンテイトだったからこそ刺さったのかもしれない。実際彼女のセリフ回しは笑えるくらいひどいし(笑)そんなシャロンテイト事件をモデルに続編と謳って公開されたのが『ワイルド・パーティー』なのだからすごい。なんという反モラルな製作陣だろう。『哀愁の花びら』の世界と一緒で、金が儲けられればなんだってするのがハリウッドか…

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061208

2006-12-06

[]武士の一分 22:01 武士の一分を含むブックマーク

だいたいこの手の映画を観ると茶々を入れたくなるのが映画ファンというものだろう。しかもそれが木村拓哉主演となるとなおさらである。だが、『武士の一分』はそんな輩を寄せ付けない作品になった。藤沢周平原作&山田洋次の三作目。山田洋次監督も初めての時代劇から三本目である。

三部作の予定はなかったろうが、大ヒットしてアカデミー賞までとった『たそがれ清兵得』(以下『たそがれ』)は私にとってそこまでの傑作ではなかった。ミスキャスト大杉漣、鼻に付く山形弁、圧倒的なリアリティはさすがだが、映画としてじゃあ高みに登っているかと言われると疑問視してしまう。黒澤明が「ある侍の一日をリアルに撮ってみようと思ったら、侍が無報酬で野武士の襲撃から村人を守ったという話が文献で出て来たので、そっちの方が映画になるじゃないかと思って、そっちを撮ったんだ」と語ったが、まさにそれは正しい。映画でなければならない事を本能で分かっていた黒澤さんの正しい選択である。『たそがれ』は今までの時代劇だったらダントツでリアル。だが、それだけ。小市民映画なら小津、成瀬には勝てないわけで、時代劇の中で再定義しても映画のカタルシスは得られないものである。さらにはラストが最悪で、スピルバーグよろしくというラストであった。あのラストに文句を言いたかったのは私だけじゃないはずである。

ところが『隠し剣鬼の爪』(以下『隠し剣』)になると、その山形弁や小市民っぷり、圧倒的なリアリティは幾分控えめになり、映画として、娯楽として、とても完成度の高いものとなった。山田洋次監督が復讐劇を撮るという意外性もさることながら、殺陣の撮り方が素晴らしく、ワンテイクで動きそのものを優雅に写しながらも、広々と捉えるカメラワークは香港映画ファンでも納得のいく仕上がり。『たそがれ』はリアリティを求める分、映画としてのかっこ良さが薄かった。ここは好き嫌いに分かれるのだろうが、殺陣だけで言えば、『隠し剣』の方がより“映画寄り”である。それだけでなく、隠し剣が何なんだ?という興味もあり、心晴れやかになるラストも爽快。復讐映画を観る時、主人公は死ぬか、復讐に意味はないというメッセージが欲しいものだが、スピルバーグと一緒で山田洋次にそこを求めてもしょうがない、それ故にあのラストのセリフは粋で重みがあった。

同じ藤沢周平原作で同じ監督が時代劇を撮り続ける。それは階段を一歩ずつ登るようだ。階段を一歩ずつ踏みしめるように監督はステップアップしていく。のっけからハッキリ言わせてもらうと『武士の一分』はようやく高みにたどり着く事の出来た力強い傑作だった。山田洋次監督の集大成と言っても過言ではないだろう。黒澤明時代劇小津安二郎成瀬巳喜男が描いて来た家族そのもの、そして監督自身の人生経験を経て、ここまでの作品になった事は一目瞭然である。

私は映画を観る時、基本的に情報は入れないようにしている。映画雑誌もまったく買わないし、ネットでも情報収集はしない、だからストーリーはおろか、監督が誰だか知らないときだってある。それ故『テキサスの5人の仲間』や『スティング』に感動できたのだろう。特に新作には疎く、『ブラック・ダリア』の監督がデパルマだと知ったのも映画が公開されて一ヶ月近く経ってからの事だった。『武士の一分』もそのようにして見た1本である。

武士の一分』では木村拓哉が主人公を演じる。ストーリーがまったく分からない状態で映画を見たからなのだが、私が一番ビックリしたのは彼が盲目を演じるという事だった。それまで三流ミュージシャンだった武田鉄矢と個性派の桃井かおり、そして大スターである高倉健という見事なトライアングルを描いてみせた『幸福の黄色いハンカチ』を始め、あえてなべおさみを主演に据えた『吹けば飛ぶよな男だが』など、キャスティングには定評がある山田監督。藤沢時代劇三作品の中ではダントツの男前であるキムタク。『GO』もそうだが、男前がこういう話をやる時、どうも嘘くささを感じる。だが、そこであえて木村拓哉に目が見えないという演技をさせた監督のアイデアは抜群だった。目が見えない事という演技に集中させれば、他がマズくてもそこが際立つからである。

冒頭、木村拓哉TVドラマの延長線上の演技を見せつける。見ている方も「やっぱりか…」となってしまうだろう。だが光を失ってからのキムタクの演技は圧巻だ。盲目が主人公だが、終始目が開いていて、眼力(めぢからとお読み下さい)を見せつけるように的確なカット割りを山田監督は示す。セリフにはややもたつきがあるし、説明的な部分が多かったが、目に集中させた演出は見事としか言いようがない。『武士の一分』でユニークだと思ったのは主人公が常に愚痴ばっかり言っている点である。前二作は男気溢れるヒーロー像な側面があったが、この作品でキムタクはかなり人間臭い役を演じている。ヒーローというタイトルのドラマにも出演した事がある男にここまでメンタル面で弱い人間を演じさせるのがおもしろかった。それと平行して優雅にカメラを写しワンテイクで見せ場を作っていったのもさすがだ、光と影を使い映像的に美しさを求めたのも大正解だっただろう。

そして彼の妻を演じる壇れいがとにかく素晴らしい。これは彼女が素晴らしいというよりも山田洋次監督のキャスティング眼の勝利。原節子高峰秀子と言った、古き良き時代の日本人女性を体現した美しさを持っている壇れいをそのまま「やまとなでしこ的」な女性にはめ込んだのがパーフェクト。『隠し剣』の松たか子も良い線いっていたが、『武士の一分』を見てしまうと松たか子の演技は霞んでしまうくらいだった。これは演技の質そのものよりも素材の時点でうまい食い物だったと言える。

そして、笹野高史である。木村拓哉に仕える役。木村拓哉と壇れい、そして笹野高史というトライアングルだったからこそこの空気感が出せたに違いない。私は小林稔侍という役者が嫌いで、彼の演技は常にやりすぎの感がある。今回の演技もその通りだった。山田洋次監督はそういう使い方を的確に分かっていて、オーバーアクトな小林稔侍と引き算の演技である笹野高史を見事にそれぞれ使い分けたのが評価すべき点。その手腕が一番に出たのが桃井かおりで彼女に“杉村春子的”な演技をさせた事も素晴らしい。『東京物語』や『晩菊』を見た人ならば一発で分かる“あの演技”である。盲目のキムタク、映像初出演の壇れい、そしてイヤなおばさんな桃井かおりなど、役者に意外性を持たせる事が山田洋次マジックで、その頂点が観られるのも嬉しい。

藩について細かく描いた事が邪魔臭かった前二作に比べ、その歴史的な背景を一切排除した『武士の一分』は正解。超がつくほどシンプルなストーリーは香港映画を思わせるほどパワフル。『隠し剣』では復讐の要素がちょい薄いが『武士の一分』は重厚でかなり残酷な復讐劇である。『男たちの挽歌』ばりの設定に燃えない男は居ないだろう。その事からストーリーが薄いという指摘もあるのだろうが、それが映画として間違っているかと言われるとそうではない。

そしてそのシンプルな復讐劇に小津安二郎の家族像をぶち込んだ事もすごかった。桃井かおりの演技が中心になるのだが、キムタクが盲目になってからのプロットはまんま『東京物語』や『生きる』『晩菊』である。この辺はさすが小津を敬愛する山田洋次といったところだろう。

その復讐劇であるが、主人公が盲目という設定が実にうまい。『座頭市物語』ならば、盲目でも凄腕である事はロウソクを切るシーンで表される。ある種日本では盲目の剣士=座頭市であり、木村拓哉が演じるとなると、それ相当のヒーロー像が予想される。だが『武士の一分』ではそれとはまったく真逆の演出を見せる。盲目という事は武士としては死んだも同然なわけで、真剣勝負など出来るわけがない。ここに映画ならではリアリティと嘘がある。これをうまく使ったクライマックスが素晴らしく、個人的には今まで観たアクションシーンの中でも5本の指に入る出来。『椿三十郎』の大ラスの決闘シーンに匹敵するハラハラ感。あんなに心臓が止まるかと思ったアクションシーンは無い。もちろんここでのカメラワークや役者の動き等言及したい点は多々あるが、これには触れる事が出来ないのが残念である。キムタクはかなり練習を積んだのだろう。中盤ワンテイクで見せる剣さばきには鳥肌が立った。完全にJAC出身の真田広之の上を行っている。

そしてさらに素晴らしいのが音楽である。尺八をメインにした調べは時代劇だからこそ完璧にマッチする。ラストに流れる曲はストリングスと相まって最高の余韻に浸らせてくれる事必至。これまた三部作の中で一番使い方が正しい。

ここまでかなり絶賛して来たが、やはり個人的にラストは好きじゃない。『隠し剣』でも思った事だが、復讐とは何の意味も成さない。映画の中では最高のカタルシスが得られるだろうが、やはり現実に復讐行為があってはならない。だが、これはあくまで好き嫌いの話であって、間違った演出ではない。そういうラストである。スピルバーグが『A.I.』や『マイノリティ・リポート』『プライベート・ライアン』『ターミナル』で見せたのは「間違ったラスト」だが、この『武士の一分』はそれとはまったく違う終わり方である。だからラストが嫌いでもそこは減点対象にはならない。

ストーリーを知らずに見たからかなり甘いかもしれないが、『用心棒』や『沓掛時次郎』『座頭市』『子連れ狼』『丹下左膳』などの名作郡と並べても遜色無い傑作な気がする。山田洋次さすがの作品。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061206

2006-12-02

[]Wii 22:06 Wiiを含むブックマーク

Wiiの発売日という事で、早く目が覚めてしまったらしい。10時10分前に妹とコジマ電気に行く。やはりすごい人の数だ。あまり商品も揃ってない様なので、店員に聞いて、どれがあるかだけ確認。すると…

すいませ〜ん、リモコンだけないみたいですぅ

おい!てめえ!何言ってやがる!発売日の朝一でいきなり商品がないってどう言う事だ!?しかも2つねぇと対戦とかできねぇんだよ!!話を聞くと、『はじめてのWii』というソフトにリモコンがついてくるのだが、それに全部在庫を回してメーカーからの個数が少ないとの事。しかたなく、コンポネートケーブルと『Wiiスポーツ』を持ってレジに並ぶ。

ゲオに行き、リモコンを探すが、売り切れ!ふざけんなよ!じゃあしょうがなく『はじめてのWii』にしようと思ったら、それも売り切れ!愕然となりながらもトイザラスへ。トイザラスには全部ありました。リモコンを買い。早速家へ。

Wii Sports

Wii Sports

Wiiを接続。ネットに繋げるのに手間取ってしまう。めんどくさいので後回しにして、早速『Wiiスポーツ』を妹とプレイ。これはCMで見た時からやりたかった。テニスゲームが大好きな私にとって。リモコンをラケットに見立てて振るというのがとてもわかりやすい。これまたリモコンの感度がばっちりでございますねぇ。ホントにフォアハンド、バックハンドが気持ちいい。しかもリモコンにスピーカーがついてて、ボールが当たるたびに『パコーン』って音が鳴るんですねぇ。気持ちいい!

そしてベースボールもプレイ。これは野球盤の打つと投げるを体でやるみたいな感じですね。これまたリモコンの感度がよく、自分がフルスピードに合わせて、キャラクターのバットも動く。むずかしいが、タイミングが合えばそうとう気持ち良く球は飛んで行く。

ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス - Wii

ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス - Wii

ここで彼女を迎えに行き、『ゼルダの伝説/トワイライトプリンセス』をプレイ。こちらはヌンチャクというもう1つの専用コントローラーを繋げてプレイする。これが…すっげぇいい!右手にリモコン、左手にヌンチャクというシステムが、違和感無くプレイスタイルを作り上げてくれる。特に『風のタクト』はZボタンが右上の手前というややこしい位置についていたため、ヌンチャクの裏にZボタンを付けたのは正解だったと言える。リモコンを振れば剣を振る。リモコンのポインターパチンコを打つなど、とにかく感覚的なプレイが今までにないくらいの新しさ。ハッキリ言って今までのゼルダシリーズで一番操作性がいい。ファミ通には“動きが重い”と書いてあったが、それはまったく感じなかった。むしろ、リンクが軽くなったような印象である。特に釣りが楽しく、魚が食い付いた瞬間はリモコンをグイと上げ、あわせるのだが、これが音と共にたまらなく気持ちよい。

4時間プレイするも、ダンジョンに入れず…おいおい、やばくないか…

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/katokitiz/20061202